Overline   作:空野 流星

25 / 43
初めての仕事

僕はスラム街を彷徨っていた。

顔を見られないように、黒いローブのフードを深く被っている。

目的はただ一つ、ある男を見つけるためだ。

何のために見つけるかだって?

そんなの……

 

――殺すために決まってる。

 

 

――

 

 

 

「試験の内容は簡単だ、この仕事をこなしてこい。」

 

 

そう言って寮母さん――いや、銀華と名乗った女性は僕に資料を渡した。

 

生野(いくの) 秀雄(ひでお)

 

年齢38歳、独身。

犯罪内容、性的暴行。

 

 

「この男の首を持ってくるのがお前の初仕事だ。」

 

「簡単に言ってくれますね。」

 

「こいつはただの性犯罪者で、凶悪犯ではないからな。 いや、別な意味で凶悪か。」

 

 

そう言ってニヤリと笑う。

嫌な予感がして、再び資料に目をやる。

 

――確かに最悪だ。

 

コイツは少年専門の性犯罪者だ。

つまり、僕も標的の範囲内に入ると言いたいのだろう。

 

 

「タイムリミットは日没までだ、行ってこい。」

 

 

どうやら、居場所を突き止める事から始めなければならないようだ。

僕はため息をついて、車のドアを開けた。

 

 

「そうだ、こいつを持っていけ。」

 

 

そう言って、銀華さんは黒いローブとお金を渡してきた。

 

 

「ここがスラム街とはいえ、顔は隠すに限るだろう? それとこれは――前祝いだ。」

 

 

ひんやりとした感触と金属の重さ。

スーツの男達が持っていたものに似ている。

 

 

「使い方は、後ろの撃鉄を指で引き起こして、後は狙いをつけて引き金を引くだけさ。 簡単だろう?」

 

「……」

 

「別に今回の仕事で使ってみろとは言わないさ、魔法でケリをつけてもいい。」

 

 

僕はその金属の塊をポケットに仕舞い込んだ。

黒のローブを羽織り、車から降りる。

まずは情報収集からだ。

 

 

――

 

 

 

それから数時間が経過していた。

情報は中々手に入らず、熱さが体力を奪っていた。

まずは水分補給をしなければいけなさそうだ……

 

お金はあるんだ、どこかお店に入って……

 

 

「君、大丈夫かい?」

 

 

見知らぬ男性に声をかけられる。

見た目は20代後半といったところだろうか。

やや筋肉質の身体に、スラム暮らしには見えない小綺麗な服装だ。

 

 

「だ、大丈夫です。」

 

 

過度な接触は避けた方がいいだろう。

そう思い男から離れようとするが、足元がおぼつかずに倒れそうになる。

 

 

「危ない!」

 

 

地面に接触する前に、男に抱きかかえられてしまう。

 

 

「こりゃ熱中症だな。」

 

 

そう言うと男は、僕を抱きかかえたまま歩き出す。

抵抗しようと試みるが、身体に力が入らない。

 

 

「俺の家はすぐそこだ、水くらいご馳走してやる。」

 

 

男は厚意を受けるのが正しいのだろうが、何故か妙な胸騒ぎがしていた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「すみません、助かりました。」

 

 

男の家で休ませてもらったおかげで、多少は動けるようになった。

どうやら僕の思い過ごしだったか?

 

 

「気にするな、それよりこんな場所で何をしてたんだ?」

 

 

男は水の入ったグラスをテーブルに置くと、そう尋ねてきた。

僕はそのグラスを手に取り、一口水を飲む。

乾いた喉を潤す感覚が心地いい。

 

 

「人を、探しているんです。」

 

 

そう言って、男に写真を見せた。

その男は写真を見ると、驚いた顔をした。

 

 

「――なんでコイツを探しているんだ?」

 

「知ってるんですか?」

 

「あぁ、この辺に住んでる奴だからな。」

 

 

どうやら正解に近づいていたらしい。

怪我の功名とはこのことか。

 

 

「良かったら教えてもらえませんか!」

 

「いいとも、その前にもう少し休んでいきな。」

 

 

時計を見やると、まだ13時を回ったくらいだ。

これなら時間も問題なさそうだ。

 

そう考えながら、先ほどの水を一気に飲み干した。

 

――あれ?

