Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第30話

  新学期が始まり──。

 おとそ気分も抜けて、街中が妙にぴりぴりしていると感じるのはセンター試験が目前だからだろうか?

 

 学校帰りに市内の本屋で参考書を物色していたつかさは、周囲の迫り来るような受験ムードに少々肩を竦めていた。

 花形の東大受験の合否はちょっと気になるな、などと思いつつ店内を歩いていると、見知った人影を見つけ、あ、と瞬きをする。

「三井さん……?」

 湘北の三井だ。声をかけると三井も気が付いてハッとしたようにつかさの方を見た。そして浮かべていたしかめっ面を崩し、よう、と笑みをみせた。

「つかさじゃねえか。久しぶりだな」

「はい。三井さん……受験勉強、じゃないですよね?」

 今さら、と少々困惑していると、三井の手にはなぜか「ここが見所! 愛知県」なる観光本のようなものが握られており、益々眉を寄せる。三井は大学推薦を狙っていたはずだ。だから受験勉強を捨てて選抜まで残ったと聞いている。が、湘北は冬の選抜で惨敗に近かったのだ。さすがのつかさも「大学はどうするんですか?」とズバリ聞けず、少しの沈黙が流れると、三井は小さくため息をついた。

「お前……、愛知出身だったよな?」

「はい。そうです」

「あー……、これからちょっと時間あるか?」

 急ではあったものの、お茶に誘われ、特に断る理由もなかったつかさはそのまま三井と近くの喫茶店で改めて向き合った。

「実は……、大学のことなんだが」

 ピクッ、とつかさの頬が撓る。こう切り出されたということは、聞いても差し支えないと言うことだろうか? つかさはちょうどサーブされたコーヒーのカップに手を添えて力を込めた。

「三井さん……。推薦、狙ってたんですよね、確か」

「ああ。だがな……さすがに、深体大とか、その辺の大学からは来なかった」

 チッ、などと舌打ちしている。が、深体大は諸星を特待で取った、大学一のチームである。例え選抜で三井が大活躍していても、ポジションのかぶっている諸星がいる以上は無理だろう。とは言えず、取りあえずコーヒーを口に付ける。

「けど、よ。声……かけてくれたところがあってよ」

「──ッ!? ホントですか!」

 三井の声につかさは思わず手を止めた。予想外のことだったからだ。

「うわ……、よかった。おめでとうございます!」

 少なからず三井の進路を心配していた身としては、無事に三井の進路が決まったのならば喜ばしい。つかさが声を弾ませると、んー、と三井はなおしかめっ面をした。

「それが、けっこうキビシイんだよな。声はかけてくれたが、好待遇ってわけじゃねえし。いや、まあ、学力ノーチャンスだから贅沢言ってる場合じゃねえんだが……」

「な、なるほど……。あの、それで、どこの大学から……?」

 三井は、頼んだアイスティを飲み込んで「つめてっ」などと言いながら咳払いをした。

「愛知学水だ。知ってっか?」

 思ってもみなかった答えにつかさは目を見開く。──中部地方切ってのバスケの名門で、諸星が最後まで進学を迷っていた大学だ。

「も、もちろん。名門ですよ!」

「中部のな。一応、バスケ関係の諸費用は免除してくれるらしいんだが……。そもそも形だけでも試験受けなきゃなんねーらしいし、学費は免除じゃねえし。けど贅沢言えねえしなあ」

 ハァ、と三井はため息をついている。乗り気ではないのだろうか? この時期に、試験対策ゼロで優遇措置の話が降って沸いてくるなど渡りに船以外の何者でもないはずだというのに。などと返答に詰まっていると、しかも、と三井は話を続けた。

