Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第15話

 ──翌朝。

 

 神は5時半にセットしていた目覚ましをわずか1コールで止めた。

「ん……」

 布団から起きあがって、他の三人を起こしてしまっていないか見渡して「あれ?」と呟く。

「仙道……?」

 仙道の布団は無人──、まさか、と思いつつ着替えて顔を洗うと急いで体育館へと行った。すると案の定ボールの音が響いており、ひょいっと中をうかがうとやはり仙道が一人でシュート練習をしており、神は驚いてしばし立ち尽くしてしまった。

「お、神。おはよ、はやいな」

 そのうちに気付いたらしき仙道が振り返って、にこ、と神に笑みを向けた。

「あ、ああ……おはよう。仙道こそ、はやいね」

「オレはたまたま。目が覚めちゃってさ」

 言いながら仙道はスリーを打った。ガツッ、と外す音が聞こえてありゃりゃと首を捻っている。先ほどから酷く成功率が低い。

「うーん……。難しいな……」

「つかさちゃんの真似?」

 成功率が低いのは、どうやらつかさのスリーポイントの打ち真似をしているのだと気づいて突っ込んでみると、ハハッ、と仙道は笑った。

「うん。あれなんて打ち方なんだろうな?」

「普通のツーハンドだろ?」

「いや、でもかなり高く跳んでただろ。ツーハンドってふつう跳ばねぇからバランスの取り方がまったくわからん」

 やってみろよ、と言われてひょいとボールを投げられ、神も取りあえず打ってみたが予想外に思うような軌道は描かずに、バックボードにぶち当たって見事に外れてしまった。

 ほら、と言われ、神も肩を竦める。

「たぶんだけど、スリーってラインのすぐ外から打てば距離が一定だから、スリーの時だけ自分の打ちやすいやり方で徹底的にやったんじゃないかな? だって、昨日も言ったけど、オレ、彼女がスリー打てるって知らなかったんだよ。普段は普通にジャンプシュート打ってるから」

「え……、つかさちゃん、ジャンプシュート打てるのか?」

「ああ、牧さんと合宿前に練習してて打ってるところ何度か見たんだ。けど、女子だって世界的にはワンハンドの方が主流だし……それは練習したんだろうけど、さすがにスリーをジャンプシュートで打つのは、女の子には辛いよ」

 オレたちにだってキツいのに、と言うと仙道は感心したように瞬きをする。

「なるほどな……、だから"スリーは"参考にならない、って言ってたのか」

 そんな仙道を見つめつつ、神はストレッチを始めた。良い意味で仙道に対するイメージが裏切られた、と思う。昨日の夜といい、これほど熱心に練習を重ねるタイプだとは思っていなかったのだ。やはり天才と呼ばれているだけあって裏では努力家なんだろうな、などと思い自然に笑みを浮かべていると「なに?」と仙道が訝しがり、神は小さく肩を揺らす。

「いや、ごめん。気を悪くしないで欲しいんだけど……」

「んー……?」

「正直、仙道が時間外にこんな自主練習をするタイプだとは思ってなかったから……意外に思ったんだよ」

 すると、仙道はキョトンとして困ったように首に手をやった。

「まいったな……。そういうわけじゃねえんだけど……」

「え……?」

「オレは神みたいなタイプじゃないっつーか……。いや、でも、この選抜はおもしれえと思ってるぜ。だからかな、なんとなくやりたくなっちまうのは」

 言って、ヒュ、と仙道は綺麗なジャンプシュートを決めた。そうして再び練習を再開した仙道を見つつ、神も一日のノルマを開始する。

 そうして互いに一言も発しないまま、ボールの音だけが響いてしばらく経った頃──ガラッと扉が開いて、二人して扉の方を向いた。

 3人目の早朝自主練組か──、そこには切れ長の瞳を少しだけ開いている少年がいて、お、と二人して声をかけた。

「よう、流川。はえーな」

「おはよう、流川。流川も朝練?」

「……チッス」

 少年──流川はギロッと仙道を一蹴すると、神にちらりと目線を送って頭を下げてから体育館に入ってきた。

 うーん、自分は先輩扱いしてくれても仙道はダメか、と神はその流川の様子に内心苦笑いを漏らすしかない。クールで無表情な男ではあるが、どこか飄々としている仙道よりはよほど分かりやすいタイプだ。

