Overline   作:空野 流星

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初めての仕事

僕はスラム街を彷徨っていた。

顔を見られないように、黒いローブのフードを深く被っている。

目的はただ一つ、ある男を見つけるためだ。

何のために見つけるかだって?

そんなの……

 

――殺すために決まってる。

 

 

――

 

―

 

 

「試験の内容は簡単だ、この仕事をこなしてこい。」

 

 

そう言って寮母さん――いや、銀華と名乗った女性は僕に資料を渡した。

 

生野(いくの) 秀雄(ひでお)

 

年齢38歳、独身。

犯罪内容、性的暴行。

 

 

「この男の首を持ってくるのがお前の初仕事だ。」

 

「簡単に言ってくれますね。」

 

「こいつはただの性犯罪者で、凶悪犯ではないからな。 いや、別な意味で凶悪か。」

 

 

そう言ってニヤリと笑う。

嫌な予感がして、再び資料に目をやる。

 

――確かに最悪だ。

 

コイツは少年専門の性犯罪者だ。

つまり、僕も標的の範囲内に入ると言いたいのだろう。

 

 

「タイムリミットは日没までだ、行ってこい。」

 

 

どうやら、居場所を突き止める事から始めなければならないようだ。

僕はため息をついて、車のドアを開けた。

 

 

「そうだ、こいつを持っていけ。」

 

 

そう言って、銀華さんは黒いローブとお金を渡してきた。

 

 

「ここがスラム街とはいえ、顔は隠すに限るだろう? それとこれは――前祝いだ。」

 

 

ひんやりとした感触と金属の重さ。

スーツの男達が持っていたものに似ている。

 

 

「使い方は、後ろの撃鉄を指で引き起こして、後は狙いをつけて引き金を引くだけさ。 簡単だろう?」

 

「……」

 

「別に今回の仕事で使ってみろとは言わないさ、魔法でケリをつけてもいい。」

 

 

僕はその金属の塊をポケットに仕舞い込んだ。

黒のローブを羽織り、車から降りる。

まずは情報収集からだ。

 

 

――

 

―

 

 

それから数時間が経過していた。

情報は中々手に入らず、熱さが体力を奪っていた。

まずは水分補給をしなければいけなさそうだ……

 

お金はあるんだ、どこかお店に入って……

 

 

「君、大丈夫かい?」

 

 

見知らぬ男性に声をかけられる。

見た目は20代後半といったところだろうか。

やや筋肉質の身体に、スラム暮らしには見えない小綺麗な服装だ。

 

 

「だ、大丈夫です。」

 

 

過度な接触は避けた方がいいだろう。

そう思い男から離れようとするが、足元がおぼつかずに倒れそうになる。

 

 

「危ない!」

 

 

地面に接触する前に、男に抱きかかえられてしまう。

 

 

「こりゃ熱中症だな。」

 

 

そう言うと男は、僕を抱きかかえたまま歩き出す。

抵抗しようと試みるが、身体に力が入らない。

 

 

「俺の家はすぐそこだ、水くらいご馳走してやる。」

 

 

男は厚意を受けるのが正しいのだろうが、何故か妙な胸騒ぎがしていた。

 

 

―――

 

――

 

―

 

 

「すみません、助かりました。」

 

 

男の家で休ませてもらったおかげで、多少は動けるようになった。

どうやら僕の思い過ごしだったか?

 

 

「気にするな、それよりこんな場所で何をしてたんだ?」

 

 

男は水の入ったグラスをテーブルに置くと、そう尋ねてきた。

僕はそのグラスを手に取り、一口水を飲む。

乾いた喉を潤す感覚が心地いい。

 

 

「人を、探しているんです。」

 

 

そう言って、男に写真を見せた。

その男は写真を見ると、驚いた顔をした。

 

 

「――なんでコイツを探しているんだ?」

 

「知ってるんですか?」

 

「あぁ、この辺に住んでる奴だからな。」

 

 

どうやら正解に近づいていたらしい。

怪我の功名とはこのことか。

 

 

「良かったら教えてもらえませんか!」

 

「いいとも、その前にもう少し休んでいきな。」

 

 

時計を見やると、まだ13時を回ったくらいだ。

これなら時間も問題なさそうだ。

 

そう考えながら、先ほどの水を一気に飲み干した。

 

――あれ?

