「男の癖に、女に成りすまして花魁になるなんて!」
楓を見ながら憤慨する堕姫。
「悪いな。遊郭の潜入捜査に必要だったんだよ」
だが楓は、悪びれもせずに受け流す。
堕姫には許せなかった。――花魁の地に就けるのは、遊郭で存在を認められた遊女だけだからだ。
堕姫も花魁まで上り詰めるのに長い年月が掛かったのに――楓は数週間で昇り詰めていたのだ。
「お前に聞きたいことがある」
「な、何よ!」
「お前も鬼になる前は人としての感情があったはずだ。それをどこに置いてきた?」
「何よ!鬼狩りの癖に説教!?」
「説教のつもりはない。――鬼であっても、人間と共存する道もあったはずだ。なぜそれを選択しなかった?」
堕姫は「はッ!」と鼻で笑う。
「人間と鬼が共存?あんた、どんな夢を見ちゃってるのよ」
堕姫は「あんた本当に鬼狩りの柱?」と続け、全方位から帯操り、楓に向かって襲い掛かる。
楓は後方に跳び、窓から出て外へ着地をする。
――花の呼吸 五ノ型・改 徒の勺薬。
楓は花の十八連撃で自身に襲い掛かる帯を斬り裂き、堕姫は帯を元に戻してから窓から飛び下り楓を対面に立つ。
そして堕姫は顔を顰めてから舌打ちし、何処からか飛んできた帯が堕姫の内部に浸入させる。分身が切り離されているということは、炭治郎たちが捕まっていた人たちを
「――鬼にとって人間はね、只の食糧。だから、鬼が人間と共存なんてあり得ないのよ」
堕姫は口許を吊り上げる。
「鬼は人間と違って、老ない、食う為の金も必要ない、死なない、何も失わない。そして強く美しい鬼は、何をしてもいいのよ……!」
「……そうか。もういい」
この楓の言葉を皮切りに、堕姫が無数の帯を交差させる。
――血気術 八重帯斬り。
帯が凄まじい速度で襲い掛かる。
――桜の呼吸 弐ノ型 千本桜。
楓が刀を振るうと周囲に斬撃の雨が落ち、帯を斬り落とし、堕姫を斬り裂く。
この光景を見て堕姫は唖然としていたが、それを気にせずに楓は左腰に刀を回す。
――桜の呼吸 壱ノ型 乱舞一閃。
楓は加速し、堕姫の頸をすれ違い様に斬り体を停止させ、堕姫に振り向く。
すると、天元が楓の隣に降り立つ。
「頸、斬ったんだな」
楓は「はい」と頷くが、
「でもおかしいです。上弦にしては――
上弦が、通常の“乱舞一閃”で頸を落とすなんて弱過ぎるのだ。
楓の長年の勘が、まだ何かあると告げている。
「オレもド派手に同意だ――本命は別にいるな」
「――ですね」
そう言ってから、楓は頷く。
ちなみに、現在の堕姫の状況は地に座り込み、斬られた頸を両手で持っている。
「よ、よくもアタシの頸を斬ったわね!ただじゃおかないんだから!」
堕姫が涙ながらに叫ぶ。
「鬼の頸を斬るのが俺たちの仕事だ。――お前は、来世で生まれ変われ」
堕姫を見る楓の瞳には、
この時天元が「なるほどなぁ。これが不死川から“異端の柱”って言われてる所以かぁ」と内心で呟き、頷いていた。
「もうお前には用はねぇよ。栗花落の言う通り、来世で人生やり直しな。――つか、本物の上弦はどこに隠れてるか知ってるか?」
「なッ!?アタシは上弦の陸よ!」
「だったら、こんな短時間で頸を斬られるとかねぇだろう。弱過ぎなんだよ、お前」
天元が堕姫をそう煽る。
「あ、アタシまだ負けてないからね!上弦なんだから!」
堕姫は、泣き叫ぶように声を上げる。
