Ace of Aces - スラムダンクの続き -   作:こうやあおい

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第7話

「神くん、昨日の試合おめでとう! 神くんのシュートすごかったぁ!」

「相手もすっごく強かったよね。特にあの一年生……かっこよかったし……。あ、でも神くんも牧先輩もほんとに凄かった!」

「次の試合も頑張ってね!」

「あはは、うん。ありがとう。頑張るよ」

 

 海南バスケ部は学園のスターでもある。湘北戦明けの月曜日、二年の校舎では朝から女生徒に囲まれる神の姿があり偶然目に留めたつかさは、くす、と笑った。

 

 そして週末に陵南戦を控え──海南バスケ部の練習はますます熱が籠もっていた。

 

「よーし神ッ、ナイッシュー!」

「陵南はガード陣が穴だからな! 牧を筆頭にオレらがバンバンかき回してお前にパス回すから、張り切って決めろよ!」

「はいッ!」

「神さん&牧さんの海南最強コンビに対抗できるヤツなんていねーっすよ! 仙道だっておそるるに足らず! カーッカッカッカ!」

 

 辛勝だったとはいえ緒戦を勝利で終えることができた海南はチームもいい状態で練習に臨めていた。

 

「そうだ、その通りだ。陵南にはウチの牧に対抗できるガードはいない! 今年も勝たせてもらいますよ、田岡先輩。ふふふふふ」

 

 練習を見守る高頭がそんなことを口走ったなど当の部員達は知るよしもない。

 そして練習終了後──神はいつも通りに一人残って黙々とシュート練習をこなしていた。

「仙道か……」

 同級生である仙道は一年の時からスター選手であったため、一年の夏はベンチ入りさえ叶わなかった自分とは立場がだいぶ違う。そのせいか、貴重な二年の有力選手でしかもポジションも同じだというのにあまり対抗意識やライバル心を抱いたことはない。たぶん、あっちもそんな風には露ほどにもにも思っていないだろう。それにお互い、誰かにライバル心を抱くよりはもうちょっと内向きにバスケットと向き合うタイプだと思う。仙道をそこまで知っているわけではないが、彼は後輩である清田や湘北の流川、まして桜木とは全く違うタイプだと感じている。

「リバウンドは正直、魚住さんに分があるんだよな。やっぱり……オレのスリー成功率次第かな」

 シューターというものは得てして味方に強力なリバウンダーがいてこそ思い切りのいいシュートが打てるものだ。結果、成功率もあがるという好循環が生まれる。しかし神奈川トップの長身を誇る魚住を相手にゴール下でアドバンテージを取るのは厳しい。つまり、自分が外せばカウンターをくらうというプレッシャーの元で打たなければならないのだ。故に──、ライバルは自分だ、とリングを睨む神は淡々とシュートを打ち続けた。 

 

 

 一方の陵南もまた──緒戦をいい状態で終えて週末の戦いに向け練習にいつも以上の熱が入っていた。

 

「スピードが落ちてるぞ、越野! もっと足を動かせッ!」

「はい!」

「仙道ッ、もっと気合いを入れろォ! 魚住、腰落とせ!」

「はい!」

 

 フットワークメニューをこなす部員達に声を飛ばしながら、監督の田岡は目を光らせる。

 海南で恐ろしいのは、牧一人だ。むろん神という強烈なスコアラーもいるが、全ては司令塔の牧のパスがあっての神だ。ゆえに牧一人を乗せなければ海南の必勝パターンは乗ってこない。

「オレが無策で海南に挑むと思っていたら大間違いだぞ高頭よ。この田岡茂一とっておきの布陣で今度こそ勝たせてもらうぞ。ふふふふふ」

 バスケットシューズと体育館床がこすれあう音の響く館内で田岡の呟きに気付いた者など誰一人としていない。

 

 

 試合を明日に控えた金曜の夜──、海南の体育館にはいつも通りシュート練習をしている神の姿があった。

 自主勉強あけにひょいと体育館を覗いてみたつかさはその姿を目に留め、しばし食い入るように見つめていた。

「神くん……」

 いつも通り、淡々とシュートを打つ神だが……見えない闘志で包まれているのが伝って少しだけ胸の昂揚を覚えた。試合前の緊張感──、緊張と闘志の狭間の、あの何とも言えない感じ。分かるな。と共感を覚える気持ちと、神の、海南の誰よりも努力を続けるその姿勢を、凄いな、と尊敬する気持ちと。

