巨大な扉を背に、ディアベルは約五十人の前に立った。
「――では、そろそろ始めさせてもらいます」
彼の静かな宣言で、どよめいた空気が静まり返る。
カリスマたる所以。
たった一言で、五十人の視線が一斉にディアベルに向けられた。
「まず、ボス情報の確認から始めよう。みんな、さっき配布した攻略本を見てくれ」
「攻略本……?」
「これだよ、キャスター」
アイテムストレージから一冊の本を選択し、実体化させる。
「『大丈夫、アルゴの攻略本だよ。』……雑誌みたいなタイトルですね。信用できるんですか?」
「全部とはいかないけど、基本は大丈夫なはずだ」
実は前回も似たような攻略本が配られた。
幾つか予想外のアクシデントが起きたが、それ以外は本の通りだった。
全て信じるのは流石に拙いかもしれないが、無いよりは確実にいい。
――第二層のボスの名前は、《ナト・ザ・カーネルトーラス》
武器は打撃属性を持つハンマー。地面に叩きつけることで、衝撃波攻撃も使えるらしい。
そして、ボスの他にもう一体モンスターがいる。
《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》
《ナト・ザ・カーネルトーラス》の背丈を少し小さくしたモンスター。
使う技は殆ど同じ。対処方法も基本的に同じ……か。
「遠距離からフルボッコですね」
「いや、それはちょっと」
確かにそれで完封出来るかもしれないが……どうなんだろう、それは。
「やめておけ、キャスター」
「おや、アーチャーさん。それは何故です?」
「経験値が手に入らないからだ。このゲームでは敵に与えたダメージ、防いだダメージに比例して得られる経験値が増減する」
「何か問題でも?
私のレベルはご主人様と完全リンクしております。つまり、私が無双すれば自然とご主人様のレベルも上がってくわけです」
「それが問題だと言っている。はっきり言って、私とお前に経験値は必要ない。ここはほかの誰かに譲るべきだ。チーム全体のレベルが上がれば、プレイヤーが死亡する確率も減る」
「些細なことです。この場にいる五十人とご主人様なら、私は迷わずご主人様を選びます」
「……」
静かに牽制し合うサーヴァント二体。
両者の主張は相反している。
プレイヤー全体の生存を望むのなら、アーチャーが正しい。
でも、岸波白野が死ぬ確率を少しでも減らしたいのなら、キャスターが正しい。
「はい、やめやめ。今から共闘するって時に、何考えてんのよ」
二人の間を遠坂が割って入った。
「キャスター。とりあえず、今回はアーチャーの言う通りにしましょう。強力な攻撃は控えること。無双も禁止ね」
「ええー。でも、それだとご主人様が……」
「そのために貴女がいるんでしょ。いざとなったらわたしもいるし、心配ないわよ」
「むう……それは、そうですけど」
とりあえずキャスターは納得してくれたみたいだ。
……しかし、遠坂のこの物言い。
まるでヒロインのようじゃないか。
「……確認は終わったみたいだな。
それじゃ、そろそろレイドの編成を始めたいと思う!」
扉の前にいるディアベルが声を張り上げた。
染められた鮮やかな青い髪は、ただそれだけでプレイヤーの注目を集める。
「ちょっとええか、ディアベルはん」
五十人のうちの一人……特徴的な髪型をした一人の剣士が挙手した。
「なにかな、キバオウさん」
「SAOは一パーティー六人、そいで一レイド八パーティーまでや。
ここにおるんは全部で五十一。どうやっても余りが出てしまうで?