 

視界がぼやける。

まずい、これは……

 

 

「そうだ、ゆ~っくり休んでおきな、そしたらソイツに会えるぜ。」

 

 

やはり嫌な予感は的中していたようだ。

意識が朦朧とする中、なんとか意識を保とうとする。

しかし、その抵抗も空しく、意識は微睡(まどろ)みの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

ぴちゃぴちゃと耳障りな水音が聞こえてくる。

その音に合わせて、頬を何かが這っている感触――

気持ち悪くなり、手で撥ね退けようとするが、両腕が動かない。

 

徐々に意識が覚醒していく中、自分が置かれている危機的状況に声も出ない。

どうやら、今ベッドの上に横になっているらしい。

両腕は、ベッドの支柱にロープで縛られている。

目の前には、先ほどの男が覆い被さっていた。

先程の気持ち悪い感触は、どうやら男の舌のようだ。

 

 

「よう、お目覚めか。」

 

 

男はニヤニヤと笑っていた。

ターゲットは一人じゃなかったのか……

明らかに、この男はターゲットのお仲間だ。

 

 

「きもちわるい。」

 

「そう言うなよ、アイツが帰るまでに味見くらい許されるだろ?」

 

 

そう言ってペロリと唇を舐めた。

不思議と、激しい感情が沸き上がってこなかった。

ある程度、こういう状況になるのは覚悟していた。

 

さて、手は縛られているが、魔法を使うのには支障はない。

風属性の魔法を使えば、ロープを切るのに造作もないだろう。

問題は、コイツが離れてくれればいいんだが……

 

 

ピンポーン!

 

 

インターホンの音が家の中に響く。

 

 

「くそっ、お楽しみの最中に誰だよ!」

 

 

そう言うと、男は立ち上がり歩き出す。

どうやら来客の対応に向かうらしい。

これは抜け出すチャンスだ。

 

男が部屋を出たのを確認してから、ロープの位置を確認する。

 

 

”ウィンドカッターⅠ”

 

 

出力を抑えて、風の刃をロープに向けて放つ。

綺麗に両腕の真ん中を飛んでいき、ロープは真っ二つに切れた。

 

僕はベッドから起き上がり、静かに扉へと近づく。

――何か話声が聞こえる。

 

ゆっくりと扉を開き、聞き耳を立てる。

 

 

「てめぇ、俺より先に手ぇだすなって言っただろ!」

 

「わ、悪かったよ兄貴!」

 

 

男2人の話声――先程の男と、相手はターゲットの男か?

どうやら言い争っているようだが、これはチャンスかもしれない。

 

 

「やっぱりお前は足引っ張りだな……」

 

「兄貴……?」

 

 

ゴン! という鈍い音が響いた。

 

 

「いけねぇよなぁ、お前は出来損ないだからよぉ!」

 

 

何かを殴るような、鈍い音が規則的に聞こえてくる。

大体予想はつくが、ゆっくりと部屋から出て様子を伺う。

 

丁度、2階から下が吹き抜けで観察出来る作りになっている。

1階では、予想通りの惨劇が繰り広げられていた。

 

先程の男は、血塗れの床の上に寝そべり、ぴくりとも動かない。

その頭部は、無残にも潰れてしまっていた。

ターゲットの男は、鉄パイプを今も男の頭部に振り下ろす動作を繰り返している。

 

 

「くひゃひゃひゃ!」

 

 

下品な笑いを続け、それでも尚殴る事をやめない。

 

まともじゃない、というのが率直な感想だった。

元々、普通ではない性癖の持ち主だが、今は別の意味で普通ではない。

逃亡生活は、そこまで人を追い詰めてしまうのだろうか?

もし、僕とレイが二人で逃げ続ける選択をしていたなら、アレも一つの可能性なのかもしれない。

 

 

「さぁて、美味しくいただくとするかぁ。」

 

 

そう言って、男は階段へと向けて歩き出した。

どうやら、狙いの僕の所へ来るつもりらしい。

 

まともな判断が出来ない今なら、罠にかけるのも容易いだろう。

僕は部屋に戻り、先ほどと同じ態勢でベッドに横になった。

このまま待っていれば、男は確実にこの部屋に来るはずだ。

 

 

床を荒々しく歩く音、その音は徐々に近づいてくる。

 

 

「ここかぁ!」

 

 

勢いよく扉が開かれる。

男の目は血走り、口からは唾液が垂れていた。

 

 

”バブルボムⅢ!”

