アイテム欄から礼装《鳳凰のマフラー》を取り出し、首元に巻き付ける。
右手にはこの世界の武器、《アニールブレイド》
少々心もとないが、この二つが現時点での最善の装備だろう。
「よし――行こう、キャスター!」
「はい!」
交戦中のナトとバランの隣を走り抜け、一気に真のボス――《アステリオス・ザ・トーラスキング》の元へ辿り着いた。
それを視認したアステリオスは、手にある巨大なハンマーを振りかざす。
――まずは一手。
キャスターは足を止め、アステリオスと一定の距離を保つ。
自分は更に加速し、接近する。
「炎天よ、はしれ!」
振り下ろされた槌が爆風によって弾かれる。
剣を水平に構え、無防備な胴体をそのまま斬りつけた。
「っ……」
走る勢いはそのままに、アステリオスから距離をとる。
渾身の一撃を与えたはずだが、敵の体力はさほど減っていなかった。
……ゲームであることの縛り。
生身の体の戦いでは、必ず“一撃必殺”が存在する。
いかに強い人間――たとえサーヴァントであっても、首を撥ねられたら死は免れない。
だが“この世界”では、そもそも首を撥ねることが出来ない。
心臓を貫かれようと、脳が弾けとぼうと、体力ゲージさえ残っていれば“生きている”と判定され、殺すことも殺されることも出来ないのだ。
――つまるところ、この戦いは持久戦。
「っ――この!」
何度目かの斬撃を浴びせた後、足を止めずに走る。
当然敵は狙いを定めハンマーを振るうが、キャスターの呪術によってそれは止められ、体力もまた削られる。
これによりヘイトは逆転。
敵は遠距離攻撃を行うキャスターの方向を見るが、それよりも速く、更にソードスキルをお見舞いする。
「っ……はは。今更だけど、ビルド間違えたかな――!」
再び構えをとり、今度はソードスキル《スラント》を背後から叩きつける。
《Damege Per Second》……
そのため、敵の注意もキャスターに集まりやすい。もう一度こちらに引き付けるためにはソードスキルを連発し、最低でも今の呪術以上のダメージを蓄積させる必要がある。
キャスターを攻撃に専念させるためには、自分は彼女を守る
『……
遠距離からキャスターの声が届く。
返事の代わりにアステリオスから離れ、キャスターのいる位置まで戻ろうとする。
「■■■■■――――!!」
獣の咆哮を背中で受ける。
ハンマーによる攻撃が来る――そう思って心の準備はしていたが、違っていたようだ。
アステリオスは自分を追いかけることなくその場で立ち止まり。
「なっ――」
……代わりに、大きく息を吸っていた。
かなりの量を吸っているらしく、牛男の鍛えられた胸筋が強調されている。
「この構え――ブレス、か?」
この手のファンタジー獣のブレスは何かしらの攻撃属性を持っているものだ。
これまでナト、バラン、そしてアステリオスは、
ということは、電撃ブレスか何かだろうか。
――なんにせよ、強力な遠距離攻撃であることは間違いない。
「お下がりください、
キャスターは自分の前に躍り出て、武器である蒼い鏡を具現化させた。
その一瞬で彼女の考えを理解する。
岸波白野が盾になれない以上、やはりそれが最適解か――!
「よし。キャスター、頼む」
「お任せあれ!」
鏡はキャスターの正面で静止する。
呪言を唱え終えた瞬間、群青の薄い膜が自分達を覆った。
――《呪層・黒天洞》
魔力障壁を展開し攻撃を防ぎ、自身の魔力へ変換する防御型の呪術。
「■■■■――!!」
暗いフロアの中が一筋の雷光によって照らされる。
電撃のブレスは、黒天洞を張るキャスター目掛けて一気に発射された。
「っ……!」
魔力の壁が振動する。
運用次第では英霊の宝具さえ防ぐ呪術だが、レベルがリセットされた今ではどこまで持つか分からない。
……それを補うことが、今の自分の務め。
キャスターの体力は少しずつ減少し――代わりに、もう一つのゲージが回復する。
「――ここだ」
マフラーに手をかけ、コードキャスト《heal(16)》を実行する。
減少しつつあったキャスターの体力は、一気に回復した。
「嬉しゅうございます!」
次に、回復用のポーションを取り出して一気に煽る。
プレイヤー“ハクノ”の残り体力は五割強。
今のうちに
――視界を覆っていた雷撃が止む。
「次、行くぞ!」
キャスターが黒天洞を解いた瞬間、自分はアステリオス目掛けて駆け出した。
この手の大技の後は、反動でしばらく動けないのがお約束ってもんだろう……!
「食らえ――……!」
再びソードスキル《スラント》をお見舞いする。
クリティカル判定が入ったらしく、敵のHPが若干多めに減少する。
……これで何度目だろうか。
斬っても斬っても大した変化はなく、ボスもただ暴れるばかり。
こう何度も同じパターンが続くと、本当にダメージが入っているのか不安になってくる。
「頑張って下さいご主人様ー! ラス
これまでのキャスターの呪術が効いていたらしく、今の一撃で敵の体力は三分の一を切った。
「――――」
呼吸が止まる。
心臓が大きく鼓動する。
――ラスト一本。
それを聞いて、第一層のボス戦が脳裏を駆け巡った。
三分の一を切った瞬間、《イルファング・ザ・コボルドロード》は行動パターンが変わった。
だとしたら、今回もそうだ。
体力が三分の一を切れば、アステリオスだって何かが変わるに決まっている――!
