Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第16話

 ガリ勉キャラを気取っていても所詮はただのガリ勉。元はよくなかったらしい、と突破口らしい突破口を見つけられなかったつかさは、翌日、目に隈を作ったまま学校を目指した。

 そもそも自分に監督をやれという方が間違っているのだ。この手の仕事は、ガード向きの人間に適正がある。対する自分はガードが一番苦手なポジション。無理がありすぎる、と卑屈になりつつため息を吐く。

 しかし、とはいえ。練習試合の目的は勝つことではないのだから、いいのでは、と思う。選手たちには未来があるのだから、この合宿で来年に向けての課題を見つけて次に活かせればそれが一番いいはず。などと思ってしまうのは負け惜しみではないはずだ。

 そうだ、彼らには未来があるのだから。──と、眠い目をこすりながら体育館に向かう。

 

「おはようございまーす……」

「ギャハハハハ! なんだその目の隈は! ちゃんと寝てんのかぁ?」

「元気ですね三井さん……、朝っぱらから……」

 

 人の気も知らないで。と三井の爆笑を聞いていると高頭がやってきてさっそく本日の練習が開始される。

 

「今日は基礎練習のあとに紅白戦を行う!」

 

 途端、ザワッと選手たちが色めき立った。

「私のチームは白で牧・藤真・花形・仙道・神・流川。つかさ君のチームは赤で高砂・三井・長谷川・宮城・福田・清田だ。審判とスコアラーは海南から連れてくる」

 やはり試合というのは嬉しいのか選手たちの顔に明るさが増す。が、一方で偏っていると思しきチーム分けに訝しがる様子も見られた。

 しかし、何はともあれ練習試合ということで──アップを終えた両チームは試合開始10分前にそれぞれのベンチに集合する。

 つかさもメンバーを前にして、一度深呼吸をした。

「えー……、それじゃスターティングメンバーを発表します。ポイントガード・宮城くん」

「おう! ま、当然だな」

「セカンドガード・清田くん」

 途端、弾かれたように怒鳴ったのは三井だ。

「おい! なんでオレが2番じゃねえんだ!」

「三井さんは3番をお願いします。えー……、フォワードに長谷川さん、センターは高砂さんで行きます」

 瞬間、スタメンを外された福田の身体が撓っていたのをつかさは感じたが、選ばなければならない以上は致し方ない。

「向こうのポイントガードはたぶん藤真さんです。あと、流川くんはスタメンじゃないと見て──」

「流川がベンチだとッ!?」

「牧さんがポイントガードじゃない……?」

 当然の疑問が三井や清田から寄せられたが、高頭がおそらく流川をシックスマンで使うつもりだということを知っているつかさは「たぶん」とだけ答えた。

「見て分かるとおり、あっちは全国得点王だのなんだのエース級ばかりで手強いです。よって、こっちのチームはディフェンス重視! 例え地力の差がある相手に対してでも、ディフェンスさえ良ければチャンスが生まれる。ディフェンスはゾーンで行きたいんだけど、練習してないから各自声出して、仙道くん、お兄ちゃんにボールが渡ったらヘルプでプレッシャーをかけること! 清田くん!」

「はい!」

「この中で牧紳一を一番知ってるのは清田くんだから。──止めてね」

「は……はい!」

 まさか紳一とのマッチアップを言い渡されるとは思っていなかったのか清田は緊張気味の面もちで愛用のヘアバンドを押さえ、グッと表情を引き締めた。

「長谷川さんは仙道くんをお願いします。抜かせないこととパス出しさせないことを最優先で考えてください」

「おう」

「そして……、こっちのオフェンスの軸は三井さん。ガード陣は三井さんにチャンスがあれば必ずパス出しして確実にスコアに繋げること。それと……、本来はあっちのチームもチームメイトです。国体本番は必ず代わりがいる、ということを頭に置いて、ペース配分を気にせず全力で走ること! です!」

「おう!」

 そうしてつかさは番号のついた赤のゼッケンをみなに配りつつ、三井に「4」を手渡した。この中では、リーダーシップを取れるのは彼だからだ。

「お願いしますよ、三井さん。──3番、やれますよね?」

「バーカ誰に言ってんだ」

 不敵な笑みで受け取った三井はそのままコートへと入っていった。

 案の定──あちらは流川がベンチだ。コートの外でムスッと腕組みしている。不本意だったのだろう。

 審判が試合開始を宣言し、まずは一軍──白ボールから。

 