 あれは仙道もやりにくいだろうな。とアップをしながら仙道の方を凝視している流川を見て僅かばかり同情しつつ、シュート練習を続ける。そして時計の針が6時を30分ほど回った頃。唐突に流川が仙道へと歩み寄っていった。

「おい、仙道」

「ん……?」

「オレと勝負しろ」

 藪から棒に、と聞いているこちらがハラハラする。体育館の空気が一瞬にして緊迫し、神は思わず二人の方を振り返ってしまった。

 流川にボールを差し出されて睨み付けられた仙道は、数秒ののちに腰に手をあてて、ふ、と笑った。

「いーや。断る」

「なッ……!」

 え、と神にしても流川と同じ反応を見せた。仙道は常と変わらない笑みを浮かべている。彼には常に余裕があると他者に感じさせるのは、この笑顔のせいもあるだろう。

「オレはいまから朝メシだ。お前と勝負してる暇はねぇ。じゃーな」

 言ってひょいと流川の横をすり抜けて行ってしまった。流川はというと、予想外の反応だったのかただでさえ鋭い目線を益々鋭くして舌打ちをしている。

 そのまま気持ちを自主練習に切り替えたのか、八つ当たり気味に強くドリブルを始めた流川を見て神はシュートの手を止めた。一日の三分の一は終わった。残りはあとの回しても問題ない。

「流川」

「……?」

「オレでよければ相手しようか? 1on1」

 言ってみると、流川の瞳が意外そうに開かれた。

「まあ、オレだと満足いく相手はしてやれないかもしれないけど……。オレもちょうどシュート以外をやりたかったんだよね」

 どうかな? と言ってみると、本当に意外だったのだろう。彼はしばし瞬きをしてから、はぁ、と力のない声を漏らした。

「いっすけど……」

「じゃ、オレディフェンスやるから。流川からね」

 言って神は流川のいたコートに入った。1on1での流川の強さは別格だと知っているが──ポジションは同じだ。それに、自分は元センター。インサイドでのプレイは未だに得意だと自負している。

 近い将来、紳一が引退したら自分がキャプテンを引き継ぐことになるのだ。来年の海南を睨んで、自分はフォワードとしてパワーとインサイドプレイを強化する必要がある。

 1on1の相手を探すのは実はそう容易ではない。まして海南には流川クラスの選手はいないのだから。こういうところは選抜合宿ならではの強みだな、と神は練習が始まる直前まで流川と共に汗を流した。

 

 

 そして共に汗を流し合い、寝食を共にし、三日も経つころには初日のぎこちなさは一転、全体の呼吸が合うようになってきた。

 もともと急造チームで心配なのはチームワークだ。しかし、これほどの能力を持った選手同士。一度コツを掴めば驚くほど簡単に合わせられるものだ。

 

 つかさは比較的自分がよく見ている二軍の選手たちの穴について考えていた。

 宮城はシュートレンジが狭すぎるし、福田はオフェンス力はあってもミドルが苦手であり、ディフェンスはザルに近い。清田は良い選手ではあるものの、将来的には外のシュートを覚えてもらわなければシューティングガードとしては使えないし、パスもガードとしてはそれほど上手くないし、すぐに熱くなり視野が狭くなる傾向にある。

 むろん、秀でた部分もあり、宮城はこの選抜の中でも最速を誇り、清田も運動能力だけならピカ一、福田も欠点は多いが裏を返せばそれだけ伸びしろがあるということだ。

 が──この合宿を見ていて、一番欠点らしい欠点を克服しようとしているのは意外にも最も欠点のない仙道だ。どういう理由であれ、自身のシュート範囲をより広げて安定させようとしている。それは外に弱い陵南のため、なのかもしれない。しかし、ここで「外」まで仙道に負担をかけては、いよいよ陵南というチームはお終いだ。