 

 

案の定、全く警戒していない男は簡単に魔法に捕らえられた。

手足にバブルボムを押し付け、壁へと貼り付けにした。

無理矢理動こうとすると、破裂した衝撃で手足は弾け飛ぶだろう。

 

 

「なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 

「生野秀雄だな?」

 

 

生野は奇声を上げるだけで答えない。

写真と顔は一致しているため、間違いはないだろう。

 

 

”この男の首を持ってくるのがお前の初仕事だ”

 

 

銀華さんの言葉を思い出す。

つまり、殺した証拠が必要なわけだ。

 

殺す――そうだ、今から僕はこの男を殺す。

いざその時が来ると、恐怖が生まれてくる。

犯罪者とはいえ、ヒト一人の命を奪うのだ。

自分が生きるために……

 

 

「はなぜぇぇ!」

 

 

相変わらず、生野は暴れている。

それは、生に執着した者の姿そのもののようだ。

彼も、生きたいと必死にもがいているのだ。

 

 

”今更綺麗事か?”

 

 

頭の中に黒島の声が聞こえてくる。

 

 

”いい子ぶっても、お前はもう人殺しだろう?”

 

 

そうだ、だって僕は――

火内先生も、黒島も、この手で殺したじゃないか。

今更綺麗事を言ったって、僕の手はもう血で濡れているじゃないか。

 

 

僕は、ポケットにしまったアレを取り出した。

自分を変革するには、何かきっかけが必要だ。

 

 

「それは、てめぇ!」

 

 

生野はソレを見て絶句する。

きっと、何か知っているのだろう。

でも、今の僕には関係ない。

 

 

「後ろの撃鉄を指で引き起こして――後は狙いをつけて引き金を引く。」

 

「お前紅桜の――」

 

 

花火のような音を立てて、金属の塊が撃ち出される。

それは真っすぐと生野へと飛んでいき、左胸へと吸い込まれていった。

 

――瞬間、それは炸裂した。

 

そう、これは魔法だ。

生野の体内で、魔法が発動したのだ。

ウィンドカッターⅢの風の刃が、内部から切り刻む。

内臓を引き裂き、胴を切り開き、血管を細切れにする。

仮に魔法障壁を展開しようとも、生き物である限り内部からの攻撃は防げない。

きっと、これはそういう武器なのだ。

 

何故か僕は、妙な高揚感に包まれていた。

それは今まで、経験した事のない感覚だった。

 

 

「コレ、すごいじゃないか。」

 

 

この武器の扱い方を、詳しく銀華さんから教えてもらう必要がありそうだ。

僕は武器をしまい、生野の死体に近づく。

 

 

「うん、首が必要なんだよね。」

 

 

”ウィンドカッターⅠ”

 

 

思いついたように、僕は風の刃を男の死体に向けて放った。

 

夕焼けが辺りを照らす頃、僕は車の前へと辿り着いた。

僕の顔を確認すると、銀華さんはドアのロックを解除して中に招き入れた。

 

僕は銀華さんの前に、戦利品を差し出した。

車の中に血の匂いが充満する。

 

 

「なるほど、首を持ってきたわけか。」

 

 

ソレを見た銀華さんは、口元を歪めて笑った。

まるで、少々意外だが面白いと言いたそうな顔だ。

 

 

「どうでしょうか?」

 

「うむ、文句なしの合格だ。」

 

 

どうやら満点という事らしい。

これでとりあえずは、僕達の身の安全は保障された。

レイは相変わらず、眠ったままであった。

 

 

「そういえばお前、”魔銃(まがん)”を早速使ったな?」

 

「”魔銃(まがん)”?」

 

 

そう尋ねると、銀華さんは僕のポケットをつついた。

 

あぁ、これの事か。

僕はポケットから魔銃(まがん)と呼ばれた武器を取り出す。

 

 

「これ凄いですよね、びっくりしました。」

 

「気に入ってくれて嬉しいよ。 ソイツの扱い方はこれからたっぷり教えてやるさ。」

 

 

そうか、コイツは魔銃(まがん)というのか。

僕は綺麗な銀色のボディを眺める。

一瞬で相手の命を刈り取る武器。

これがあれば、燃費の悪い自身の魔法を酷使する必要もない。

 

 

「そうだ、一番大事な事を言い忘れていたな。」

 

「なんですか?」

 

「その魔銃(まがん)の名は――”フェンリル”だ。」

 

魔銃(まがん)・フェンリル……」

 

 

僕は、その名を繰り返し読み上げた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。