 頑張って欲しいな、と思いつつ体育館に背を向ける。

 それにしても──。

「ちゃんと練習してるのかな……。仙道くん……」

 いや仙道とて人並み以上にはやっているはずなのだが。なにせ陵南の様子はここからでは分からないために、いまいち練習に励む彼の姿が想像できない。

 のほほんと釣り糸を垂らしてにこにこ笑っているいつもの姿が過ぎって──、ハァ、とつかさはため息を吐いた。

 

 

 ──そして、決戦の土曜日の朝を迎える。

 

 

 先に出ていく紳一を見送りに玄関に向かうと、靴ひもを締めた紳一は顔を上げてつかさにこんなことを言った。

「見に来る以上は海南の応援をしろよ」

「分かってますよーっだ!」

 しつこいな。もう。海南が陵南に負けるのを望むわけないのに。と舌を出して答えると、フ、と笑って「じゃ、行って来る」と紳一は背を向ける。

「いってらっしゃい、頑張ってね!」

 ぱたん、と扉の閉まる音を聞いてからつかさは振っていた右手を降ろして、ふぅ、と息を吐いた。

 今日、海南が勝てば海南のインターハイ出場は決まる。陵南もまた、勝てばインターハイ出場が決まるのだ。どちらも一番乗りを決めたい局面だろう。とはいえ、海南は既に一勝、残りはほぼ100%勝てるであろう武里相手であるためインターハイ行きを既に決めていると言っても過言ではない。

 ──だったら陵南に……などとは紳一に言われるまでもなく間違っても思わない。海南が目指しているのは、常勝、であり完璧な優勝だ。気を抜いていい試合などない。もしも自分でも、必ずそうする。

 ただ──。

「仙道くん……」

 仙道がもしもインターハイに行けないなどということになったら──、と過ぎらせて、フルフルと首を振るうとつかさも出かける準備に取りかかった。

 今日の試合も平塚総合体育館で行われる。第一試合が湘北対武里。第二試合が海南対陵南だ。第一試合は、先日の陵南対武里のスコアと照らし合わせてみても湘北の圧勝だろう。しかし一応見ておこう、と第一試合から会場入りしたつかさであったが、収穫らしい収穫はなぜか突然ヘアースタイルを坊主頭にして会場入りし、観客の笑いを一瞬でさらっていった桜木だった。

 

「カカカカカカカカ!!!」

「な、なんだぁ!?」

 

 爆笑・驚愕とそれぞれ個性的な反応を見せた陵南・海南の選手達に目をやって、つかさは「ん?」と首を捻った。

「あれ……? 誰だ、あの選手……」

 陵南に見たことのない選手がいる。背は──仙道くらいあるだろうか。疑問に思っている間にも湘北はダブルスコアで武里を下し、第二試合に臨む両校はコート入りして練習を開始した。

 

「魚住、でけぇ……!!」

「陵南ー! 海南を倒せよー!」

「キャー、仙道さーーーん!!」

「海南、期待してるぞー!」

 

 試合の期待値が相当に高いのか、まだウォーミングアップだというのに観客席からは思い思いの声援が飛んでいる。

 そして試合開始3分前のコールを審判がし、両チームのキャプテンそれぞれがラスト一本を指示して、真っ先に海南の清田が走り始めた。

 つかさはなんとなく目で仙道を追っており──、視界の端で清田が張り切って決めに行った一人アリウープが失敗に終わり笑いを誘う様子が映っていたが、通常運転でもあるため気にしない。

「ん……?」

 すると、仙道がちらりとその清田の様子を見届けてからひょいと手にしていたボールを高々とゴールの方へ放り投げた。瞬間──、そのボールを空中でキャッチした先ほどの見慣れない長身の選手がそのままリングへとボールをたたき込み、見事なアリウープを決めて会場がどよめいた。

 

「うおおお、アリウープ決めやがった!」

「すげええええ、誰だあれ!?」

 

 一瞬にして会場はその選手に釘付けになり──、つかさも息を呑む。

「いいパスだったな……、仙道くん……」

 むろんアリウープ──空中でボールをキャッチしてそのままダンク──を決めるのは骨であるが、リードする側であるパスの難易度は見た目以上である。それに──。

「ていうか……。ああいうとこ負けずぎらいなのかな、仙道くんって……」

 いまも、清田がアリウープに挑戦したのを見てわざわざやり返したのだろう。負けず嫌い、というよりは、その程度は陵南でもできる、というプレッシャーをかけただけかもしれないが。いずれにしてもやはり仙道の考えはよく分からない。