小レイドを二つ組むっちゅー手もあるけど、それやと相手レイドの詳しいHPを確認できん。連携に支障きたすんやないか?」
「それは分かってる。だから今回は、ちょっと変わった組み方をしたいと思ってるんだ」
「変わったって……どういうことや」
「まず、オレ達《ドラゴンナイツ》で三パーティー。キバオウさん達《解放隊》で三パーティー。計六パーティーで一つのレイドを作る。
これで三十六人。そして、残りの十五人で小レイドを作ってもらいたいんだ。役割分担は、人数が多いオレ達が本丸のナト。十五人が取り巻きのバランにしようと思ってる」
「……なるほどな。まあ、妥当な線だろう。彼らなら任せられる」
「あんた、あいつらのこと知ってんの?」
「これでも鍛冶屋をやっていたのでな。面識くらいはある」
「面識、ねえ……もしかして、あいつらにも武器、作ったとか?」
「この世界での基準を測るためにな。強すぎるのは勿論、弱すぎるのもまた問題になる。彼らには申し訳ないが、剣作成の練習台になってもらった」
「そう。否定はしないのね」
アーチャーは彼ら――ディアベル達と会ったことがあるようだ。
なら、きっと大丈夫だろう。
選ばれた三十六人の中にも、異論がある者はいなさそうだ。
サブボスのバランではなく、メインボスのナトと戦えるのだから当然か。
貰える経験値も多く、上手くいけばラストアタックを決められるかもしれないのだから。
――だから。
もし異論があるとすれば、それは――
「ちょっと待ってくれないか」
キバオウに続き、誰かが声を上げた。
その周りには四人。
計五人は、強靭な防具と異様な武器を身につけている。
第一層では見なかった顔触れだ。
「……どうぞ、オルランドさん」
声を上げた人物――オルランドに対し、ディアベルは臆することなく発言を許可した。
それを見たオルランドはどこか威圧的に、野太い声を反響させる。
「我々はボスと戦うためにここに来たんだ。ローテーションならともかく、最後まで取り巻きを相手していろという指示には納得できない」
「最後まで、とは言ってない。事前情報によると、今回の取り巻きは一体だけで
「しかし、一体だけというのはあくまで事前情報だ。一層のボス戦のことは聞いている。今回だって予想外の出来事が起こるかもしれない。バランが複数いたり、ナトが異常な程強かったりしたらどうする」
……確かに、それは困る。
バランに関しては、はっきり言って問題ない。
十五人の中にはキャスターとアーチャーも含まれているのだから。
気になるのはこの階層のボス、ナトの方なのだが――
「オルランドさん、あまりオレ達を舐めないで欲しい。確かにナトが強かったら、オレ達だけだと倒しきれないかもしれない。でも、バランが倒れるまで持ちこたえることくらいは出来る」
「なら、バランが複数いた場合はどうする」
「それこそ心配いらない。そっちには、“彼ら”がいるじゃないか」
「彼ら……?」
「うん。そうだ、折角だから自己紹介してもらおう」
「っ……!?」
キラーン!
というのは大げさだが、ディアベルがこっちに熱い視線を送っているのは本当だ。
それに気づいたのか、プレイヤー達は次々と場所を空け――
――その中央にいる岸波白野に、数十人分の視線が集まった。
「ほら、自己紹介。あんたからじゃない?」
「…………分かった」
あの流れから自己紹介を断る勇気はない。
どのみち目立つコトは免れないのだ。ここは思い切って――
「俺の名前は……“フランシスコ・ザビエごっ――!!?」
痛い、とおさか肘鉄痛い! あっ、HPがっ!
「……えっと、大丈夫ですか?」
「アッハイ」
「そう……ですか」
「……」
……仕切り直そう。
きっと今のは、岸波白野の中に眠る何かが暴走しただけだ。
ザビエルはなかった事にして、もう一度。
「ハクノ。片手剣使いです」
「リン。武闘家です」
「岸波
「アーチャーだ。鍛冶屋も営んでいる」
いや待て。今の自己紹介は何かおかしい気がする。
「オルランドさん達は一層のフロアボス戦に参加してなかったから、知らないんだったね。
キャスターさんはハクノさんの使い魔で、遠距離攻撃が出来るんだ」
「遠距離攻撃……?」
「――うわ、マジだったのかよ、それ」
「――なんだよ、それ……インチキじゃねえか」
「――でも、それなら今回だって何とかなるよな」
スルーだと……!?
