Overline   作:空野 流星

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生きていた主

近づくにつれて、その館の全貌が明らかになった。

大火事があったという話であったが、思った程損傷は見られない。

人が住むには十分な状態だ。

真相はレイの記憶のみぞ知るのだろうが、何かがおかしいのは明らかだった。

 

 

「俺と鈴華はここまで待っているから、用事があるなら済ませて来い。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

俺とレイ、銀華さんの3人で館の門を潜る。

庭には花が咲き、芝生は綺麗に手入れされている。

この状況で考えられる答えは一つだ……

 

玄関のベルを鳴らす。

もし予感が当たっているなら――

 

 

”感じるんだろ?”

 

 

脳内で声が響く。

 

 

”兄弟、奴がいるのを感じてるんだろ?”

 

 

うるさい、少し黙っててくれ。

 

 

ゆっくりと目の前の扉が開く。

目の前に赤い絨毯が敷かれた巨大なホールが姿を現す。

 

 

「来客など何年振りだろうか、歓迎するよ。」

 

 

声の主はホールの中央に立っていた。

 

そうだ、奴だ。

初対面でもわかる、俺はこの男を知っている。

いや、知っているというよりは、刻まれているだろう。

 

 

「兄さんなの……?」

 

「そうだよ、レイ。 よく帰って来た。」

 

 

青年はレイに微笑みかける。

 

 

「ユニス、リヴァイアス……」

 

「おや、君は初対面だね。」

 

 

ユニスは、今気づいたとばかりにこちらを見やる。

その瞳は刺すような冷たさを放っている。

 

 

「俺は桂木葉助、彼女をここまで護衛してきた者です。」

 

「なるほど、ご足労かけて済まなかったね。 大事な妹をここまで連れてきてくれてありがとう。」

 

 

なんというか、彼の反応は淡泊だ。

まるでレイの事しか見ていないように。

 

 

「いえ、むしろ遅くなって申し訳ありません。」

 

「気に病む必要はないよ。 客人を持て成したい所だが、我が館は修繕中でね。

 また後日という形でもよいだろうか?」

 

「俺は問題ないです。」

 

「――別に。」

 

 

銀華さんは短くそう答える。

何かを警戒しているという感じが窺える。

 

 

「近くの町の宿に部屋を取らせよう、準備が出来るまで好きに使ってくれて構わない。」

 

「色々とありがとうございます。」

 

 

俺と銀華さんは館を背にし、そのまま出ようとする。

急に右手に違和感を感じる

 

 

「葉助!」

 

 

どうやらレイが手を握ってきたようだ。

 

 

「どうしたんだレイ?」

 

「葉助、私……」

 

「折角の家族との再会だろ? 俺に構ってる暇はないだろ?」

 

「違うんだ! 私が言いたいのはそうじゃなくて――」

 

 

俺はレイの手を振りほどいて歩き出す。

きっと記憶が曖昧で不安なんだ。

そんな不安を消せるのは俺じゃない。

本物である彼女の兄なのだ。

 

 

「葉助!」

 

「また今度な。」

 

 

俺は振り向かずにそのまま館を後にした。

 

 

「彼女を置いて来てよかったの?」

 

 

少女の姿のレイが俺に語り掛けてくる。

 

 

「俺よりも家族の方がいいだろ?」

 

「本気で言ってるの?」

 

「もちろんだ、所詮俺じゃ家族ごっこだしな。」

 

「そうやって自分に嘘をつくんだ。」

 

「どういう意味だよ。」

 

 

少女のレイはその瞳に涙をためていた。

俺には彼女の怒りも悲しみも分からない。

俺が嘘をついているだと? そんなわけがない。

これが俺が求めた、最高の結果だ。

 

 

「いいぜ兄弟、今のお前は最高だ。」

 

 

男の声がした方を向く。

そこには館にいたユニスを全く同じ姿の男がいた。

 

 

「お前が俺の中のユニスの遺伝子か。」

 

「あぁそうだ。 俺を見て何も思わないか?」

 

「別に何も――まてよ。」

 

 

男はニヤニヤと笑っている。

なんで、こいつは同じ姿なんだ?

 

遺伝子達の姿が、採取した時と同じ時間ならば……

ユニスはもっと年老いていなければおかしいのではないか?