 

視界がぼやける。

まずい、これは……

 

 

「そうだ、ゆ~っくり休んでおきな、そしたらソイツに会えるぜ。」

 

 

やはり嫌な予感は的中していたようだ。

意識が朦朧とする中、なんとか意識を保とうとする。

しかし、その抵抗も空しく、意識は微睡(まどろ)みの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

ぴちゃぴちゃと耳障りな水音が聞こえてくる。

その音に合わせて、頬を何かが這っている感触――

気持ち悪くなり、手で撥ね退けようとするが、両腕が動かない。

 

徐々に意識が覚醒していく中、自分が置かれている危機的状況に声も出ない。

どうやら、今ベッドの上に横になっているらしい。

両腕は、ベッドの支柱にロープで縛られている。

目の前には、先ほどの男が覆い被さっていた。

先程の気持ち悪い感触は、どうやら男の舌のようだ。

 

 

「よう、お目覚めか。」

 

 

男はニヤニヤと笑っていた。

ターゲットは一人じゃなかったのか……

明らかに、この男はターゲットのお仲間だ。

 

 

「きもちわるい。」

 

「そう言うなよ、アイツが帰るまでに味見くらい許されるだろ?」

 

 

そう言ってペロリと唇を舐めた。

不思議と、激しい感情が沸き上がってこなかった。

ある程度、こういう状況になるのは覚悟していた。

 

さて、手は縛られているが、魔法を使うのには支障はない。

風属性の魔法を使えば、ロープを切るのに造作もないだろう。

問題は、コイツが離れてくれればいいんだが……

 

 

ピンポーン!

 

 

インターホンの音が家の中に響く。

 

 

「くそっ、お楽しみの最中に誰だよ!」

 

 

そう言うと、男は立ち上がり歩き出す。

どうやら来客の対応に向かうらしい。

これは抜け出すチャンスだ。

 

男が部屋を出たのを確認してから、ロープの位置を確認する。

 

 

”ウィンドカッターⅠ”

 

 

出力を抑えて、風の刃をロープに向けて放つ。

綺麗に両腕の真ん中を飛んでいき、ロープは真っ二つに切れた。

 

僕はベッドから起き上がり、静かに扉へと近づく。

――何か話声が聞こえる。

 

ゆっくりと扉を開き、聞き耳を立てる。

 

 

「てめぇ、俺より先に手ぇだすなって言っただろ!」

 

「わ、悪かったよ兄貴!」

 

 

男2人の話声――先程の男と、相手はターゲットの男か?

どうやら言い争っているようだが、これはチャンスかもしれない。

 

 

「やっぱりお前は足引っ張りだな……」

 

「兄貴……?」

 

 

ゴン! という鈍い音が響いた。

 

 

「いけねぇよなぁ、お前は出来損ないだからよぉ!」

 

 

何かを殴るような、鈍い音が規則的に聞こえてくる。

大体予想はつくが、ゆっくりと部屋から出て様子を伺う。

 

丁度、2階から下が吹き抜けで観察出来る作りになっている。

1階では、予想通りの惨劇が繰り広げられていた。

 

先程の男は、血塗れの床の上に寝そべり、ぴくりとも動かない。

その頭部は、無残にも潰れてしまっていた。

ターゲットの男は、鉄パイプを今も男の頭部に振り下ろす動作を繰り返している。

 

 

「くひゃひゃひゃ!」

 

 

下品な笑いを続け、それでも尚殴る事をやめない。

 

まともじゃない、というのが率直な感想だった。

元々、普通ではない性癖の持ち主だが、今は別の意味で普通ではない。

逃亡生活は、そこまで人を追い詰めてしまうのだろうか?

もし、僕とレイが二人で逃げ続ける選択をしていたなら、アレも一つの可能性なのかもしれない。

 

 

「さぁて、美味しくいただくとするかぁ。」

 

 

そう言って、男は階段へと向けて歩き出した。

どうやら、狙いの僕の所へ来るつもりらしい。

 

まともな判断が出来ない今なら、罠にかけるのも容易いだろう。

僕は部屋に戻り、先ほどと同じ態勢でベッドに横になった。

このまま待っていれば、男は確実にこの部屋に来るはずだ。

 

 

床を荒々しく歩く音、その音は徐々に近づいてくる。

 

 

「ここかぁ!」

 

 

勢いよく扉が開かれる。

男の目は血走り、口からは唾液が垂れていた。

 

 

”バブルボムⅢ!”