「一本だ! まず一本行くぞ!」

 

 やはり──藤真をポイントガードで起用している。当然だな、とちらりとつかさは高頭を見た。

 紳一は──体格的にはパワーフォワードが欲しい神奈川選抜としては是が非にでも欲しい人材だが、現実問題として1番の選手を4番にコンバートというのは無理な話だ。役割自体が似ている2番と3番を入れ替えるのとはわけが違う。

 ──おそらく、この選抜チームでスタメンとして固定できるのは仙道と神のみ。しかしフォワードとしては二人とも申し分ない得点力なのだがチーム全体としてインサイドが強くない分、仙道が4番の役割をこなさなければならくなるという側面もありそれは歓迎できない。彼はガードに近いフォワードとして動かしてこそ、その能力が最大限に活きるからだ。とはいえ流川も控えにいることだし、仙道をリバウンド・インサイド要員として使うのも、まあ、なくはないが──と考えていると藤真から紳一へのパスが通った。ハッとしてつかさは声を出す。

 

「清田くん! パスに気を付けてッ!」

 

 藤真は178センチの清田と184センチの紳一、191センチの高砂と197センチの花形というミスマッチを使うつもりだ。──と読んで呼びかけるも清田は少しの睨み合いで紳一から花形へのパスを許し、花形は高い位置で受け取ってそのままリングへと放り込み先取点を決めた。

 が、赤も負けてはいない。宮城は上手く清田を使ってパスを繋ぎ、すぐに三井がミドルからジャンプシュートを決めて2点返した。

 ──白は明らかに動きを調整している。まるでフォーメーションを確認するように、だ。つまり余裕があるということ。それもそうだな、とつかさは思わざるを得ない。個々の能力はやはり白が勝っている。彼らに必要なのはチームとして高レベルで機能する、ということだけだ。

 しかし。さすがに三井は巧いな、と。神をうまく抑えながら指示通りオフェンスの軸として得点を重ねている彼に舌を巻く。器用な選手だ。さすがに元神奈川ナンバー1。が、あの調子ではガス欠だな、とチームで一番張り切って動いている彼を見つつ、チラリと福田に視線を流す。

 オフェンス力のある福田だが──、ちょっとあの白チームに切り込んでいくのは厳しい。ましてディフェンスのできない彼を入れれば、点差は開くだけだろう。

 しかし、その現実を目の当たりにすることこそ彼には必要かもしれない。と考えていると、あ、とコートから声があがった。

 

「仙道、スリー!?」

「リバンッ!」

 

 いっそ嫌みなほどの高い打点から仙道がスリーを放ち、そのままリングを貫いて、ほう、と高頭も呟いた。

「仙道……」

 見事なクイックモーションと高さだ。あれはなかなかブロックできない。彼なりにスリーに自信があるということだろうか?

 赤チームはそれがつかさの作戦なのか、明らかにディフェンス主体のバスケットを展開している。仙道ならば強引に切り込むことも可能だろう。が、彼はスリーポイントを打った。切れ込むより打った方が良いと判断したということは、それなりにスリーポイントにも自信を持っているという証左に違いない。

 何か一つくらい苦手なことはないのだろうか。と高頭をもってしても思ってしまうほど、仙道はこれといった欠点が見あたらない。

 仙道はいわゆる「ポイント・フォワード」というポイントガードとフォワードを兼ねられる希有な選手だ。ボール捌きがうまく、何より集中している時のスコアの積み上げ方は控えにいる流川をも凌ぐ。しかも──外がコンスタントに打てるとなれば。

 もしや、2番に据え置くとまではいかずとも2番に入れればピタッとはまるのでは。と高頭は無言でパタパタと扇子を仰いだ。

 神は元々センター出身であり、ガードの役割はこなせない。神はあくまで外の得意なフォワードだ。三井の調子が良ければツインシューターで使うのも強力かと考えていたが、仙道を2番に置けるなら仙道の方が攻守共に厚い。

 ならば、やはり諸星にアテるのは──、と考えて高頭は扇子を閉じた。

 

「まあ、まだわからんが……」

 

 清田は良く頑張っているが、やはりまだ紳一とのマッチアップは荷が重いか。とつかさはスコアを睨んだ。前半残り5分。8点ビハインド。白チームは調整試合。赤は必死も必死の本気。それなのにこの差だ。

