Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第42話

 陵南のタイムアウトを宣言する声がコートに響き、試合の時間が止まる。

 どうやら今日の田岡は動くのが早いようだ。

 

 お、とベンチ真上の紳一も目を瞬かせた。

「タイムを取ったか……」

「神くん、綺麗に決めたね。2対1だったって言っても……よくあの仙道くん相手に」

「どうやら自信があったようだからな。にしても……今日の仙道は調子が悪いのか? 今のはまあ、仕方ねえが、さっきのジャンプシュートといい、らしくないな」

 紳一の声を聞きながら、つかさも唇を引いた。

 今日の陵南は、昨日の「仙道一色」とはガラッとチームカラーを変えてきている。むろんそれ自体は陵南の作戦なのだろう。つかさ自身、緑風戦のあまりの仙道頼りな試合運びは奥の手を隠すための布石だと感じていたのだ。やはりそれは正解で、ここまでの陵南は巧みなチームプレイにより海南ディフェンスを出し抜くことに成功していた。

 が──。単純に、紳一の言うとおり仙道の調子が良くないだけなのだろうか?

 

「仙道くん……」

 

 ちらりとつかさが陵南ベンチを見下ろしている頃、福田は腰に手を当てつつジッと水分補給をする仙道の横顔を見つめていた。

 まさか、とは思うが。まさか本当に、ティップオフ前の神の、おそらく偶然によるだろう心理作戦に引っかかって調子を乱しているとでも言うのだろうか? 神がディフェンスに入った瞬間に、ジャンプショットをミスしたのがどうも引っかかる。その他の動きは普段通りの仙道なため余計にだ。

 とはいえ──。気にするな、などと声をかければ確実に逆効果であるし。そもそも自分の思い過ごしかもしれない。

 考える先で監督の田岡が強く拳を握りしめている。

 

「今年の神は、やはりインサイドプレイに磨きをかけてきているようだな。なんと言ってもヤツは元センター。シューターという前提は忘れて、オールラウンダーという思いで当たれ、いいな!」

「──はい!」

「試合前にも言ったが、お前たちも見ての通り、今年の海南はオーソドックスなバスケットを展開してくる王道のチームだ! 去年までのイメージは全て忘れて、全員が全員の動きを細かくチェックしろ、いいな!」

「──はい!」

 

 田岡はそう言って選手達を鼓舞した。

 作戦の変更は特にない。タイムアウトを取ったのは、海南に流れを行かせないために過ぎない。

 ──仙道、と田岡は仙道を見やった。神相手にやりにくさでも感じているのだろうか? 主将が敵の主将にやられては、チームに不安が走る。まして、仙道なら神個人には絶対に負けないだけに、だ。

 仙道にしてみたら、神は流川や紳一のようなライバル心を剥き出しにして戦うような相手ではないだろう。むしろ、確か二人は親しい友人同士だったはず。──それが余計にやりにくさを煽っているのだろうか? いや、まさか、と首を振るう。

 高校生を指導していて一番難しいのは、選手を「乗せる」ことだ。多感な時期でもあるゆえ、精神・肉体ともにコンディションを整えさせること、指示を聞かせること。それらが特に難しい。逆に言えば、これらが成功すれば強いチームを作ることは高校バスケにおいては比較的容易いということだ。

 まして、元来ムラッ気のある仙道ともなれば──と渋い顔をする。ともかく、いったんタイムを取ったことで海南が勢い付くのを避けられれば良いのだが。

 自身の感情はどうにか抑え、田岡は仙道にこう切り出した。

「仙道……、お前、メシはちゃんと食って来たんだろうな?」

「え……」

「海南の、神の、今日にかける意気込みはおそらくこの場にいる誰よりも強いに違いない。だが……仙道。今年こそ、お前がナンバー1になっていい年だ。遠慮はいらん、存分に暴れてこい、いいな!」

「──はい」

 下手なことには触れず、それだけ言えば仙道は少し表情を緩めたように田岡の目に映った。

 未だに仙道を指導していて、彼を「その気」にさせる術を心得てはいないが……。今は仙道を信じて、ただ頷いた。

 

 一方の海南陣営は、せっかく良い流れの所でタイムアウトを取られて神にしても高頭にしても若干「なにもこのタイミングで」との感情を募らせていたが、逆に言えば陵南はこちらの攻撃を脅威と捉えたという証左でもあり、今日のコンディションに自信を得ていた。

「神、この調子でいくんだぞ。今年もウチが──そして、お前がナンバー1だ!」

「──はい!」

 高頭の力強い激励に神も他の選手達も力強く返事をした。

 今日の自分は調子が良い──と神はグッと強く拳を握りしめていた。だが、もしかしたら仙道は調子が悪いのか……? と若干気にかかる。いや。仙道彰という選手のコンディションが一定であったことは今まで一度たりともない。他の選手の遙か上方・高位置で安定しているとはいえ、常に仙道比で波があるのは国体で一緒に練習・プレイしてきて分かっていることだ。そして──トップコンディションに乗った時の仙道の力は、底が見えない。