 やれやれ、どうするかな。と考えていると、高頭がセンターの二人を呼んだ。先日言っていたダブルセンターの練習をするのだろう。次いでつかさが呼ばれ、指示を受けた。

「あとの連中はハーフコートの1on2だ。3面使っていいぞ」

「え……、でも監督、それだと一人余ります」

 つかさが手をあげると、高頭は数秒考え込む仕草を見せ、ならば、と言った。

「君も入るといい」

「──は?」

「一組1on1にして君が入ればちょうどいいだろ。組み合わせは任せる」

「え、ちょっと……」

 どういう指示だ、と思いつつ、ハァとつかさはため息をついた。仕方がない。1on2か。つまり1対2であるから、ディフェンスは比較的楽である。オフェンス強化の意味合いが強い練習だ。

 「えー……じゃあ」とつかさはぐるりと選手たちを見渡した。実力的に偏らないよう、瞬時に組み合わせを考えていく。

「長谷川さん、三井さん、流川くん。神くん、福田くん、藤真さん。清田くん、宮城くんは私と……。あとお兄ちゃんと仙道くんは、ごめんなさい、1on1で。オフェンスとディフェンスは1ゴールごとに入れ替わってください」

「うっす!」

 言えば、自然と紳一と仙道がコートの外に出て、つかさのチームを除く2チームはコートへと入った。ちらりとつかさは自分の指名した二人を見やる。

「清田くん、宮城くん」

「はい!」

「おう」

「よろしく。さ、誰がオフェンス?」

 すると二人が顔を見合わせる。普段なら自分がオフェンスをやりたがる清田だが、先輩二人を前にそんな主張をするはずもない。

「じゃあ、私からってことで、よろしく」

 言うと、二人は頷いて宮城がハイポスト付近に行き、清田がミドルに下がった。

 自身のサイドでまとめていた髪を、さすがに邪魔だな、とシュシュを引き抜いて真後ろに括り直す。宮城と清田なら、それほど高さのある相手ではない。宮城に至っては自分とは1センチしか違わないし向こうの方が低い。違うのはジャンプ力であるが──突破するだけならなんの問題もない。

 ダム、ダム、とつかさはボールをついた。腰を落とす宮城を見つめ、思う。ごめんね、と。

 やりにくいよね、と。──自分とのマッチアップを、苦しみながら続けていただろう諸星の姿を思い浮かべた。

 ──ごめんね、大ちゃん。

 せめて、すぐ終わらせよう。──と持ち手を変えて、機をうかがう。

 

「宮城とつかさなら、身長はほぼ同じだな」

 

 気になるのか、隣のコートは手を止めてつかさ達のコートを見やり、三井がそんなことを呟いた。そうだな、と紳一も頷く。

 

「ま……。まず無理だろうな」

「は? まあ、そりゃ……女だしな」

「いや、そうじゃない」

 

 瞬間、宮城の横をつかさが抜けてワッとコートが沸いた。

 

「抜いたッ!?」

 

 チッ、と舌打ちして宮城が電光石火の速さで追う。

 

「止めろ、清田ッ!」

「うお──ッ!」

 

 一気に中に切れ込んだつかさがジャンプすると共に、追っていた宮城も跳び、清田もブロックするべく勢いよく跳び上がる。

 ──しかし。

 ふ、とつかさはジャンプシュートのモーションで跳び上がった身体を捻り、そのまま後ろからひょいとブロックを避けるような大きな弧を描いてボールを高く放り投げた。

 空中の二人が瞠目し、見ていた選手達も息を詰めた。

 

「なッ…………!?」

「ダ、ダブルクラッチ……!」

「ス、スクープショットか!? しかも背面から打ったぞ!」

 

 そうして3人の着地と共にスポッとボールはリングを抜け、あっけにとられる二人につかさはニコッと笑いかける。

 

「はい、ディフェンス交代」

 

 おお、と見ていた仙道も目を見張り、ふ、と紳一が腕を組んで口角をあげた。

 

「あれは、つかさのもっとも得意なシュートの一つ。諸星やオレのブロックをかわすために身につけた……いわば対諸星用だ。知らなければまず止められん」

 

 オフェンスを宮城に替わり、清田はインサイドに留まってつかさもディフェンスに入る。

 宮城は、まさか抜かれるとは思っていなかっただろうが──それでもやはり、異性相手だと守りにくいし攻めにくいだろう。

 そこに付け入るようで申し訳ないけど──、とつかさはドリブルを続けていた宮城へと一気に一歩詰め、バウンドに合わせてボールを弾いて宮城の横を抜けた。

 

