機動戦士ガンダムSEED Natural Gifted 作:風早 海月
デブリベルト
たった1人で小型シャトルに乗る。本来傍らにいるべき相方のリズはもういない。行先は低軌道上のヘルダーリンだ。
本国での修理を終えたヘルダーリン。ニコルを中心に新たな任務が待っていた。
「短い帰郷だったなぁ…」
旧イギリス領ジブラルタル。そこはイヴにとってのふるさとである。ジブラルタル基地に待機していた間、変わり果てた故郷の姿を眺めていた。
シャトルの窓からはジブラルタル海峡の姿が鮮明に見えた。
シャトルがヘルダーリンに着艦して、ハンガーに降りる。
「おかえりなさい、ルイスさん」
分隊長のニコルがわざわざ出迎えてくれていた。
「イヴ・ラ・クルーゼ、ただいまアマルフィ分隊に帰参いたしました」
「報告は聞いてます。とりあえず部屋を案内します。グリニッジ標準時16:00からブリーフィングを行いますので、それまではゆっくりくつろいでください」
まだイヴは気づいていなかった。この先にある末路を。
☆☆☆☆☆
ニコルの父親、ユーリ・アマルフィはマイウス市の代表で最高評議会議員だ。そして、マイウス市は工業的に発達しており、モビルスーツ設計局や工場が集中している。
それを踏まえて、ユーリは新型機開発の責任者にもなっていた。そこから、新型機のテストパイロットをニコルの部隊に任せることになった。
それが、イヴと、本来ならばリズを呼び戻す理由だった。
「という訳で、僕たちアマルフィ分隊はクルーゼ隊から独立してアマルフィ隊となります」
隊長用の白服を纏ったニコル。
「…なんか何度見ても似合わねぇのな」
ラスティが呆れながらそう指摘するのも無理はない。着られてる感がある。ザフト軍設立からまだ数年(軍となってから)だが、史上最年少の隊長である。
「ルイスさんにはこれを」
黒服。それは階級のないザフトにおいて指揮権を持つということを表す。
ザフトの指揮系統はその役職によって定められる。つまり、通常の軍隊のような役職と階級というふたつの系統の上下関係が片方に集約されているのだ。
制服の色は隊の指揮序列を表すものである。隊長用の白服と、その副官(副長)クラスの黒服、その下に赤服と緑服がある。
現在アマルフィ隊にいる黒服はヘルダーリン艦長でスーパーおじいちゃんのカルロス・ベルモンドただ1人だ。
「私が?」
「はい。任務上僕以外でモビルスーツ指揮を担当できる人が欲しいんです。本来ならラスティに頼みたいところですが…」
「俺は柄じゃないっしょ?」
「という訳で、リーサにも頼もうとしたんだけど…リーサは本国休暇中にセクハラで謹慎中だから…」
という訳で…と困ったようにニコルは笑う。
「ま、ルイスは戦場全体を見れる力があるしな。妥当な人選っしょ」
その言葉に、イヴは心に針が刺さるような思いになる。戦場は見れても、同じ機体に乗っていた彼女のことは見れていなかったのだから。
それでも、イヴは表面的にはちっとも感じさせずに、黒服を受け取る。
ちなみにサイズ的にもちろん特注品であり、所々にかわいらしくリボンが付けられていて、ズボンではなくレイヤードスカートだ。
「ちなみにそれにするように言ったのは僕じゃなくてザラ国防委員長だからね?」
おおう…とイヴがパトリック・ザラの顔を思い浮かべながら若干引いていると、そこにラスティも付け加えた。
「あれ?クライン議長も口出してたって聞いたけど?」
おっさん2人は何をしているのか…甚だ疑問だが、制服…いや、現代の標準的な服の話をしたいと思う。
服のほとんどは基本的に重力によって垂れることを前提に作られているのは自明のことだろう。だが、プラントや宇宙や月に暮らす人々にとっても、地球に住む人々にとっても、無重力空間は比較的身近になっている。そのため、重力によって垂れることを前提に作られている服は垂れない無重力空間では本来の役割を果たさない。
例えばスカートは重力で下を向いており上からは中が見えないが、無重力空間では簡単にめくれてしまう上に、下から見られるということも多い。
そのような事が多発していたために現在売られているほとんどの服は形状記憶が行われている。無重力下でも重力下でも綺麗に見えるように、それでもたなびくなどの動きが阻害されないように、肌触りが悪くないように…と、とても研究された逸品となっているのだ。
シワのない黒服に袖を通したイヴ。威厳よりもロリっ子感が強いのはその容姿のためか、その制服のせいか…
☆☆☆☆☆
ヘルダーリンに搭載されているモビルスーツは全部で6機。内2機はニコルのブリッツとラスティのジンだ。問題は残りの4機だった。
ZGME-XDWAC00 Dフラッグ
QF/A-X001 マリオネット 3機
の4機となっている。
Dフラッグの元となったZGME-XWAC00 フラッグは、次世代哨戒偵察機や大規模戦での前線管制を行う隊長機(指揮官機)または観測機などとしての役割を担う機体として期待されている複座の機体だ。現在制式化を審議されている機体だ。
そして、今回テストを行うDフラッグはそのフラッグに量子型通信指揮装置を搭載して武装を一部変更した機体だ。前線管制を行うためにも設計されているフラッグで無人機の指揮機となるべく設計された。
そして、その無人機たるものがマリオネットだ。数で劣り、1人のパイロットの戦線離脱が戦線に影響を与えるザフト。そこで人的損失を防ぐために考案されたもので、母機からの量子通信での指示を元に動く操り人形とも言えるものだ。
それを1人で複数機動かすことができるなら…という試験をこのアマルフィ隊が行うのだという。
Dフラッグは操縦をイヴが、マリオネット操作をリーサが担当する。
「パッケージ式リニアスナイパーライフル…ですか?」
「はい…イヴさんなら気付くと思いますけど、この機体は量子型通信指揮装置が搭載されています。量子通信はかなりの電力を使いますから、機体からの給電による射撃武装は避けるべきだ…という理由から外装式バッテリーとなっていて、弾倉の他にバッテリーも交換することを頭に入れておいてください」
「了解です…」
ニコルの説明にこの機体のハードがとても考えられていると感じる。一応彼女も工作レベルは町工場とはいえジブラルタルにいた時にはモビルスーツを自作しているのだから、設計も理解出来る。
「プラントで技術蓄積のないリニアライフルにしたのは哨戒偵察機として単独で長期間行動するのに必要な命数を稼ぐためということですか」
プラントの電磁投射装置は基本的にレールガンが使われていた。代表的なものではシヴァが挙げられるだろう。
「そうです。Dフラッグはその量子型通信指揮装置で長距離強行偵察も任務として考えられていますから…」
「理解しました。じゃあ、さっそく機種転換訓練に行ってきますね!」
ニコルにニコっと笑いかけてブリーフィングルームから出る。
「………かわいい」
「ニコルならそんなに年の差もないし、いいのか…?」
「わっ!?ラスティ、いたんですか!?」
顔を赤く染めたニコルは恥ずかしさのあまり、そのままラスティと近接格闘訓練(ガチ)を始めることとなったのだった…