 やれやれだ、と肩を落としつつティップオフを待つ。先ほどアリウープを決めた陵南の選手は13番を付けている。スタメンであれば、高さから見て海南は少し不利となる。どんな選手かは分からないが、少なくともアリウープを決められるだけの能力はあるということだ。

「仙道くんとダブルフォワードだったら、インサイドは終わったかな……。どうするんだろ、リバウンド」

 さすがに2メートル強と190センチ2枚がゴール下にいるとなれば、最長が191センチである海南は苦しい。仙道はあれでリバウンドもけっこう上手いし、などとぶつぶつ言っていると試合開始時間となり、ティップオフ。まずこの魚住対高砂は圧倒的に魚住が有利であり、案の定ボールは陵南の手に渡った。が──、直後に会場がどよめきで揺れた。

「え──ッ!?」

 つかさも他の観客と同様に瞠目した。

 

「さぁ、一本行こうか!」

 

 仙道以外の選手はフロントコートの奥にあがり──仙道はセンターライン付近でドリブルをしている。そのポジションは。

「仙道くん……。ポイントガードなの……!? まさか……」

 そう、ポイントガードだ。陵南は、紳一に対抗するために仙道をポイントガードで起用してきたのだ。

 その仙道・ポイントガード起用にも度肝を抜かされた観客だったが、直後、またも仙道はやった。オーバーヘッドからパスミスとも思えるような大きなパスを出し、先ほどの練習時のようなアリウープを陵南13番が決めたのだ。むしろ、あれは負けず嫌いというよりはコレを狙っての直前の確認だったのだろう。

 

 これには仙道のポイントガード起用にも平常心を保った紳一ですら度肝を抜かれた。おまけに速攻を決めようにも陵南はボックス&ワンで仙道がマンツーにて自身の前に立ちふさがり、思わず足を止める。

 

『今日の仙道くん見てたら、2番・1番も余裕でこなせそうだったなぁ』

『どうする、お兄ちゃん? 仙道くんが1番に鞍替えしちゃったら』

 

 単なるつかさの買いかぶりだと思っていたが──まさか本当にポイントガードで対抗してくるとは。

 

『どっちが決勝リーグに出てこようと、うちには関係ない。陵南とて、な』

『けど、今年はかなりしんどい思いをすることになりますよ』

 

 あれは、このカードを想定して言ったことだったのか?

「チッ、おもしれぇ!」

 神奈川ナンバー1の座を奪いに来たってわけか。受けやる、と紳一も眼前の仙道を睨み付けるようにして闘志を燃やした。

 

 しかし予想以上に仙道のポイントガード起用はあたり──。着実に彼は絶妙なアシストを積み重ねて、陵南のスコアボードは点数を重ねていく。

 

 チーム全体を引っ張って、しっかりと指示を出す仙道を見下ろしながらつかさはいっそ感心していた。

 ノールックパスを出すタイミング、確実なパスの軌道、ディフェンスの隙を確実につくドリブル、なによりフリーの味方を見つけて活かす能力。いっそ恐ろしいほどだ。あまりの絶妙なパスに──アシストパスを7本重ねた所でつかさは身震いをした。

「す……すごいな……。な、なんなの、いったい……」

 凄い選手だとは思っていたが、ここまで凄いと逆にちょっと腹が立ってきた。などと感じてしまった自分も相当におかしいのかもしれない。でも、確実なドリブルも、天性のパスセンスも、視野の広さも、そして今は見せていないが──鬼のようなオフェンスの技術も。何もかもが彼の才能の豊かさを表している。──諸星以上、と感じた自分の目に、ぜったいに狂いはない。

 が。

 仙道のビハインドザバックからのアシストパスが見事に決まり、11点差を付けられたところでつかさは「ああ!」と声を出していた。

「もう、お兄ちゃんのバカ! あんなに今年の仙道くんはパス出しが上手くなってるって言ったのに! 聞いてなかったの!?」

 一人ごちたあとで、スッと息を吸い込む。

「おにい──ッ」

 しかし、「お兄ちゃん」と声援を送ろうとしたすんでの所でつかさは声を押しとどめた。

 

『声援送ってくれれば気付いたんだけどなぁ』

『さすがに海南戦はつかさちゃんからの応援は期待してねぇから』

 

 脳裏にふっと仙道の声が過ぎったためだ。

 こんな雑音だらけの場所で、自分の声に気付くかなんて分からない。しかも仙道の言うことなどアテにならないし、そもそも本気になどしていない。

 が、もしも、どちらかのコンディションに、万に一つ、ほんの一欠片でも影響を与えてしまったら、イヤだな。との考えが過ぎってグッと口を噤んだ。

 結局、前半は陵南の10点リードで終え、後半が始まってからも勢いは衰えない。

 紳一はどちらかというとスロースターターであるため立ち上がりは良くない事の方が多い。というのを良く知っているつかさにしても、さすがにそろそろ流れを変えないと手遅れだと感じた。

 もう、フォワード陣はなにをやってるの! 私と替わって──!