まあ、それはさておき……オルランドの驚きの声と同時に、辺りがざわつき始めた。
プラスの意見もあれば、マイナスの意見だってある。
プラスは主に『今回も勝てる』という前向きなモノ。
マイナスは『なんであいつが』という嫉妬が殆どみたいだ。
「そしてもう一人が赤い服の鍛冶屋……アーチャーさんだ。彼の強さは、貴方なら分かると思う」
「……。
いや、分からないな。このNPCは、最近有名になっていた鍛冶屋だろう。装備の手入れならともかく、戦闘に使えるのか?」
「ああ。少なくとも、オレよりは強い」
「っ……!」
「装備の話じゃない、剣技の話だ。この中でデュエルをしたら、間違いなく最強だと思う。
アーチャーさんとキャスターさん。この二人はかなりの戦力だ。レベルだって足りてる。《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》が二体いたとしても、難なく対処出来ると思う」
「……だが、それでは――っ!」
オルランドは悔しげに言葉を切る。
その先は、本人には言いたくても言えない内容だからだ。
「オルランドさん、貴方の考えていることは分かる。できるだけ長くボスと戦って、たっぷり経験値を貯めて、この中のトップに躍り出るつもりなんだろう?」
「っ……!?」
びくっ、とオルランドが一瞬硬直した。
いや、彼だけではない。
後ろの四人――クーフーリン、ギルガメッシュ、エルキドゥ、ベオウルフもだ。
「……なにを」
「誤魔化さなくていい。ゲーマーっていうのはそういう生き物だからね。オレだってそうだった。
でも、それじゃ駄目なんだ。これは普通のゲームじゃないし、何よりレイドっていうのはチーム戦だから。誰かが自分勝手なことをしたら、必ず誰かが死ぬ。
……実際、オレはそれで死にかけた」
「――!」
「トップになるのが駄目なんじゃない。プレイヤーにはそれぞれ役割がある。それを放棄して、自分勝手な行動をするのが駄目なんだ。
今回のレイドリーダーはこのオレ、ディアベルだ。だからオレを信じて、オレの采配に従って欲しい。
貴方達は強い。だから……頼む」
そう言ってディアベルはオルランド達《レジェンドブレイブス》に、深く頭を下げた。
「な――」
「おい、ディアベル――」
後ろの騎士達が息を飲む。
それも当然か。なにせ自分達のトップが、今回から参加の末端中の末端に頭を下げたのだから。
かく言う自分も驚いている。
まさか、ゲーマーが誰かに頭を下げる展開が見れるとは。
「……やめてくれ。組織のトップが軽々しく頭を下げるな」
「え……ああ、そうか。それで、オルランドさん」
「……分かったよ。今回はバランに集中する。だが、こっちが片付いたらそっちに手を貸す。それでいいな?」
「――ああ。ありがとう」
最後にそう言い残して、オルランドは元の位置へ戻っていった。
「ふう……さてと。それじゃあ、少し早いけど……」
「いいやまだやで、ディアベルはん。ジブンは一つ、忘れとることがある」
ディアベルが声を張ろうとしたところを、関西弁の男が止めた。
さっきと同じ、髪型が特徴的な男。名前は……キバオウ、と呼ばれていたか。
「キバオウさん……何かな、それは」
「さっきからディアベルはんは、例の攻略本に頼りっきりやないか。言うたらアレやけど、情報源はボス部屋に入ったこともない情報屋やろ? それでホンマに十分と言えるんか?」
「確かにそうだけど……でも、他に情報はないんだ。オレ達が集めた情報だって、全部攻略本に書いてあったし……」
「せやからわいが言いたいんは、実際そのボスを見たことあるヤツがここに、最低でも一人はおるっちゅうこっちゃ」
「っ――!」
再度、プレイヤー達が固まる。
実際に見たことがあるヤツ――そう言われて思いつくのは一人しかいない。
「分かってる……けど、キバオウさん、それは――」
「言っとくけど、こっちは譲る気ないで。
わいはワガママや。こんなクソゲーで死にとうないし、仲間も死なせとうない。
ディアベルはん。ジブンはどうなんや?」
「……オレだって、そのつもりだ。これは普通のゲームとは違う。だから、誰も死なせる気はない」
「そんなら、ここで出し惜しみする方がおかしいやろ。勝つために、生きるために最善を尽くす。ただそれだけや。
そういうわけで、どうや黒ビーターはん! ボス戦前に、なんぞ一言喋ってくれんか!?」
声を大にしながら、キバオウは遠くの一点をキッと見た。
そこには一人の黒剣士――キリト。
以前、盛大に悪のビーターと名乗ったせいか、人目につかない端っこでコソコソしていたらしい。
怯えるように隣の女性の背後に隠れたが、女性はサッと避ける。
「……はぁ」
一方、隣のディアベルは深くため息を吐いてるようだった。
……やはり、意図的に触れないようにしていたのか。
「……一応言っておくけど、俺だってベータテストの時のデータしか知らない。
でも、少なくとも迷宮区の雑魚の攻撃は同じだった。使う技も、あいつらのソードスキルの延長上のモノだと思う。
基本は、モーションを見たら即回避。これだけならいいけど、問題は食らったあとの対処だ。
ベータテストのとき、デバフを二重に掛けられて《麻痺》したプレイヤーは……殆ど死んだ。
だけど、落ち着いてハンマーを見れば二発目は避けられる。このメンバーなら、死者ゼロで倒せるはずだ」
力強いビーターの言葉で、プレイヤー達の目に熱が宿る。
最後にディアベルは、全員の士気を奮い立たせるために。
「よし、二発目は絶対回避!
――じゃあ、そろそろ始めよう! 第二層ボス――倒すぞ!!」
青髪の騎士が吠えた瞬間、五十人の巨大な歓声が巻き起こる。
腰から鋼の剣を抜き放ち――ディアベルは、第二層最後の扉を開いた。