聖杯汚染   作:アデノシン

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????エリアX-X 謎の記録

この度のマスターは相当な変人だ。おそらくだが、歴代のマスターの中でも抜きん出ているだろう程に。黒の覆面で覆い狐の面を付けているため、その顔を伺うことはできない。体にフィットする素材で作られた黒の半袖に迷彩柄のズボンの男は随分と細身だ。しかしその体全身に武器を装備し、まるで『歩く武器庫』のようなナリをしているだけあり、戦闘には慣れていた。動作に合わせ背中で揺れるショットガンがメインの武器らしく、事あるごとに引き抜いている。

 

溶けたように曖昧な記憶の中でも、己が『聖杯戦争』のために召喚される『英霊』であることは覚えている。いわば『兵器』でありそれ以上でも以下でもない存在であることも知っていた。それに、数多くいる兵器の中でも、自分は『異質な存在』であることも微かではあるが憶えていた。だからこそ、この状況に違和感を覚えていたのだが、今の状況ではどうすることもできないようであった。とはいえ、それをもどかしさや不満を感じていたわけではない。いつだってやることは変わりないのだから。ただ、マスターであるこの男が、自分を呼んだことを知らないと言っていることについては、後々考察する余地があると思っている。ただし憶えていれば、の話であるが。

 

男は、報告書代わりだと言う音声記録を録りながら歩いている。ぐだぐだと独り言を垂れ流しながら歩く姿は大変不気味だが、ここにはそんなことを気にする人間はいない。マスターの『報告書』は、大半はとてもどうでも良い内容だった。だが、稀に重要な部分が混じっているので、黙って聞き流している。良くもまあここまで話せるものだと呆れつつも、おかげである程度の現状把握はできていた。

 

どうやらこの世界は腐りきっているらしい。人間はウィルスにより変異し人間を襲う。たとえその地域を『消毒』しても、ウィルスは昆虫や小動物によって運ばれ、新たな災害をもたらす。地獄の連鎖は絶えることを知らず続き、それに抗う人間たちの組織は世界中を駆け回っているようだ。なんと相応しい世界だろうかと独り嗤う。それだけで、数ある英霊(モノ)の中から己が選ばれた意味を知った気がした。

 

「それにしてもアンタの友達、過激すぎねえか」

「犬と友達になった記憶はないが?」

「とぼけんなよ。ったくあんな狼、相手できねえぜ。隊長呼んで来いってんだ」

 

結局『おあつらえ向き』な場所に来ちまったじゃねえか。そうぼやいた男は、くすんだ床を見つめ深い溜息を吐く。そう、ここはマスターが決して行くまいと誓った『洋館』の中である。ここに来た理由は実にシンプルなものだった。あの墨汁でも被ったのかと思うほどに黒く、身の丈4mは超えるだろう大きさの狼に襲い掛かられたのは想定内であった。しかし、想定外であったのは、どこに身を潜めていたのか、腐った犬が次々と飛び出てきたのである。顔を引き攣らせた男の腕を掴み、引き摺るようにして洋館に押し込むと正面玄関の扉を閉めた。流石にあの匹数を相手取るには不利だ。銃というのは基本的に集団戦には向かない。宝具を展開すれば一網打尽は容易いだろうが、あの狼は別だ。アレがマスターを狙っている今、一度引いた方が良いと判断した。結果として、それは間違ってはいなかった。その証拠に、マスターは文句を垂れ流しているものの責めはしない。

 

一通り文句を言って満足したのか、入っちまったモンはしょうがねえなと諦めた顔をしたマスターは、洋館のエントランスを見回すと何かに気付いたかのように、腰に装備をしていた小型の機械を取り出す。

 

「お、ちっと電波があるな。……すっげえ遅えけど」

 

どうやら無線通信機器のようだ。軍用につくられた通信機器は一般のものよりも通信もバッテリーも強化されている。それを以ても微弱な電波しか捉えられないということは、この場所がよっぽどの僻地にあるのか、それとも何らかの理由で遮断されているのか。何度も通信を試みるも聞こえてくるのはノイズ音のみで、外部との連絡は取れないらしい。諦めた様子でマスターが通信機器を下した、その時だった。

 

―――……い、だ……か、聞こえる、……!!

 

「お!生存者がいるのか?