 などと思うなどおこがましいだろうか。紳一・諸星というツインガードを従えてフォワードを務めていたあの頃とは、もう違う──。

 考えを振り切るようにつかさは強く拳を握った。

 ──神くん、武藤さん!

 そしてフォワード陣に目線を送るも、何とかしたいのは言われるまでもなく全員が同じだろう。しかし、ここは流れを自分たちで何とかしなければ勝利はない。

 

「清田ッ!」

「はい!」

 

 1番・2番でボールを運んでいた海南は、仙道突破は厳しいと見たのか紳一はボールを清田へと託した。清田は切り込む。が、陵南13番が立ちふさがり──、それでも清田は鋭いドライブで抜き去り、一気にゴールへと飛び上がる。

「うおおお!」

 2メートルの魚住が容赦なく清田の前に立ちふさがったが、清田はそれにもひるまずその勢いのままに思い切りの良いダンクシュートを決めた。

 

「王者、海南をナメんなあ!!」

 

 そのミスマッチをものともせずに決めた清田のダンクに会場がどよめいた。コート上の選手達も虚をつかれたような顔を浮かべていた。

 つかさも手で口元を覆ったあと、ホッと胸をなで下ろしてから自然と笑みを浮かべていた。

「さすが……、未来の海南のエース……!」

 流れを引き寄せてこそのエースだ。きっとこの一発で流れは海南に来る。その予感通り、スロースターターの紳一にもようやく火がついたらしく仙道に対して競り勝つ場面が見られるようになった。得意のゴール下でのバスケットカウント狙い3点プレイも決まり始め、徐々に海南らしい雰囲気がコートを包む。そうして焦りの見え始めた陵南陣をあざ笑うように──、紳一からセンターライン付近にいた神へとパスが通った。

 

「神──ッ!?」

「まさか、あんな遠くから……ッ」

 

 そのまさか──神はスリーポイントラインの大きく外側から流れるような美しいシュートモーションを見せ、放ったボールは今日のシュートで一番美しい弧を描いて鋭くリングを貫いた。

 

「うおおおお入ったーーー!?」

「なんだあれ、すげええええ、さすが神ッ!!」

 

 どよめく会場をよこに、つかさも思わず手を叩いていた。

「すごいすごい、神くん!!」

 このシュートエリアの広さは神奈川どころか全国でもトップに違いない。神がいるだけで相手チームはディフェンスを外に外に広げなければならないというのは、相当なアドバンテージだ。

 勢いに乗る海南とは裏腹に、5点差まで追いつかれた陵南陣の顔に不安が走る。相手は王者海南なのだ。このまま抜かれて負けるのでは? そんな空気をうち破ったのは仙道だ。

 

「落ち着いていこう! 海南の攻撃は8割方、牧さんを起点に始まる! 牧さんさえ好き勝手にさせなければ何とかなる! オレがこれからは何があっても抜かせない、足を掴んでもな!」

 

 そしてその言葉通り、一気にインサイドに切れ込み清田・神と一瞬で二人抜き去って高い打点からのジャンプシュートを決め──、わ、と歓声があがった。

 頼もしいフロアリーダーだ。と感心するも、紳一も負けていない。お返しとばかりに魚住からバスケットカウントを取って3点プレイを決め、つかさはキュッと手すりを握った。

「んー、さすがお兄ちゃん……うまいなぁ」

 しかも、魚住はこれで3ファウルとなってしまった。一試合で5ファイルを取られると退場となってしまうため、3つというのはぎりぎり本来のプレイができるボーダーラインだ。なぜなら4ファウルになってしまえば退場が目前であり、交代を余儀なくされるためだ。

 魚住がベンチに下がれば海南はインサイドが楽になるな。──などと思っていると、高砂が魚住から4つ目を奪い──。

 信じられない光景をつかさは目にした。

 

「テクニカル・ファウル、青4番!」

 

 ファウル判定が不服だったのだろう。

 監督の制止もきかずに審判に抗議をした魚住が審判からテクニカルファウルを言い渡され、一瞬のうちに魚住の退場が決したのだ。

 会場がどよめき魚住を非難し、海南勢や紳一に至っては呆れたような表情を晒している。

 一方の陵南は、おそらく目の前の事実が信じられないのだろう。陵南陣営の全員が──当の魚住はもちろん、仙道でさえ愕然とした表情を見せていた。

 