「厳しいか……」

 唇を噛む。逆にいえば、神奈川の層の厚さに小躍りすべきところであるが、チームを預かっている以上は胸中穏やかではいられない。

 みな作戦をよく守り、ディフェンスに徹して得点はほぼ三井が取ってくれている。ディフェンスに関しては赤のスタメンはなかなか──あれだけの白チームに食らいついていっているのだ。うまい。ただ──。

 

「チャージドタイムアウト・赤チーム」

 

 そろそろ三井は辛そうだな、と感じた後半開始5分後。つかさはタイムアウトを取って皆を集め、しばらく三井を休ませて福田を出すことに決めた。

「みんなよく抑えてる。もう一度いうけど、ディフェンスさえちゃんとすれば、プラスにならなくてもマイナスになることはない。きっちり抑えて、チャンスで確実に一本。これでいいから」

「おっす!」

「福田くんはそのまま、神くんについて。チャンスがあったら攻めるのは大事だけど、まずはディフェンス!」

 こく、と小さく頷いて福田もコートに入る。

 三井の方は肩で息をしながらその場に座り込み、水分補給をしている。

「三井さん、10分……いや5分後、いけます?」

「……ああ……! だが、けっこう、やばいと思うぜ……ッ、点数、開いちまう……」

 ゼーハー息を荒げながら三井が歯を食いしばり、なぜ、と聞いてみると三井は豪快に舌打ちをした。

「福田だ! あいつじゃ神を抑えられん!」

「……でも、福田くんも、点数の取れる選手ですから……」

「ああ、普通ならな……! だが、どうやって、あのメンツの上から点取るってんだ……ッ!?」

 あんな素人くせーのに。と続けて、さすがに三井はよく分かっているな。といっそ感心する。そうなのだ。インサイドには長身の花形に加えて仙道・すぐヘルプに飛んでくる紳一というやっかいな二人がいる。この二人が福田に簡単に点を許すはずがない。

「三井さんは、インターハイ予選で福田くんの足を完全に止めてましたからね」

 ファウルしてたけど、とは続けずに言うと、ハッ、と三井は肩で息をしながら笑った。

「当然だッ……! だが、オレに止められるなら、牧にも仙道にも止められるぜ。しかも、守りにしても、アイツのザルディフェンスじゃ無様に抜かれるのがオチだ……差は、開くぜ……」

「まあ……、仕方ないです」

「ああッ!?」

「それでたぶん福田くんは自分の欠点を自覚しますから、長い目で見ればプラスです」

 ただし陵南のためだが。とは湘北の三井には言わずにつかさはコートを見守った。福田には神がマークでついている。が、福田のオフェンスは警戒しているのだろう。一歩入ればすぐに紳一がヘルプに来て、やはり簡単には抜かせてもらえない。

 清田が単発で点を返したりと奮闘してはいるものの──、白もディフェンスの穴は福田だと既に知っているせいだろうか。完全に狙われて神のスリーポイントが当たり始め、差は一気に倍へとふくれあがった。

 

 結局その後、残り時間10分で三井をコートに戻したが──、差を詰めるのは難しく、10点の差が付いたまま白は余力を残した状態で勝ちを決めた。

 

「くっそー! なんでこのオレが……ッ、だいたい白側は反則だろあれッ!」

 

 昼食の時間になってもブツブツ三井は先ほどの試合について文句を言っており、流れでなんとなくつかさは三井の前に腰を下ろした。

「赤もよくやってたと思いますよ」

「ああッ!? テメーなに無責任なこと言ってんだ!? 勝たせろよカントクだろ!」

 三井名物・逆切れが発動するも、理屈上はそのとおりなのでつかさはグッと耐えた。

「高頭先生が見てたのは、勝ち負けではないと思いますよ。同じチームなんですし……、確かに白にはエース級ばかりでしたが、全員一緒に試合に出してうまく機能するかは分かりません。現に流川くんはずっとベンチだったし」

 高頭は結局最後まで先ほどの試合に流川を出さなかった。途中、つかさにしても「神と替えてくるはず」と福田と三井を交代させた時に覚悟したが──彼はそうしなかった。そうするまでもないと読んだのか、それとも──と考えつつ三井を見やる。

「三井さんは良い選手です。少なくとも私はさっきの赤チームの中では三井さんがいたから安心してチームを任せられました。ガード陣も長谷川さんも、それをよく分かって動いていた。私、湘北の試合もけっこう見てますけど……いつも巧い人だと思って見てましたよ」