「アタシ本当に強いのよ!今はまだ陸だけど、これからもっと強くなって……」
「説得力ね――」
再び煽る天元。
そしてついに、堕姫は本格的に泣き出した。
「っ、わ――ん!」
突然のことに、ギョとする天元、楓。
「本当にアタシは上弦の陸だもん!数字だって貰ったんだから!アタシ強いんだから!」
楓と天元は「――おかしい」と内心で呟く。
鬼の頸を斬ったならば、体が崩壊していてもいい筈だ。――だがそれが無いのだ。
「……おい、栗花落。お前、ちゃんと頸を斬ったんだよな?」
「斬りました。間違えなく」
楓は――
「宇髄さん。アイツの本体はもう一つあるはずです」
楓は「体の作りが若干違いましたから」と付け足した。
確かに、鬼と人の構造はほぼ全く同じなのだ。もしそれが異なるのならば、体内に何かを細工している以外に考えられない。
「わああぁああ!頸斬られた!頸斬られちゃったあぁあ!お兄ちゃんあぁあん!」
堕姫が、お兄ちゃん、と叫んだ瞬間、周囲の重圧が増した。
そして空気が淀み、殺気が立ち込める。
「うぅううん」
楓と天元は本能的に危険を察知し、堕姫の背後から現れたもう一体に鬼に向かって踏み込み、楓が四連撃、天元が三連撃を放つが鬼の頸を刎ねることが出来なかった。斬り裂けたのは、鬼が纏う帯の一部のみだ。
そして鬼は、堕姫を連れて後方に移動していたのだ。
「泣いたってしょうがねぇからなああ。頸くらい、自分でくっつけろよなぁ。おめぇは本当に頭が足りねぇなぁ」
隙を見た天元が鬼に斬り掛かろうとするが、鬼の動きを逸早く察知した楓が天元の前に躍り出る。
――花の呼吸 弐ノ型 御影梅。
そう、楓が周囲に放った花の斬撃が、鬼が携える鎌の斬撃を全て弾いたのだ。
後方に移動した鬼は、振り向き口を開く。
「へぇ、やるなぁあ。攻撃全て止めたなぁあ。……殺す気で斬ったけどなあ、いいなあお前ら、いいなあ」
特に鬼が注視しているのは楓だ。
今の斬撃ならば、柱たちを傷付けることが出来ていたのだから。
「お前らいいなぁあ、その顔いいなぁあ。肌もいいなあ、シミも痣も傷もねぇんだなぁ。……肉付きもいいなぁあ、オレ太れないんだよなぁあ」
鬼は「妬ましいなぁあ」「死んでくれねぇかなあ」と呟く。
そして堕姫が、今までの経緯を鬼に話、鬼は怒りを露にする。
「そうだなあ、そうだなあ、そりゃ許せねぇな。オレの可愛い妹が、足りねぇ頭で一生懸命やってるのを虐めるような奴らは皆殺しだあ」
鬼は両手で鎌を携えた。
「取り立てるぜ、オレはなあ……やられた分は必ず取り立てる。死ぬ時グルグル巡らせろ。オレの名は、妓夫太郎だからなああ!」
こうして、柱二人、上弦の陸の死闘が開始されたのだった。
堕姫との楓君の中盤の会話は、炭治郎と堕姫のあのシーンを真似してみました。まあ、巧く書けたか不安ですが。
楓は堕姫との戦闘で“透き通る世界”に入ることが出来ました。一応、稽古中でも入ることは出来ていたんですが、実戦では不安があった。ってことですね。
ちなみに、楓君の“透き通る世界”は、体の構造も把握できます。通常なら、筋肉収縮、血管流れ、攻撃の予測、動きの最適化、等々なんですけどね。
大正のコソコソ噂話。
人々を避難を手伝っていた天元のお嫁さんたちは、遠目(かなり目が良い)で戦闘を見た時、花魁と旦那が鬼と戦っているように見えていたんだよ。