Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第31話

「──8、──9、──10!」

「ゲッ……!」

「やった! 私の勝ち!」

 

 一月下旬の日曜。

 日も高くなり始めたころ、つかさと仙道は陵南からほど近い公園のバスケットコートでボールを追っていた。

 小一時間ほどウォーミングアップがてら精を出して、そしてシューティング勝負を始めて何度目だろう? この勝負であれば、引き分けか、相当にシュートを得意としているつかさの勝ちで、仙道ははしゃぐつかさを見て肩を竦めた。

 つかさの横顔を見つめながら思う。

 湘南に越してきて初めての日、この公園でつかさに出会った。あの時見つけた、苦痛な表情でバスケットボールを握りしめていた少女はもういない。

 

『たぶん、つかさが少しでもまたバスケに関わる気になったのもお前のせいだろうな……』

 

 出会った日、確かに目が合ったはずだというのにつかさの瞳には一切映っていなかった自分の姿は、今はどうなのだろう?

 つかさを駆り立てたのは、「バスケット選手」の自分でしかない。では、「仙道彰」は──? と、仙道は確かめるように笑うつかさの腕をグイッと引いた。

 

「──ん……ッ!?」

 

 そのまま不意打ちのように唇を重ね、彼女の柔らかい上唇を甘噛みしてすぐ離すと、眼前のつかさは解せないといった面もちを浮かべていた。

 ふ、と笑いかけると、ぴく、と頬を撓らせたつかさは少しばかり目線をそらして俯いた。目尻が少し赤い。

 平手打ちをくらった時に比べれば、劇的な進歩だよな。まして冷たくあしらわれていた頃と比べればまさに雲泥の差、と思い返しながら仙道はそのままつかさの手を捉えて引いた。

「そろそろ、引き上げようか」

「え……?」

「続き、してえし」

「え……、だったら……」

 キョトンとしたつかさは、そこで意図に気づいたのかハッとしたようにして少し唇を尖らせた。

「仙道くん、午後から部活って言ってなかった?」

「ん? ヘーキだって」

「まだお昼前なんだけど」

「オレは部活行くけど、つかさちゃんはそのまま寝てていいぜ」

 さらっと言い放てばジトッと睨みあげられたが、めげずに笑みでかわすと、少ししてからつかさは肩を竦めた。

「私はもうちょっとバスケしたいんだけどな……」

 仙道くんは部活で思い切りできるだろうけど。とこぼすつかさの手に指を絡めて歩き出す。

 バスケがしたいならば、バスケ部に入ればいい。などと言う人間はおそらくいないだろう。並のレベルの女子バスケ部につかさが入れば、そこのパワーバランスが一気に崩壊することは目に見えている。「天才」というのは、そういう厄介な部分もあるんだよな、と仙道はふと自分自身のこれまでの境遇を重ねた。

 その辺の女子ではつかさの相手にはまずなれない。かといって、トップレベルの男子には及ぶべくもなく、男子に混ざれるはずもない。現に、自分にとってはつかさは「真剣勝負をしたい人」ではないのだ。いくら諸星が彼女をヒーロー視していても、と浮かべていると、仏頂面でも晒していたのかつかさが怪訝そうな顔で見上げてきた。ハッとして表情を緩めると、つかさも口元を緩めて、そっと腕に身を寄せてきた。

 ぞく、と不覚にも仙道は自身の身体がざわついたのを自覚して、そして薄く笑った。

 自分の知らないつかさを、諸星の見ていたつかさを、知りたいかと問われたら答えは半々だ。

 けれども、知らなければ、いつか破綻してしまいそうで──、もう一歩。あと一歩、踏み込んでみようと決めた。

 ただ、諸星が彼女に何を望んでいたか。それを知ったところで自分とは相容れないだろう。つかさは、自分にとっては可愛い彼女。今のままで十分なのだから。と、仙道は無意識のうちに繋いだ手に力を込めた。

 

 