 

 

「何かに気づいたって顔だな。」

 

「お前達の姿は、採取した時の年齢で間違いないのか?」

 

 

「そうよ。」

 

「そうだぜ。」

 

 

そうか、ならば今日会った男は誰だ?

 

 

「気になるだろ? 心配だろ?」

 

「お前、知っていたな。」

 

「なーに言ってんだ、お前も気づいてたくせに。」

 

 

俺が?

 

 

”葉助!”

 

 

あれがもし、レイからのSOSだったのなら俺は――

 

 

「最低だ……」

 

「この結果を招いたのは、貴方の嘘が原因よ。」

 

「だから嘘ってなんだよ!」

 

「――分かってるくせに。」

 

 

そう言って彼女は姿を消した。

 

 

「なぁ兄弟、もう少し自分の欲望に素直になったらどうだ? 昔のお前の方が輝いてたぜ。」

 

 

男もそう言い残して姿を消す。

暗闇の中一人だけ取り残される。

 

 

「俺は、僕は――」

 

 

”彼女を守りたい”

 

 

その気持ちで僕は戦ってきたんだ。

そうだ、そのために人だって殺してきた。

全ては彼女のため、そう自分に言い聞かせて来た。

 

 

”なら、僕の本質とはなんだ?”

 

 

僕は彼女にとって何なのだろうか?

僕は、どうしたかったんだっけ?

 

 

――

 

 

 

「おーい、聞いてるか?」

 

「――え?」

 

「お前が居眠りなんて珍しいな。」

 

 

そこは見慣れた教室。

横にはレイと健司がいた。

 

 

「レイ、健司……」

 

「なんだぁ、変な夢でも見たか?」

 

 

そうか、夢か――

今までのは悪い夢、そうさ夢だったんだ。

 

 

「大丈夫か葉助?」

 

 

レイが心配そうに僕を見ている。

 

良かった、あれは全部無かったんだ。

これから僕は、また楽しい学生生活を――

 

 

「あれ、おかしいな……」

 

 

涙が溢れてくる。

ちっとも悲しくなんてないのに。

 

 

「なぁ葉助、お前はどうしたい?」

 

「な、なにを?」

 

 

いつになく神妙な面持ちで健司が語ってくる。

 

 

「これからだよ、卒業したら何したい?」

 

「そ、卒業なんてまだまだ先だろ!」

 

「葉助、何を言ってる? 卒業式は半年後だぞ。」

 

 

レイが呆れたように言う。

 

え、卒業?

だって僕達はまだ1年で――

 

 

「俺さ、誠さんの元で働く事になったんだぜ!」

 

「やるな健司、私は父の助手をする事になった。」

 

「親のコネかよ!」

 

 

知らない、こんなの僕は知らない。

 

 

「で、葉助はどうなんだよ?」

 

「僕は……」

 

 

二人は僕を見つめて答えを求めている。

 

 

違う、僕は……

 

 

「まさか、何も決まってないわけじゃないだろ?」

 

「葉助、早く教えてくれ。」

 

「――何も無かったんだ。」

 

 

そうだ、無我夢中で、何も考えてなくて……

ただ君だけを見ていた。

そんな学生生活だったなぁ。

 

 

なのに今の僕は、建前だけのつまらない男になってしまった。

レイの記憶の事も責任を感じて、何かと遠慮してしまう。

 

そして一番は、自分はユニスの代わりでしかないという思いだ。

真実を知らなかった当時の僕には、そんな遠慮は無かった。

 

 

「これが、僕の嘘か。」

 

 

そうさ、代役を全うするために自分の気持ちを閉じ込めた哀れな男が僕だ。

 

 

「やっとわかったか兄弟。」

 

「やっと本音が言えたわね。」

 

 

目の前にいた健司とレイの姿が変化する。

どうやら僕のためにお膳立てをしてくれたようだ。

 

 

「うん、僕の気持ちを思い出せたよ。」

 

「なら、やる事は分かるな?」

 

「あぁ、分かる。」

 

 

そうだ、僕は――

 

 

”彼女が好きなんだ”

 

 

ユニスのためとか、戦わせたくないとか、そんな建前は関係ない。

惚れた女のために戦う、それだけだったんだ。

なら、やる事は決まってる。

 

あいつが本物のユニスかどうか、そんな事”どうでもいい”。

惚れた女を取り戻すだけだ!

 

例えそれが、彼女を悲しませる事になってもいい。

もう考える事はやめる、今はこの思いに素直でいたいんだ!


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