その後、黒翼さんによって俺達はセイントガルドの病院へと運ばれた。
どうやら銀華さんが、俺達の邪魔をしないように一服もっていたそうだ。
そのせいで到着が遅れたとかなり怒っていた。
俺は半年程ベッドでの生活を余儀なくされたが、無事退院することが出来た。
しかし、右腕はどうにもならなかった。
逆に
そうそう、退院後は無事にレイと結婚した。
数少ない身内を集めただけのひっそりとした式だが、俺達は幸せだった。
その後、レイは現セイントガルド市長との会見を経て、リヴァイアス家の本来の役目へと戻った。
最初は少し騒ぎになったが、それはそれでいい思い出だ。
俺はセイントガルド魔法学校に、特別講師として働く事となった。
真面目な子から、健司みたいなやつまで、色々な生徒と触れ合う事ができた。
少しだけ、キャシー先生の事が分かった気がする。
それとだ、俺にも子供が出来たんだ。
名前はヨキ。
まだまだやんちゃ盛りの男の子だ。
最近は俺の
さすがに危険なので上手く誤魔化してはいるが。
こう振り返ると、俺はなんて幸せな人生を送っているのだろうと思う。
昔の俺では全く思い浮かばないような理想の未来だ。
だからこそ、たまにこう思うんだ。
”俺は、こんなに幸せになっていいのだろうか”
この生活は何人もの犠牲の上で成り立っている。
その屍を踏み越えて、俺だけ幸せになっていいのだろうかと。
あいつらは、俺を恨んではいないのだろうかと。
そんな不安がよぎるんだ。
”大丈夫だ、気にすんなよ”
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。
「あぁ、そうか。」
きっと、”彼”だ。
”もう、充分か?”
「充分、夢を見させてもらったよ。」
”そうか、なら良かった。”
あぁ、俺はこんなにも、幸せだ……
多くの人に囲まれ、必要とされ、愛する家族を手に入れ――
”それはお前が勝ち取ったもんだよ。”
「そうかな?」
”そうさ、そのために戦ってきたんだろ?”
「そうだな。」
”ならいいんだよ。 それがお前の物語だ。”
俺の、物語か。
”そろそろ、いくか。”
「ありがとう――」
俺は、そのまま、ゆっくりと瞼を閉じた――
「もう、なんでダメなのさ!」
「ダメと言ったらダメだ。」
「お父さんの意地悪!」
それは些細な親子喧嘩だった。
娘の鈴華は冒険に出たいが、父の黒翼がそれに反対しているのだ。
「お前はまだ子供なんだぞ? そんな事俺達が賛成するわけないだろう。」
「お母さんはいいって言ってくれたよ!」
「――冗談だろう?」
黒翼にとって、銀華の行動は未だに読めない。
若き頃から突拍子もない事ばかりを起こす。
今だって旅に出る事を了承するなんて事をやらかしている。
「嘘じゃないよ! 帰ってきたら聞いてみればいいじゃない!」
「あぁ、そうする。」
あの時もそうだが、今後も彼女には頭を悩ませそうだ。
俺は頭を抱えながら大事な娘を見る。
この子はどうやら旅に出る気満々のようだ。
こういう所は、彼女に似たんだろうなとは思う。
「はぁ……」
黒翼は大きなため息をついた。
―――
――
―
「お久しぶりです、銀華さん。」
「あぁ、そうだな。」
レイと息子のヨキ、銀華は共同墓地にいた。
互いの手には花束が握られている。
「もう1年か。」
「そうですね。」
――しばしの沈黙。
先に口を開いたのは銀華だった。
「頼まれていた品の修理が終わったぞ、材料がなかなか手に入らなくて大変だったが。」
そう言いながら、目の前の墓に花を添える。
「まさか1年も待たされるとは思いませんでしたよ。」
レイも同じように花を添える。
「すまないな、でもこいつとの約束はこれで果たしたよ。」
「約束?」
「あぁ、こいつを息子に渡したいとな。」
そう言って修理された
まるで新品のように綺麗な姿を取り戻している。
「その事は初耳です、ただ修理を頼んだとしか聞いてなかったので。」
「――こいつらしいな。」
銀華はポケットから煙草を2本取り出し、魔法で火をつける。
1本は自分の口元に、もう1本は墓へと備える。
「お前も好きだったろ、私からの餞別だ。」
「……」
「私も近いうちにそっちに逝くさ、待っててくれ。」
銀華は立ち上がるとレイに背を向けた。
「その
「はい、ありがとうございます。」
レイは深々と頭を下げた。
―ヴィラン・ラタトクス学園―
「そして時空龍と我々人類の間に条約が結ばれ、戦争は回避されたのです。」
教室での授業風景。
教師の女性が近代史の教科書を読み上げている。