 隙らしい隙と欠点がないし。と言うと、三井にしては珍しく「お、おう……!」とどもっていた。

 事実、三井は三井で一つのシューティングガードとしての理想型だ。これで体力がもっとつけば選手としてはより完成されるだろう。ただ──三井では諸星には及ばない、とつかさは黙する。バネ、運動能力といった基本の身体能力は諸星が圧倒的に勝っている。

 三井もセンスは負けていないのだが……と思いつつつかさは夏のインターハイの湘北対愛和学院を思い出した。疲労困憊していたとはいえ、三井・流川では諸星にはまったく歯が立たなかったこと。

 

 国体で彼らをどう使うか──、というのは監督にとっては嬉しい悩みの種、といったところだろうか。

 

 その後もメンバーのシャッフルを行い通常練習と織り交ぜながら数回練習試合を行い──最後の方は体力的に厳しい状態でコートを駆ける選手たちを興味深く高頭は見ていた。

「ウチの選手たちの足は強いな、やはり」

「そうですね。兄と神くん、清田くんは本当に底知らずです。でも宮城くんもなかなか……」

 基礎練習・練習試合を交互に繰り返す。きついなどというものではない。地獄に等しいだろう。こいういう状態でも、きちんと動けていつものパフォーマンスを演じられる力を海南の選手は身につけているのだが。そのペースに付いていっているのは宮城だ。それと──。

「仙道はいつでも冷静だな……。涼しい顔しおって。これはアイツの長所だが、短所とも言える」

「仙道くん、おそらく"楽"なんだと思います」

「楽……?」

「周りに仙道くんクラスの選手がいっぱいいる……。無理をする必要がない」

 普段どういうトレーニングを積んでいるのかは知らないが、仙道の体力も相当なものだ。それに仙道は、確かに適正はフォワードだと言えるのに、ポイントガード的な側面を持ったプレイを好む傾向にある。──これは性格も影響しているのかもしれないが、チームメイトの欠点をうまくカバーして長所を引き出すのが巧い。ゆえにこれほどのメンバーに囲まれた仙道は十二分にチームメイトの力を引き出してやれるし、また、自分が無理をして誰かのカバーをする必要がない。むしろ紳一や藤真といった優秀なガードが彼を助けてくれる。

 なるほどな、と高頭も唸る。

「仙道の良いところは、チームのカラーをすぐに変えられることだ。これはウチの牧にはできん」

「お兄ちゃんのチームは、すぐにお兄ちゃん色に染まりますからね」

「だいぶん見えてきたな。神奈川というチームが……」

 腕を組んで高頭が笑った。

 頭の中で、"神奈川選抜"というチームで戦う彼らをイメージできているのだろう。そう、これは海南ではない。全く別のチームなのだ。

 ワクワク。ワクワクするのは当然のことだろう。これほどのメンバーは、おそらくどの県でも集められはしない。

 国体は、いける。だが──、すぐに彼らはまた敵同士に逆戻りだ。

 

『うわああ、魚住4ファウルだーー!!』

 

 あんな、インターハイ予選のような思いは、もう──。

 

『ごめん……』

『え……?』

『カッコ悪かったよな……』

 

 負けちゃってさ……。と自嘲していた仙道の表情が脳裏に過ぎって、ぐ、とつかさは拳を握りしめた。

 

 その後──今日の練習が終了して高頭との話し合いが終わると、つかさはコートに戻ってバスケットボールを一個持ち出した。

 相変わらず居残って練習してくる神や、今日も残っていた仙道に「頑張って」とだけ言い残して、外へ出た。

 この時間なら、選手たちは夕食を終えて宿舎にいるか、それとも──。

 

 一方──、つかさに探されているとは知るよしもない福田は夕食後の腹ごなしに校庭をふらふらと歩いていた。

 どこをとっても大きな学校だ。設備も充実していて環境に恵まれている。合宿も、陵南からは仙道と自分だけとはいえ昔なじみの神もいて居心地も悪くない。

 陵南から選ばれたのは、仙道と自分だけ。越野や植草は呼ばれなかったのだから優越感も覚えた。しかし──、いまいち「手応え」を感じられない。ヌルいという意味ではない、逆だ。

 今日の初戦の紅白戦ではベンチスタートだったあげく、三井の代わりで出たときは失点に次ぐ失点で、しかも得点させてさえもらえなかった。その後の数回の試合でも思うほどには点数を入れさせてもらえなかった。と、そんなことを考えていると「あ、いた!」とどこからか声がかかって振り向く。