 

 

案の定、全く警戒していない男は簡単に魔法に捕らえられた。

手足にバブルボムを押し付け、壁へと貼り付けにした。

無理矢理動こうとすると、破裂した衝撃で手足は弾け飛ぶだろう。

 

 

「なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 

「生野秀雄だな?」

 

 

生野は奇声を上げるだけで答えない。

写真と顔は一致しているため、間違いはないだろう。

 

 

”この男の首を持ってくるのがお前の初仕事だ”

 

 

銀華さんの言葉を思い出す。

つまり、殺した証拠が必要なわけだ。

 

殺す――そうだ、今から僕はこの男を殺す。

いざその時が来ると、恐怖が生まれてくる。

犯罪者とはいえ、ヒト一人の命を奪うのだ。

自分が生きるために……

 

 

「はなぜぇぇ!」

 

 

相変わらず、生野は暴れている。

それは、生に執着した者の姿そのもののようだ。

彼も、生きたいと必死にもがいているのだ。

 

 

”今更綺麗事か?”

 

 

頭の中に黒島の声が聞こえてくる。

 

 

”いい子ぶっても、お前はもう人殺しだろう?”

 

 

そうだ、だって僕は――

火内先生も、黒島も、この手で殺したじゃないか。

今更綺麗事を言ったって、僕の手はもう血で濡れているじゃないか。

 

 

僕は、ポケットにしまったアレを取り出した。

自分を変革するには、何かきっかけが必要だ。

 

 

「それは、てめぇ!」

 

 

生野はソレを見て絶句する。

きっと、何か知っているのだろう。

でも、今の僕には関係ない。

 

 

「後ろの撃鉄を指で引き起こして――後は狙いをつけて引き金を引く。」

 

「お前紅桜の――」

 

 

花火のような音を立てて、金属の塊が撃ち出される。

それは真っすぐと生野へと飛んでいき、左胸へと吸い込まれていった。

 

――瞬間、それは炸裂した。

 

そう、これは魔法だ。

生野の体内で、魔法が発動したのだ。

ウィンドカッターⅢの風の刃が、内部から切り刻む。

内臓を引き裂き、胴を切り開き、血管を細切れにする。

仮に魔法障壁を展開しようとも、生き物である限り内部からの攻撃は防げない。

きっと、これはそういう武器なのだ。

 

何故か僕は、妙な高揚感に包まれていた。

それは今まで、経験した事のない感覚だった。

 

 

「コレ、すごいじゃないか。」

 

 

この武器の扱い方を、詳しく銀華さんから教えてもらう必要がありそうだ。

僕は武器をしまい、生野の死体に近づく。

 

 

「うん、首が必要なんだよね。」

 

 

”ウィンドカッターⅠ”

 

 

思いついたように、僕は風の刃を男の死体に向けて放った。

 

夕焼けが辺りを照らす頃、僕は車の前へと辿り着いた。

僕の顔を確認すると、銀華さんはドアのロックを解除して中に招き入れた。

 

僕は銀華さんの前に、戦利品を差し出した。

車の中に血の匂いが充満する。

 

 

「なるほど、首を持ってきたわけか。」

 

 

ソレを見た銀華さんは、口元を歪めて笑った。

まるで、少々意外だが面白いと言いたそうな顔だ。

 

 

「どうでしょうか?」

 

「うむ、文句なしの合格だ。」

 

 

どうやら満点という事らしい。

これでとりあえずは、僕達の身の安全は保障された。

レイは相変わらず、眠ったままであった。

 

 

「そういえばお前、”魔銃(まがん)”を早速使ったな?」

 

「”魔銃(まがん)”?」

 

 

そう尋ねると、銀華さんは僕のポケットをつついた。

 

あぁ、これの事か。

僕はポケットから魔銃(まがん)と呼ばれた武器を取り出す。

 

 

「これ凄いですよね、びっくりしました。」

 

「気に入ってくれて嬉しいよ。 ソイツの扱い方はこれからたっぷり教えてやるさ。」

 

 

そうか、コイツは魔銃(まがん)というのか。

僕は綺麗な銀色のボディを眺める。

一瞬で相手の命を刈り取る武器。

これがあれば、燃費の悪い自身の魔法を酷使する必要もない。

 

 

「そうだ、一番大事な事を言い忘れていたな。」

 

「なんですか?」

 

「その魔銃(まがん)の名は――”フェンリル”だ。」

 

「魔銃(まがん)・フェンリル……」

 

 

僕は、その名を繰り返し読み上げた。

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