多くの者が授業に集中する中、一人だけ窓の外を眺めている者がいた。
「――せいっ!」
女教師はチョークを投げつけると、窓際の生徒の頭部にクリーンヒットする。
「いてっ!」
「お前! 今の話を聞いていたか!」
「す、すみません。」
「まったく、まるで――」
女教師は誰かを思い浮かべ、頭を振って振り払った。
その者の名を口にしてはいけない、それが決まりだったからだ。
「先生は、その戦いにも参加してたんでしょ?」
「そうよ、旦那――学園長と共にね。」
正直、死を覚悟していた。
カスパ・ラグナールの策が間に合ったのは奇跡としか言いようがない。
「じゃあ、”無名の英雄”ってどんな人だったんですか?」
「そうね、彼は”普通の人間”だったわ。 どこにでもいる――そう、あなた達みたいなね。」
そうだ、彼はただの人間だった。
生まれがどうであろうと、私の可愛い教え子だったのだ。
「でも、卓越した魔法の才能を持ってたんだろ?」
「そうね、でもそれと英雄になる事は別でしょ?」
「確かに……」
そもそも、彼はそんな事を求めてはいなかった。
ただ生き残るために必死で足掻いて、答えを探していたのだ。
そして私は、そんな彼に何も出来なかった。
私に出来るのは、名を伏せて彼を語り継ぐ事だけだ。
それが、彼の代わりに戦って死んだ晧月との約束でもある。
「ラグナール先生! ”無名の英雄”は最後どうなったんですか?」
「そこは教科書には記載されていないわね…… いいわ、特別に教えてあげる。」
女教師――キャシー・ラグナールは、一呼吸置いて口を開いた。
「彼はね、安息の地に旅立ったのよ。 そこは争いの無い平和な世界。
残りの余生を静かに暮らしたかったのね。」
「へぇ、なんだがおとぎ話みたいですね。」
「別な世界でも平和のために戦ってるかもしれないぜ!?」
「確かに、それもありうるわね。」
想像を膨らませ、生徒達の憶測が飛び交う。
彼らの頭は”無名の英雄”の事で一杯のようだ。
「さて、授業を続けるわよ!」
これで少しは役に立てたのかしら……
ねぇ葉助、貴方は幸せになれたのかしら?
”ありがとう、先生”
ふと、声が聞こえた気がした。
風に乗って桜の花びらが飛び散る。
平和な日が、今日もまた始まる。
―完―
―セレニティア・セイントガルド謁見の間―
謁見の間に、一人の青年と跪く3人の男達がいた。
「面を上げてください、お願いするのはこちらの方です。」
そう青年が言うと、3人の男達は顔を上げた。
一人は短髪のブロンドの髪、色黒の肌、鍛えられた肉体と戦いでの傷があちこちに見られる。
まさに戦士という感じの偉丈夫だ。
もう一人は、黒髪短髪、同じように色黒の肌に鍛えられた身体。
やや軽薄な雰囲気だが、こちらも歴戦の戦士なのだろう。
最後の一人は、2人に比べてやや細身の体に、長い銀の髪が目を引く。
聞いた話では学者としての仕事が本職だが、剣の腕はロキアでも指折りらしい。
この3人は、ロキア国王がお送りになられた精鋭の戦士達だった。
「端的に話すと、貴方達には人質となっている私の母を救ってもらいたい。」
「我々が呼ばれるという事は、並の魔物ではないと?」
「はい、自らを四魔将・アグスと名乗っています。」
四魔将は歴史の教科書にも出てくる程の名前である。
彼らは竜帝ティアマトの腹心として、暗黒時代に暴れまわったと記載されている。
本物なのかどうかは分からないが、万が一を考えロキア国王へと救援を依頼したのだ。
「伝説の魔物か、俺らの相手には十分じゃねぇか。 なぁゼロス?」
「調子に乗るなカイル、本物かどうかは分からないが強力な相手に間違いはなさそうだぞ。」
「2人共、領主の前だだ、口を慎め。」
銀髪の戦士が一喝すると、2人の戦士は口を閉じる。
「ゼロス、カイル、エリクの三名にお願いします、私と共に母を救うために戦って下さい。」
「領主自ら戦いに赴くと?」
エリクと呼ばれた銀髪の男が不思議そうに問う。
「当然、元は私一人で戦うつもりでしたので。」
そう言って青年は腰に差した剣に触れる。
青年もまた、戦士なのだ。
母親似の整った顔立ちは女性のようにも見える。
父親と同じ黒髪で、その長さは腰まで伸びている。
青年は、懐に閉まってあるもう一つの得物を取り出す。
それは”
”父さん、母さんを助けるために力を貸して下さい”
フェンリルをしっかりと握り、青年は前を見据えた。
「さあ、行きましょう!」
この戦いの歴史に、終わりが来る事があるのだろうか……
―Continue to the Borderline―