 すると、セカンドコーチを務めているつかさがバスケットボールを片手に小走りで近づいてくる姿が映り──福田は目を見張った。

 なんだ……? とジッと見ていると、つかさはバスケットボールを突きだして言った。

「練習しよう!」

 なんなんだ、となお黙していると、つかさがオフェンス、自分がディフェンスで1on1をやろうというのだ。

 ディフェンス──、と呟いて福田はそっぽを向く。

「断る」

「え……ッ!?」

 つかさが固まった気配が伝うも、構わず歩いていこうとすると「んー」となにやら考え込んでいる様子が分かった。

「今日は、時間がなくてディフェンスを教えてるヒマがなかったけど……。今の方がいいと思うけど……」

「……?」

「みんなの前でだと、たぶんやりにくいんじゃないかな。1on1のディフェンスで福田くんが止められる選手はこの合宿にいないから」

 ピクッ、と福田の眉が動いた。なにをサラッと当たり前のように──とイラッとしてつかさに向き直る。

 

 が、つかさとしては至って真面目であった。

 

 素人に毛が生えたほどの福田のディフェンスに阻まれるほど甘い選手はこの合宿にはいない。自分とてそうだ。188センチの福田にブロックにかかられたり、リバウンド勝負などになったら圧倒的に不利であるものの、ドリブルで抜くのは容易い。

 それほど福田の守りは弱いというのを──果たして本人が理解しているか否か。

「じゃ、始めようか」

 もはや返事を考えさせるのも億劫だ。ちょうど明るいし十分なスペースがある。言うと同時にドリブルを始めると、福田は若干いやそうな顔をしたものの応じた。

 が──、問題はどう「抜く」ではない。抜くのは簡単だ。どう「守らせる」か考えないとな、と思案しながらつかさはドリブルを続ける。例えば分かりやすくフェイクを入れて、引っかからないように意識させるとか。甘いドリブルを見抜かせて反応させるようにし向ける、とか。

 ディフェンスのコツなんて、おそらくはない。それに陵南の田岡がディフェンスの指導が下手だとも思えない。魚住も、仙道も、ディフェンスに関しては目に見えて伸びているからだ。

 タンッ──! と福田を抜き去って、何回目か分からない勝利に若干息を乱しながら振り返ると、汗だくの福田が悔しそうな顔色を浮かべている。

 彼もまた負けず嫌いではあるのだろう。無言でまた構える姿勢を見せた。

 そんな顔をされても──、とゆっくりハンドリングしながらボールを突いていると、不意にバッと福田が手を伸ばしてきたためレッグスルーでスッと持ち手を替え、一気に脇の開いた福田を置き去りにする。が──。

「わッ──!?」

 止めようとしたのだろう。福田の腕に利き手を弾かれて、つかさは思い切りアスファルトへ滑り転んでしまった。

「──ッ!」

 ファウルだろ、と思いつつ見事に擦りむいた腕の傷の鋭い痛みに顔をしかめると、さすがに福田もばつの悪そうな顔をしている。

 ここで謝らないのが彼らしい、とジト目で見つつ、ポケットに入れていたハンカチで傷口を覆って結び、ボールを拾う。

 すると、福田が棒立ちしたまま小さく首を振るった。

「やりにくい……」

「え……?」

「女とは、やりにくい」

 言われてつかさは目を見開いた。まあ、そうだろうが……と納得しつつ頭に手をやる。

「福田くん、さ……。ディフェンスの練習、好きじゃない?」

「どういう意味だ?」

「ディフェンスの練習って地味だとは思う。目に見えて、成果って分からないし。周りには福田くんよりバスケ経験の長い人ばかりだから、オフェンスと比べて差が付きやすい……。それにオフェンスの、福田くんの得意なインサイドエリアの練習ってたぶん、楽しいしね」

 結局のところ、ディフェンスの得手不得手は経験に左右されるものの、基本は身体づくりだ。地味で苦しい鍛錬の積み重ねが基本を作るのだが──これが好きだという人間はほぼいないだろう。オフェンスの練習の方が楽しいに決まっている。楽しむことを否定はしないが、それだけではダメな場合だって勝負所では出てくる。

「今は、練習時間外だから、個人的なことを言うね。陵南は魚住さんが抜けて、インサイドが弱くなる。だからどうしてもオフェンスの主体を少しでも外に広げなくちゃならないし、福田くんは4番だから……魚住さんのあとのセンターと協力してリバウンドだって頑張らなきゃならない。こなさなきゃいけないことがいっぱいあるよ」

