キャス狐に対する自己解釈多めです。
“てづくりこ~ぼ~”
それが赤いマッチョ……もとい、アーチャーが営む工房の名前である。
三層に上がり、彼はとあるきっかけで《ベンダーズ・カーペット》なるアイテムを手に入れた。
職人型プレイヤー愛用の一品で、何かしらの店を開く時はまずこれで自分の土地を確保する。
アーチャーはカーペットを敷き、鍛冶専用の道具を並べて鉄を打つ。
黒い肌と白い髪はここでは目立つため、人目につく場所での投影は控えている。
「何やってんだ、オマエ」
「む――?」
呆れるような声が聞こえ、アーチャーは顔を上げる。
そこには、
いかにも暴力団関係っぽい男が立っていた。
――要するに、ランサーである。
「…………。
見ての通り、剣を作っている。調子に乗りすぎたせいか、大繁盛だ」
「物好きな奴だな。んなもん、お得意の手品で一気に作っちまえばいいじゃねえか」
「それではあまりにも風情がない。思えば生前、魔術以外で刃物を作ったことがなかったのでな。こうして鍛冶屋の真似事をしている。
……もっとも、それも流石に飽きてきたが」
アーチャーは、はあ、と溜息をつく。
彼のやっていることは本当にただの真似事だ。
剣に向けて槌を振り下ろすだけなのだから。
「そういう君は何をしている。相変わらず、どこぞの神父にこき使われているのか?」
「まあな」
「む…………そうだったか。それは大変だな」
アーチャーは人事のように呟く。
彼にマスターはいない。この世界では魔力の心配がいらないため、自由に行動するだけならば
「あーあ、遠坂の嬢ちゃんの隣が恋しいねぇ……この際あの坊主でもいいか。とにかく、あのクソ神父から今すぐ解放されたい」
羨ましいねえ、と愚痴るランサー。
アーチャーはそれを無視して、手元に視線を戻す。
「つれないねえ。愚痴の相手する余裕もねえのかよ」
無視。
黙々とアーチャーは鉄を打つ。
その様子をランサーは興味深そうに眺める。
そうして打つこと五本目。
アーチャーは怪訝な顔つきでランサーを睨む。
「……いい加減そこを退け。営業妨害だ」
「んなこたねーよ。細かいことに気がつくてめーのことだ。そのへんも上手く考えてやってるだろ?」
「…………」
「おい。なんだその沈黙。
……まさかお前、片っ端からやったのか? 来る奴ら全員?」
「当然だろう。私が育った国にはこんな言葉がある。
――『お客様は神様です』とな。
私は贔屓などしない。我が“てづくりこ~ぼ~”は、どんな注文にも答えてみせる」
「そうか、そりゃいい。なら、俺用の槍も作ってくれ」
「断る」
「はぁっ!? 客は神様じゃねーのかよ」
この場合は比喩ではなく、本当の意味で神様である。
「自前の槍があるだろう」
「確かにあるけどよ。これもいい機会だ、二刀流を試してみたくてな。槍の」
「しかし断る。あちらが先客だ」
ランサーはアーチャーの視線を追う。
目に映ったのは、ベンチに座る一組の男女。
赤いケープの少女と、黒コートの少年。
二人は雑談しつつ、“てづくりこ~ぼ~”の様子をちらちら伺っている。
「? あれは客じゃねーだろ」
「いいや客だ。“てづくりこ~ぼ~”は時間厳守。ここで信用を失うわけにはいかん」
「時間?」
「ああ。馬鹿正直にやっていてはキリがないからな。こちらで時間を指定して、持ち主に取りに来てもらっている……っと、あの二人はこれとこれだったな。
ほら邪魔だランサー。お前のような輩が彷徨いていては、近寄るに近寄れんだろう」
「んだそりゃ。あれか、フリョウってやつか?」
「間違いではあるまい?」
「いいや違うね。どちらかというと暴走族――いや、マフィアくらいはいってるだろ」
「余計タチが悪い……はぁ」
アーチャーは両手を、誰にも見えない位置で構える。
――
「っ――!! てめえ、まさかそれは――」
「釣竿だ。とりあえず、これで時間を潰せ」
「おっ、気が利くね。見直したぜアーチャー」
「言っておくが、タダではないぞ」
「わーってるよ。ほら」
ちゃりん、という音。
アーチャーの手のひらにコインが数枚落とされる。
「……む。確かに」
意外と稼いでたことに驚く赤い人。
「そんじゃあなっ」
ランサーは釣竿を担ぎ、去っていった。
その足取りが軽く見えるのは気のせいではない。
「…………」
赤い店主の重い溜息。
その場凌ぎで釣竿を渡したはいいものの、これといった釣り場はまだ見つかっていない。
次にランサーが来た時どう追い払うべきか、とアーチャーは思案する。
「あの、すいません」
「ああ、すまない。待たせたか」
客は二人。赤いケープの少女、その一歩後ろに黒コートの少年。
強化された
――否。もはやそれらは名称を変えていた。
形こそ同じではあるが、突剣は血のように赤く、片手剣は
「凄い……重さが変わってない」
「重量が変わらない範囲内で、可能な限り強化してみた。それ以上の性能を求めるなら、君達の筋力値も上げなければならないだろう」
「――――」
黒い少年は信じられない物を見たように、片手剣を色々な角度からチェックしている。
「……ありがとうございました」
