――助
声が聞こえる。
葉助。
誰かが俺を呼んでいる。
ゆっくりと瞼を開くと、以前にも見た真っ白な空間が広がっていた。
そして、目の前には少女の姿のレイがいる。
「葉助、ありがとう。」
「ん……?」
「あの人を救ってくれて。」
あの人……?
ユニスが目の前に姿を現す。
俺の遺伝子から生まれた意思のユニスだろうか?
「残念ながら違う、私は本物のユニスだよ。」
「まさか、生きていたのか!」
魔法を唱えようとすると、レイがそっと唇に指を添えた。
「安心したまえ、私は最早残滓にすぎない。
ただ最後にお礼を言いたかったのだ。」
「どういう事だ?」
「君は私の中で復活しようとしている邪竜を倒してくれた。
結果、この世界も私も救われたのだ。」
「そんなつもりはない。 俺はレイを手に入れるために戦っただけだ。」
そう、ただの自己満足だったんだ。
俺はレイのためだけに戦った、世界とかユニスの事とかどうでもよかった。
だからついてきた結果に興味はない。
「ふふっ、それも悪くないだろう。
それでも言わせてくれ、ありがとう葉助。」
「――あぁ。」
ユニスの表情は、憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔だった。
「では、私は逝くとするよ。――妹を頼んだぞ。」
「言われずとも。」
そのまま光の粒子となってユニスは消えて行った。
「葉助、カッコよかったよ。」
「そんな風に言われると照れるだろ!」
俺はレイから顔を背けた。
「ふふっ、最後のはまるで光の剣の勇者みたいだったよ。」
「なんだよそれ、童話か何かか?」
「ロキアを救った英雄の物語よ。 実在した人物なんだからね!」
ムキになって怒りだすレイをなだめる。
そんなに怒らなくても……
「はいはい、それで?」
「勇者は邪竜ティアマトを倒す時に光の剣を使うのよ。
最後の光がまるで剣みたいだったから。」
「ふーん、成程ね。」
しかし邪竜か、何かの偶然なのだろうか?
ユニスも先程、邪竜という名を口にしていた。
「おいおい、いつまでやってるんだ?」
困った顔で、再びユニスは姿を現す。
多分、今度こそ俺の遺伝子の意思だろう。
「ごめんね、ちょっと話込んでて。」
「まったく、もう時間が無いんだからな?」
「分かってる。」
何のことか分からないが、どうやら何かを急いでいるらしい。
「兄弟、はっきり言うがお前は今死にかけてる。」
「あぁ、そんな気はしてた。 元々死にかけがあれだけ力を使ったんだからな。」
「その通りだ。 だから、”あの時”と同じ事をもう一度やる。」
「”あの時”?」
3年前のあの出来事が思い出される。
そうだ、あの時俺は――
「ってわけで――」
ユニスはレイに手をかざす。
それと同時にレイの身体が光の粒子となって消え始める。
「ちょっと、何してるの!」
「作業はオレ一人で充分だ、お前はそろそろ”本体”に帰れ。」
「お前何を!」
止めようとするが、体が動かない。
どうやら本当に死にかけているらしい。
「大丈夫、こいつがいる本来の場所――レイの身体に戻すだけだ。」
「どういう意味だ。」
「元々お前の遺伝子から生まれた幻影だったが、自我を獲得したのは3年前のあの日だ。
本物のレイの
それでレイの記憶が欠落していたのか。
なら、彼女がレイの中に戻るという事は、記憶も戻るという事になるのか。
何か文句や罵倒をしていたが、やがてその姿は掻き消えた。
「さて、今からお前にオレの
これでお前の身体は、あと5年程度はもつだろうさ。」
「そうか…… それで、お前はどうなる?」
「完全に消えるな。 まぁ仕方ないさ、オレも元々幻影さ。」
そう言って笑う顔は、誰かを思い出させる。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「なんだよ兄弟。」
「お前が俺の身体を使って暴れたって話、嘘なんだろ?」
「……」
3年前のあの時、幻影から意思を持つようになったと言っていた。
ならばそれ以前の事件である、火内先生を殺した時の暴走には関与していないはずだ。
「やっぱり優しいな、お前は。」
「よせよ、そんな間柄じゃないだろオレ達は。」
「あぁ、そうだったな。」
ユニス――いや、彼の姿が粒子となって薄まっていく。
「お前は、俺の一番の親友だ、ありがとう”健司”。」
「先に逝って待ってるぜ、葉助。」
消える最後の瞬間の笑顔は、彼本来の顔に戻っていた。
「――助!」
誰かの呼ぶ声で目が覚める。
「葉助!」
「あぁ、レイか……」
目の前にはレイの顔があった。
涙に濡れ、俺を心配そうに見つめながら俺の名前を叫んでいた。
「葉助! 私がわかるか!?」
「あぁ、分かるよ。」
「このっ、また無茶して!」
また泣かしてしまったな。
涙を拭おうと右手を上げようとするが、動かない。
「あれ……?」
確かに動くわけがなかった。
――肩から先が無いのだから。
おそらくは、あの光で吹っ飛んだのだろう。
奴を倒せた代償とでも言うのだろうか。
「出血は止めたが、あいつが来るまでは大人しくしていた方がいい。」
「銀華さんも、無事だったんですね。」
「ある意味ではな……」
銀華さんも全身傷だらけで、満身創痍という様子だった。
それでも、生きていてくれてよかった。
「葉助、私に言いたい事があるんだろ?」
「あぁ、あるよ。」
「聞かせてくれ。」
俺は瞳を閉じ、一呼吸置く。
今までの事が走馬灯のように思い浮かんでは消えていく。
「レイ。」
「……なんだ?」
そうさ、俺はずっと――
「愛してる。 俺と結婚してくれ。」
「――その言葉を待っていた。」
俺の戦いは終わった。
それは誰に語り継がれるわけでもない、名も無き戦士の物語。
しかし彼は世界を救ったのだ。
その真実を知る者は、ごく少数のみである。