Overline   作:空野 流星

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運命の日

あの日の事は、今でもはっきり覚えている。

そう、あれは(おれ)がレイを背負って歩いていた時だ――

 

 

―――

 

――

 

 

 

校舎が少しずつ離れていく。

僕等が帰る場所――寮を目指して歩く。

他に帰る場所もない、今思いつくのはそこだけだ。

 

重い身体を引きずるように進む。

背中に背負ったレイは冷たいままだ。

壊れかけた眼鏡が地面に落ちる。

それでも、前に進む……

 

 

「――したのか?」

 

「え……?」

 

 

人だ。

ぼやけてよく見えないが、そこに人がいた。

でも、この声はどこかで――

 

 

「黒島を殺したのか?」

 

「――」

 

 

そうだ、僕は黒島を――

 

急速に意識が遠のいていく。

もう、立っているのも、限界だ。

 

消えゆく意識の中、レイと健司の顔が浮かんだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「おい、どうしたんだよ葉助?」

 

「健司?」

 

 

辺りを見渡すと、そこは見慣れた教室だった。

どうやら、休憩時間に眠ってしまっていたらしい。

目の前にいる健司が、心配そうにこっちを見ている。

 

 

「大丈夫か? まだ寝ぼけてんのか?」

 

「いや、大丈夫だよ。」

 

「そうか、なら良かったよ。」

 

 

そう言って健司が微笑む。

その笑顔は、どこか寂しさを感じさせるものだった。

 

 

「健司?」

 

「頑張れよ、葉助。」

 

「――健司!」

 

 

――

 

 

 

伸ばした手が空を掴む。

その時点で、僕の意識は現実に戻っていた。

 

 

「派手なお目覚めだな。」

 

 

聞き慣れた声が聞こえる。

ぼやけた人影は、僕に眼鏡を手渡してくれた。

それをかけて、改めて相手の顔を見る。

 

 

「寮母さん?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

 

いつもと雰囲気が違うが、間違いなくその人は寮母さんだった。

 

微かに揺れる部屋。

レイはベッドの上に寝かされて、何か機器を取り付けられている。

 

 

「状況が理解出来ない、という顔だな。」

 

「……」

 

 

この異常な状況。

寮母さんの脇には、黒いスーツ姿の男が2人座っている。

その手には見慣れない金属の塊が握られている。

 

 

「お前が倒れた後、二人共私の車に乗せた。 他に知りたい事は?」

 

「レイは無事ですか? それと、貴女の目的はなんですか?」

 

 

第一にレイの安全だ。

そして、この寮母さんの正体が気になった。

普通ではないのは、この状況が物語っている。

 

 

「見ての通り、今治療中だ。 魔源(マナ)欠乏症の症状さ。」

 

「そんな……」

 

 

魔源(マナ)欠乏症”とは――

短時間に大量の魔源(マナ)を消費する事によって起こる症状の事を指す。

その症状は意識混濁、生命維持活動の低下等、結果的に死に至る。

魔源(マナ)の譲渡によって、減少した魔源(マナ)を補充するのが治療法だ。

しかし、譲渡を行えるのは、同じ属性の魔源(マナ)を持つ者だけだ。

あの機器は、魔源(マナ)の譲渡を行っているのだろうか?

 

 

「それと私の目的と言ったな? それはもう果たされているよ。」

 

「どういう事ですか?」

 

「私の任務は、黒島の監視――最終的には暗殺だったからな。」

 

 

暗殺……

つまり、この人は黒島の目的を知っていて、最初から泳がせていたんだ!

 

 

「それ、動くのが遅すぎじゃないですか?」

 

 

結果的に、街の崩壊を防いだのは僕達だ。

この人達は何もしてくれなかったじゃないか!

 

 

「あくまでも、目的は監視だ。 情報が必要だった。」

 

「そのせいでこんな事になったんでしょ!」

 

 

つい、声を荒げてしまう。

そうだ、この人達がもっと早く動いていれば、レイは、健司は!

 

――健司はどこだよ。

 

記憶の片隅にある、血まみれの生徒手帳。

僕は、ゆっくりと制服の右ポケットに手を突っ込む。

 

手に当たる感触、二つの生徒手帳。

一つは間違いなく僕の、そしてもう一つは……

 

握りしめ、ポケットから取り出す。

 

 

「あぁぁ……」

 

 

血まみれの生徒手帳が、その手に握られていた。

 

”生徒名 村田 健司”

 

その生徒手帳が全てを物語っていた。

あいつはもう――

 

 

「感傷に浸るのはそれくらいでいいだろう?」

 

「――貴女は!」

 

 

寮母さんは、冷え切った瞳でそう言った。

まるで、人の死など何も感じていないかのような目だ。

暗殺なんて言葉を軽々しく言える人なんだ、それが当然の異常者なのだろう。

 

 

「お前達には、今二つの選択肢がある。」

 

「どういう意味です?」

 

「黙って聞け。」

 

 

寮母さんの目の鋭さが増す。

睨まれただけで、心臓の鼓動が止まりそうになる。

 

 

「一つ目、時空龍共に捕まって実験体になる。」

 

 

あぁ、そういう事になるのか。

黒島の研究には、時空龍達も興味を持つだろう。

生きた検体がいるのならば、確実に手に入れようとするだろう。

 

僕達二人は、そもそも身を寄せる相手もいない。

逃亡の果てに捕まるのも時間の問題であろう。

 

 

「二つ目、私が与える試験に合格して、私達の仲間になる。」

 

「え?」

 

 

それは意外な選択肢だった。

この人達の仲間に? 僕達が?

ありえない、なんでわざわざそんな……

 

 

「私は、黒島を殺したお前達を評価している。 奴はかなりの魔法使いだった。

 それを、子供二人が倒したという事実……」

 

「それがスカウトの理由ですか?」

 

「そうだ。 逃げ場の無いお前達には最高の申し出だろ?

 住む場所も、仕事も与えてやろうと言ってるのさ。」

 

 

でも、その選択肢を選ぶという事は――

 

一瞬、黒島の顔が脳裏に浮かぶ。

 

僕も、人殺しになるという事だ。

生きるために、誰かの生を奪う存在に。

 

 

「さあ、どうする?」

 

「……」

 

 

横たわるレイの姿を見つめる。

そうさ、僕は守るって決めたんだ。

夢のあの人の代わりに、彼女を守ると。

 

 

「――その試験、受けさせてください。」

 

 

僕は、覚悟を決めてその言葉を吐き出した。


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