「――ここは我が国、神の国。水は潤い、実り豊かな
キャスターは真名を唄う。
鈴の音のように静かに、けれど確かに。
彼女の声を背景に、バーサーカーに立ち向かう。
「――国がうつほに水注ぎ、
剣を握る手が軽い。
体が軽い。
普段の自分とは雲泥の差。
スローになった世界で、自分だけが加速しているみたいだ。
「――
――吸い込まれそうな黒い空。
……幻のように揺らぐ赤い鳥居。
呪符に囲まれた狭い空間だが、ここでは常世の理は遮断される。
あらゆる事象の原則たる等価交換。
それを完全に無視した神秘の世界。
「――水天日光天照八野鎮石」
これがキャスターの宝具。
対象に無限の魔力・活力を供給する結界。
「――――――――は」
瞬間。
岸波白野の肉体は、別物のように変わる。
感覚はより鋭敏に。肉体はより強靭に。
魔力は潤い、魂が活性化する。
「■■■■■――――!!」
「チッ……!」
バーサーカーの突きが干将を弾き飛ばす。
次の攻撃に備え、アーチャーは再び剣を投影――
「何……!」
――する前に。
「貴様、何をして――」
アーチャーの声が途切れる。
それよりも速く、バーサーカーの強撃が襲い来る。
「――――っ!」
――なんだ、これは。
体が羽のように軽い――軽すぎる。
これほどの身体能力は経験がない。
どうやら、加減を間違えて突っ込みすぎたようだ。
「――けど、これなら」
焦る必要はない。視力も同様に強化されている。
岸波白野の目は、既にバーサーカーを捉えている。
――コードキャスト実行。
gain_str(16);
瞬時に魔力を通し、プレイヤー《
剣を持つ右腕にノイズが奔る。
「――――う、ヴ」
唐突に吐き気が込み上げてきた。
失敗した。多すぎた。扱いきれない。
――構うものか。
路頭の瓦礫を踏み砕き、その狂剣を弾き飛ばす……!
「――――――ッ!!!」
方天画戟と片手剣が衝突する。
視界が揺れる。激痛で腕が焼ける。
これ以上の能力はもう無理だと、
……それがどうした。所詮は
だったらこの程度の無茶、いくらでもやり遂げてやる――!
「っ――、こ――のぉ!!」
硝子の割れる音と共に、バーサーカーの武器を弾き退けた。
――ここだ。
タイミングは今、ここしかない。
「遠坂!」
「言われなくても!」
遠坂が後方から宝石を放り込む。
大した魔術ではない。
構造は至ってシンプルだが、桁外れな密度の小爆発。
自分を巻き込むことなく、バーサーカーにだけ当たる絶妙なコントロール。
その爆風を受けて、バーサーカーはようやく体勢を崩した。
「ハッ……!」
その隙を、双剣を投影し直したアーチャーが突く。
バーサーカーは体勢を崩しながらもそれを防いだ。
だが、アーチャーの攻制は覆らない。
今までの仕返しと言わんばかりに、今度はアーチャーが怒涛の連続攻撃に移る。
純粋な力比べでは圧倒的にバーサーカーが上。コードキャストでサポートしてもまだ上だ。
けれど今は違う。
アーチャーは双剣を巧みに操り、バーサーカーを果敢に攻め立てる。
これがキャスターの宝具・水天日光天照八野鎮石。
サーヴァントの動力は魔力だ。どれほど強力な能力を有していても、リソースたる魔力がなくては発動すらできない。
キャスターの力は無限の魔力供給。
勿論、それでサーヴァントが強くなることはない。
あくまで燃料が無限なだけで、最大出力までは変わらないからだ。
――要するにキャスターの宝具は、百パーセントの力を
アーチャーの場合、投影魔術に制限がなくなった。
大量に魔力を使い、より精巧に剣を作れるようになった。
元の世界ならきっとこうはいかない。得物のランクが上がったところで、本人の能力が足りていないと
しかしここはゲームの世界。良質な武器には、それに見合っただけの付随効果がある。
強力な武器を装備すれば、単純にそれだけ強くなれる世界なのだ。
「抜かせてもらう……!」
大振りの二連撃がバーサーカーにヒットした。
強化されたアーチャーの腕力に押され、バーサーカーは距離をとった。
――まだ終わらない。
こちらにはまだ、四十人のプレイヤーが残っている。
「行くぞ、アスナ!」
「うん!」
キリト、アスナを先頭に、待機していた全員が突撃する。
彼らは
魂と生命力の活性化。それは即ち、最速の瞬発力。
ゲームとしての処理は
自軍メンバーが多ければ多いほど、彼女の宝具はバランスブレイカーとなる。
「■■■■■■――――!」
ソードスキルを連続で受け、バーサーカーは苦しげに叫ぶ。
数の力。MMO最大の武器にして、強力なボスに対抗できる唯一の手段。
いかに優れた武将であっても、個人である限り、戦争そのものには敵わない。
「……さてと」
自分も参加しなければ。
プレイヤー一人一人をコードキャストで強化し、ステータスを底上げする。
そのためには、礼装をもっている自分が――
「…………あれ」
礼装を取り出そうと思ったが、右腕が動かない。
バーサーカーの時に酷使したせいか。
そういえば、弾きのける直前に硝子の音を聞いたような……
「ご主人様、ご無事ですか!?」
そうこうしていると、キャスターが慌てて駆け寄ってきた。
……よかった。まだ宝具は解けていないようだ。
「……動かないのですか?」
「……ああ」
頷きで答える。
だらんと垂れている腕を見て察したようだ。
……しかし、これは参った。
