Overline   作:空野 流星

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新天地へ

「どうやら既に3賢者を倒したようね。」

 

「来るのが遅すぎますよ。」

 

 

敵を撃退したというのに、銀華さんの表情は硬いままだった。

まだ何かあるというのだろうか?

 

 

「銀華、あとはわしが説明する。」

 

 

そう言って、レイに”カスパ先生”と呼ばれた男が歩みでた。

カスパ――カスパ・ラグナールの事だろうか?

だとしたら3賢者の一人だ、敵ではないのか?

 

 

「……」

 

「君が警戒するのはもっともな話だ、わしも3賢者の一人だからのう。」

 

 

しかし、銀華さんの判断ならば大丈夫という事なのだろう。

部下の俺は命令に従うだけだ。

 

 

「わしがここに来た理由は一つ、ある情報を伝えるためじゃ。」

 

「情報?」

 

「そう、今この場所を目指して時空龍の大群が向かって来ておる。」

 

「なんだって?」

 

 

銀華さんのあの顔の意味はこれか……

1体でもとんでもない化け物が大群か、想像もしたくないな。

 

 

「そういうわけだ葉助、お前はレイを連れてここから逃げろ。」

 

「何を言ってるんです?」

 

 

銀華さんの表情は変わらない。

本気で言っているんだろうか?

 

 

「皆で逃げればいいじゃないですか! なんでわざわざ――」

 

「聞け!」

 

「っ!」

 

 

言葉を途中で遮られる。

 

 

「奴らの目的は、おそらく私だ。 自分達のトップを殺された復讐だろうよ。」

 

「……」

 

「だからな、その怒りの受け皿が必要なんだ。 それに適しているのがこの私だ。」

 

 

あぁ、そうか。 この人はここで死ぬ気なんだ。

全てを終えて、先に意味はないと。 そう判断したからこその選択なのだ。

 

 

「分かったなら命令を復唱しろ!」

 

「俺は――」

 

 

ゴツン――と鈍い音が響いた。

 

晧月さんだ。 あの人が銀華さんを殴ったのだ。

 

 

「最初で最後です。 無礼をお許し下さい。」

 

「晧月、どういうつもりだ?」

 

 

唇の血を拭い、銀華さんが立ち上がる。

その瞳は晧月さんを睨んでいた。

 

 

「俺の任務は貴女を守る事です。 自殺に加担は出来ません。」

 

「私に刃向かうのか!」

 

 

晧月さんは何か考え込むように瞳を閉じる。

長く感じる沈黙の後、彼は目を見開いた。

 

 

「死んでいった者達のため! 俺は命を懸けて貴女を止めます!」

 

「晧月……」

 

「それでも行くと言うなら、貴女を気絶させても止めますよ。」

 

「ククッ……あはははっ!」

 

 

銀華さんは笑った。

腹を抱え、涙を流しながら笑っていた。

それは俺が、今まで一度も見た事のなかった表情だった。

 

 

「はぁ、そうか、そういうつもりなんだな?」

 

「はい。」

 

「わかった、お前の好きにしろ。」

 

「ありがとうございます!」

 

 

そう返事をすると、晧月さんは部下を集めて指示を始めた。

銀華さんが俺達の前に近づいてくる。

その表情は、いつもと変わらないものに戻っていた。

 

 

「おい葉助。」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「どうせ逃げるなら、思い切って遠征しないか?」

 

「え、遠征?」

 

 

一体どこに?

そんな疑問が頭に浮かぶ。

 

 

「そうだな、ロキアまで行くというのはどうだ?」

 

 

その言葉に、カスパと話していたレイも反応した。

確かに、仕事が終わった後でロキアまでの移動をお願いしようとは思っていた。

時空龍である彼女ならば、簡単に境界線(レイ・ライン)を越えて境界移動(ラインズワープ)可能であるからだ。

しかし、このタイミングでその名が出てくるとは思わなかった。

 

 

「本気なんですか?」

 

「行きたかったんだろ? 私も暇になったし問題ないぞ。」

 

 

願ってもない申し出だが、この状況下でそれはどうなのだろうか?

これから時空龍達を迎撃をしなければならないのに。

 

 

「それに、撤退組にはお前も含まれているからな? 撤退ついでの遠征だ。」

 

「なんで!」

 

「私がそう決めた、お前はさっさと準備をしてくればいい。」

 

「――はい。」

 

 

そう、俺は命令に従うしかない。

状況に流されるだけで、何一つ選択出来ないのだ。

 

 

 

 

 

部屋で準備をしていると、ノックの音が響いた。

 

 

「どうぞ。」

 

「失礼するわね。」

 

「え?」

 

 

それはとても懐かしい声だった。

部屋の中に入って来たのはキャシー先生だった。

 

 

「やっと会えたわね、葉助。」

 

「どうしてここに?」

 

 

ただの教師であるキャシー先生が、ここにいる理由はない。

そもそも訪れる事すら出来ないはずだ。

 

 

「カスパ様がやっと教えてくれたのよ、あなた達の事をね。

 ずっと探してたのよ?」

 

「先生……すみません。」

 

「いいのよ、理由も全部聞いてるから。」

 

 

キャシー先生の瞳から涙が零れる。

きっと、俺達の事を探していてくれたのだろう。

機密上この場所は教えられるわけもなく、俺は黙っているしかなかったのだ。

だとしたら、何故今更ここに?