「──ドンマイ!」

 

 それでも去りゆく魚住に仙道はそう声をかけ、つかさは頬杖をついてその様子を見下ろした。

 ドンマイ、か。いかにも仙道らしい。この場面で、なかなかそんな言葉は出てこない。

「私ならキレてるな、たぶん」

 思わずジトっと仙道を睨んでしまう。こんな時に、いやこんな時だからこそ他人を気遣える。そう、自分でも「キレる」と思ったように会場中から非難の視線を浴びている魚住だからこそ気遣ったのだろう。──彼の大らかな性格は、たぶん偽りではないのだろうな。などと思うも、陵南はこれでほぼ勝機を失ってしまった。点差はたったの1点。残り時間は7分もある。──湘北も、海南と戦った時に大黒柱の赤木を失ったものの不測のアクシデントと自業自得の退場では残された選手に与える志気の影響は正反対だろう。

 湘北のメンタルは恐ろしいほど強かったが、陵南は果たして……。

 そしてテクニカルファウルは相手チームにフリースローが2本与えられるため、キャプテンの紳一が投げて決め、きっちりとスコアを逆転させた。

 しかし、こんな場面でも何とかするのがエース。それを証明するかのように、仙道は速攻で武藤・清田を抜き去りブロックに跳んだ紳一と高砂をダブルクラッチでかわしてレイアップを決めた。

「仙道くん……!」

 ワッ、と尋常じゃないほどに陵南サイドが沸いた。

 

「よっしゃ! やっぱり仙道さんや!」

「仙道さんがいるんだ! ウチが負けるわけあるか!!」

 

 痛々しいまでに仙道を信じる視線。ベンチの控え選手も、コート上の選手も、仙道ならきっとこの状況を打破してくれる、と無言で訴えかけている。

 ──例えば、これが湘北だったら。誰も、流川がきっと何とかしてくれる、など思わないだろう。オレが何とかしてやる、という選手ばかりが揃っているのだから。

「仙道くん……」

 さすがにそのエースの肩にかかる重責を感じ取って、つかさは同情気味の視線を仙道へ向けた。天才の彼にみなが期待するのは当然だ。それに仙道にはその期待に応えられるだけの器がある。でも、当の本人はそれをどう感じているのだろう?

 ──頑張って……!

 陵南を応援しているわけじゃないけど。でも。見つめる先の仙道は、今まで以上に紳一に対して一歩も退く姿勢を見せない。呼応するように紳一の動きもキレが増し、両者一歩も引いていない。

 藤真は怒るかもしれないが、これほど紳一を追いつめられる相手は──神奈川には仙道以外にはいないだろう。

「強いな……仙道くんも」

 たった一人でチームを支える彼の精神力は、いつ切れてもおかしくはない。事実、魚住を欠いた陵南は地力ではもはや海南に劣っている。なのにあの姿勢は、どうにか"する"つもりなのだ。仙道は、まだ勝ちを捨てていない。

 

『見に来る以上は海南の応援をしろよ』

 

 分かってる。分かってるよ。海南の制服を着てる以上は、海南を応援する。海南に負けて欲しいなどと少しも思っていない。海南の選手たちがどれほどの努力を重ねて来ているか──よく知っているのだから。

 でも、瞳はどうしても仙道を追ってしまう。彼のプレイは、人を夢中にさせる何かがある。きっとこれは自分のひいき目ではないだろう。と、つかさはなお仙道を追う。

 一進一退の攻防が続き、そして常に海南が1ゴールリードしているという状態が続いている。残り時間、30秒。──最後の攻撃。海南ボール。

 

「じっくりだ! じっくり時間使ってキープしろ!」

 

 ベンチから高頭の最後の指示が飛んだ。むろん、紳一もそのつもりだろう。攻守が替われば逆転を許しかねない。

 ──陵南には外から打てるシューターがいない。

 こういう場面では、致命的なことだ。仮に追いつかれても同点延長だという余裕が海南にはあるのだ。なぜなら、今の海南は陵南よりも強いのだから。と、つかさはチラリとスコアボードに目をやった。残り、15秒を切った。

「キープだ、牧ッ!」

 紳一は「取らせない」ことに重点を置いたドリブルを続けている。仙道は──取れない。このまま終わりか、と誰もが感じた瞬間、陵南の選手が後ろから紳一のキープしていたボールをはじいた。

「あッ──!」

 スティールだ。つかさが呟いた瞬間には、もう仙道がボールをキャッチしてワンマン速攻に走っていた。一気に観客が沸き上がる。

「お兄ちゃん──ッ!」

 残り時間わずか2秒──、ゴール下に入る前に紳一が仙道に追いつき、二人ほぼ同時に床を蹴ってリングに向けて飛び上がり、仙道はそのままリングにボールを叩き入れた。

 

 ──よけた……ッ!?