「あッ──!」

「コラァ、簡単に取られんな宮城ィ!」

 

 一瞬で勝負が付いて、外野から三井の罵声が飛んだがつかさが「三井さん、練習して!」とすかさず突っ込んで、チ、と舌を打つだけに終わった。

「んだよあれ……。腐っても牧の妹ってか?」

「オレの妹だからかはともかく……。オレと諸星相手にずっとバスケをやってきたつかさに対応できる人間はそうはいない。少なくとも、あいつのテンポに慣れるまではな。上背のない宮城は特にきついだろう」

 紳一はなお腕組みをして淡々と言い下した。インサイドでパワー勝負、走り合い、跳び合いの連続という筋力がかりになってくるとつかさは不利であるが、むしろこういった小競り合いならスキルと経験のあるつかさはそこそこやり合える。と口角をあげていると、ふ、と隣の仙道が静かな笑みを漏らして紳一は顔をあげた。

「どうした、仙道?」

「楽しそうだ……、つかさちゃん」

 目を細めた仙道の声は穏やかで優しく、ハッとした紳一がコートに目線を戻すと、確かにつかさの表情は明るく、息を呑む。

 

「甘いッ!」

「ナメんなよ、一年坊主!」

 

 コートではオフェンスが清田に移り、つかさと宮城にダブルチームでつかれて完全に攻めあぐねている。

 ──清田は、そこまで強い突破力を持っているわけではない。

「もらったッ!」

 案の定一瞬の隙をつかれて宮城にあっさりボールを取られ、周りから同情とため息を一身に受ける結果に終わった。

 

 ──楽しんでどうする、とその後ハッとしたつかさは意識してディフェンスに取り組み、わざと宮城や清田にミドルからシュートを打たせ、取りあえずの「ジャンプシュート苦手」意識を改めて植え付けた。

 人間、いくら注意されても自分で「やばい」と認識しなければ努力しようなどとは思わないからだ。正直に言えば宮城を強化することは将来の海南、そして陵南にとっては驚異となる。とはいえ国体の間だけはコーチとしてちゃんとやると決めたために、つかさは今だけはそのことを忘れた。

 むろん、清田の方にはシューティングガードにとって外を担うことがいかに大切か懇々と告げた。

 

「よーし、15分休憩だ!」

 

 高頭の声が響いて、ワッと選手達が散った。

 仙道も、隅に置いていた自身のタオルを首に引っかけながらドリンクを手にしつつ高頭の方へ歩み寄る。

「監督、ごらんになってました?」

「なにをだ?」

「つかさコーチたちの1on2」

 ああ、そのことかと頷きながら二人して反対側のコートへと視線を投げる。

 

「つかさ! 次はオレと勝負しろい!」

「お断りします。休憩中だし」

「なんだとコラ逃げんのかッ! いっとくがこのオレは宮城のようにはいかねえからな!」

 

 三井に絡まれているらしきつかさを見つつ、仙道は高頭へと視線を流した。

「監督は知ってたんですか? 彼女のこと」

「もうだいぶん前だが……。ミニバスの試合を観たことがあってな」

「ミニバス……」

「ああ。男女混合の愛知代表のチームで彼女は牧や、いまの愛和学院のキャプテン・諸星大と共にプレイしていた」

「諸星……」

 例の"大ちゃん"か──、と仙道はペットボトルを握りしめる。高頭はどこか懐かしむように目を細めた。その光景を思い出しているのだろうか。

「本当に凄いフォワードだったぞ……。まだ小学生だったとはいえ、あの牧・諸星を要してなお彼女がエースだとはっきりと分かる……、あれこそ、まさにエース・オブ・エースと呼ぶにふさわしい選手だった」

「エース・オブ・エース……」

「どれほどの選手になるのだろう、とその後、中学の試合で彼女を捜したが……。中学でもスター選手だった牧・諸星とは違い、彼女を公式戦で見つけることはついに出来なかったがな……惜しいことをした」 

 高頭の声色に残念そうなものが混じる、が、愛用の扇子をバサッと開いて仰ぎ始めた高頭は上機嫌そうに笑った。

「ま、あの様子を見るに、まったくサボとったわけでもなさそうだな!」

 仙道も肩を竦めていると、三井を振りきったらしきつかさがこちらを向いて、あ、と笑い、パタパタと走ってきた。適当に結っていたらしい髪がゆらゆら揺れて、まさに"ポニーテール"だな、などと笑みを浮かべているとつかさの方は高頭の前で立ち止まる。