「噂で聞いたんだが……、なんでも愛知学水は諸星を欲しがっててダメだったからオレに、とかってよ。……お前、諸星と仲いいんだろ? アイツどこ行くか知ってっか?」

 う、とつかさは喉を詰めた。頬杖をついた三井が探るようにしてこちらを見て、少々頭を抱える。全ての得心がいったからだ。なぜこの時期、なぜ急に三井にこの話が、という。

「大ちゃんは……、深体大から特待で誘いを受けてて、選抜のあとに深体大進学を決めました。最後まで愛知に残るかどうか迷ってたみたいですけど……。あの、お察しのとおり、愛知学水はシューティングガードを補強したいんだと思いますが……」

「だろ!? 諸星のかわりかよ、オレは!」

「ちょっと待ってください。大ちゃんは、日本一の! シューティングガードですよ!? そこ比べてどうするんですか!」

 ふてくされたように言い捨てた三井にかぶせるようにつかさも言い放った。三井もそこは分かっているのか、「ああ!?」と目つきを鋭くしたものの、ふ、と息を吐いた。

「いや、不満ってわけじゃねえんだ。ただ、赤木も以前、深体大からスカウト来ててな……オレもそっちでやりてえな、ってごちゃごちゃ考えてるっつーか」

 赤木は結局、受験を選んだが、と続けてつかさは肩を竦める。

「別に三井さんの行きたい大学を受験すればいいと思いますよ。深体大でも都内の有力大でもどこでも」

「だから、ノーチャンスだっつってんだろーが!」

「でも、大ちゃんは本当に愛学に進むか迷ってたんです。深体大に行くことを決めたのも年末で……。最初から日本一はつまらんとか、地元を日本一に導くとか言ってましたし。私は、愛学の見る目はあると思います。だってわざわざ神奈川から三井さんを選んだんですから。それだけ三井さんが良い選手だってことですよ」

「お……、おう」

「けっこう住みやすい場所ですよ。それに、一から違う環境でバスケを始めてみるのも面白そうです」

 三井さんが決めることですけど。と付け加えて、少しつかさは笑った。

 三井になぜ2年間のブランクがあったのかは分からない。が、気持ちを新たに、何のしがらみもない生活を始めるのも悪くはないだろう。

 おそらく、三井は「他に選択肢はない」という状況で既に進路を決めていて、住み慣れた場所を離れるとか知らない土地に飛び込むという現実を前に僅かばかりナーバスになっているのだろう。が、自分にとっては愛知はふるさと。気に入ってくれれば、嬉しい。

 ま、そうだな。と三井も少し肩の力を抜いてグラスの氷を鳴らした。

「そういや、牧のヤツはどうすんだ? 進学」

「あー……、さあ、たぶん、海南大にそのままああがると思います……」

「は? そうなのか? オレはてっきりヤツも深体大に進むと思ってたが」

「拒否してました……」

 それで諸星と揉めていたことを思い出して、つかさは苦笑いを浮かべる。もしかしたら紳一は今後はバスケを趣味に留めて今度は本格的にサーフィンに明け暮れるつもりなのかもしれない。が、いずれにせよ紳一が決めることであるし、本人からまだはっきりと聞いたわけでもない。

 ふーん、と相づちを打ちながらストローに口を付けた三井に、つかさは逆に訊いてみる。

「そういえば、湘北はどうなんですか?」

「お、敵情視察か?」

「そ、そういうわけじゃ……ないこともない、です、けど」

 少し茶化すような笑みを三井が浮かべて、つかさは苦笑いを漏らした。

 そうだなあ、と三井がコップを揺らす。

「ま、このオレが抜けた穴はでかいだろうな。めぼしいシューターがいねえからなあウチは」

「桜木くんは……」

「まだ無理はできねー状態だな。今度の夏までに、去年の夏までの動きが出来るようになりゃ御の字ってトコだろうな」

「神奈川は一気に大型センター不足の時代になりますね。去年は豊富だったのに」

「そん変わり、フォワードがバケモノ揃いじゃねえか。流川だろ、仙道に、お前んトコの神、それに……緑風にはマイケルもいるしな」

「……だ、誰……ですか?」

「緑風高校って新設のキャプテンだ。なんでもNBAも注目してるって逸材だぜ。いまアメリカに遠征練習に行ってるが、夏にはこっち戻ってくるらしい。オレの中学んときの後輩もいるしな、けっこう上手いぜ」