 いかに仙道を「乗せず」にやり過ごせるかというのも、立派な戦略である。もしも仙道自身が不調を感じているとしたら、やはりこのまま押した方がいい。

「とにかく、今日の陵南は誰がフィニッシャーになるかまったく読めん。ガードの負担は大きいかもしれんが、小菅、頼んだぞ」

「はいッ!」

 テーブルオフィシャルズがタイムアウトの終了を告げ、海南陣営は互いに顔を見合わせあい強く頷きあってコートへと出た。

 

 一方の陵南も田岡の激励を受けてコートを見据え、仙道もまた、ふ、と息を吐いてベンチから立ち上がると首にかけていたタオルを取り払った。

 

「さ……、行こうか」

 

 その声に他の選手達も頷き、陵南も再びコートへと戻っていった。

 

 

 一方、その頃。東京は世田谷では──。

 一週間のスケジュールが「月月火水木金金」を素でいく深体大バスケ部に「休日」などという文字が存在するはずもなく、諸星も朝からコートでバスケに精を出していた。

 しかしながら、神奈川での決勝リーグ最終戦が始まった頃から諸星はそわそわと落ち着かない。

 それでも何とか集中して練習をこなし、水分補給のためにコートを出ると無意識のうちにチラチラと体育館に掲げてある時計に目線を移した。

 試合はどうなっているのだろうか? 陵南は、勝っているのか。仙道は? 越野たちは──、とギュッとボトルの腹を握りしめていると、ふとそばから声をかけられた。

「なにをソワソワしとるんだ、お前は」

「か、監督……」

 監督の唐沢だ。諸星は自然と姿勢を正しつつも逸るように言う。

「いえ、神奈川の決勝戦がどうなってるか気になってまして」

 すると唐沢は、そうか、と相づちを打った。

「そういえば今日が最終日だったな。まあ、例年通り海南が優勝で決まりだろう」

 しかし、いくら監督とは言えそれは聞き捨てならず、諸星は拳を握りしめる。

「いえ! 監督! 今年こそは海南の連勝記録がストップする可能性が高いと自分はみてます! なんせ……、決勝の相手はあの仙道率いる陵南ですからね」

「仙道……? ああ、国体で神奈川のエースだったという。お前のイチオシ選手だったな、確か」

「はい! オレのバスケ人生の中で知る限り、一番素質に恵まれた選手だと思います!」

「だが……。インターハイも未経験というのは話にならんな。せめてインターハイでベスト8まで進んだ実績がなければ、結局は無名選手と同等だ」

 グッ、と諸星は言葉を詰めた。返す言葉もない。

 それに、その言葉は以前に諸星自身が仙道に言ったことと全く同じだ。天才と呼ばれていても、お前はその価値を証明していない、と。

 けれども、彼の才能は本物。陵南も良いチームに仕上がっているはずだ。今年こそは、と浮かべていた所で唐沢は更にこんなことを言った。

「まあ、牧君がいた去年の海南でさえ神奈川県予選はギリギリの勝負ではあった。牧君の抜けたいま、お前の言うとおり海南が破れる日も近いかもしれんな」

 途端、諸星はコメカミに青筋を立てて首を振るう。

「監督! あんな裏切り者の有無が勝敗に影響するなんてことはないですよ!!」

 そして落ちてきた汗を首にかけていたタオルで拭いながら思う。

 実際、紳一のいるなしに関わらず海南は毎年コンスタントに強いチームを作ってくる疑いようのない神奈川の王者だ。

 今年にしても、神という全国屈指のポイントゲッターがチームの中心にいる。彼はプレイの出来不出来の幅が少ない、安定した信頼感のある選手だ。

 対する仙道は。──あの野郎、ちゃんと集中して試合やってるんだろーな。と、どうしても浮かべてしまって諸星は頬を引きつらせた。

 おそらく、陵南はまだ個々の力では海南に負ける。

 しかし、チームを活かしたディフェンス力には目を見張るものがあり、総合力では決して負けていない。

 チームオフェンスが冬からどう変わっているか。越野や福田たちがどう成長しているか分からないが──。勝てるチャンスはきっとある。

「諸星ッ! コート入れ!」

 ふいに呼ばれて諸星はハッとし、意識を戻して勢いよく返事をした。

 タオルを置いてコートに入りながら胸の内で彼らにエールを送る。頑張れよ、と。

 

 

「いけいけ陵南! おせおせ陵南!