「ああ。
――またのご来店、お待ちしております」
赤ケープの少女は礼儀正しく一礼した後、人ごみに紛れていく。
黒の少年は、信じられないだの、何者なんだあのNPCだの、ぼやきながらその後を追っていった。
それを最後まで見送ったあと、再び手元に視線を。
「アーチャー」
戻す前に、よく知っている顔が目に映った。
◆
「――――あ」
見つけた。
商店街の一角。NPC経営の武器屋・防具屋に紛れて、彼は店を開いていた。
名前は……てづくりこ~ぼ~、というらしい。
今は黒い少年と赤い少女……キリトとアスナだろう……に剣を渡している。
彼らもあの鍛冶屋を利用していたのか。
「……やっぱり、アニールブレイドより滅茶苦茶強くなってる。ベータテストの時とは大分変わってるのか……? それとも……」
ブツブツ呟きながら、二人は街に戻る。
どのような理由かは知らないが、幸いにも『てづくりこ~ぼ~』はガラガラだ。
頃合を見て声をかける。
「アーチャー」
何気ない一言。
だというのに、彼は。
「――――」
普段より少しばかり目を開いて、驚いているようだった。
それは――まるで、懐かしいものを見たかのように。
「……アーチャー?」
「……ああ、すまない。久しいな。確か……二層のボス戦以来か」
「? 何かあったのか?」
「いや、特には。ただ――そうだな。懐かしかっただけだ」
「懐かしい?
……よく分からないんだけど」
「気にするな。大したことではない。
それで、私に何の用だ? 武器の強化なら予約をとってもらう必要があるが」
「それはまたいつか。今回は別件だ。……悪いけど、時間あるかな。ここはちょっと……」
辺りをざっと見渡す。
ここは装備関連の店が集中している。
そこまで混んでいるわけではないが、やはり人は多い。おいそれと話していいのか悩みどころだ。
「――そうか。問題はない。この時間は既に空けてある」
「助かる」
アーチャーと共に人気のない場所へ移動する。
……といっても、ここは一万人が閉じ込められたゲームの世界。
人気のない場所なんてそうそうあるはずもなく、あったとしても些細なきっかけで集まってくるかもしれない。
だから作った。彼女達が。
キャスターのそれは正直
『お前それでもキャスターか!』
と問い詰めたいくらい低レベルなのだが、それでも一応、こうして役に立つのだ。
……まあ。
人払いだけが目的なら、遠坂一人でも簡単に出来るらしいが。
「魔術による人払い……いや、陣地作成によるものか。
……しかし、改めて考えると酷いものだな」
「いきなり駄目出しですか、アチャ男さん」
「君は一応キャスターだろう? 工房を作って引き篭もり、権謀術数の限りを尽くすのが本来の戦い方だ」
「失礼ですね! 私だって時間をかければ、もう少しまともな物は作れますっ!」
「工房の話をしているのではない。私が言っているのは、君の扱われ方のことだ」
「は? どういう意味ですか、それ」
「何故、たかが人間に仕えている?
玉藻前にとって工房とは戦う場所ではなく隠れる場所……自分だけを守るための場所だ。
君は生前、姿を隠すために工房を作った。だがそれも長くは続かず、やがて陰陽師に暴かれ、人里から逃亡した」
「……まぁ、そうですね」
キャスターは無表情だ。
喜怒哀楽、感情表現豊かな彼女が、だ。
……珍しいこともあるものだ。
「……何が言いたいのですか、貴方は」
「らしくないではないか? 君のような臆病者は戦場には出向かず、自分の工房で震えつつ引き篭っているべきだ。
何故キャスターとして振舞おうとしない? もっと言ってしまえば、何故岸波白野から逃げようとしない?
私にはそれが不思議でならん。君の主人は……少々違うようだが、在り方は“人間”そのものだぞ」
「――――アーチャー」
「! ご主人様……」
――黙ってくれ、と。
柄にもなくそんなことを言いかけた。
……アーチャーから目が離せない。
頭の中はしっかり冴えている。
でも、目だけが別物になった感じ。
……そうか。
――――岸波白野は今、アーチャーを睨んでいる。
「む、怒ったか。まあ、当然といえば当然かもしれないな。
キャスターがお前から解放されるには、逃げるよりも殺す方が手っ取り早い。
主人であるお前を殺せば、彼女は自由になれる。己の生死がかかった話を目の前でされているのだからな」
「違う。そうじゃなくて――」
「違うものか。マスターならば、サーヴァントの素性と過去は知っているだろう。
玉藻前は化物だった。いや、正しくは“人間ではなかった”。
それだけで一度全てを失ったのだ。そんな
「――いや、それは」
違うとは言えなかった。
自分には、それを否定する資格がないからだ。
「玉藻前の伝説は一部では有名だからな。私もそれなりに心得ている。明らかに東洋人であり、かつマスターであるお前なら尚更だろう。
――お前は彼女に無理をさせていると、これまで一度も考えたことはなかったのか?」
「っ――」
アーチャーの瞳に初めて力が奔った。
鷹の眼力に思わず怯む。
……無理をさせているか、だって?