「あ、思い出した。克美くんですね、緑風のシューティングガード」

 選抜で見ましたと言うと、三井も、おう、と相づちを打つ。緑風は選抜予選で海南とあたって、海南が勝っている。

「ま、マイケルが帰ってくりゃけっこう強敵だと思うぜ」

「フォワード対決かぁ…………」

 混ざりたい、と感じてしまい思わず口をへの字に曲げる。いいな、楽しみだ。夏の大会が、と思うも──インターハイに行けるのはたったの2校。

「海南はどうなんだ? 新キャプテン、神なんだろ?」

「あ、はい。しっかりした人だから、良いチームを作っていくと思いますよ。海南で一番努力する人だし……キャプテン自らいいお手本になってくれると思います」

「まァ真面目なヤツだからな、神は。海南は毎年いいルーキーも入ってくるしな」

 少し羨むように三井が言い、つかさも頷いて少し笑みをこぼした。

 どのチームも、次の目標──インターハイに向けて少しずつ歩き始めている。

 三井と別れてから、帰り道を歩きつつ思う。どのチームも、スタートしたばかり。しかし陵南は、新チームに移行して既に半年近くが経っている。スタメンもセンター以外は全員がそのまま最上級生となり、いい状態で夏を迎えられるはずだ。きっと陵南に足りない「全国での経験」というハンデさえ乗り越えて。

 ただし、仙道のやる気、他のメンバーの力量。その他いろいろと問題も多いのも現状である。

 とはいえ仙道に神のような練習の鬼になれと望むのも不可能に近いし、そもそも、そのままの仙道が自分は好きなわけで、と仙道のいつもの笑みを思い浮かべて浮ついた脳に、ふ、と諸星の声が蘇ってきた。

 

『その腐りきった根性、このオレがたたき直してやるぜ、どこだ、陵南は! 連れてけッ!』

 

 年末、牧家に泊まっていた諸星は、仙道の「のらりくらり」という具合を目の当たりにして使命感を燃やしたのか「冬休みの間はオレが鍛えてやる」などと言いだし、結局、冬休みの最終日まで牧家にいた。ついでに昨日、愛知の諸星家から大量に味噌カツセットやきしめんが届いたばかりだ、と思い返してつかさは肩を揺らした。

 おそらく、諸星なりに自分を負かした仙道に期待しており、そして単純に仙道が気に入ったのだろう。

 年始には諸星も一緒に初詣に行ったり、良い思い出にはなったが──、初詣は二人で行くつもりだったのにな、などと思い返して苦笑いを浮かべる。

 きっと仙道も諸星とは割と相性が良かったのだろう。が、「つかさちゃんって、牧さんより諸星さんに似てるよな……いろいろと」と少々遠い目をして言っていたことが忘れられない、とつかさは人知れずばつの悪い表情を浮かべた。

 諸星は、はやくも次の目標──全日本でシューティングガード、そして世界と戦う──というある意味とてつもないゴールを目指して走ることを決めた。

 仙道は、どう考えているのだろう? 彼は、そんな目標を立てて突っ走るタイプではないし、仮に目標があったとしても周りにそれを悟られるようなことはしない。

 インターハイ出場というのは、おおよそのバスケット選手としては変えがたい目標のはずだ。が、仙道の場合、もしかすると国体で神奈川のエースとして既に優勝を決めたため、意欲も減っているのかもしれない。

 しかしながら、国体・選抜とインターハイは規模も意義も桁違いだ。全てのスポーツ選手にとって、インターハイは譲れないもののはず。

 