「■■■■■■――――!!!」
二本目のゲージを空にしたことで、獣の瞳は赤く染まっていく。
アステリオスのけたたましい絶叫が響き、体の動作の一切が停止した。
「っ――――」
一秒にも満たない僅かな時間。
されど、決して逆らうことはできない。
……どうやらこれは、状態異常の一種のようだ。
強烈な咆哮。それ自体の攻撃力は皆無だが、確実にプレイヤーを硬直させる、ということか。
硬直が解けた時には既に、アステリオスは攻撃に移っていた。
まもなく“ハクノ”はハンマーによる攻撃を受け、大ダメージを受けるだろう。
それで自分が死ぬことはない。
だがもし追撃されれば、その先は――
――ならば、
剣を盾代わりに構え、攻撃に備える。
とはいえ、やはりダメージは免れない。
ここは着地まで見据えて――
「だーかーらっ! 油断するなって言ってんでしょうが!!」
「え……っ」
流星。
そうとしか思えない小さな球体が視界を過ぎる。
やがて球体は弾け、目の前にエメラルドの防壁が出現した。
ハンマーによる打撃攻撃は、鉱石の盾によって阻まれる。
「さあ、俺に続けヤロウ共――!!」
「っ!?」
一人。
「ラストアタック、決めてやるぜ!」
二人。
「っし、行くぜゴラアァ――!!」
三人。
剣士達は次々と自分を追い越していく。
……全員、見覚えがある。
ディアベルが率いる三十六人のメンバーだ。どうやら彼らは、自分の知らない間に《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》を倒したらしい。
「作戦変更、総攻撃開始!
ディアベルの指示で、分かれていたはずのタンク組とダメージディーラー組が入り混じる。
やがて彼らは新しく列を作り、アステリオス目掛けて突撃する。
「■■■■■――――!!」
ハンマーの第二撃。
最初の列の六人はそれを見切り、スピード型の剣士は回避、防御型の剣士は各々の武器で防御した。
当然それだけで勢いは殺しきれず、六人とアステリオスの間に大きく距離が出来る。
だが、敵がハンマーを振り抜いた瞬間――
「今だ、行けェ――!!」
後ろに控えていた六人が、一斉にソードスキルを繰り出した。
様々な斬、突、打が炸裂し、体力ゲージが一気に削られる。
彼らの持つ武器は殆どがアーチャーによって作られたもの。つまり、現時点での最強装備――いや、それ以上だろう。ならば、チーム全体の総攻撃力は計り知れない。
一度に大量のダメージを受けたせいか、アステリオスは僅かなスタン状態に陥った。
瞬間、ピタリと流れが止まる。
ソードスキルを使った六人は列の後ろへ。
次の六人は構えこそ取るものの、ソードスキルは発動させない。
「■■■■■――――!!」
硬直時間が終了し、再びアステリオスが動き出し――
「ハッ、待ってましたよっと――!!」
再び、各々のソードスキルが炸裂する。
またもや大量のダメージを受け、アステリオスが仰け反る。
これまで三人だけで戦ってきた自分達と違って、彼らのチームワークはずば抜けていた。
同タイミングでソードスキルを浴びせ、一度に大量にダメージを受けたことで
その間に隊が入れ替わり、敵の硬直が切れた瞬間に再びソードスキルを食らわせる。
「……凄い」
きっと、全ての隊の攻撃力が均等になるよう、自分を追い越したあの一瞬で入れ替わったのだ。
ダメージを与えすぎることがなく、少なすぎることもまた無い。
結果――敵の
このゲームではどのスキルにも必ず
これもまたゲーム故の縛りであるわけだが、彼らはこれをチームで戦うことで克服していた。
「――――■■■■■――――!!!!」
しかし、それも無限には続かない。
何度も喰らえば耐性だって付く。
追い詰められたアステリオスは突然、無造作にハンマーを振るった。
その一撃で、攻撃に転じるべく構えていた六人がいとも簡単に弾き飛ばされる。
たった一撃で、戦況はガラリと変わる。
まずは六人。
追い打ちと言わんばかりにアステリオスは眼を光らせ、息を吸い込む。
「まずい――っ!」
ディアベルは舌打ちするが、六人は間に合わない。
ブレスを喰らえば麻痺は免れない。追撃されれば確実に命はない。
――だが。
彼にとっては、想定内。
「悪いが、それは読めている」
放たれた矢は絶妙な速度でアステリオスの脳天を射抜く。
それがヤツにとっての弱点なのか。
電撃のブレスは鳴りを潜め、再び大きく仰け反る。
生まれたのは絶好の攻撃チャンス。
そして――
「氷天よ、砕け!」
彼女はそれを見逃さない。
冷気は氷の矢へ形状変化し、アステリオスを貫いた。
――敵の体力が底をつく。
討伐された牛の王は、最後に低く唸りを上げ、元のポリゴン片へと還っていく。
やがて、勝者である剣士達を称えるかのように、“祝い”を意味する英語が目の前に浮かんだ。