 二月の初頭──、金曜日の昼休みに田岡に呼び出された仙道は、職員室に赴いていた。

 仙道が田岡の席まで行くと、来たか、と椅子を回して仙道に向き直った田岡は大きな封筒を仙道へと差し出した。

「お前に頼まれていたビデオだが……。なんとかツテを頼ってようやく一試合だけ手に入ったぞ」

 頼んでいたもの、とは諸星と紳一、そしてつかさが所属していたミニバスチームの試合のビデオだ。

 本当か、と僅かに瞠目して瞬きした仙道に、ああ、と田岡も笑う。

「全国大会の、何回戦か忘れたが……。たまたま撮っていたものらしく他には手に入らなかった。一応は手を尽くしたつもりだが……」

「いえ、十分です。ありがとうございます、先生」

 仙道が頭を下げると、ふ、と田岡はなお笑みを漏らす。

「お前がそこまで言うもんだから、オレも興味が沸いて観てみたんだが……。なかなか、小学生の牧や諸星というのも見応えがあったぞ。カワイイもんだ」

 現在の彼らと比べているのだろう。微笑ましそうに笑った田岡は、しかし、と言う。

「意外かもしれんが、このチームのエースは……、諸星でも牧でもないぞ」

「……牧つかささん、ですよね……?」

「ああ、そうか……。彼女は確か、国体で高頭の補佐コーチを務めていたんだったな。いや、驚かされたよ。まさか……あの牧・諸星を有しながら、女の子が、とな」

 おそらく田岡も高頭と同じような感想を抱いたのだろう。ふ、と仙道は笑みを深くして封筒を受け取り、もう一度頭を下げた。

 田岡は、なぜそれを求めるのか、という追求はしなかった。ただ黙って力を貸してくれた。信頼してくれているということだろう。ありがたく感じつつ、その日の部活が終えると仙道は自身のアパートに戻り、食事もそこそこにさっそくテレビの前に座った。

 僅かばかり緊張する。いざビデオを再生しようとして、やっぱり止めようか、と。

 おそらく、そのビデオの中に居るつかさこそが、諸星や紳一にとっての「牧つかさ」なのだろう。今もなお諸星が「エース」だと讃える、彼にとっての真のつかさの姿だ。知りたいとは思うが──、知りたいと思うからこそ手に入れたと言うのに、と、珍しく怖じ気づいている自分に苦笑いを浮かべて、一呼吸置いてからビデオの再生ボタンを押した。

 ジ、ジ、と画面がゆがんで独特の音が鳴り、次いでパッとクリアになって見慣れたコートが映し出される。

「お……」

 画面の中に、今の諸星をそのまま小さくしたような出で立ちの少年を見つけ、ははは、と仙道は笑った。

「変わってねえな」

 けれども、微笑ましい、と思ったのはその瞬間までだった。

 愛知の攻撃──、ポイントガードの位置に着いているのは紳一だ。面影がある、が、今より随分と華奢な印象である。なるほど、ポイントガードになったのもうなずける体格だ。

 2番の位置に諸星があがり、3番は──、あれがつかさか、と仙道は目を見張った。

 陵南で言えば、越野ばりのショートカットだ。確かに、紳一・諸星よりも明らかに背が高い。これは少女と言うよりは少年だな、と思った瞬間、紳一からつかさにパスが通った。

 刹那、インサイドに切り込んだつかさは3人抜きであっという間にゴールを決め──ビデオから観衆の歓声が作り出すノイズが漏れてきて、さしもの仙道も絶句した。

 

「ディフェンス! 止めるよ!」

「おう!」

 

 もうその動きだけで、明らかにチームの中心だというのが分かってしまった。愕然と見つめる画面の中では、鮮やかにボールをスティールしたつかさが諸星にパスを通し、カウンターの速攻が決まった。

 おいおいおい、と仙道は息を呑む。

 紳一のプレイスタイルが随分いまと違う。典型的な裏方に徹するポイントガードだ。諸星が補佐になって動き、完全にフォワードを中心に動いている。──この動き、確かに国体の合宿で「紳一、自分、つかさ」という3人で演じては見せたが。まとまり、という点では遙かにビデオの中の彼らが上だ。

 

「ナイスリバンッ! つかさッ!」

 

 インサイドに強い、というのを証明するかのように獲るのが困難なオフェンス・リバウンドを力強くつかさが取り、仙道は完全に言葉を失った。

 オフェンスどころかディフェンスも巧い。積極果敢にリバウンドも取っており──仙道は意図せず汗を浮かべていた。

 4年生? それとも5年生だろうか? とてもではないが、自分が小学生だった時より遙かに強い。これは──勝てないぞ、とごくりと喉を鳴らした。

 

『あれこそ、まさにエース・オブ・エースと呼ぶにふさわしい選手だった』

『けどオレにとっちゃ、今も、フォワードのナンバー1はつかさだ。だから、オレは……』

 

 ディフェンスをかわしてロングシュートを決めた画面の中のつかさを捉え、仙道は唇を引いた。

 オフェンスは中外問わずこなし、ディフェンスでもインサイドでリーダーシップが取れ、パスもさばける。まさにエースフォワードの理想そのものだ。

 まさかこれほどだったとは……、と思うと同時に、画面上の、弾けそうなほど活き活きとプレイしているつかさを見て、少しだけ眉を寄せる。

 

『どれほどの選手になるのだろう、とその後、中学の試合で彼女を捜したが……。中学でもスター選手だった牧・諸星とは違い、彼女を公式戦で見つけることはついに出来なかったがな……』

『だってよ、誰も知らねえんだぜ? 中学の時のアイツがどんだけ強かったと思う?』

 

 本当に、高頭や諸星の言うとおり、画面の中の少女がそのまま順調に成長していたとしたら──中学の頃の彼女はいったいどれほどのプレイヤーだったのだろう?

