「クーフーリン、っていうプレイヤーがいるらしいわ」
「――――――は?」
宿屋に帰ってきて早々、遠坂はおかしなことを言った。
クーフーリンといえばアイルランドの御子、クランの猛犬として有名だ。
魔槍“ゲイ・ボルク”を使う武人で、聖杯戦争では彼女のサーヴァントだったらしい。
そのクーフーリンが、この世界にいる……?
「ということは、これで三体目のサーヴァントか。クラスはやっぱり、ランサーなのか?」
「違うわよ岸波くん。クーフーリンはサーヴァントじゃないわ」
「……? ちょっと待て、よく分からない。
クーフーリンがサーヴァントじゃない、というのは違うんじゃないか? 彼は間違いなく英雄で、だけど確かに死んだ存在で、現代に来るためにはサーヴァントになるしか――」
「いえ、お待ちくださいご主人様。凛さんの言っていることは、そういうのとは根本的に違うのではないかと」
「根本的……?」
ますます分からない。
根本的って、どういうことなんだ……?
「そう。わたしが言ってるクーフーリンは、英雄の方のクーフーリンじゃないわ。このゲームで、アバターの名前としての“クーフーリン”がいるって言ってるの」
「…………ああ、そういう」
合点がいった。
自分の場合は“Hakuno”と勝手に付けられていたが、そもそもここはゲームの世界。
本来ならゲーム開始前に、自分の名前は自分で付けられるのだった。
遠坂が言った“クーフーリン”とは、自分のアバターに“クーフーリンという名前をつけたプレイヤー”のことだったのだ。
「あ。そういえばこのゲーム、自分の名前を付け直すことはできないのか?」
「んー……表示名を変えるだけだから、ハッキングすれば簡単でしょうけど……普通のプレイヤーは多分、できないんじゃないかしら。今のところ、そういうオプションとかは見つかってないわけだし」
「はい。ぶっちゃけクソゲーですよね、コレ」
最新の本格的VRMMOを、あっさりバッサリ切り捨てるキャス狐であった。
「……はは。容赦ないな、キャスター」
「当然です。アバターの顔、身体は本人そっくり。ネカマプレイ不可。リネーム不可。このゲームは基本骨子からして理不尽の塊です」
そういうゲームなら、探せば幾つもありそうな気がするけど……
「でも、キャスターなら変化とかで出来るんじゃないか?」
「それは“キャスター”としての視点ですよご主人様。一人の通常プレイヤーの視点から見れば、このゲームは色々ダメだと言ってるのです。
おかげで私の名前もずうっと“Caster”。某RPG風に言うなら、“戦士!”とか“僧侶!”って呼び合うようなモンですよ」
「そういえばそうだな」
とはいってもキャスターはキャスターだし、そこは変えようがないと思う。
いきなり彼女を「セイバー!」って呼んでも意味不明だろうし。
かといって、人前で「タマモ」と呼ぶのはサーヴァントとして宜しくない。
「ご主人様が始めて呼んでくださった名前が“キャスター”ですし、愛着がないといったら嘘になりますけど……やっぱり可愛くないです。
はぁ……私は一体いつになったら“岸波
「……」
…………やはり、キャスターを「タマモ」と呼ぶのは宜しくない。いろんな意味で。
タイミング次第ではエライことになりそうだ。
「ところでご存知ですか、ご主人様。かのクトゥルフ神話で有名な怪物“ニャルラトホテプ”は、最後に想い人と見事ゴールインしたそうです」
「……へえ、そうなんだ」
――《ニャルラトホテプ》
またの名をナイアーラトテップ。
顔がない故に千の姿を持ち、狂気と混沌をもたらす精霊。
……ところで、ゴールインってどういう意味だろうか。
「……ねえ。話を戻していいかしら?」
「了解です凛さん。ではご主人様、続きは個室で♪」
なんのことだか分からないのでスルーする。
一瞬恐ろしい程の悪寒が走った気もするが、やっぱり気のせいだと思うのでスルーする。
頭をリセットして、遠坂が話していたことを思い出す。
確か……“クーフーリン”という名前のプレイヤー、だったか。
「英雄の名前をつけたプレイヤーは結構いるらしいわ。確か……オルランド、ベオウルフ、ギルガメッシュ、エルキドゥ、ナタク。探せば他にもいるでしょうけど、わたしが知ってるのはこれだけ。