 

 わ、と館内がどよめいたが──、つかさは目を見開いたまま眉を寄せた。紳一は仙道の持つボールをたたき落とすためにジャンプしたはずだ。だが、仙道がダンクシュートを決める直前でなぜか避けたように見えた。

 そのまま二人を目で追うと、仙道がいつになく厳しい表情で紳一を睨んでいるように見えた。が、確かめる間もなく試合終了のブザーがなり、同点に追いついたことで安堵したのか陵南の選手達が笑顔で仙道を取り囲んで仙道も表情を崩した。

 

 試合は振り出し。2分休憩ののちに5分間の延長戦を行うことになった。

「さすがだなぁ、仙道は」

「あの土壇場で牧の上からダンク決めるとはな!」

 周りの雑音を耳に入れながら、つかさは両チームのベンチを無言で見下ろした。ラスト5秒、速攻のチャンスに恵まれた仙道がワンマンでダンクを決めに行くのは当然のことだ。むしろ、それ以外に道はない。が──。おかしいのは紳一だ。彼は仙道がゴール下に辿り着く前に既に仙道を捉えていた。

 しかし──。

 完全に虚をついた陵南のスティール。ボールは海南側のゴールにこぼれ、仙道は紳一より先に駆けだしていたのだ。そんな仙道有利のワンマン速攻に、果たして紳一が追いつけるか?

 いや、不自然だ。それに、せっかく追いついた紳一はあろう事かブロックするのを避けた、ように見えたのだ。

「あの時点で点差は2……。速攻を決めても同点、か……」

 呟いた瞬間にハッとする。まさか……、紳一の十八番であるバスケットカウントからの3点プレイを狙ったのではないか、と。

 もしもあの場で仙道が紳一からファウルを奪えていれば、フリースローが一個与えられる。それを入れれば一点リードして80対79。その瞬間に試合終了で陵南の勝ちだ。だからこそ自分の狙い通りにいかず、あの穏やかな彼が紳一を睨み付けたのでは?

「…………」

 ゴクッ、とつかさは息を呑んだ。

 競り勝つ自信があったというのだろうか? いや、仮に失敗しても同点延長だ。けれど……。

 もしもこの仮説があたっているとしたら。あの土壇場の5秒で、そんなシナリオを思いついて実行した、ということだ。

 

「……天才……仙道……」

 

 つかさが色なく呟いている頃、ベンチに腰を下ろして水分を補給しながら紳一は、あの野郎、と心内で呟いていた。

 ──仙道のヤツ、わざとオレに追いつかせやがった。

 自信があったのだ、仙道は。この「神奈川ナンバー1」である自分から、バスケットカウントを奪えるという自信が。

 しかしながら仮に自分が仙道でも仙道と同じようにしただろう。なるほど、諸星以上の逸材、か。たかが二年でここまで登ってくるとは──、と紳一はもはや仙道が自分と同等のプレイヤーにまで成長したことを認めた。

 

「一分前!」

 

 審判のコールを耳に入れつつ、つかさはジッと休息を取っている仙道を見つめていた。

「集中力……、持つのかな……」

 仙道はリスクを犯しても時間内に勝負を決めたがっていたのだ。延長になれば、厳しい。もしも仙道が延長上等でダンクを決めていれば、たとえ地力が劣っていたとしても勢いに乗って逆転ということは十分に考えられる。それがバスケットにおける「勢い」というものだ。が、もし仙道本人が「延長は明らかに不利」と認識していたとしたら──陵南にほぼ勝ち目はない。なぜなら、仙道の思い描いたシナリオが破られた時点で仙道は負けを認識したも同然だからだ。

「なんて……考え過ぎかな……」

 視線の先では仙道が立ち上がり、力強く仲間を鼓舞している。陵南陣営の志気は衰えていない。

 ──しかし、延長が開始され、つかさは自分の仮説が正しかったことを確信した。

 おそらくおおよその人は見抜けないだろう。だが、仙道の動きは先ほどより明らかに精彩を欠いている。仙道はあれでフィジカルはタフな選手だ。やはり、問題はメンタル面。

「ウチの勝ち、か……」

 結局、6点差がついたまま埋まらず──陵南の二つ目の黒星が決まった。それでも試合終了のブザーがなったあと、数秒間微動だにせず……そして諦めたような、それでいてどこか解放されたような息を吐いた仙道を見てつかさは少しだけ眉を寄せた。