「いけいけ陵南! おせおせ陵南!」

「海南! 海南! 海南! 海南!」

 

 試合の方は、海南に行くかと思われていた流れはタイムアウトの後にやはり絶たれて両校は一進一退の攻防を繰り返していた。

 前半の終わりが迫り、ベンチ上の観客席で紳一もつかさも渋い顔をして見守っている。

「陵南、うまく立て直してきたな……。こうなってくると、元来のディフェンスの良さが確実に活きてくるだけに厄介だ」

「去年も……、清田くんのダンクがなければ、陵南は大差でウチに勝ってたかもしれないしね」

「…………。いや、まあ一概にそうとは言えんが」

 紳一は腕組みをして思わず頬を引きつらせた。そうして、去年のあわや敗戦間際だった苦い記憶を思い浮かべる。

 あの試合も、やはり様々な「想定外」が重なっていた。仙道のポイントガード起用、不周知のスコアラー・福田の存在。ディフェンスではペースをかき乱され、オフェンスでは守りの厚い陵南に阻まれて上手く得点を重ねられず、一時は15点もの差が付いていた。

 それでもやはり海南が勝ったのは、他ならぬ地力の差であり当然の結果だったと自負している。

 今年もそうだ。地力なら、お前達が上だぞ、と紳一は後輩達に強い視線を送った。

 とはいえ。

「ウチは……、まだ陵南オフェンスに上手く対応できていないな。逆に陵南は相変わらず守りは厚い」

「あのオフェンス……どこかで見た気がするんだけど……、何とも言えない。セットプレイのような、そうでないような」

「チームプレイは陵南の十八番だからな。パターンを増やしたんだろう」

「うーん……」

 見ている人間にストレスがかかるほどに動きの見られない試合運びだ。

 スコアは38-41。海南は3点ビハインドのまま前半終了のブザーを迎えることになった。

 

 ──ハーフタイム。

 海南の控え室では、高頭がスコア表を片手に黙して考え込んでいた。

 昨日の陵南は仙道が一人だけ突出して点を取るという偏ったスコア表が出来上がっていたが、今日は全員が綺麗にほぼ一律で点を重ねている。

 ここで普通の監督なら、ディフェンスをマンツーにして全員をキッチリ抑える作戦に変える所だろう。が、それではダメだ。

「ディフェンスは引き続きゾーンで行く。フロント陣は徹底的に中を固めるんだ、良いな!」

「──はい!」

「外から打たれる分は構わん。くれてやれ。インサイドさえ乱されなければ陵南の連係は必ず狂いが生じる。逆にウチは外から点を取るんだ。いいな!」

「──はい!」

「ガード陣、そして神。……後半、点を取るのはお前らだぞ」

 高頭は目線を小菅、清田、そして神に送る。彼らが返事をする先で、インサイドの二人もまた強く返事をした。

「リバウンドはオレ達に任せろ!」

「外してもセカンドチャンス作ってやる、清田、気にせず打って行け!」

「ええッ!? ちょッ、この清田……、そうそうミスったりしませんよ!」

 そうして清田が騒ぎ立てて他メンバーから笑いと突っ込みを誘い、一段落したところで海南は後半戦への気合いを入れ直してからコートへと向かった。

 

 陵南もまた──、田岡は力強く選手達を鼓舞していた。

 

「良いペースで来ている。この調子だ、あと20分、あと20分攻め抜けばお前達がチャンピオンだ!」

「はいッ!」

 しかしながら田岡は若干選手達の息が弾んでいることを危惧していた。

 この程度で息切れするような鍛え方はしてきていないというのに、やはり、優勝のかかった一戦とあってプレッシャーもあるのだろう。

 そして何より、陵南の「総攻撃体勢」オフェンスを人前で披露するのは今日が初めてだ。まだ未完成でもあり、時おりミスも出ている。練習の成果をちゃんと出せるか否かという不安もまた彼らの体力をいつもの何倍も奪う結果となってしまっているに違いない。

 それでも。年を重ねるごとに「常勝」の重みを背負って戦わねばならない海南のプレッシャーの比ではないはずだ。

 

「おッ、両チーム出てきたぞ!」

「行けー、海南ーー!!!」

「陵南ーー、ファイトー!!」

 

 それぞれのチームが思いを交差させてアリーナに戻り、両校の選手がコートに集ってそれぞれのセンター・菅平と田中がセンターサークルに進み出る。

 そうして後半開始を宣言され、ワッと歓声が上がる中──、海南ファイブは明らかに「狙って」いた。

 田中がジャンプボールを制し、こぼれたボールを鈴木が取って既に陵南ゴールへ向けて駆けていた清田へとパスを回せば、陵南も慌ててディフェンスに走る。

 が。清田は走りながら保持したボールをライトウィングに駆けてきた小菅に回した。

 

「小菅さんッ!」

 

 本来なら、清田が確実に速攻で2点を取るべき場面だ。──だが。

 マークの外れていた小菅はじっくり狙いを定めてスリーポイントを放ち、観客と陵南陣営の度肝を抜いた。

 

「なッ──!!」

「スリーだと──ッ!」

 

 そして、その「賭け」にも等しいスリーポイントシュートは鮮やかにリングを貫き、ドッとアリーナが揺れた。

 

「うおおおお、入ったああああ!!!」

「海南、後半開始早々同点だーーー!!!」

 

 海南応援団が歓喜し、陵南陣営がどよめく。

 波乱の後半の幕開けだった──。

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