妊娠の知らせから数日後、産屋敷邸では緊急柱合会議が開かれた。柱たちが集まる中、最後に屋敷に足を踏み入れたのは楓だ。
――そう。真菰とカナエが悪阻の期間に入り体調を崩し始めたので、柱警備が終了した楓は、看病の為蝶屋敷から動こうとはしなかったのだ。
でもまあ、真菰とカナエの言葉である『楓は柱であり、この子たちの父親になるんでしょう。しっかりしなきゃ』と聞き届け、重い足を動かして産屋敷邸に赴いたのである。
「すいません。遅れました」
楓が口重たそうに言ってから、しのぶの隣に腰を下ろす。――そして、事情を把握しているしのぶは溜息を吐く。
すると、実弥が右頬に手を添える。
「あーあァ。羨ましいことだぜェ。何でオレは上弦と遭遇しねェのかねェ」
そう呟き、実弥は楓を見る。
確かに楓は、上弦の弐、参、肆、陸と遭遇しているのだ。――柱の中では、最多の遭遇率なのだ。
「こればかりは遭わない者はとんとない。甘露寺と時透、栗花落は体の具合はどうなんだ?」
蜜璃、無一郎、楓は「問題ない」と答える。
「死なずに上弦二体を倒したのは尊いことだ」
行冥がそう言った所で前の襖が開き、そこから産屋敷あまねが姿を現す。
「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせて戴きます。――そして、当主の耀哉が病状の悪化により、今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨、心よりお詫び申し上げます」
あまねの言葉を聞いた柱たちは、バッと前に両の手をつけ姿勢を正す。
「承知……。お館様が一日でも長くその命の灯火を燃やして下さることをお祈り申し上げる……。あまね様も御心を強く持たれますよう……」
行冥が柱を代表して答え、あまねは両目を一旦閉じた。
「柱の皆様には、心より感謝申し上げます」
あまねが会議内容について話し始める。
「既にお聞き及びとは思いますが、日の光を克服した鬼が現れた以上、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙ってくるでしょう。己の太陽を克服する為に。――だからこそ、大規模な総力戦が近づいてます」
禰豆子が太陽を克服したことで、鬼の出現がピタリと止まったのだ。――これぞ、嵐の前の静けさというものだ。
――鬼と人。お互いに、全てをぶつけ合う刻限が近づいてきている。それは、どちらかが滅ぶ程の壮絶な戦いだ。
「上弦の肆、伍との戦いで、時透様、甘露寺様に独特な紋様の痣が発現したという報告が挙がっております」
蜜璃が「痣?」と呟くと、あまねは一度頷き言葉を続ける。
「戦国時代。鬼舞辻無惨をあと一歩という所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士たち。彼ら全員に、鬼の紋様に似た痣が発現していたそうです」
――痣者は、普段以上の力を引き出すことが可能になるのだ。
そして、驚愕で息を呑む柱たち。
「伝え聞くなどして、御存じの方は御存じです」
「オレは初耳です。何故伏せられてたのです」
あまねにそう聞いたのは、実弥だ。
「痣が発現しない為、思い詰めてしてしまう方が随分といらっしゃいました。それ故に、痣については伝承が曖昧な部分が多いのです、当時は重要視されていなかったせいかも知れませんから。――鬼殺隊がこれまで何度も壊滅させられかけ、その過程で継承が途切れたのかも知れません。ただ一つ、はっきりと記し残されていた言葉があります」
あまねは一度言葉を切ってから、再び口を開く。
「――痣の者が一人現れると、共鳴するように周りの者たちに現れる」
そして、この世代で最初に痣を発現したのは、竈門炭治郎だ。
「ですが、上弦の陸との戦闘に於いて、桜柱・栗花落楓様。音柱・宇髄天元様には現れなかった。でも里の一件で、恋柱・甘露寺蜜璃様、霞柱・時透無一郎様が発現させた。――甘露寺様、時透様。宜しければ御教示願います」
あまねが小さく頭を下げる。
あまねの頼みに、蜜璃がはい!と意気込み、力強く頷いた。
「あの時はですね、確かに凄く体が軽かったです!え―っとえ―っと――ぐあああ~ってきました!グッとしてぐぁ―って!心臓とかが、ばくんばくんして耳もキーンてして、メキメキメキイッて!」
――沈黙が屋敷を包み、この場に
蜜璃は気まずい雰囲気を感じ取ったのか「すいません」と呟き、恥ずかしさの余りに上体を倒し、「穴があったら入りたい」と言って羞恥で畳に顔を埋める。
蜜璃の代わりに、無一郎が口を開く。
「痣というものに自覚はありませんでしたが。あの時の戦闘を思い返して見た時に、思い当たること、いつもと違うことが幾つかありました。――その条件満たせば、恐らく痣が浮き出す。今からその方法を御伝えします」
無一郎曰く、痣を浮き出させる為には心拍数と体温が鍵となるらしい。
