Overline   作:空野 流星

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境界移動(ラインズワープ)

「無事に行ったようじゃな。」

 

 

カスパは地下での強大な魔源(マナ)の流れを感じていた。

それは彼らが無事に旅立った証拠でもある。

 

 

「そのようですね。」

 

 

隣に立っているキャシーが答える。

カスパも重い腰を上げ、空を見上げた。

 

 

「本当に、君は行かなくて良かったのじゃな?」

 

「はい――今度こそは私が戦う番ですから。」

 

 

キャシーは瞳を閉じ、何かを思い出したように言葉を続ける。

 

 

「3年前、私は何も知らなかった。 自分の生徒が巻き込まれた運命に気づけなかったのです。

 だから、今度こそは私が何かしてあげたいのですよ。」

 

「なるほどのぅ……」

 

「まぁ、一つ心残りがあるとすれば……結婚したかったなぁ。」

 

 

キャシーは自嘲気味にそう呟いた。

それを聞いたカスパは、笑いながらこう言った。

 

 

「ならば、わしと結婚せぬか?」

 

「はい!?」

 

 

突拍子もない言葉に、キャシーは目が点になっていた。

 

 

「さ、流石に冗談じゃよ。」

 

「――いいですよ。 その代わり、この戦いでお互い生き残れたらのお話という事で!」

 

 

そう返すと、キャシーは地平線を睨む。

そこには何台もの車が見えた。

 

 

「どうやら来なすったか。 わしが用意した策が多少は効くとよいのじゃが。」

 

 

生存確率はほぼ0に近い戦いに、彼らは挑もうとしていた。

 

 

――

 

 

 

晧月は最前線にいた。

こちらに走ってくる車を睨みながら、最後の一服を楽しんでいた。

本来ならば、この立ち位置にはあの青年を使う予定だった。

元から晧月にとって銀華以外に大事な者はいないのだ。

彼女が全てであり、そのためならばいくらでもこの手を汚そうと構わない。

時空龍殺(ドラゴンスレイヤー)しを彼に継承させ、彼女の身代わりとしようと決めていたはずなのに。

 

 

「ふぅ……」

 

 

――煙草の煙を吐く。

吸い殻を地面に捨て、ブーツで踏みつぶす。

 

いつの間にか、その大事な者に彼も含まれてしまっていたのだ。

自分はなんて勝手な大人だろうと笑う。

だがせめて、自分が出来る事といえば――

 

 

「聞け! クソ時空龍ども!」

 

 

右手に握った魔銃(まがん)を大きく空に掲げる。

それは誇るように、それは見せつけるように、大きく掲げる。

 

 

「俺の名は桂木葉助! お前達が恐れる時空龍殺(ドラゴンスレイヤー)しであり、お前達のボスを殺った仇だ!」

 

 

そう、これが俺の描いたシナリオ。

そしてその代役は――俺だ。

 

 

「死をも恐れるならかかってくるがいい。 俺はお前達が戦いを止めない限り、この引き金を引き続ける!」

 

 

晧月という男はもうどこにもいない。

ここにいるのは2代目・時空龍殺(ドラゴンスレイヤー)し、桂木葉助だ。

 

 

「――姫様を頼んだぞ、小僧。」

 

 

その小さな言の葉は、銃声で掻き消された。

 

 

 

 

 

目の前に広がっていたのは、虹の道だった。

文献では読んだ事はあったが、これが本物の境界線(レイ・ライン)か。

 

 

「綺麗……」

 

「レイは一度通った事があるんじゃないか?」

 

「コホン――実は覚えていないんだ。 気づいたらこっちの世界にいたからな。」

 

「そうなのか。」

 

「それに、まだ記憶が完全に戻ったわけでもない。」

 

 

そうだった。 昔の調子に戻っているから勘違いしていた。

あくまでも戻った記憶は、こっちの世界に来てからのもので、元の世界での記憶は曖昧らしい。

しかし、その状態でレイの家を探す事なんて出来るのだろうか?

手がかりはレイ・リヴァイアスという名前だけか――先が思いやられる。

 

 

「悪かったな。」

 

「そんなに気にするな葉助、そのうち戻るだろう。」

 

 

銀華さんは黙ったまま境界線(レイ・ライン)を飛び続けている。

そういえば、境界線(レイ・ライン)は色々な世界と繋がっているんだっけか。

ロキアまでの道は把握しているのだろうか?

 

 

「銀華さん、ロキアまでの道は大丈夫ですよね?」

 

「当たり前だ、久々の境界線(レイ・ライン)飛行とはいえそこまでボケていないぞ?」

 

「す、すみません。」

 

 

なんだかいつもより気が立っているのは気のせいだろうか?

それとも、それだけ神経を使っているのだろうか。

実際に自分が飛んでいるわけではないから、その真相は本人のみが知ると言った所か。

景色は相変わらず、虹の道が続いているだけである。

 

 

「他の世界って、ここからじゃ見えないのか。」

 

「もうすぐトンネルを抜ける、その後に見えるぞ。」

 

 

確かに虹の道の切れ目が見えて来た。

 

 

「この虹の道は、それぞれの世界の入口を安定させるために用意されいているんだ。

 ――さぁ、抜けるぞ。」

 

 

虹の道を抜けた先には、漆黒の空が待ち構えていた。

漆黒の中に数多くの小さな点が光を放っている。

おそらく、俺達が夜空で見ることが出来る星と呼んでいる物と同じであろう事は想像がつく。

 

 

「あの光1つ1つに世界があるのだ。 お前達の世界のようなものがな。」

 