 ボールを握りしめて訴えると、福田は不可解だと言いたげな表情を浮かべた。

「なぜ……お前がそんなことを言う? 海南のお前が」

「そ、……それは……」

 それは。それは──来年のインターハイのため、とつかさは脳裏に湘北に敗北してインターハイへの道が閉ざされたと知った時の彼らの表情を浮かべた。

「私は、陵南に……仙道くんにぜったいにインターハイに行って欲しいから」

「──ッ!?」

「仙道くん、夏の試合でたった一人でチームを支えてた。あなたたちはいつも、心のどこかで仙道くんに頼り切ってる。これから魚住さんのいないチームで……このままだと仙道くんの負担が増えるだけ……。ウチにも、湘北にも勝てないで終わっちゃう」

「……お前……」

「お願い……! 仙道くんを、助けてあげて……! 福田くんのディフェンス力があがれば、リバウンドが取れれば、仙道くんの負担が減る。……合宿から帰ったら、越野くんにも伝えて。ガードが外から打てれば、攻撃のコマが増える。でもこのままだと、もしインターハイに出られても、勝ち上がれない!」

 ボールを握りしめると、福田はハッとしたように目を見開いた。

「仙道くんは、きっと負けない。全国でも、きっと負けない……! でも、陵南が勝てないと意味がない。お願い……!」

 ボールを掴む手がいつしか震えていた。ただ──しばし黙っていた福田は、無表情のまま一言だけ言った。

 続けよう、と──。

 

 一方──、体育館に最後まで居残った神と仙道は、散らばったボールを片づけながら「腹減った」と譫言のように繰り返していた。

「さすがに、今日はちょっとしんどい」

「今日、けっきょく何試合やったっけ? オレは何度か引っ込んだけど、仙道は出ずっぱりだったもんな」

「けど、神は気合い入ってたよな。スリー以外にも動いてくれるからオレもパス出しし易かったし。さすが海南の次期キャプテン、だな」

 そんな風に仙道が言って、あはは、と神は笑った。

「それもあるけど……。つかさちゃんが見てたから、ね」

「え……!?」

「"私が出たほうがマシ"って思わせたくないな、ってさ。時々、思ってると思うんだよね。ディフェンス抜かれた時なんて、ちょっとした恐怖だよ」

 ははは、と神はあっけらかんと笑いながら続けたが、仙道は笑みを浮かべながらも少しだけ額に汗を浮かべていた。

 特に深い意味があるとは思えない。言葉通りの意味だろう。

 

 まいったな──、などと仙道が神の言動に呟いている頃。

 紳一たちの部屋では紳一は各県代表のメンバーリストを眺めており、藤真はダンベルで筋力トレーニングをしていた。

「なあ牧、山王……じゃない、秋田代表には沢北はいないんだろ?」

「ああ、リストにも名前がない。しかし……腐っても山王だ、沢北の替わりくらいいるさ」

「いや、いないだろ。沢北の代わりとなれば仙道・流川クラスじゃないと務まらない。国体で怖いのは秋田じゃない」

 言われて、紳一も「そうだな」とリストに目線を落とす。おそらく宿敵となるのは──親友の率いる愛知代表。

 愛知選抜の構成メンバーである愛和学院と名朋工業は仲違いをしていたはずだが、どうなっているのだろうか。さすがに割り切って良いチームを作っているか。諸星はそんなに陰険な性格ではない。おそらくはちゃんとまとまりのあるチームを作って出てくるだろう。などと考えていると、藤真が視線を送ってきた。

「そういや、お前の従妹はバスケットやらないのか?」

「ん……?」

「そうとう上手いだろう? マンツーでの平面勝負だったら、オレたち選抜チームでも厳しいと思うぞ」

 言われて、紳一はああと頷く。

「局所勝負ではそうかもしれんが、アイツじゃリバウンドは取れんしパワー負けしてゴール下では吹っ飛ばされる。速攻のスピードにも追いつけんだろうしな」

「おいおい、どんなゴリラと勝負させる気だ? 高さもスピードもジャンプ力も、相当だろう。こんなところで、清田たちにジャンプシュート教えてる場合じゃないと思うがな」

 藤真はおそらく女子VS女子を想定したのだろう。呆れたように言った。が、紳一はそれには答えなかった。

 非があるとすれば、それは自分と──そして、と浮かべた親友の顔をすぐにかき消す。誰のせいでもない。誰のせいでもなかった──。

 

 どうにもならないことだったのだ。──と考えつつ、紳一は大きなため息を吐いた。

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