 ──とはいえ、なんだかんだ仙道も諸星の熱血指導には付き合っていたようだし、陵南の練習量はやはり並以上。それに仙道も仙道のペースで必要な練習はこなしていて、見た目ほど「のらりくらり」というわけではないのは、今はつかさも理解していた。

 

 そして、練習している時としていない時の落差が激しいのもよく知っている。

 釣りに精を出している時もあれば、国体の合宿時のように、あの神にさえ引けを取らない練習を自らに課していることもあるのだ。神との違いは、常に一年中あの練習量を誇れるか否か。やはり、ムラッ気があるのが仙道であるが、そういう性格なので致し方ない。

 この辺りが陵南の田岡や諸星にはもどかしい部分であり、つかさ自身「バスケット選手の仙道彰」だけを見たときには同じ意見であるが、そこもまた仙道本人の良いところだと思っている今は──自然のものとして受け入れていた。

 

 

 一方の仙道は──、3学期の始まった教室で、授業を聞き流しながら頬杖をついて思案していた。

 ──昨年、インターハイ予選は3位で終わり、インターハイに行けないまま魚住たちは現役を終えた。

 魚住は、いつも自分を立ててくれ陰ながら年下の自分を信頼し頼りにしてくれていた。けれども、自分だって、魚住をキャプテンとして信頼していたつもりだ。田岡も、魚住が3年となった夏にこそインターハイ出場をかけていただろう。

 全ては終わったことで、仕方がない、と受け流してはいたが──、バスケットに対する「やる気」のゲージが少し下がったのは否定できない。そもそも、このゲージを常に維持できるのはバスケ狂の流川か、超がつく生真面目な神くらいしかいないだろう。

 ああ、もう二人いた、と仙道の脳裏にポンと浮かんだのは、つかさと諸星だ。

 諸星は──不思議な人だ。なんだかいろいろ重いものを背負って戦っていたのに、本人は全く苦にもせず、そしていつも楽しそうだ。

 最初はつかさの「大ちゃん」がどんなものかと警戒もしていたが、意外にも彼を好きになってしまった。初めて彼のプレイを見たとき、一緒にやったら楽しそうだ、という印象そのままで、自分は試合には勝ったし現時点で能力的に彼に劣っているとは思ってないが、頭が上がらない。

 

『もう二度と、負けんじゃねえぞ、仙道!』

『お前はこのオレ、諸星大を負かしたんだ! 分かったか!?』

 

 とんでもないタスキを渡されたが、果たして自分が諸星のようになれるか? 自分自身に問いかけるも、答えは渋ってしまう。

 人生という選択肢において、自分の場合、バスケットはそのうちの一つに過ぎない。勝てれば楽しいし、むろんバスケットは好きであるが、自身の全てをバスケットに捧げる人生を選ぶ自分というのはいまいち想像できない。

 つかさのように、今にも倒れそうなほど苦しそうな顔でバスケットをするのは、自分は違うと思っているし。けれども。もしかしたら少しだけ怖いのかもしれない。去年のように、インターハイへの道を目前で絶たれた。あれを繰り返すことは、本心から嫌だ。

 かといって、どうやって今の陵南で数多の強豪を倒し、ましてやインターハイに出て諸星の言うように全国制覇を成し遂げるか? 自分の悪い癖でもある詰め将棋のように先まで読んでいってしまうその感覚が「詰んだ」と告げている。

 

『お前は……良いプレイヤーだ。なのに、なにやってんだ?』

『インターハイ予選で敗退するような選手じゃねえだろ、お前は!』

 

 もしも諸星が陵南にいたら、こんなつまらないことは考えすらしないだろうな、と仙道は浮かべて苦笑いを漏らした。

 現に冬休みに無理矢理陵南に通い詰めていた諸星は、ズバズバと「お前、ここが使えねえ」などと指摘して熱血指導にあけくれていた。中でもポジションの同じ越野は田岡の比ではないしごきを受け、ほとんど泣きが入っていた。が、「愛知の星」「全国一のシューティングガード」「選抜準優勝のキャプテン」等々の輝かしい肩書き以前に、諸星は持ち前の明るさであっという間に陵南をまとめ上げた。