「監督、高砂さんと花形さん、どうでした?」

「まァ、なんとも言えんな……。しかしあの二人が神奈川優勝のカギを握ってると言っても過言ではない。きっちり詰めんといかん」

「高砂さんと花形さん……?」

 二人の話が見えない仙道が呟くと、ハッとしたらしき二人が揃って仙道を見上げた。

「戦略上の話だ。対愛知選抜を想定しての……」

「そう! 愛知のセンターに対抗できる選手が今の神奈川にはいないから、対策を講じてたの。そして仙道くんは──」

 言いかけてハッとしたらしきつかさはそこで口を噤んだ。

「オレは、なに……?」

 聞き返すと、つかさは「しまった」とバツの悪そうな顔を浮かべたあとにふるふると首を振るった。

「き、企業秘密! ほら、選手はちゃんと休憩取って!」

 そして背中を押されて追い払われてしまい、仙道は撤退せざるをえない。

 なんなんだ、と思いつつ仙道はドリンクを口にしながら目を伏せ、呟いた。

 

「対愛知選抜、か……」

 

 一方のつかさが仙道の背を見送ってホッと胸をなで下ろしていると、隣で高頭が緩やかに笑った。

「田岡先輩は、本当にすごい逸材を見つけてきたものだ」

「え……?」

「仙道だ。この数日間、仙道を指導してきてまざまざと思い知らされた。アイツは、紛れもない天才だ。しかもまだまだ発展途上の素材。末恐ろしい……いや、田岡先輩が羨ましい限りだ」

 聞きながらつかさも、ふ、と笑う。こうして仙道が誉められるのは珍しいことではないが、やはり嬉しい。しかし高頭は「ただ」と続けた。

「アイツはどうもウチの選手と違って闘志が感じられん。その辺が流川や牧との最大の違いだが……ま、それも天才ゆえの何とやら、というヤツかね」

「……性格、かな……」

 高頭の言い分もよく分かるつかさは苦笑いと共に肩を竦めた。むろん、もどかしくも思うが──いまは。そういう仙道こそが仙道なのだから、いいか。と思っている自分もいて……と視線を流すと、うっかり仙道と目が合って、ニコッ、と微笑まれたものだからパッと視線を高頭に戻した。

「それに指導していて良く分かったが、仙道は常に他人をよく見て気遣っている。一見、飄々とはしとるがな。……まあ、その辺りがポイントガード向きの資質に繋がっているのかもしれんが……」

 言いながら高頭はパチンと扇子を閉じ、休憩の終わりを宣言した。

「神奈川のスタメンは強い。だが強力な控えがいてこそ、スタメンも安心して強さを発揮できるものだ。──頼んだぞ、つかさ君」

「──はい!」

 つかさもキュッと表情を引き締める。

 合宿は残り一週間弱。特別な技術を得させるには短すぎる期間だ。それでも彼らはまだ高校生。伸びるときは一気に伸びる。そのきっかけさえあれば──とつかさも選手たちに向かう。

 今日のラストは、一軍及び高砂はフォーメーション。二軍は弱点強化だ。──もっとも選手たち自身は自分たちが一軍・二軍に分けられていることを知らないが、薄々感づいてはいるだろう。

 つかさはディフェンス要員として呼ばれた長谷川に三井のオフェンスでディフェンス練習をするように言うと、残りの3人を呼んでボール籠を引っ張ってきてジャンプシュートの練習に入った。

「まずは基本から。得意な距離から打って、入ったら一歩下がって打つ。三回入ったらまた一歩入って打つ」

 言いつつボール籠からボールを取って打ってみせる。次いで一歩下がり、みなの方を向いた。

「確率が悪いのは、たぶん自分とリングとの距離を正確にイメージ出来てないから。いま自分がコートのどの位置に立っているのか、そこからリングまでの距離はどのくらいか。空間をイメージして──、打つ!」