おい、俺はあー……。“BSAA”のモンだ。生きてる人間なら応答してくれ!」

 

―――……だ。……の……

 

「ダメだ。ちっとも聞こえやしねえ。おい!助けてやるから場所を言え!」

 

―――………ひがし、……奥の、……植物に……ひっ!!やめ……っ」

 

「おい、おい!……切れやがった」

 

悲鳴交じりの応援要請。館内に薄らと残る気配の持ち主だろうか。ノイズが酷いものであったが、その内容も意味もはっきりと聞き取れた。マスターに目を向ける。

 

「はああ、」

 

深い溜息が全てを物語っていた。どうやら気乗りはしないらしい。そこに戦地があるのに何故出向かないのだろう。どうせここにいても同じことだ。それにこの男は化け物と渡り合える『力』を持っている。やけに自分を卑下したがる性質のようだが戦力は充分であった。若干頭は足りないようだがな。さてどうするか、と男は呟いた。その顔はうんざりとしたものであったので、やるべき事は理解しているらしい。その言葉に、聞くまでもないだろうと返しておいた。

 

屋敷の中には大小合わせて様々な気配が動き回っている。マスターの報告書曰く奴らは『ウィルスに感染した元人間』らしい。濁り切った目に、腐り果てた肉体、人間であったものが人間を襲う姿は、悍ましく醜いものだ。今回の敵は奴らで、奴らを殲滅させれば良いだけの実に簡単な任務である。にも関わらず、目の前の男は不満気だ。洋館内は一言でいうと凄惨なものであった。壁にも床にも血が飛び散り、目新しい巨大な引っ掻き傷で抉れていた。エントランスを抜けて渡り廊下へと出ると、左側にある窓ガラスから外の様子が良く見える。足を止めたのはどちらが先であったか。同時であったのかもしれない。マスターは廊下に転がっていた板を拾い上げるとすぐさま窓を塞いだ。一拍遅れて顔を出したそれの口に顕現した剣を突き立て、引き抜くと呆気なく絶命する。

 

「あっぶねえ……。窓破られたらそれこそ無限湧きだ」

「……マスター、どうやら気付かれたようだぞ」

 

四つの足音。四肢を持つものにしか出せない特有の音が不意に聞こえた。段々と近付いてくるそれに一度後退すると武器を向ける。次に聞こえたのはガラスが割れた音だ。そして、飛び込んで来たそれは、マスターへ圧し掛かろうとする。

 

「うわっ!!!ま、じかよ……っ!!??」

 

引き攣った声を上げつつも咄嗟に足で蹴り上げると、背負っていたショットガンを数発撃ちこんだ。それは甲高い動物の悲鳴を上げて蹲ると、やがて動かなくなった。

 

「さ……流石に、驚いたぜ。初見殺しにもほどがあんだろ……」

 

窓を割って飛び込んで来たのは、先ほどと同じ腐った犬だ。冷や汗を浮かべながら肩で呼吸をするマスターの顔を見て、ヒト型よりも、犬が苦手らしいことに気付いた。

 

「なんだよその目。そーだよ俺は犬が苦手なんだ、悪ぃか!!」

「……オレは何も言っていないが?」

「ばっか。お前知らねえの?目は口ほどにモノを言うんだぜ」

「ふん。表情から読める感情などあてにはならんよ。

英霊(オレ)の出現にも反応しなかったアンタが、犬ごときで腰を抜かしているのが意外でね」

「そりゃ、次々に新顔(ニュータイプ)が出てくる世界にいるんだ。

普通の人間と変わらねえ見た目してるヤツに驚くほどピュアじゃねえよ」

「とんだ世界だな」

「お前なあ、少しは心配しろよ……。見ろこの足。まるで生まれたての小鹿だ」

「上出来じゃあないか。足が付いているだけ良いと思わないかね」

「……確かに」

 

息を一つ吐くとマスターは再び前を見た。狐面から覗くその目は揺るぎない覚悟を持つ者の目だ。召喚されてから数時間であるが、この男は時折『ブレる』。掴みどころがないとも言えるだろう。ぐだぐだと下らんことを話す姿が全てではない。……『何か』を思い出す目をしている。それが何であったかに思考を回す暇はなさそうだ。少なくとも契約を終了するまでは、この男はオレの雇い主だ。暫く観察を続けていればいずれわかるのかもしれない。

 

「東の奥の部屋に行きゃあ良いんだろ? 植物がどうたら言ってたのは気になるが」

「ああ。そうだな」

「そんじゃあ地図を展開するか」

 

そう言ってマスターが手元の端末を操作すると、この館の地図が表示される。現在地は西側の回廊で、東に行くためには二階から迂回していかなければならない。

 

「随分面倒な造りをしている」

「そうか? ま、道順はお前に任せるぜ」

「……了解した。マスター」

 

