Overline   作:空野 流星

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オペレーションナガルザル

「以上が今回の作戦の概要だ。質問のある者はいるか?」

 

 

晧月さんの問いに皆が沈黙で答える中、俺は一人手を挙げた。

 

 

「3チームに分ける理由を教えてください。」

 

 

この作戦の内容はこうだ。

まず俺、晧月さん、銀華さんを中心とした3チームに分ける。

それぞれのチームが別々の入口から突入、目的地の宗月の部屋を目指す。

辿り着いたチームが宗月を暗殺する。

 

分散するメリットは少人数による発見されにくさだろう。

ただ、デメリットの方が圧倒的に大きい気がする。

 

まず第一に、相手はこちらの奇襲を読んでいる可能性が高いからだ。

何人もの高官や関係者を暗殺して来た今、残るは宗月だけなのだ。

次に自分が狙われていると分かったら、相応の準備をしている事だろう。

この前のあの人造人間もその準備の一つだろうし。

 

第二に、各個撃破されやすいという事だ。

少数精鋭だろうが、数の暴力には勝てない。

ましてや相手には時空龍の兵士もいるだろう。

そうなると、対処出来るのは魔銃(まがん)使いだけだ。

 

 

「この奇襲は失敗する可能性が高い、そういう事だろう?」

 

「そうです。 ならば一点に戦力を集中して突破するべきかと。」

 

 

そう、それがベターな選択だと俺は思う。

ここまで来たら穏便に済ます事など出来ないだろう。

戦力差は進撃スピードで誤魔化す。

奴さえ打ち取れば勝ちなのだから。

 

 

「その作戦だと、おそらく全滅するだろうな。」

 

「……」

 

「3チームに分ける意図を教えてやろう葉助。 それは――」

 

 

”どれか1チームでも生き残って宗月の首を獲れって事さ”

 

 

背筋がぞくりとした。

奴さえ殺せるならほぼ全滅してもいいという作戦なのだ。

明らかに、今までとは違う任務だ……

 

俺はその解答に、黙って俯く事しか出来なかった。

 

 

「他に質問は無いな? では各自準備に取り掛かれ。」

 

 

誰もが無表情で作戦室を出ていく。

これから死地に赴こうというのに、誰も顔色ひとつ変えていなかった。

恐れているのは、恐らくこの空間では俺一人だった。

いや、俺が恐れているのは自らの死よりも――

 

 

「心配するな、お前は死なせない。」

 

 

その言葉が、今の俺には気休めにしか聞こえなかった。

 

 

「レイ……」

 

「いいかレイ、今回もいい子でお留守番してるんだぞ。」

 

「……」

 

 

レイは何故か神妙な面持ちでこちらを見ている。

俺はあえて視線を逸らして、準備を続ける。

 

 

「返事がないな、どうなんだ?」

 

「――やだ。」

 

「ん?」

 

 

明らかに様子がおかしい。

確かにいつも怒ってはいるのだが、返事はしてくれていた。

明確に拒否反応をするのは初めてだ。

 

 

「そうやって、また私を一人にするんでしょ?」

 

 

その瞳には涙が浮かんでいた。

 

”また”

 

彼女はそう言った。

それは普段の任務に対する”また”なのかそれとも――

 

 

「レイ、それはどういう――」

 

「どうしてそんなに死にたがるの!」

 

 

問いただす前に、彼女の言葉に遮られる。

 

 

「そうやって、お兄ちゃん達は私を一人に――」

 

 

レイは急にふらりと倒れかける。

俺は咄嗟にレイの身体を抱きかかえた。

腕の中で、頭を押さえながら苦しそうにしている。

 

 

「くっ……!」

 

 

俺は急いで医務室に走った。

まさか、彼女の記憶が戻りかけているのだろうか?

息も荒く、額には汗が浮かんでいる。

 

俺は走る速度を上げて医務室を目指す。

彼女の異変に気づけなかった俺の責任だ……

すまない、レイ――

 

 

俺は医務室に駆けこむとすぐにベッドにレイを寝かせた。

医者は驚いた顔をしたが、彼女を見るとすぐに診察を始めた。

 

 

「こりゃぁ、魔源(マナ)が不安定になっとるな。」

 

「どういう事だ?」

 

「彼女のエーテル器官が何かに過剰に反応しとるんじゃ。」

 

 

そう言いながら、医者は彼女に何かを注射した。

次第に、レイの表情が柔らかくなっていく。

 

 

「レイは、過去の記憶を思い出しそうになっていた。」

 

「それが関係しているのかもしれんのう。」

 

 

知らなかった。

もしかしたら、この症状を今まで隠していたのかもしれない。

そうさせたのは、俺だった。

 

 

「すみません、俺は任務があるので彼女を頼みます。」

 

「あぁ、分かった。」

 

 

そうだ、この任務が終わったら彼女を元の世界に返してあげよう。

そうしたら彼女も良くなるかもしれない。

 

彼女の戦いはもう終わっているのだ、普通の少女としての人生を歩ませたい。

ならば、ここにいるのは間違いだろう。

そして、その傍で最後まで彼女を守るのが俺の仕事だろう。

 

 

「さっさと終わらせてくるか。」

 

 

先を考える事で、目の前の恐怖を押し殺した。

それが、俺に出来るやせ我慢だった。

 

数台の車に全員が乗り込み、各々席へと座った。

自らの得物の最終チェックをする者、目を瞑り精神統一する者、それぞれだ。

 

 

「おい、例のアレは持ってきてるだろうな?」

 

「もちろんですよ隊長。 でも、あんなものの出番なんてあるんですか?」

 

「万が一の備えだ、相手はあの宗月だからな。」

 

 

銀華さんが何か話しているようだ。

例のアレとは一体なんだろうか。

 

 

「なんです、それ?」

 

「私のとっておき、”ヨルムンガンド”だよ。」

 

 

前に聞いた事があるような――

 

記憶の底から”ヨルムンガンド”という用語を掘り起こす。

確か――晧月さんがポンコツとか言っていたような。

 

 

「使えるんですか……?」

 

「何を言う! あれは私の自信作だぞ! そもそも――」

 

 

銀華さんが熱く語り始める。

こうなると手がつけられない……

俺は適当に長しながら、銀華さんを観察する。

 

彼女の衣装は仕事用のスーツではなく、普段から着ている和装だ。

その見た目は、薄手のワンピースによく分からない模様の刺繍がなされている。

和装は時空龍達の民族衣装らしいが、何故この衣装を今回は纏ってきたのだろうか。

 

 

「聞いているのか?」

 

「は、はいもちろん!」

 

「――ならばよろしい。」

 

 

たっぷりと語って満足したらしい。

彼女は嬉しそうに魔銃(まがん)を取り出し、各部の調子を確認し始めた。

 

きっと、銀華さんにも何か思う事があるのだろう。

俺には分からない決意の結果なのかもしれない。

宗月、彼女にとって仇なのだから。

 

車に揺られながら死地へと徐々に近づいている。

俺も自らの魔銃(まがん)であるフェンリルとヘイムダルの最終確認を済ませる。

 

 

「頼むぞ、相棒。」

 

 

ホルスターに収め、大きく深呼吸をする。

少しだけ最低な気分がマシになった。

 

宗月――

 

黒島と裏で繋がっていた男。

俺の戦いも、これで決着が付くのだろうか?


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