右腕――というより、右肩から下が一切動かない。
このゲームでは、体の一部が破損すればステータス異常として表示されると聞いたが……それらしいアイコンも映っていない。
「あーあ、随分派手に壊しちゃったわね」
「遠坂……?」
「ちょっとごめんね」
遠坂が自分の右腕をグッと握った。
だが何も感じない。
強いて言うなら、右肩辺りがチクチクする程度か。
「結構な力で握ってるんだけど……どう? 何も感じない?」
「……ああ。これ、どうなってるんだ?」
「やっぱりか。どうもこうもないわ、派手に壊れちゃってる。
……まぁ、細かい話は後にしましょう。とりあえず、今は礼装出して」
「……分かった」
左手でメニュー画面を開き、ストレージから文字化けしたアイテムを取り出す。
「確かに受け取ったわ。貴方はゆっくり休んでなさい。くれぐれも魔力は使わないこと。キャスター?」
「言われるまでもありません。ささ、ご主人様は私と後ろへ。二人で高みの見物と参りましょう」
「あ、待てキャスター」
静止の声を聞かず、キャスターは右腕を引っ張る。
右腕の感覚がないので振り払えない。
「キャスター……?」
「ご主人様、急いで。この私では、今の貴方を庇いきれません」
「庇う?」
「……あれを」
手を引かれながら振り返る。
一騎当千の武将と、それに群がるプレイヤー達。
本来ならバーサーカーが全て蹴散らすべきなのだろうが、プレイヤーは全員キャスターの宝具とコードキャストで強化されている。
統制のとれた彼らならば、バーサーカーとも互角に戦うことができる。
――バーサーカーが、宝具を使わなければ。
「■■■■■■■!!!」
「っ――!」
全身の皮膚が騒めく。
長い間忘れていた恐怖に、思わず立ち止まる。
「ご主人様……! いえ、これは――」
キャスターも足を止め、驚きの声を上げる。
あれほど暴れ狂っていたバーサーカーが動きを止めた。
プレイヤー達はこれをチャンスと見たのか、各々ソードスキルで斬りかかる。
攻撃が当たる度、微かだがバーサーカーの体力が減少する。
……バーサーカーはそれを物ともしていない。
HPゲージが減ろうとお構いなし。
直立不動のまま武器を構え直す。
方天画戟は計六つの攻撃手段を備えている。
あれはその一つ、『射撃』
宝具は戟刀の型を崩し、弓へと姿を変えた。
「申し訳ありません、
ぐわん、と強烈な浮遊感。
バーサーカーを中心とした戦闘が、遠い出来事のように遠ざかっていく。
「キャスター!?」
「ここは危険です! 暫く辛抱を!」
抱き抱えられているのか、彼女の吐息が直に浴びせられる。
――何時になく切迫した声。
キャスターに運ばれながら、離れてしまったバーサーカー達を見る。
動きが変わった
やがて、バーサーカーの手の中から光が生まれる。
……呂布奉先に魔術の心得はない。
つまりあれは――
「宝具……! キャスター、離し――」
離すようキャスターに呼び掛ける。
だが遅かった。
バーサーカーは弓を構えたまま――――
「なっ……!」
長身のアーチャーすら超える巨体が消える。
そしてどこまでも上へ、高く、高く、高く。
サーヴァントであることを考えれば当然の身体能力。
……そんなこと、彼らが知るはずもない。
「――――――――」
バーサーカーは無言のまま、空中で矢を番える。
狂戦士とは思えないほど静かに。
矢。
そう評したが、あれはどう見ても矢ではない。
見た目は槍。
破壊力は大砲――それ以上だ。
……なんてことだ。
狂化し、ゲームの
けれど違った。
たとえ万夫不当の武術を損なわれても。
宝具のキーたる弓術だけは、損なわれてなどいなかった。
それが今、この状況で、空中から撃たれたらどうなるか。
誰が狙われるかは関係ない。
対象に当たろうと外れようと、ヤツの砲弾は
「――っ」
嫌な映像が頭を過ぎる。
――崩落する足場。
――堕ちていくプレイヤー。
――助けを求める声。
それだけは駄目だ。
サーヴァント・
本来ならこのゲームに存在しない異世界の魔物。
あれは自分達
一般人である彼らを巻き込むわけにはいかない。
ましてや、死なせるなど以ての外。
「っ……、あれは――」
跳躍し、はるか上空で弓を構えるバーサーカー。
プレイヤー達はそのデタラメさに呆然としている。
しかしその中に一つだけ、俊敏に動く影があった。
赤い外套を纏う長身のそれは、紛れもなくアーチャー。
アーチャーはバーサーカーの位置を確認しながら移動する。
……いや、違う。
彼が確認しているのは弓の向き。
あの矢は直線に進む――そう仮定し、着弾地点がどこか見極めようとしている。
どうするつもりか知らないが、あのサーヴァントは宝具を受け止める気らしい。
なら、今の自分がすべきことは……
「キャスター、止まってくれ!」
「ご主人様!?」
急ブレーキをかけてキャスターが止まる。
「っ――!」
余程のスピードで走っていたのか、急停止の反動が全身を襲う。
流石だ。たとえ紙耐久でも、敏捷Bはホンモノらしい。
「あの、ご主人様……?」
「キャスター、あれを止めるぞ」
「なっ――止めるって、いくら何でも」
「危険なのは分かってる。だからこそ止める。今は時間がない、速く」
ゲームの世界故の恩恵か、バーサーカーの落下速度は若干遅い。
今からならギリギリ間に合う。
「――――はぁ。承りました。
「直ちにUターン。アーチャーをサポートする」