そして無一郎は、里での戦闘で怒りによって心拍数が二百以上に跳ね上がり、体は燃えるように熱かった。その体温は蝶屋敷での治療で測った際に出た、三十九度の高熱と同じ体感だったのだ。
しのぶが言うには、心拍数二百以上、体温三十九度は人が死に兼ねない状態だと断定し、無一郎は「そこから死ぬか死なないかが、痣発現の分かれ道」になると断言した。
「チッ。そんな簡単なことでいいのかよォ」
「これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい」
義勇の言葉に実弥が「何だと?」と言って義勇を睨むが、義勇は「何も」と素知らぬ顔だ。
「では、痣の発現が急務となりますね」
「御意。何とか致します故、お館様には御安心召されるようにお伝え下さいませ」
しのぶと行冥がそう言うと、あまねが小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。――ただ一つ、痣の訓練につきましては、皆様にお伝えしなければならないことがあります」
あまねが言うには、痣を発現した者は例外なく――――二十五歳までしか生きられない、とのことだった。
言ってしまえば痣は寿命の前借りであり、その寿命を戦闘能力に変換し
「では、もう一つの話題に入りましょう――栗花落楓様、お願いできますか?」
「(……え?この空気の中、あの話をするの?)」
確かに、柱たちが揃っているので良い機会だと思うが「別の形がよかったなぁ」と思う楓である。
――でも、こんな時だからこそ、なのかも知れない。
なので、楓が口を開く。
「実は、この度父親になることが決まりまして、一応、柱として御報告をと」
暫しの沈黙が流れ、蜜璃が両手を両頬に当てる。
「キャ――っキャ――っ!楓君が父親ってことは、真菰ちゃんとカナエちゃんが妊娠してるのねっ!」
「っ!ド派手にめでてぇ!しかし、餓鬼を栗花落に先越されるとはなっ!」
と、天元が愉快そうに笑う。
「ええ……妊娠って早くない?」
確かに、無一郎が言う通り世間の目ではかなり早い。――いや、早すぎると言っても過言ではないが。
「ふむ。――安産祈願の御守りが必要だな」
義勇はいつも通りの無表情で呟くが、内心では喜びに満ち溢れていた。
同門の妹弟子が身籠ったのだ、これが嬉しくない筈がない。
「南無……新たなる命を授かるとはめでたい限り……」
行冥は両手で数珠をじゃらじゃらと鳴らし、両目から涙を流す。
「「…………………」」
楓の発言が衝撃だったのか、小芭内と実弥は声も無く固まっている。
「改めておめでとうございます、楓。姉さんと真菰を幸せにしてあげてね」
楓の隣に座るしのぶが、そう言ってから微笑んだ。
それぞれの反応が落ち着いた頃、あまねがコホンと咳払いをして話し出す。
「御三方は先日、当主耀哉に報告に来て下さいました。現在、鱗滝様と胡蝶様のお腹の中に御子さんがいらっしゃることに。――当主耀哉も、大層喜んでおいででした」
その時蜜璃が「ハイ!質問です」と楓に問いかける。
「楓君たちって、式は挙げてなかったわよね?」
「そうですね。まあ、
だが蜜璃が言うには「女の子は白無垢を纏うのが夢でもあるのよ」とのこと。ならば、何所かのお店で貸し出して貰って、写真に収めるか。と、内心で考えを出す楓である。
ともあれ、一通りの質問が終えるとあまねが退出することになり、帰ろうと席を立とうとした義勇を楓が残らせ、柱たちで輪を作り向き合った所で行冥から提案が出た。
それは――柱稽古というものだ。普段の柱たちは、継子以外には稽古をつけなかった。
理由は単純、多忙の身であるからだ。
柱は警備担当地区が広大な上に、鬼の情報収集や自身の稽古、その他にもやることが多かったのだ。
しかし先も述べた通り、禰豆子の太陽克服以来、鬼の出現がピタリと止まっている現在、柱は夜の警備と日中の稽古のみに焦点を絞ることが出来るのだ。
「総力戦となる以上、隊員たちの実力の底上げは必要だ。やり方は各々に任せるが、内容は極力重ならない方が良かろう」
「ンなら、稽古内容を決めていこうぜェ」
「そうですね。姉さんたちにも協力を仰ぎましょう」
確かに、真菰は準柱、カナエは元柱だ。
彼女たちの助言は力になるはずだ。
このようにして、柱稽古の内容が決まっていったのだった。
今後の方針としては、楓は痣無し(たぶん)で進めていこうと思います。
それで、楓の稽古内容は“透き通る世界”に関することですね。
一応、柱たちに“透き通る世界”のことは話してありますが、柱の中で入ることが出来ているのは無一郎だけです。ちなみに、入れたのは壺と戦闘時ですね。
あの世界では、鬼に対する殺意とかも消す必要がありますから、次に入れるとしたら蜜璃さんか義勇さんかなぁ。
追記。
真菰ちゃんとカナエさんは、まだ軽い悪阻なので助言程度なら問題ないです。