 言って打ったジャンプシュートはスパッと決まり、「じゃあ、はじめ!」と言うと3人一斉に取りかかった。──三年生が一人もいないというのはつかさにとってもやりやすい。

 シュートフォームの善し悪しはもちろんあるものの、要はシュートというものは入ればいいわけで、選手にとって「入る」フォームがあればそれが一番正しい。

 とはいえやはり基本はあるのだし──と思いつつジッと3人を観察する。宮城も清田もフォームは悪くない。この二人は苦手意識が取れれば大丈夫だろう、と考えながらチラリと福田を見やった。問題はここだ。聞けばバスケットを始めたのは中2の終わり頃だという。故に──やはり穴も目立つ。

「福田くん」

 呼べば振り向いた福田を、フリースローの距離と等距離の場所へ連れて行き、そこから打つように言った。福田はフリースローの確率は悪くない。

「フリースローを打つ感覚と全く同じように打ってみて」

 少々コミュニケーションの取りづらい選手だが致し方ない。微妙に福田は眉を寄せたが、大人しく構えて打つ。が、ガツッとリングに引っかかり──。数回打たせても入らない。なぜフリースローが入ってこれが入らないのか訳が分からない。ボードの跳ね返りを使え、などと高度なことはなにも言っていないと言うのに。

 ちょっと見てて、とつかさはフリースローラインに立って、そこから「フリースローと同じ感覚で」とジャンプシュートを打った。そうしてもう一つボールを拾ってそのまま福田のいる位置まで行き、「同じように打つ」と前置きしてもう一本打ってみせる。

「フリースローが入るなら、ぜったい入るから! はい、もう一回!」

「……」 

 一瞬、福田はつかさを睨み、ついでプイッと前を向いて再び打ち始める。そうして3回連続で入れた所で、「よし、一歩下がって」と少し距離を開かせた。距離の感覚はフリースローラインの一歩後ろ。気持ち遠い感覚で、とアドバイスしながら続けさせる。

「続けて続けて!」

 手を叩いてジャンプシュート組を鼓舞しつつ、つかさはチラリと背後のハーフコートに目線を送った。──後ろでは三井と長谷川が必死の攻防を繰り広げている。こちらは問題なさそうだ。目線をジャンプシュート練習組に戻す。

 ──つかさ自身は、自分の能力的に無理のあるブロックショットやパワーでの押し合い以外にこれといって不得手なものはなく、それさえも女子相手ならおそらく問題なく、技術的に「苦手」なことはない。ゆえに、いまいち「苦手を克服」という感覚は分からないが、要はやはり経験だと感じた。ジャンプシュートは一見、ロングレンジがもっとも高難度のように見えて、意外とそうでもない。ミドルレンジよりもスリーの方が得意という選手は一定数いるのだ。それは常にスリーポイントであれば一定の距離であるため、「入る」感覚が掴みやすいためだ。

 もっとも、神のように大幅にスリーポイントラインから下がって打てるような選手であれば話は別であるが、シュートの成功率は距離感を掴めるか否かにかかっていると言っても過言ではない。これは才能もあるが、やはり練習あるのみだ。

 一軍のコートは──目の毒だ。忘れよう。せめて一軍コートに連れて行っても見劣りしないくらいの選手に、来年の夏にはなってもらわなくては困る──と福田を見据える。他の二人と比べてシュートフォームが安定していない。

「福田くん」

 またイヤそうな目で振り返られて、つかさはだいたいの福田のタイプを理解した。あまり注意を受けるのは好きではないのだろう。が、ダメも出されずに伸びる選手はいない。

「最後の、手首の返しの時に少し力が入ってる。あまり遠くに飛ばそうって思わないで。距離のイメージだけしっかり持って──」

 言いながらボールを拾い、シュッとミドルを打ってみせる。

「私でもリングに届くんだから、力む必要はないよ。これにディフェンスがいたらぜったい身体に力が入るから、練習の時はとにかく力まないで!」

 そうしてボールを拾い上げて福田に投げ、再び打たせる。

 不満を持たれてもしかたない。福田にはディフェンスも仕込まなければならないのだから、睨まれた程度でひるんでもいられない。

 

「──それでは、解散!」

「おつかれーっす!!」

 