地図を表示させたものの見ようともしないマスターに、溜息が零れる。どうやらお守り(ナビ)をしなければならないらしい。地図は読めるのだろうが、考えるのが面倒だと言わんばかりの態度だ。英霊にとってマスターは『魔力の供給源』である。相性によってはそれ以上にも以下にも変化するが、マスターの魔力なしに顕現できないのだから本質はそれだ。現世に用はないが、今回の召喚に関して興味があった。だから、こうしてこの戦いに力を貸していたのだが、どうやらマスターだけの戦いではなくなってきたらしい。先ほど姿を見せたあの狼。全身が黒化し、理性も残っていない様子であったがアレは同じモノ(サーヴァント)だ。マスターが言った通り欠陥がある記憶でも『己の敵』は明確に覚えている。例えどのような形をしていようとも、だ。アレは敵だ。敵ならば殺す。殺すことが……。

 

どうやらまだ思考は回るようだ。だがいずれそれも無くなるだろう。そうなれば文字通りの『人型戦闘兵器』だ。まあこの度のマスターは何よりも戦力を望んでいるのだから、何の問題もあるまい。英霊が人間に力を貸す理由はそれぞれだ。戦うことを望むもの、望みを叶えたいもの、欲望を満たしたいもの。さて、自分はどれであったのか。それはもう、忘れてしまった。いや違う、正確には忘れていた。この男に問い掛けられるまでは。

 

「……マジで暗えな。さっさと突破しちまおうぜ」

 

背後で震え上がっている自称敏腕軍人(マスター)は、犬に加えて暗闇が苦手らしい。流石歴戦の軍人だと嗤ってやると、それが嫌味だと理解したのか犬の如く吠え出した。どうやら犬並みの知能はあるようだ。おかげで喧しくてたまらん。そろそろその口を塞いでやろうかとも考えた時だった。微かに何かが這う音が聞こえ、後ろにいるマスターの口に掌を押し付ける。突然のことにくぐもった声を上げたが、以外にもそれ以上騒ぐことはしない。訂正しよう。猿並みの脳ミソはあるのかもしれない。

 

——ズル……ズル……

 

まるで探知でもするようにその音は動き回っていた。静かに腰を低く落とすと、マスターも追随する。報告書に上げていた『音に敏感なタイプ』とはこのことなのか。おそらくこれは隣の部屋から聞こえて来ているのだろう。最悪なことに、その部屋を突破しなければ目的地には辿り着けない。

 

「まあまて、お前が言わんとしていることはわかる。

どうせこの先の部屋にはイかれた奴らがいて、しかも最高なことにその部屋を抜けねえと先へは進めねえ。そうだろ?」

「……その通りだ」

「だろうなあ。あーあ。いつもこうだ。大体このパターンなんだよなあ、最近。なんで可愛い子には逃げられる癖に、奴らからは逃げられねえんだよ。これならイイトコまでいった子にいらねえモンが付いてた時の方がマシだったぜ」

 

それを伝えようと顔だけ振り返らせるが、目が合ったマスターは意外にも落ち着きを払っていた。こういう意味で経験豊富な軍人というわけか。なるほどこのマスターと共にいると悪夢を見そうだ。ふざけた口調で笑って見せているが、覆面から少しだけ覗く目は凪いでいる。ちぐはぐな表情だが、何故か今はそれが心強くも感じられた。片手で武器を構えると、目の前の扉のドアノブに手をかける。マスターは反対側の壁に背を付いてショットガンを構えた。はじめは扉を蹴り破ろうとしたのだが、ストップが掛ったので止めておく。『奴らは扉を介しての移動はしない』らしい。知能の低下によるものか、それとも手足の欠損によるものかははっきりしてないようだが。一度だけ目を合わせる。それだけで充分であった。ゆっくりと扉を開けるが古びた扉は軋んだ音を上げる。暗闇の中で、何かが蠢いた気がした。息を止めた。感じるのは無数の気配。人に近いそれに耳を澄ますと、人ならざる声が聞こえてくる。

 

「……見ろ、ありゃ『リッカー』だ」

「リッカー……?」

「危なかったぜ。お前さんの耳がもうちっとポンコツだったら、あの凶暴な爪とランデブーさ。ああ安心しな、お前のじゃねえ。俺の心臓がな」

 

アイツは見えねえ代わりに音に敏感で、おまけに素早いのさ。と口角を吊り上げて笑ったマスターの、その手に持つものに目を向ける。

 

「ならもう少し大人しい武器を使ったらどうだ」

「そりゃあ難しい話だ。コイツは俺が浮気すると直ぐに拗ねちまう。ご機嫌取れるまでそっぽ向いちまうからなあ」

「ふん。なら効率良く改良すれば良いだろう?

