Overline   作:空野 流星

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セレニティア

何かが頬をつつく感触がする。

これは――指だ。

誰かが俺の頬をつついている。

 

 

「ん……」

 

 

ゆっくりと瞼を開く。

ぼやけた視界が少しづつクリアになっていく。

見慣れない木造の天井、一体ここはどこなのだろうか?

 

 

「おきた?」

 

「ん?」

 

 

つついていた張本人が右横にいた。

見た目は5歳くらいの金髪の幼女だった。

 

 

「おとーさ~ん、おきたおきた!」

 

 

そう言いながら部屋の奥へと駆けて行った。

ゆっくりと重い身体を起こすと、自分がソファーに横になっていた事に気づく。

どうやら誰かの家の中のようだ。

手足には包帯が巻かれ、誰かが処置してくれたのが分かる。

そもそも、俺達は無事に辿りつけたという事なのだろうか?

 

 

”貴方は無事、セレニティアに辿り着いた”

 

 

あの声はそう言っていた。

”ロキア”ではなく、”セレニティア”と言ったのだ。

という事は、目的地とは違う世界に辿り着いたという事になる。

 

 

「気分はどうだ。」

 

 

部屋の奥から体格のいい男性がやってきた。

おそらく、幼女が言っていたお父さんだろう。

その割には少し若すぎる気もするが。

 

 

「なんとか…… 貴方が助けてくれたんですか?」

 

「まぁな、森で狩りをしていたら、倒れているお前達を見つけた。」

 

「――俺の他には?」

 

「女性が二人、別の部屋のベッドで眠っている。 2つしかベッドが無かったものでな。」

 

 

なるほど、それで俺はソファーだったわけか。

それでも、皆無事でよかった。

 

 

「ありがとうございました。 えっと――」

 

「黒翼だ。 こいつは娘の鈴華だ」

 

「ありがとうございました、黒翼さん。」

 

 

痛む身体を無理矢理動かして立ち上がろうとすると、慌てて黒翼さんが止めに入る。

 

 

「2人が気になるのは分かるが、動き回るにはまだ早いぞ!」

 

「――すみません。」

 

「もうすぐ夕飯が出来る、話はその時ゆっくり聞こう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

俺は再び、身体をソファーに預けた。

 

 

「成程、このご時世に別世界から来たわけか。」

 

「はい、見事着地に失敗しましたけどね。」

 

「このセレニティアの周辺の境界線(レイ・ライン)は不安定だから、それも仕方あるまい。」

 

 

シチューを頬張りながら、色々と黒翼さんと情報を交換する事が出来た。

この世界が、やはりセレニティアだという事。

ロキアとセレニティアは、密着した特殊な世界だという事。

そして、レイの家の事だ……

 

 

「しかし、本当に彼女はレイ・リヴァイアスなのか?」

 

「はい、本人の記憶は曖昧になっていますが間違いないと思います。」

 

 

俺が昔見た夢の内容も、今ではほぼ思い出せないため手がかりにはならない。

だから彼女の家を探すのは困難を極める事と覚悟していた。

しかし、それは予想もつかない事で判明した。

このセレニティアにおいて、リヴァイアスという家名は大きな意味を持っていたのだ。

 

 

「行方不明だったリヴァイアス家のご息女の帰還か、これは大きな波紋を呼びそうだな。」

 

「そこまでの影響力があるんですか?」

 

 

鈴華ちゃんはシチューに夢中になっている。

黒翼さんは、汚れた口を丁寧に拭いてやりながら、俺の問いに答えてくれる。

 

 

「事実上、このセレニティアの管理者だったからな。 王族のようなものだ。」

 

「へぇ、レイがお姫様ねぇ……」

 

 

――想像したら、口元がニヤけてしまった。

だって、そんなイメージとは真逆なのだから。

むしろ、昔はそうだったのかもしれない。

あんな事さえなければ彼女は――

 

 

「ともかく、出発するにも2人の回復を待った方がいい。」

 

「すみません、お世話になりっぱなしで。」

 

「気にするな、明日はお前にも手伝ってもらいたい事があるしな。」

 

 

今日はもう寝ろと言って、テーブルから立ち上がる。

いい人に助けられて、本当に良かったと思う。

もし、あのまま誰にも見つけられずにいたらどうなっていたか……

そう考えるとぞっとする。

 

とりあえず、今は二人の回復を待つしかなさそうだ。

別に慌てる必要はないのだから。

 

 

「じー」

 

「――」

 

「じーー!」

 

 

視線が痛い。

鈴華はずっと俺を観察していた。

 

朝早く、黒翼さんは槍斧を背負い、カゴを持って薬草を採りに出かけた。

なんともファンタジーチックな得物だが、これがこの世界では普通なのだろう。

その間彼女のお守を頼まれたわけだが――

 

 

「な、なんだよ。」

 

「じーっ」

 

 

さっきからこの調子である。

そんなに銃が珍しいのだろうか?