 ようやく一日の練習が終わり、今日も疲れた、など言いつつ体育館を出ていく三年生を見送って仙道はスッと福田にドリンクを差し出した。

「お疲れさん」

「……ああ……」

 受け取って、福田は無言でごくごくと喉を鳴らす。それを見ながら、ふ、と仙道は笑った。

「付きっきりの指導だったみたいだな」

 さっき、と言うと露骨に福田はイヤそうな顔をした。そのままドリンクを飲み下し、フン、と鼻を鳴らす。

「生意気な女だ」

「そこがカワイイんだろ」

 笑って返せば、福田からは呆れたような目線を受け、プイッと背を向けられてしまった。

「お前の趣味を疑う」

 ボソッと呟きながらスタスタと去られ、あらら、と仙道は肩を竦めた。そうして首にかけていたタオルで汗を拭いつつ、さて、と周囲を見渡す。

 

「オレもやるかな、外シュート練習」

 

 一方、練習終了後につかさを待っているのは反省会だ。

 清田のミドルが弱いことを知っている高頭は指導の礼を述べつつ、さて、とスケジュールを見ながら腕を組んだ。

「明日からは予定通り、積極的に試合形式の練習を入れていこうと思う。メンバーも随時入れ替えてだ」

「はい」

「だが……、スタートは一軍・二軍でやるから、明日までにスタメンを決めておいてくれ」

「──え!?」

 一軍監督、私。二軍監督、君。と言って豪快に笑う高頭につかさは頬を引きつらせた。

「え……、ちょっと、二軍不利すぎるんじゃないですか?」

「そりゃ同然だな。二軍だから」

 それはそうだが……となお頬を引きつらせていると、それはそれとして、と高頭はテーブルに他県のメンバー表を広げ始める。

「強敵になるのは、やはり秋田──山王工業チーム。それと愛知県選抜だろうな」

 ハッとしてつかさもメンバー表に瞳を落とした。愛知の、「諸星大」の文字を無意識のうちに追う。

「ウチは他のポジションに比べてセンターが弱い。だが、愛知には一年生ながら強力なセンターがいる。そして愛知の誇るスター選手・諸星……は君と牧の元チームメイトだな。諸星は、山王の沢北がいないいま日本一といっても過言ではない選手だ」

「──はい。彼はいい選手です。よく……知ってます」

「愛知のセンターを二人がかりで何とかしようと思ったら、もう諸星には何人も費やせん。先日のインターハイでうちは愛和には勝ったが、諸星個人には勝ったとはとうてい言えない内容だった」

 言って考え込む高頭を見つつ、つかさも考える。高頭に意見をするのは、コーチとしてならありだが。──しかし。これはあまりに、と思いつつごくりと喉を鳴らす。

「あの、監督。……とても、個人的な考えになるのですが……」

「なんだ……?」

「諸星選手とのマッチアップは、仙道くん……ではいけませんか?」

 ゆっくりと高頭が瞳を開いた。あまり考えてはいなかったのだろう。

「仙道……? 仙道に2番の諸星の相手を、か……?」

 なぜだ、と問われてつかさは視線を外す。言いにくい、と思いつつばつの悪そうな顔を浮かべた。

「いえ、単に……私が個人的に、仙道くん対大ちゃんを見たい、というだけです」

 瞬間、弾かれたように高頭が笑い出した。扇子で膝まで叩き始めている。そんなに笑うところか? となおつかさがバツの悪そうな顔を浮かべるも、なお高頭は笑っている。

「そういうことなら私も見てみたいぞ! 仙道対諸星! 見ている分には面白かろう。……だが、流川、三井……考える手はいくらでもある」

「戦術面で言えば……。流川くんや三井さんより仙道くんのほうがディフェンスがいいです。仙道くんにはちょっと負担かもしれませんが、パスもさばけてゲームメイクもできる選手なので、フォワードに神くんを入れていれば、オフェンスは神くんを中心にしてもいいのでは?」

「まァ、インサイドに怪物がいる以上、愛知戦はアウトサイド優先ではある。そういう意味では外の確率が高い選手の起用が第一だな」

「三井さん、藤真さん、流川くん……ですか」

「まァ、この合宿での選手たちの仕上がりを見てみないことには何とも言えんがな。取りあえず、君は明日のスタメンと対策を考えてきてくれ」

「──はい」

 話を終え会議室を出ると、コートの方からはドリブル音が漏れてきており、まだ居残り練習をしている選手がいるのだと暗に知る。おそらくは神だろうな、と思いつつひょいと中を覗くと、やはり神がスリーを打っており──、もう一方のコートでは仙道も同じようにロングレンジを打っていて、つかさは少し目を見開いた。

