「レイ、調子はどう?」
「あぁ問題ない。」
このセレニティアに来てから1週間が経った。
俺とレイはすっかり回復したが、銀華さんは不調のままであった。
しかし本人の希望で、リヴァイアス家を目指すため出発する事になった。
黒翼さんは反対していたが、銀華さんが意見を変える事はなかった。
結果、彼はリヴァイアス家の屋敷跡までの道案内を申し出てくれたのだった。
「この辺りは魔物もよく出る、気を抜くなの。」
先頭を歩く黒翼さんが注意してくれる。
その横を銀華さんと鈴華ちゃんが歩いている。
俺達はその後ろを歩いている形だ。
「大体どれくらいかかるんですか?」
「そうだな、1日半も歩けば辿り着くだろうな。 今晩は野宿する事になる。」
「みんなおくれるなー!」
「鈴華ちゃんは元気だな……」
そんな他愛のない会話をしている最中、銀華さんは無表情のまま黙ったままだ。
何やら黒翼さんとは顔見知りのようだが、何も教えてはくれなかった。
彼女がロキアに来たがっていた事と何か関係があるのだろうか?
「確かに、この辺りは見覚えがあるな。」
「レイ、何か思い出せそうなのか?」
「なんだろう、喉元まで出かかって止まってる気持ち悪い感じだな。」
「――その例えは何かとよろしくない気がするぞ。」
「そうか?」
悪気がないのがまた手に負えないな。
周囲を警戒しつつ歩を進めるが、屋敷らしきものは全く見えてこない。
見えるのは一面に広がる平野と木々だけだ。
それに出発が遅かったせいか、既に日が落ち始めていた。
「予定よりも遅れているか…… 今日はここで野宿しよう。」
黒翼が足を止めてそう言った。
ここは土地勘のある者の言葉を受け入れるのが賢明だ。
「まだいけるだろ?」
「無理だな、特にお前がだ銀華。」
「私は!」
「少しは言う事を聞け。」
「……」
あまり良くない雰囲気は、更に悪化するように感じた。
夕食を済ませ、俺とレイは見張りの役に回っていた。
モンスターが徘徊してる中での野宿では、交代で見張りをするのが基本だ。
「……」
「何か思い出す事でもあったか?」
「近づいてる筈なのに、何も浮かんでこないんだ。」
「そうか……」
再び訪れる沈黙。
なんというか――気まずい。
無理矢理話題を探そうと辺りを見渡す。
特にこれといったものは無く、銀華さんと鈴華ちゃん、黒翼さんが眠っているだけだ。
途方に暮れて空を見上げる。
星々が空に輝いている。
「そういえば――」
「ん?」
「前にも、こんな事があったな。」
そうか、あの夏の話だ。
「色々ハプニングがあってさ、こうやって二人だけで空を見てただろ?」
「ずっと昔の話みたいだ……」
「それでお前さ、”不思議だよね”って言いだしてた。 あの頃のお前は可愛かったよ。」
「流石にこの歳でそんな事言わないぞ!」
俺は顔を真っ赤にして必死に抗議する。
レイはそれを見て小さく微笑んだ。
「そうだ、桂木葉助はその方が似合ってるぞ。 正直、今の喋り方は背伸びしてるみたいで気持ち悪い。」
「は、はっきり言うな。 レイだってそうだろ?」
「まぁな、私は背伸びしてでも大人になるしかなかったんだ。 そうだ、私――」
「レイ?」
何かを思い出したように自分の荷物を漁りだす。
「あった!」
取り出したのはペンダントだった。
そうだ、あれは確か――
”お前だけでも、ここから逃がす”
レイの兄であるユニスが妹に贈ったペンダントだ。
でも、何故今それを……
「――まだ少し力が残ってる。」
「どうしたんだ?」
「な、なんでもない!」
「ふーん。」
そう言うと、レイはそのペンダントを身に着けた。
「どう?」
「どうって?」
「――この鈍感男。」
今ぼそっと酷い事を言われた気がする。
「ん、銀華さんと黒翼さんがいないな。」
トイレか何かだろうか?
少し気になるな。
「少し探しにいってくるから、鈴華ちゃんをお願い出来るか?」
「任せておけ、私を誰だと思ってる。」
「流石は天才魔法使いだ、当てにしてるよ。」
俺は得物の感触を確かめ立ち上がる。
動く気配は感じなかった。
でも、そこまで遠くに行く事はないだろう。
テントの裏側にある林の中に足を踏み入れる。
考えられるのはこの近辺くらいだが――
「何故、ここに戻って来た。」
「それは私の勝手だろ、お前に関係ない。」
話声が聞こえる。
どうやら銀華さんと黒翼さんのようだ。
しかし、雰囲気的に出て行けるような状態じゃないのは分かる。
「お前はあの時の傷で!」
「あぁ分かっている、次に龍の姿に戻れば死ぬだろうな。」
死ぬ? 銀華さんが?
「分かっていて何故!」
「あの子達には借りがある、それを返すためだ。」
「それは、お前が命を削る程大事な事なのか?」
「宗月を殺す手伝いをしてくれた、理由はそれで充分だ。」
「――そうか。 仇を討てたんだな。」
黒翼さんも宗月を知っている?
一体この二人はどんな関係なのだろうか。
「なら、あの二人を送り届けたら3人で暮らさないか?」
「……」
「それが夢だっただろ?」
「今更、どの面下げてあの子の前に立てばいいのだ、私は……」
「銀華――」
「私はもう、あの子の母親にはなれないよ黒翼……」
母親……?
あまりの驚きに、少し物音を立ててしまう。
「誰だ!」
銀華さんがこちらに向けて
俺は両手を上げて二人の前に出た。
「――聞いていたのか。」
「まぁ、半分くらいは。」
「分かっていると思うが――」
「言いませんよ、それは貴方が直接鈴華ちゃんに言う事でしょ?」
「……」
返答は沈黙だった。
きっと、この二人の間には恋人以上の複雑な関係があるのだろう。
俺はそこに踏み込んではいけない、そんな気がした。
――
―
通りすがりの行商人から物資を補充し、再びリヴァイアス家の跡地を目指す。
黒翼さんの話では、あと半日も歩けば跡地が見えてくるらしい。
「しかしさっきの商人、獣のような耳と尾を持っていたが……」
「そうか、イデリティスの民は初めて見るのか。」
「イデリティスの民?」
「彼らはロキアに住む特殊な種族でな、ここ最近じゃ滅多に見かけないな。」
「そういえば、ロキアとのゲートは一時閉鎖されているんでしたね。」
となると、さっきの人は故郷に帰れないわけか。
まるで自分のようだと、ふと思った。
「あともう少しで辿り着く、お前達頑張れよ。」
「すみません、ちょっと用を足してきます。」
そう言って俺は茂みの中へと入っていく。
皆からは見えない位置まで進み、そのまま目の前の木に寄りかかる。
――最近、間隔が短くなっている気がする。
全身を逆撫でるような悪寒、額には脂汗が浮かぶ。
「げほっ!げほっ!」
咳き込むと、口からは鮮血が溢れ出た。
どうやら、俺の時間もそう長くはないらしい。
急がなければ――
俺は瞳を閉じて、大きく深呼吸した。