 魚住引退以来、覇気が薄れていた田岡でさえ、「監督、インターハイ出場ではなく、インターハイ制覇、ですよ!」などと言われ、最初はいきなりの愛知の星見参におののいていたというのに、最終的には意気投合していた。

 どうも自分は典型的体育会系熱血とは合わないと思っていたが、諸星はそんなものさえ超越していて──やはり、自分は彼を好きになってしまっている。

 

 しかし──、となお仙道の脳裏に諸星の声が過ぎる。

 

『仙道……、お前、つかさのことまだ良く分かってねえな』

『お前にとっちゃ、ただの可愛い女の子かもしれんが、オレにとっちゃそうじゃねえんだって』

 

 つかさは、自分にとってはヒーローだ、と諸星はそう言い切っていた。いや高頭ですら、エースの中のエースだった、と賞賛した。自分と出会うずっと前の、過去のつかさ。けれども、諸星とつかさの間になにがあったか知った今となっても、まだ諸星の気持ちは分からない。いや、もしかするとつかさの本心さえ──。

 

『もし、願い事が一つ叶うなら絶対に男の子にしてもらう』

『そうしたら、大ちゃんに負けないのにな……なんて』

 

 男の子に生まれたかった、と言っていたつかさの本意を、知ってしまうのも少しだけ怖いのかもしれない。

 けれども──、と仙道は中休みになると重い腰をあげて、めったに訪れない職員室を目指した。

 ノックをして中へ入り、まっすぐに田岡の席を目指す。

「先生、ちょっといいですか」

 茶をすすっていた田岡は、急な来訪者にビクッと肩を震わせた。まるで珍しいモノを見るような目でこちらを見ている。

「せ、仙道か……。どうした?」

 部活の連絡等々は副部長を務めている几帳面な植草が担当してくれており、特に部活での用事もない。まして勉強での質問で職員室通いなど天地がひっくり返ってもありえないというスタンスの自分が現れたので驚いてるのだろう。構わず仙道は続ける。

「無理を承知で頼みたいことがあるんですけど……」

「頼み? なんだ……?」

「観たいビデオがあるんです。ミニバスの試合……。海南の牧さんと、愛和の諸星さんが同じチームにいた時のものを、どうしても一度観たいんです。探してもらえませんか?」

 急な話に田岡の目が見開かれた。なにを藪から棒に、という思いなのだろう。

「ミニバス……。なんでまた……。いや、しかし、それは諸星に頼めば持ってるんじゃないのか?」

 知り合いだろう、と続けられて仙道は少し眉を寄せる。

 ──それは分かっているのだ。諸星にも、紳一にも、つかさにも頼めること。しかし、ソコに関しては彼ら3人の中に入り込みたくない。これは、自分の決定だ。

「オレ個人の問題なので、諸星さんに頼むのは気が引けて……。先生、お願いします」

 これ以上ないほど真摯な態度で仙道は田岡に頭を下げた。

 ──因果、などということは基本的に気にしていない。結果には必ず原因があるのだし、結果があるからこそ原因があるわけで──、そう、自分がつかさに惹かれたのも、自分の中で少しずつ彼女に対する気持ちの「本気」具合があがっていったのも、原因や因果を求めているわけではない。

 けれど、シュートを打った彼女はハッとするほど美しくて、けれども辛そうで、「笑ってくれたらな」という想いを彼女に抱いた。彼女が抱えていた気持ちの原因は諸星で、諸星が抱えていた苦悩なしでは自分はつかさに出会うことも惹かれることもなかったのだ。

 そうして自分は、結局なにも知らない。

 コートに立っていたつかさを知らない。諸星が、彼女のかわりに日本一を目指すと誓うほどだったという、選手としての彼女を知らない。

 結局まだ、覚悟が足りないのかもしれない。諸星のような「断固たる決意」という、覚悟が。

 