 

「いやー、やりましたね神さん! これでオレたち海南の完全優勝間違いなし! カーッカッカッカ!」

「まあ、今日は苦しい試合だったけどね。ねえ、牧さん?」

「ま、そうだな」

 

 辛勝とはいえ激闘の末の勝利という昂揚状態で着替え終えた海南陣はロビーを歩いていた。

「お……」

 つかさ、と紳一は瞬きをした。ロビーで挙動不審ぎみにキョロキョロしていたつかさを見つけたためだ。なにしているんだ? と不審に思う前につかさもこちらに気付き、互いに歩み寄る形となる。

「お兄ちゃん、神くん、みなさんお疲れさま。インターハイ出場決定、おめでとうございます」

「ありがとう、つかさちゃん。そっかインターハイ決まったんだよね、二勝したし」

「この清田信長、全国でもルーキーセンセーションを巻き起こしますから、期待していてください! カーッカッカッカ!」

 つかさは神と清田に笑みを向けるも、再びキョロキョロと何かを探すように視線を巡らせている。どうした? と紳一が訪ねる前に「あ」と呟いたつかさは、「じゃ、またあとで」とみなに挨拶すると小走りでその場を離れていった。

 

「仙道くん……!」

 

 仙道の姿を遠くに捉えて、つかさは迷いながらも駆けた。

 ──どうしても、話がしたい。

 負けた直後なのだ。おそらく仙道は自分に話しかけられることを望んではいないだろう。だが、それでも。どうしても、と胸の辺りで強く拳を握ると、もう一度彼のツンツン頭に向かって呼びかける。

「仙道くーん!」

 ピク、と仙道の大きな背中が動き──彼は足を止めてこちらの方に向き直る。

「仙道くん……」

 が。予想通り──、一瞬だけばつの悪そうな表情を浮かべた仙道は、珍しくいつもの笑みを浮かべずつかさを見据えた。

「……あ、あの……」

 珍しく、仙道は無言でつかさの出方をうかがっている。つかさもよけいなことは言わず、用件だけを伝えようと強い表情で仙道を見上げた。

「明日の試合、ぜったい勝って!」

「え……!?」

 途端、仙道は面食らったように目を丸めたがそんなことを気にしてはいられない。

「私、インターハイで仙道くんのプレイが見たい! だから、勝って、ね!」

 力強く握り拳を作って訴えると、仙道は数秒ほどぽかんとした表情を浮かべたあと──耐えきれないように、くく、と喉を鳴らした。

「あっはっはっは!!!」

 今度はつかさが目を丸める番だ。なにを笑っているのだろう、この人は。と瞬きをする間も仙道は笑い続けている。

「あっはっは! "頑張れ"じゃなくて"勝て"ときたか。あっはっは、うんうん!!」

 言われてハッとしたつかさは、パッと頬を染めた。

「あ、その……いや、だって……仙道くんはインターハイに行くべきっていうか……その……」

 しどろもどろになっていると、ようやく仙道が笑いを収め、フ、と今度は柔らかく深い笑みを浮かべたものだから反射的に心臓が強く脈を打った。

 そのまま仙道は、ニコ、といつもの笑顔を見せる。

「ま、そう言われちゃしょうがねぇか」

「え……?」

「大丈夫。はなからそのつもりだし、勝ってみせるさ」

 じゃーね、と手を振って仙道はつかさに背を向け──若干こちらを離れた所から睨んでいた陵南陣に合流した。

 その背を見送って、つかさはホッと息を吐いて胸元を押さえる。まだ心臓が高く脈を打っている。走ったわけでもないのに、なんで? と胸に手を当てつつそのまま何度も深呼吸を繰り返した。

 

 その夜──、もはや「全国大会出場」が当たり前となっている牧家では特に祝うこともなく通常通りの夕食だ。

「序盤、さ……、完全にやられてたよね、仙道くんに」

「…………」

「だからパスもうまいしゲームメイクも上手いしガードくらいこなせる人だって言ってたのに。お兄ちゃん、仙道くんが1番でくるって1ミリも想定してなかったでしょ! 清田くんのダンクがなかったら負けてたかもしれないよ!」

