買い出しを終え蝶屋敷に帰還した時、楓の目線の先に見えるのは、黒い袴に二枚の別種類の布を縫い合わせた羽織。長い黒髪を後頭部付近で一括りにしている。そして、腰から下げるのは日輪刀。名を――水柱・冨岡義勇という。
だが、羽織から見える筈の右腕がない。そう、義勇は無惨戦で右腕を失っているのだ。
ともあれ、楓は義勇が座っている縁側へ向かい、義勇の隣に腰を下ろす
「冨岡さん、お久しぶりですね。定期健診ですか?」
「……そうだ。それに久しいな、栗花落」
そう言った義勇は微笑んだ気がした。
未だに無表情の義勇だが、無惨討伐をしたことにより若干だが喜怒哀楽が見えるようになったのだ。
「冨岡さんは、鬼殺隊士を引退するとこは視野に入れてないんですか?」
現在の義勇は右腕を欠損している。
柱だとはいえ、鬼殺隊士を引退しても誰も文句は言わないだろう。――現に、左腕が戦闘で使用不可能になった楓が鬼殺隊士を引退しているのだ。
「……鬼舞辻無惨が討伐されても鬼は消えていない。オレは、鬼を完全に消し去るまで戦い続ける」
「そう、ですか。でも、しのぶを悲しませたら駄目ですよ、冨岡さん」
「……なぜ胡蝶妹が話題に出てくる?」
義勇は首を傾げる。
なぜ今の話から、しのぶの話題が出てくるのかと疑問符を浮かべているのだ。
「いや、冨岡さんはしのぶに好か――何でもないです」
楓から見えるしのぶは義勇と共に居るだけで一喜一憂が激しいし、時折会話の中で頬を朱に染める。
――これはどう見ても、しのぶは義勇に気があるはずだ。だが、それを楓が伝えるのは筋違いというものである。
「そういえば栗花落。海斗と夏帆は一緒じゃないのか?」
「海斗と夏帆なら蝶屋敷のどこかに居る筈です。多分、炭治郎たちが相手をしてくれているかと」
「……なるほど。オレも相手をしてあげていいだろうか?」
「はい、喜ぶと思います」
楓がそう言ってから微笑む。
それに表に出さない義勇だが、義勇はかなりの子供好きでもある。なので、自身が世帯持ちになったら暴走してしまわないか心配だ。
その時、玄関方向から真菰とカナエの声が届く。
「楓。先に屋敷に入ってるわね」
「夕食の準備を始めるから、早めに屋敷に戻って来てよ」
そう言ってから、屋敷に入っていく真菰とカナエ。
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「……出来た嫁だな」
「俺もそう思います。真菰とカナエは、俺にはもったいない奥さんたちですよ」
楓はしみじみ呟く。
「冨岡さんは、鬼を狩り終わった後どうするか決めているんですか?」
「……胡蝶妹に、鬼を殲滅した後も蝶屋敷で世話になる約束になっている」
「…………本当ですか」
楓は、義勇の発言を聞いて目を丸くした。
聞く話によると、水柱邸は今日を最後にお館様に返上したらしい。ということは、今日から義勇は蝶屋敷に住み込みになるのだ。
「ああ本当だ」
「――冨岡さん。しのぶをよろしくお願いします」
楓が思うには、しのぶが弱音を零せるのは姉と義勇だけだと思っている。きっと義勇は、しのぶの弱さを受け留めてくれるはずだ。
とまあ、つい父親のような発言をしてしまった楓だが……楓の方が一つ年上だし、だ、大丈夫だよね?
「じゃあ、夕食に頂きにいきましょう」
「……ああ」
そう言ってから、楓と義勇は蝶屋敷の中へ入って行く。
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~夕食時、居間~
夕食になり、炭治郎たちは蝶屋敷の居間に集まってテーブル椅子で囲むように着席し夕食を食べていたが、夏帆と海斗が爆弾発言を落とす。
「カナエママ、真菰ママ。私、妹か弟が欲しい~」
「オレは弟がいいなぁ。弟から兄ちゃんって呼ばれて見たいなぁ」
それはそうと、炭治郎たちは早々に夕食を食べ終え「……ご馳走様でした」と言ってから、食器を持って逃げるように流しに向かっている。まあ確かに、この話題から逃げたいのは当然かも知れないが。
「……あ、あはは。ど、どうしよっか、楓」
「……そ、そろそろ、もう一人ずつ考えてみる?」
苦笑する、真菰とカナエ。
……そりゃそうだ。まさか食事中に、夫婦の営みが飛び出すなんて予想外過ぎる。
――時折だが、子供の無知ほど怖いものはないだろう。
「……そ、そうだな。色々と落ち着いてきたし、問題ないはずだ」
楓が遠慮気味に呟いた。
ともあれ、近い将来楓たちは七人家庭になりそうである。
……そうなると、現在の小さな一軒家は引き払い、大き目の屋敷が必要になりそうだ。
あと、二、三話で完結(予定)です。
もしかしたら、柱全員出せないかも知れん(-_-;)