 

 

「先生、でも何故ここに?」

 

「私も戦うからよ、あなた達のために今度こそ何かやるために。」

 

「そんな、ここはこれから!」

 

「分かってるわよ。 でも、以前みたいな事は嫌なの。

 あなた達が戦っている中、私は何も知らなかったのよ?」

 

「それは……」

 

 

俺は俯いて黙る事しか出来なかった。

でもあの時は、誰も巻き込みたくなかったんだ。

 

 

「だから今度はね、先生も巻き込んでちょうだい?」

 

「――分かりました。 でも、死なないでください。」

 

「そんなの当然よ、結婚するまで死ねないわ。」

 

 

その後、先生と他愛無い会話を続けた。

学校の事、今の教え子の事、まだ彼氏がいない事――

 

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」

 

「はい、先生。」

 

 

少しだけ、心が楽になった気がした。

 

 

 

 

 

「準備は出来たな?」

 

「はい。」

 

 

会議室には銀華さんと俺、そしてレイの3人が集まっていた。

レイは背中にリュックを背負っているだけで、あまり荷物が多そうには見えない。

一方の俺や銀華さんは、弾薬や食料、野宿用の道具等でかなりの量になっている。

 

 

「よし、なら行くぞ。」

 

 

そう言うと、会議室のパネルを操作する。

駆動音と共に、壁が開いてエレベーターが現れた。

こんな場所にあるとは今まで気づかなかった。

3人共エレベーターに乗り込むと、静かに地下へと動き出した。

 

 

「これ、どこに向かってるんですか?」

 

「そうだな、滑走路と表現するのが正しいかな。」

 

「滑走路……?」

 

「飛行機にでも乗って境界移動(ラインズワープ)ってわけでもないだろ? 答えは簡単だよ葉助。」

 

 

――大体予想はついた。

もっとこう、原始的というか物理的というか、そんな感じの方法なのだ。

 

 

辿り着いた地下空間は、大きな空洞だった。

滑走路というよりは、ドーム状の空間だ。

 

 

「よし二人共、覚悟はいいな?」

 

「もちろんだ。」

 

「あぁ。」

 

 

返事を確認すると、銀華さんは魔源(マナ)を集中させる。

あまりに強力な力に、光となって魔源(マナ)の流れが視認出来る程だ。

その光は銀華さんの周囲をうねり、螺旋を描く。

 

より一層光が強くなったかと思うと、その光が銀華さんを包み膨張していく。

光が霧散すると、銀色の龍が姿を現した。

 

 

「この姿を見せるのは初めてだな。」

 

 

その龍は銀華さんの声で話しかけていた。

こうして直接見る事で、銀華さんは時空龍なのだと再認識させられる。

 

 

「どうした? さっさと背中に乗らないか。」

 

「や、やっぱりそうなるよな。」

 

 

予想通りの展開に、仕方なく荷物を持って背中へと飛び乗る。

一方レイは、楽しそうに喜んで背中に飛び乗った。

 

 

「そういえば、レイは一度、境界移動(ラインズワープ)してるんだよな?」

 

「まぁな、問題はその以前の記憶がまだはっきりしない事だ。」

 

「もしかしたら、境界移動(ラインズワープ)の最中に記憶が戻る可能性もありえるかも。」

 

「どうだろうな? ありえない話ではないかもな。」

 

 

境界移動(ラインズワープ)

一体どんな体験が待っているのだろうか。

不謹慎だが、少しワクワクしていた。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

銀華さんは二、三歩後ろに下がると、一気に駆け出す。

その衝撃は背中に乗る俺達にまで伝わって来た。

 

 

「しっかり捕まっていろよ!」

 

 

勢いをつけて大きく地面を蹴った。

翼を大きくはばたかせて、その巨体を空へと導く。

真っ直ぐとかなりの速度で進むが、目の前には壁が――

 

 

「ぶつかる!」

 

「っ!」

 

 

俺は咄嗟にレイを庇った。

しかし、予想される衝撃が襲ってくる事はなかった。

 

 

「いつまでやっている、前を見てみろ。」

 

「あ……」

 

 

目の前に広がっていたのは、虹の道だった。


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