「すごいな……」

 

「そして世界は全て境界線(レイ・ライン)で繋がっている、とある場所を中心にな。」

 

 

何か考えるように銀華さんは語り始めた。

 

 

「葉助、境界線(レイ・ライン)の知識はどこまである?」

 

境界線(レイ・ライン)が、各世界を繋いでいるレールみたいなものってくらいかな。」

 

「まぁ、大体は合っているな。」

 

 

いつの間にか眠ってしまったレイの肩を抱き、銀華さんとの会話を続ける。

 

 

「私達が与えた知識では、全ての世界は横並びになっていると教えている。

 イメージとしては――世界は駅と見立てて、私達は電車と言った所か。」

 

「なるほど…… でも、それはおかしくないか?」

 

 

そうだ、だって世界は無数に散らばっているじゃないか。

とても横並びに繋がっているとは思えない。

 

 

「そうさ、この境界線(レイ・ライン)は繋がっているのは間違いない。

 だがそれは横並びではない。」

 

 

そう言って銀華さんは目の前を指さした。

そこにはあらゆる方向から境界線(レイ・ライン)が収束している場所がある。

 

 

「あれがこの境界(ラインズ)の中心、ヴァルハラだ。」

 

境界(ラインズ)の中心?」

 

「そう、全ての世界はあのヴァルハラを中心とした三次元的スター構造になっているのさ。」

 

 

そして私の生まれ故郷さ、そう呟いた。

 

 

「私達時空龍は、各世界の安定のためにあのヴァルハラから送り込まれる。

 私も同じく、あそこで生まれ育った。」

 

「ならば、何故時空龍達はそれを隠している?」

 

「簡単な話だ、このヴァルハラは既に無人だからだ。」

 

 

無人だと? ここは時空龍達の故郷ではないのか?

 

 

「不思議だと言いたそうだな? 王が亡くなったのならば必然だろう?」

 

「跡継ぎは?」

 

「一族諸共さ。そして生き残りは各世界に散り、一部の者は宗月に付き従ったわけだ。」

 

 

時空龍達にそんな背景があったとは知らなかった。

その強大な力を誇示するため、あえて隠していたというわけか。

 

 

「向きを変えるからしっかり掴まりな。」

 

 

そう言うと銀華さんは90度向きを変えると、上側へと羽ばたいた。

俺はレイをしっかり支えながら掴まる。

 

 

「くっ……」

 

境界線(レイ・ライン)の外側――宇宙に放り出されたら私達でも死ぬから必死に掴まりな。」

 

「そういうのはもっと早く言ってくれ!」

 

 

俺は更に指に力を入れた。

 

 

「――やけに境界線(レイ・ライン)が不安定だな。」

 

「この揺れはきつすぎる!」

 

「こればっかりは耐えろとしか言えん!」

 

 

揺れは更に激しさを増す。

最早、目を開いている事すら不可能な状態だった。

 

 

「だめだ、衝撃に備えろ!」

 

「くっ!」

 

 

大きな浮遊感の後、俺の意識はシャットダウンした。

 

 

――

 

 

 

「ついに、ここに辿り着いたのね。」

 

「ん……?」

 

 

夢のような浮遊感の中、どこか懐かしい声がする。

一体いつの記憶だったか……

 

 

「貴方はここで自らの宿命と対峙する事になるわ。」

 

「君は――そうだ!」

 

 

思い出した。 彼女は3年前に現れた幽霊だ。

幼いレイの容姿の幽霊は、あれ以来俺の前に姿を現す事はなかった。

今になってどうして――

 

 

「近づいているからよ、貴方に刻まれた遺伝子が反応しているの。」

 

「そうだぜ兄弟。」

 

 

逆方向から男の声がした。

それは自分の声と瓜二つだった。

 

 

「お前の身体の遺伝子、レイとユニスの遺伝子が反応してるんだぜ。

 ここにはもう一人のオリジナルがいるからな。」

 

「貴方は黙っていて、私が彼と話をしているの。」

 

「妹が兄に意見するのか? 反抗期にでも入ったか。」

 

 

正直この二人の会話についていけない。

つまりどういう事だというのか。

 

 

「簡単に言うとだな、オレはユニスの遺伝子、こいつはレイの遺伝子としての意思だ。

 俺達二人はお前の中の潜在意識として存在しているのさ。」

 

「なんだよそれ……」

 

「忘れたとは言わせねぇぞ。 オレだって何度もお前を助けてるんだぜ?」

 

 

ユニスの遺伝子の意思とやらは、わざと声のトーンを下げて囁いてくる。

 

 

「火内とかいう化け物を始末する時も力を貸してやったのによぉ。」

 

「っ!」

 

 

そうだ、あの時――

あの力が溢れる感覚、夢のような浮遊感……

 

 

「思い出したか?」

 

「そういう事だったのか。」

 

「いい加減にして、貴方も目的は同じでしょ?」

 

「はいはい、レイを送り届ける事、ユニスの事、分かってますよ。」

 

 

いかにも面倒だと言いたそうに答える。

本当にコイツは味方なのだろうか?

そもそも遺伝子自体に意思があるというのはありうる事なのだろうか。

 

 

「ともかく、貴方は無事”セレニティア”に辿り着いた。

 あとは――」

 

 

「ちょっと待ってくれ! ここは”ロキア”じゃないのか!」

 

「――」

 

 

二人の声はもう聞こえなくなっていた。

”ロキア”ではなく、”セレニティア”だと?

一体どういう事なんだ……

 

考える間もなく、俺の意識は急速に覚醒していった。


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