 

落下の衝撃で破損がないか、ばらして確認していたのだが、それが彼女の興味を引いたようだ。

その作業を横からずっと眺めている。

――正直やりづらい。

 

 

「こんなの見てても面白くないだろ?」

 

「おもしろい。」

 

「そ、そうか……」

 

 

だから俺が困るんだって!

 

そんな心の声を飲み込んで作業に集中する。

フェンリルもヘイムダルも問題無さそうだ。

銀華さんの魔銃(まがん)は、ここには無いため確認できないのが心配だが。

 

 

「その金属の塊、すっごい綺麗。」

 

「綺麗?」

 

「うん、キラキラ。」

 

 

キラキラ? 子供の考える事はよくわからない。

 

組み上げた魔銃(まがん)を懐に仕舞い込む。

そこまで警戒する必要はないが、万が一という事もある。

こいつらを握ってる方が落ち着くなんて、俺も変わったな。

 

さて、次は――

 

自らの両足に手を掲げる。

骨折程度なら、魔法で直してしまった方が早い。

 

血液中の水の魔源(マナ)を意識して収束させる。

そして呪文に乗せて魔法を発動――!

 

 

「”ヒーリングⅡ!”」

 

 

元々使っていた水と風なら、そこまで意識せずとも発動出来る。

本来人間の身で4属性の魔源(マナ)を扱うのは無理なのだ。

各々の魔源(マナ)を認識し、それを収束させる行為。

その種類が増えるだけでこうも体に負担がかかるものなのだ。

 

 

「おー! まほーだ!」

 

「驚いたか?」

 

「私もね、まほーつかえるんだよ!」

 

 

えっへんっと、腰に両手を添えてふんぞり返った。

なんとも微笑まし光景である。

 

 

「ほほう、それは凄いな。」

 

「みてて!」

 

 

そう言うと彼女は俺の両足に手を掲げた。

どうやら俺の真似をするつもりらしい。

まぁ、精々痛み止めくらいになる程度の――

 

恐ろしい量の魔力が練り上がっていく。

しかもその速度は俺の2倍の速さで量は何十倍も上だ。

とても子供が扱うようなものじゃない!

 

 

「リザレクション!」

 

 

あぁ、これはやばいやつだ。

一瞬で骨がくっつくどころか、怪我の前と同じ状態に戻るのがわかる。

これはまともな魔法じゃない。

 

 

「すごいでしょ!」

 

「――言葉も出ないな。」

 

 

これ腕の一本は軽く再生出来るんじゃないか?

そう思うくらいは強力なものだった。

 

 

「でもでも、ちょっと気になるのです。」

 

「どうした?」

 

「おにーさんって、じくーりゅーなの?」

 

「えっ?」

 

 

あまりにも予想外の言葉が彼女の口から発せられた。

 

 

「今、時空龍って――」

 

「うん、私もそうなんだ!」

 

 

笑顔で語る彼女は、自分が時空龍だと言った。

それなら先程の説明はつく。

しかし、この世界にも時空龍は来訪していたのか。

 

 

「おとーさんはりゅーだけど、おかーさんがじくーりゅーだったって言ってた!」

 

「そ、そうなのか。」

 

 

”りゅー”って言うのはよく分からないが、どうやら母親が時空龍のようだ。

となると、黒翼さんの奥さんは時空龍か……

ならこの子はハーフなんだな。

見た目は普通の子供と変わらないのに。

 

 

「で、おにーさんはじくーりゅー?」

 

「俺は違うよ。」

 

「えぇ、だっておにーさんキラキラだよ?」

 

「――そのキラキラってどういう意味?」

 

「んとね! 緑とー赤とー、色んな色でキラキラなの!」

 

 

緑? 赤?

色の事だろうと予想はつくが、何を意味しているのかは正直分からない。

 

 

「わかんないかなぁ、まほー使う時にキラキラつかうでしょ?」

 

「あ、魔源(マナ)の事か。」

 

「それー! おにーさんは鈴と同じでキラキラいっぱいだから同じだと思ったのに。」

 

 

大体納得した。

つまり色とはそれぞれの属性の魔源(マナ)の事だったのか。

それにしても色か……

 

 

「君は魔源(マナ)が色分けで見えるのかい?」

 

「えぇ、おにーさんはみえない?」

 

「俺にはわからないなぁ。」

 

「うっそだぁ、目で見るんじゃないんだよー!」

 

 

彼女が真剣な眼差しで言い寄ってくる。

 

 

「じゃあどうやって見るんだ?」

 

「感じるの!」

 

 

笑顔で答える彼女は、俺には眩しすぎた。

感じるねぇ、そんな簡単な――待てよ。

 

そもそも、なんで俺は水と風は負担が軽いんだ?

元々使い慣れてるからだろ?

慣れてるからそこまで意識してないって事だろ?

 

感覚で見るって、同じ事なんじゃないか?

無意識下で魔源(マナ)を収束出来るようになれば、体の負担も減らせるようになるんじゃないのか?

 

 

「――頑張って練習してみるよ。」

 

「なら私がせんせーするね!」

 

「あぁ、頼むよ先生。」

 

 

――結局そのまま、黒翼さんが戻るまで小さな先生に思った以上の授業を受けさせられる事となった。


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