 夕食時間という名の反省会はつかさのダメ出しがひたすら続き、誤魔化すように紳一はスープに口を付ける。すると、あ、とつかさは思い出したように言う。

「ねえ、あの陵南の13番って誰? あんな人、見たことないんだけど……」

「ああ、アイツは福田吉兆というヤツらしい。なんでも神の同級生らしくてな」

「神くんの……!?」

「アイツの存在は確かに誤算だった。あんなオフェンス力のあるフォワードが陵南にいるとはな……」

 事実、今日の試合はその13番──福田が陵南の半分近くのスコアをあげるほどの活躍を見せているのだ。が──。

「でもあの13番、ディフェンスまったくできてなかったよね。清田くんがドライブ決めた時も、全身隙だらけだったし。偏ってて良い選手には見えなかったけど」

 手厳しいな、と感じた紳一だったが、まったくその通りのため口を挟めない。

「あんなんじゃ流川くんは絶対に止められないよ。あー……もう……」

 あ、なるほど。明日の試合でのマッチアップを考慮してるからこその苦言か。と紳一は理解して苦笑いを漏らした。つかさは明日こそ陵南の勝利を望んでいるのだろう。

「まぁそう言うな。神によれば、福田はバスケを始めたのは2年くらい前だそうだ。穴がいくつかあっても仕方がない」

「ああ、なるほど。……うーん、そう思うとバスケット始めて数ヶ月の桜木くんってやっぱり凄いね……」

「ま、アイツは才能はあるな。明日も、もしかしたらまた上手くなってるかもしれんぞ」

 言うと、つかさは少しだけ苦い顔をした。

「まあ、どっちみち桜木くんのリバウンドは要注意だし……。そうそう、ディフェンスと言えば……仙道くん、そうとうディフェンス上手くなってるよね」

「ああ、むしろ一番進化した部分はディフェンスかもしれんな。よほど鍛えてきたんだろう」

「マッチアップじゃお兄ちゃんと互角以上に競ってたしね、まだ二年生なのに……」

「……"互角以上"……?」

 ピク、と紳一の頬が撓った。なぜこうも彼女は兄同然の自分に手厳しいのだろうか? まだまだ仙道に負けたとは思っていないというのに。当のつかさ本人はわざとでもなんでもなく至って素であり、それがまた紳一に複雑な心境を生み出させる。

「そうだ、お兄ちゃん。最後の仙道くんの速攻……なんでブロックしなかったの?」

「ああ……。お前はどう思うんだ?」

「え……?」

 逆に問うと、つかさは彼女自身の仮説を話し──紳一は、フ、と笑った。

「おそらく正解だな。オレもそう解釈した。ま、仙道に訊いたわけじゃねぇから断言はできんがな」

 すると、つかさは少し不服そうに頬を膨らませる。

「じゃあ……。バスケットカウントを取れなかった時点で、仙道くんの中では詰んでたんだね」

「ん……?」

「賭けに出て、見放されたんだ。だから、お兄ちゃんの勝ち」

「……賭け、ねぇ……」

 ご飯に箸を付けるつかさを見やりながら、紳一は呟いた。見放された。そうかもしれない。延長戦は仙道にとっては百害あって一利なしだったに違いない。なにせ、彼は延長で勝てるとは思っていなかったのだから。

「ま、魚住を欠いた状態でアイツはよくやってたさ。ポイントガードとして、そしてエースとして全てを支えていた。しかもポイントガードはただの奇策だしな。そんな何重にも不利な状況で、まだ二年にしては上出来すぎるくらい上出来だった。ただ、明日の湘北戦を控えての延長含めてフル出場だ。明日はアイツにとって相当にタフな試合になることは間違いないな」

「スケジュール自体、陵南はちょっと不利だもんね。私、でも……勝って欲しいな。仙道くんにインターハイに行ってほしい。ううん、絶対に行くべき」

「行くべき……?」

「うん。だって、仙道彰って選手を全国はまだ知らない。だから、行くべき。仙道くんは、そういう選手よ」

 そこで、カタ、と箸を置いたつかさは「ごちそうさま」と言って立ち上がった。そうして食器を持って台所へ向かったつかさを見送り、紳一は息を吐く。

「全国へ行くべき、全国が知るべき選手、か……」

 言っていたつかさの瞳は、少しだけ──数年前の色を思わせた。あの、自分や諸星に挑み続けていた頃の。

 

 ──自分のことを言っているのか? つかさ……。仙道に、自分を重ねて……。

 

 諸星を超えられると認めた存在に。自分の夢を無意識に託してしまっているのだろうか、彼女は。

 と、そう過ぎった考えに紳一は自嘲した。

「まさか、な……」


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