……ある。あるに決まってるだろう。
何度も考えた。後悔もした。
キャスター――玉藻前は本来、戦う人間ではない。
このアーチャーやバーサーカーとは根本からして違う人間なのだから。
彼女にとっては、武器を取るという行為自体が間違っている。
「――――確かに、その通りですね」
「キャスター……」
アーチャーの言葉に頷くキャスター。
やはり彼女も、心の奥ではそう思ってて――
「あーあ。ご主人様、いい加減私を襲ってくれませんかねー」
「………………え?」
襲うって……何?
アーチャーに視線で尋ねる。
「――――」
……駄目だ、完全に呆けている。
「これまで散々アプローチして来ましたけど、いい加減ネタ切れなんですよねー。いえ、アーチャーさんの言った通り
恥ずかしながらベッドインした後ならともかく、そこに至るまでの知識が乏しくてですね。ご主人様から手を挙げて下されば、あとは如何様にも出来るんですけども」
「――待て、待ってほしいキャスター。それ、何の話?」
「何って決まってるじゃないですかー。夜這いですよ、夜這い」
「本当に何の話!?」
「その反応……やはり、気づいていらっしゃらなかったようですね。寝巻きをわざと崩したり、腕を絡めたり、顔を急接近させてみたり……とまあ、色々やってたんですよ?
ですが、そろそろ無理が来てるのです。ネタ切れもですけど、それ以上にこっちの我慢が効かないのです。もうこうなったら、いっそ直接襲うしか――」
「それは本当に勘弁してくれ」
「ええそうですそれしかありません。もとよりご主人様は奥手な殿方。小手先のアプローチが通じるはずもなかったのです。ここはやはり一肌脱ぐしかありません物理的に」
「…………」
駄目だコイツ。早く何とかしないと。
「……そうか。分かった、もう止めない」
「マジですか!?」
「ああ。――さて、と」
魔術回路を起動する。
全身の魔力をただ一点、右手の甲に集中させる。
残されたただ一画の令呪が、淡く光を放つ。
「――
「ウソウソ嘘です! ごめんなさい口が滑りましたっ!」
「分かればよろしい」
右手を下ろした瞬間、令呪の光が薄まっていく。
……よかった。こんなことで令呪を使わなくて。
「やれやれ。……主従仲がいいのは微笑ましいがね」
「……アーチャー」
「勘違いしないで貰いたいのだが、私は君達が一緒にいること自体は否定していない。願わくば、今のようなやり取りが続いてほしいとも思う」
「私は困ります。いい加減そろそろ次のステップに――」
「君は黙ってなさい」
「はい」
「…………こほん。まぁつまり、私が言いたいのはだな……その、なんだ」
「……」
どうも歯切れが悪い。
こちらもどうしていいか分からない。キャスターのペースにすっかり乱されてしまった。
……いつものように、乱されてしまった。
「……全く、素直じゃないですね」
アーチャーが何かを言う前に、キャスター自身が答える。
「アーチャーさん。やっぱり貴方はヒトですね」
「……それは、どういう意味かね?」
「そのままの意味ですよ。狭量で、浅はかで、愚か。貴方の考えは、早計にも程があります」
「……む」
言葉こそ辛辣だが、その音はとても穏やかだった。
……アーチャーの言ったことはあながち間違いでもない。
キャスターはかつて人に憧れ、人になりたくて転生し、そして奪われた。
ただ、その末に何を想ったのか。
人を恨んだ、とは口にしない。
彼女は、自分にとっていい事しか話さなかった。
出来るだけ軽く。岸波白野が気に病まないように。
事実、本人にとっては軽いことなのだろう。それはもう過ぎたこととして割り切っている。
だが――その段階に至るまで、彼女はどれほど苦しんだのか。
そう考えると、敢えて傷に触れようとするアーチャーに、憤らずにはいられなかった。
「ねえ。いい加減終わったかしら?」
「おや凛さん。終わるも何も、始まってすらいないですよ?」
「貴女には聞いてないわよ。岸波くん、いい?」
「……ああ」
「そ。じゃあ、貴方は頭冷やしてなさい。私が話付けるから。
――アーチャー。話ってのは他でもないわ」
そう切り出して、遠坂はアーチャーと取引を始めた。
元々は万が一に備えて遠坂は待機、実際に相手するのは自分とキャスターだったのだけど。
……あの程度の煽りに乗せられるなんて。まだまだ修行が足りない。
「はぁ……」
「お疲れですか? 冷えピタシート要ります?」
「いや、いいよ」
「……ありがとうございます、
・補足
アーチャーは要するに「無理してるんだったら戦わなくていいよ」って言ってるだけです。
“てづくりこ~ぼ~”というのは、とあるゲームの店の名前です。店主の声がアーチャーそっくりです。