統一性はないけど、どれも大がつくほどの英雄よ。……まあ、わざわざマイナーなのを選ぶ方が少数でしょうから、当然といえば当然かもしれないけど」
「それはまた、凄いな」
クーフーリンは勿論だが、その五人も凄まじい逸話を残した英雄だ。そんなサーヴァントが一体でもいたら、かなりの驚異となるだろう。
もっとも、話の流れから察するにサーヴァントではなく、そういう名前のプレイヤーなのだろうけど。
「でも、その五人……いや、六人がどうかしたのか?」
「うん。まず、クーフーリン、オルランド、ベオウルフ、ギルガメッシュ、エルキドゥの五人。この五人は攻略組のプレイヤーで、最近は特に力を伸ばしてきてるらしいわ。なんでも、装備が他と比べて桁違いとかなんとか。
――特に、“クーフーリン”ってプレイヤーが使う武器は、赤色の光沢を放つ禍々しい槍だったって」
「え――?」
禍々しい槍。言い換えるなら、呪いの槍。
そう聞いて真っ先に思い出すのは――魔槍・“
遠坂曰く、それは必ず心臓を貫く槍らしい。
人を殺すことにのみ特化し、可能な限り無駄を排した対人宝具。
「……それって、普通のプレイヤーが宝具を持ってるってことなのか?」
「わからないわ。ただの誇張ってことも考えられるし、目撃者の見間違いだったのかもしれない。
――でも、本当に宝具だったとしても何も不思議じゃないわ。わたしたちは一度、そんな相手と戦ったはずよ」
「……! アーチャー、か」
こくり、と遠坂は頷いた。
……赤い外套を纏った、白髪の男。
彼は
白と黒の双剣と、無銘の剣の群れ。
思い返せば、明らかにあれらはプレイヤーの枠を超えた武器だった。
おそらく、言峰が持っていた黒鍵も彼が作ったものだろう。
剣が作れるのなら、槍だって作れてもおかしくない。
「次、最後のナタクって人なんだけど……ちょっと待って」
「……?」
遠坂は一枚の白い紙をとりだし、近くにあった鉛筆で字を書いた。
五文字のアルファベット。
“N”、“e”、“z”、“h”、“a”。
「あの、凛さん。なんです、これ」
「綴りよ。ナタクって人のね。わたしもさっき思い出したんだけど。
岸波くん。貴方はこの名前、なんて読む?」
……決まっている。
この綴りには見覚えがある。
「――“
それは、以前遠坂が武器強化を依頼した、一人の鍛冶屋の名前だった。
一目で「ナタク」と読める人はきっと少ない。
自分達は、これを「ネズハ」と読み間違えていたのか……
「ネズハさん……ああ、前に凛さんの武器を壊した御方ですね」
「《鼠》の情報屋さんによると、その六人は一緒に行動してるらしいわ。ギルド結成のクエストが次の層にあるらしいから、そのまま六人でやるつもりなんでしょ」
「鼠……ということは、またアルゴって人のか」
「ええ。彼女もベータテスターだったらしいから、情報に関しては全面的に信じていいと思う。
それで岸波くんは、この六人をどう考える?」
「……」
強力な武器を持つプレイヤーが五人。
このゲームで初の鍛冶プレイヤーが一人。
計六人。そして、全員の名前が英雄の名前――か。
「……きっと、繋がってると思う。
ナタクってプレイヤーが鍛冶屋を営み、お金を稼ぐ。そのお金で強力な装備を用意する……いや、用意
プレイヤーでもNPCでもなく……サーヴァントに」
強力な武器を扱うには、それ相応の筋力値を必要とする。
でも、アーチャーは剣を作れる英霊だ。
仮にAランクの武器を作成できるのなら、Eランクの武器だって可能なはず。
各々のレベルに合った武器を用意するくらい、訳無くこなすだろう。
そういえば……あの神父の情報を信じるなら、アーチャーは格安の鍛冶屋もやっていたはずだ。
となれば、稼いだ金額の大部分は防具に当てられているのかもしれない。
「わたしもそう思ったんだけど、全部知ってるあいつには逃げられちゃったのよね。今度戦ったら、捕まえるとか言ってられないと思うし」
「でしたら、今度はその六人と接触しましょう。ほら、神父さんも言ってたじゃないですか。自己顕示欲、とかなんとか」
言峰は、人間は誰だって自己顕示欲を持つ、と言っていた。
もしその通りなら、彼らは第二層のフロアボス攻略会議に必ず参加するだろう。
その時になんとか接触して――アーチャーのことを聞き出さないと。