 ──今日も残っているのか。という思いと、なぜスリーを? という思い。

 

『私にとっては大ちゃんが最高の選手だったんだけど……』

『一年前の夏に、仙道くんをインターハイの予選で見たときに、神奈川にはこんないい選手がいたんだな、ってびっくりしちゃった』

 

 まさか、自分があんな事を言ったせい? なんてあるわけないか。きっと気まぐれか。陵南のためか。フルフルと思考を振り切るように頭をふるってコートに背を向ける。

 取りあえず今日は帰って、明日に向けての対策を考えよう。と、つかさはそのまま体育館をあとにした。

 

「なーんか……、あんま言いたくねーんだけどさ……」

 その夜──、宮城は持参した雑誌をめくりつつ遅れて夕食を食べている神と仙道にぼそりと言った。

「この選抜……、既にスタメンとベンチに二分されてねーか? 6・6に分けられた時、神や仙道は高頭監督の方だったろ? オレたち……セカンドコーチだし……。今日のメインなんかジャンプシュートだったしさ」

 言われた神と仙道は手を止めて顔を見合わせる。緑茶をすすっていた福田の手もピクッと反応した。

「オレたちも、メインはいたって普通のフォーメーションだったよ」

「だから、それってスタメン起用を見据えて呼吸合わせようとしてんだろッ!?」

 神が答えると宮城がうっすら涙目で訴えてきて、うーん、とさすがの神も苦笑いする。

 皿に乗っていた唐揚げを箸でつまみながら、仙道はサラッと言った。

「けど、宮城もノブナガ君もガードだろ。ガードにミドルは必須だし、妥当だと思うけど……。お、唐揚げうめえ!」

「フッキーも、せっかくオフェンス力があるんだからミドルも強化させようと思ったんじゃないかな。つかさちゃん、上手かったよね、ジャンプシュート。あ、でも宮城たちとの1on2はちょっと驚いたな」

「あああッ! 言うなイヤなこと思い出しちまった!!」

 途端、宮城は頭を抱えた。あっさり抜かれた上にボールもあっさり取られたのだ。油断してなかったといえばウソになるが、無様だったことには変わりない。

「あのときの信長のジャンプは甘かったけど、それでもかわしたってことは相当跳んでるよね。たぶん、オレと同じくらいのジャンプ力だな。凄いよね」

 ははは、と神は笑う。ふ、と仙道も笑った。

「神ってどれくらい跳べんの?」

「オレは至って平均。悔しいけど、仙道と身長変わらないのにダンクは練習でなんとかやれる程度だし」

「つかさちゃんは女子では跳べる方だろうな、あの感じだと。……宮城、そう落ち込まんでもお前の方がスピードもジャンプも上だぞ」

「それは喜ぶ所か? 当然じゃねーの?」

 女の子なんだし、と宮城が突っ込めば、仙道は肩を竦める。

「まあ、そうだけどさ」

「それよりスタメンの件だスタメンの件! この山王突破男・宮城リョータがスタメンじゃないなんてことは……!」

「うーん……。牧さんと藤真さんいるし、ガードは激戦じゃないかな。──仙道もいるしね」

「え、オレ?」

「ええッ!? 仙道お前ポイントガード狙ってんの? やめとけやめとけやめとけ! お前にはこのオレが最高のパスだししてやるから、な! オレたちで最強コンビ結成しようぜ!」

「オレと組みたかったのなら、陵南に来てれば良かったんじゃねえか?」

「う……。あ、いや……」

 ハッと宮城は田岡からのスカウトを断った過去を思い出し、仙道は冗談めかして面白そうに笑った。

 

 

 ──、一方。

 

「どうやれば…………勝てるのかな…………」

 牧・藤真・花形・仙道・神・流川VS高砂・三井・長谷川・宮城・福田・清田。という試合展開を頭の中で巡らせていたつかさは、いよいよ限界が来てぷっつりと机に伏し頭を抱え込んでいた。

 

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