武器は殺すものだ。愛でるものではないと思うがね」

「ああ、同意見だ。だがどうもな。外見と性能が一致しねえんだ」

「外見?そんなことに拘ってどうする」

 

「―――はァ!?そりゃお前、男のロマンだろ!……って、やっべ」

 

呆れて溜息も出ないのだが、ついうっかりを目の前でやり遂げたマスターに暗闇の中の何かが鎌首をもたげた。そして一呼吸も置かない間に何かが落ちる音が響く。

 

「げっ。おい、どけ!一度扉閉めんぞ!」

「それには及ばんよ、マスター。

例えどんなに間抜けな失態をさらしたとして、雇い主の尻拭いもオレの仕事のひとつさ。」

 

音の波紋を辿るかのように一目散にこちらに向かって来たソレは、また違った異様さを持っていた。皮膚がなく、肥大化した筋肉が剥き出しになっている。手からは巨大な爪が生え揃い、二足歩行を忘れた足は壁や天井を這うことも可能なようだ。

 

「冗談だろ?」

「オレは冗談は言わんよ。誰かと違ってな」

 

声はもう潜める意味はないだろう。後ろ足をバネのように縮めたかと思うと、一気に襲い掛かって来た化け物に銃剣を振るう。甲高い音を立ててぶつかり合ったのは、あの鋭利な爪であった。片手を受け止められたの判断したのだろう、もう片方の手が爪を立てるように動くその前に、こちらももう片方の剣で掌を深く割いた。

 

痛覚は正常であるらしい。痛みに仰け反った隙を付いて喉元を掻き切ると、血や体液をまき散らして惨たらしく倒れ込んだ。するとすかさず破裂音が連続して放たれた。怯んでいるようで怯んでいなかったらしいマスターが、止めとばかりに愛銃を打ち込んだのだ。漁夫の利とも取れなくもないが、そう思えるほど状況は甘くはない。爆発的な銃声を聞いて次々と降りてくるリッカーたちに再び武器を構える。こいつらは数が多いほど厄介になるらしい。出鱈目に振り回される爪は敵味方関係なく切り裂こうとする。自然と連携は出来上がっていて、銃剣で奴らの爪を弾くと、後ろに控えるマスターが出来た隙に打ち込む。それを繰り返していると、気が付けば残る敵は僅かとなっていた。部屋の奥へと足を踏み入れる。薄暗い部屋は広く、逆にそれがマスターの恐怖心を煽っているらしい。微かな自分の影にも肩を跳ねさせていた。それでも声を出さないのは、先ほどのミスが響いているからであろう。並みの学習能力はあるようで何よりだ。マスターの様子を横目にさっさと足を進め、部屋の隅に立ち並ぶ本棚の後ろへと回り込もうとした。

 

 

 

「―――上だ!あぶねえ!!」

 

 

 

背中に感じたのは軽い衝撃であった。しかし前へと集中していた為に踏ん張り切れず、前へと倒れ込んだが直ぐに体勢を立て直す。そして後ろを振り返えると、そこには——。

 

「マスター……!!」

 

天井に張り付く、一際巨大なリッカーがその長い舌で、マスターの首を締め上げていたのだ。苦し気に呻きながらも、首に回った舌を手で引っ掻き抵抗しているが、足が床から離れてしまっている。このままでは首の骨を折られるか、窒息をするか、どちらにせよ死ぬだろう。突き飛ばす際に落としたらしいショットガンが、床に転がっているのを見て、何故か息が詰まった。天井から垂れ下がる粘り気を帯びたそれに、握り締めた武器を構える。そうして後ろ足に力を込めると、一気に跳躍した。

 

「無能共がっ……!!」

 

潜んでいたのであろう通常サイズのリッカーが、飛び出してきたのだ。切り落とそうとした舌を庇うように振るわれた爪に、邪魔をされる。形勢逆転だった。此方が不利となってから次々と現れる奴らに、感情が激しく揺れた。これは怒りと苛立ちか、それとも焦りか。思わず舌を打つ。らしくもない。今は回りの雑魚どもを蹴散らしマスターを解放しなければ。静かに息を吐く。揺らいでいた感情が蝋燭の如く拭き消え、頭に静寂が戻る。すると、空になった頭に過った言葉がそのまま口から零れ出した。

 

 

 

 

 

「I am the bone of my sword.

―――So as I pray,『無限の剣製(unlimited lost works.)』」

 

 

 

 

 

 

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