 仮に、同じく全国区であった諸星や紳一に勝てなかったとしても……。おそらくは、「女子」というカテゴリーの中では、敵などどこにもいなかったかもしれない。ブランクのある今でさえ、そうそう彼女に敵う選手がいるとは思えないというのに。

 

『つかさにバスケットを止めさせたのは、オレだ』

『オレは……、もう誰にも負けねえと勝手に誓った』

『もう二度と、負けんじゃねえぞ、仙道! お前はこのオレ、諸星大を負かしたんだ! 分かったか!?』

 

 画面では、愛知チームが圧倒的大差で勝利を収め、全員がエースを讃えている。

 この後に、つかさはどうにもならない性差の壁にぶつかって──そして、おそらくはつかさだけでなく、紳一も、諸星も苦しみ続けたのだろう。

 エースの意地と、そして、おそらく、一緒に励んできた彼らに置き去りにされた。置いて行かれたようなそんな辛さもあったに違いない。だから──。

 

『お前が……、もし、つかさに惚れてんなら。尚さらだ』

 

 猪苗代湖のほとりで諸星にああ言われたとき、ハッとした。

 まだ少し、迷いがあった。つかさのこと、本気で気に入ってはいたが──諸星ほどつかさを本気で想えるかと問われれば、自信がない、と。

 だが、泣きそうなほど必死に自分たちの試合をリプレイするつかさを体育館で見て、分かった。やはり、彼女に寄り添って、もうあんな辛い顔はさせたくない、と。

 だから手を差し伸べたのだ。もういい、と。あとは──自分が引き継ぐから、と。

 けれども、口で言うほど、インターハイ制覇は簡単ではない。仮に自分が日本一の選手になれる器だとしても、陵南がそうとは限らないからだ。

 つかさの望みは、諸星たちと一緒のコートに再び立ちたいという望みは、叶えてやれない。けれどもそのことに、つかさはつかさなりの決着を既に付けているはずだ。

 だから──、だからこのまま、というのも、きっと無理だ。このままなあなあで過ごすのは、一生後悔しそうな気がしてならない。

 つかさと共に歩いていこうと思っているのなら、尚さらだ。既にもう、自覚している。手遅れだ、と。踏み込んでしまった以上、引き返せないし、引き返すつもりもない、と仙道はグッと拳を握りしめた。

 

『明日の試合、ぜったい勝って!』

『仙道くんはインターハイに行くべきっていうか……その……』

『このままだったら、来年もダメかもしれないじゃない。そんなのイヤだ。私は……』

 

 あれはきっと、むしろ、彼女自身のことだ──。

 

『"天才・仙道彰"──つっても、お前はその価値を証明してねえ』

『そういうヤツが日の目を見ないで終わんのは、けっこう、ハタで見てるとキツイもんだぜ。例え、本人にその気がなくてもな』

 

 諸星も、自分を通してつかさのことを言っていたに違いない。

 そうだ、自分も、「天才」と呼ばれていても──何かを成し遂げたわけではない。自分は、諸星やつかさのように、果てしなく限りのない目標に無条件でガムシャラに突っ走れるほどのパワーはなかったのだから。

 諸星の言う「その気」というのも、そこまであるわけでもない──。でも。

 

『オレにとっちゃ、アイツは……そうだな……ヒーローみてーなもんだし』

『アイツは、エースなんだ。ヒーローなんだよ、オレたちにとっちゃ』

 

 一時停止にした画面には笑顔のつかさがアップで映っている。その試合後のつかさの笑みを見据えながら──、ふ、と仙道は息を吐いた。

 我ながら笑ってしまう。

 天才、と呼ばれて──、おそらくは屈辱的なまま選手としての人生を終えた、つかさ。エースの中の、エース。

 頑張ったから、仕方なかった──、という自分がかけた言葉に、おそらく納得した彼女は、本当に限界まで頑張って頑張って、やり抜いたのだろう。

 だが、バスケット選手「仙道彰」はどうだ? このまま結果を残せずとも、頑張ったから仕方ない、と言えるのだろうか? それとも、チームに恵まれなかったから仕方がない、と同情されるのか。

 

『陵南は、良いチームだ。鍛えりゃ、見違えるように強いチームになる。頑張れよ』

 

 いや、そうじゃない。もはやそんな言い訳は通用しない。

 ──誰かのために。なんてガラじゃない。

 けれども、結果に原因があるのは、必然だ。結果が出たときは、その原因を探せばいい。今はまだ、考えない。考えるべきなのは、ただ一つ。

 

 エンジンがかかるの、我ながら遅えな、と仙道は少しばかり口の端をあげた。

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