 田岡は仙道の態度に尋常ならざるものを感じたのか、「やってみよう」とだけ答えた。

 

 その後、いつも通りに授業を終えて部室に行くと、既に来ていた越野達がテーブルを囲ってなにやら雑誌を広げていた。

 大抵、男子運動部の部室で広げられる雑誌と言えばスポーツ雑誌かエロ本の2択であるが、取りあえず「なに見てんだ?」と訊いてみる。

「今日発売の週間バスケットボールだ。見てみろよ、コレ」

 越野が目線を仙道の方に向け、ん? と仙道は長身を活かしてひょいと覗き込む。するとそこには"愛知の星・深体大へ!"なる見出しで諸星の特集が組まれているページが飛び込んできた。

 ウィンターカップがメディアと提携してショーアップをしているせいか、選抜で一番目立っていた諸星は選抜以降、こうしてたびたび雑誌やメディアを賑わせている。

「なになに、"深体大進学への決意の裏に親友の影? 海南・牧紳一との熱い絆"って……、すごい煽りだな……」

 ザッと記事に目を通すと、諸星が深体大に進学を決意した裏には紳一の「世界を目指せ」という助言があったらしく。その辺りが美談風に書かれていた。

 そういえばあの二人は進学に関して相当に揉めていたらしく、年末に「お前はオレを裏切らねえよな!?」と暗に自分にも深体大進学を勧めていた諸星を思い浮かべて仙道は苦笑いを漏らした。

「カッコイイよなー……」

「オレたち、諸星さんと一緒に練習してたんだもんな。なんか信じられないよな」

 特集は諸星のプライベートショットのようなものまで掲載してあり、越野や植草はまるでアイドルを眺めるようにテンションをあげていて、やれやれ、と仙道は肩を竦めた。

 そうこうしているうちに、ガラッと扉が開いて慌てたように彦一が入ってくる。

「すんません、ホームルームが長引いてしもて遅うなりました!」

 言ってこちらに小走りで走ってきた彦一はなにやら紙袋を下げており、仙道の方を見やるとズイッとそれを差し出した。途端、一同は「またか」という顔をする。仙道も何度か目を瞬かせた。

「仙道さん、あの、これ一年の女子たちに頼まれてしもて……。仙道さんに渡してくれて……」

 いわゆる、「差し入れ」だが、学年を問わずこのようなことは日常茶飯事だ。

「……サンキュ……」

 受け取らないわけにもいかない仙道は、毎回受け取り、消費できるものは部で消費するようにしていた。が、ファンレターの部類はどうにもならない。

 一応は目を通すだけ通して、しかも捨てるわけにもいかないため、部屋のクローゼットの一角で徐々に格納スペースを浸食していっているのだが、と仙道は帰宅してからそれらをきちんと仕舞った。

 一応コレでも気を遣っているつもりだ。つかさが自分の部屋で、他の女の子からのもらい物などを見たら、良い気分はしないだろうと目に付かないように、と。しかし、相手はあの紳一の従妹で愛知の星の幼なじみだ。この手のシチュエーションには慣れているに違いない。

 いや、でも、さすがに少しは妬いてくれるんじゃないか、などと期待するのは──やっぱ無理かな、と仙道はガシガシと頭を掻いた。

 

『お前にとっちゃ、ただの可愛い女の子かもしれんが……』

 

 ふと諸星の声が頭にリフレインする。可愛い女の子、以外の何だと言うのだろう?

 やっぱり、彼女は可愛い。バスケットが上手いというのも、その実力が相当に抜けているというのも知っている、が、やっぱり、自分にとってはつかさは「女の子」でしかない。

 男の子に生まれれば良かった、などとはつかさも言っていたが──、冗談じゃねえ、と仙道は低く呟いた。

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