Tales of Willentia テイルズオブヴィレンティア 作:さかなのねごと
メルセディア。古い言葉で【祝福の場所】という意味を持つこの世界は、六つの大精霊が創ったとされている。
第一に、闇の大精霊シャドウがすべてを無垢に還した。
第二に、水の大精霊ウンディーネが生命を与えた。
第三に、地の大精霊ノームが生命を育んだ。
第四に、火の大精霊イフリートが繁栄に手を貸した。
第五に、風の大精霊シルフが行くべき道に導いた。
第六に、光の大精霊レムが行き着いた魂の善悪を裁いた。
レムによって裁かれた魂は、シャドウによって無垢に還る。そうして巡る世界に精霊が生まれ、理が正され、最後に、大精霊の眷属たる六つの種族が生まれた。
シャドウの眷属たるシェド。
ウンディーネの眷属たるディーネ。
ノームの眷属たるノーマン。
イフリートの眷属たるイブリス。
シルフの眷属たるシルフィ。
レムの眷属たるレムリア。
ーーそれぞれの大精霊の祝福を受けた彼ら六の種族が、それぞれの力を持ち、それぞれの役割を担い、ともに生きていく。
それがこのメルセディアだった。
それがあるべき世界の姿だった。
あるべき世界の姿ーーだったはずなのに。
「……どうして……」
呆然と呟く。そこはもう、終わりに瀕した世界だった。
優しい夜の守りだった暗闇は、貪欲に光を貪った。
大いなる生命の源だった海は、荒れ狂い大地を呑んだ。
大地は引き裂かれ、底知れぬ奈落への口を開けた。
火は業火となり、築き上げてきたすべてを灰と化した。
緩やかな風は変貌し、すべてを薙ぎ倒した。
先行く道を照らしていた光など、もはやどこにもない。
「どうして、こんなことに……」
ゆるゆると首を横に振る。受け入れがたい世界の終わり。しかし彼にとって一番受け入れがたく、許しがたい現実は、視線を落とした先にあった。
自身の腕の中に、横たわる少女。血の気が引いた白い顔にも、散らばった髪にも生気が感じられない。どこか色褪せた彼女の、その胸元だけが血に溢れて鮮明に赤く、少年の瞳がふるりと震えた。
「……ああ……」
慟哭は掠れて、言葉にならなかった。泣き叫ぶような気力さえ、今の彼の体には残されていない。ただ腕の中の少女を掻き抱いて、強く目を閉じる。そのまなうらに今までの思い出がよぎった。あたたかく、優しかったはずのその記憶は、誰よりも何よりも、凄絶に彼を苛めた。
「……ぼくのことなど、放っておけばよかったんだ」
長い沈黙を破って吐き捨てられたその言葉は、単なる自棄ではない、確信めいた後悔に満ちていた。
「きみが傷つくくらいなら、」
「きみが泣いてしまうくらいなら、」
「きみの未来が絶たれるくらいなら、」
「ーーぼくを、見捨ててくれたなら……」
それは懇願だった。荒れ果て、今にも崩壊してしまいそうな塔の上で響くのは、その声だけ。悲痛なその音は細く、しかし、抑えきれない決意と熱があった。
「ぼくをもう、見ないでくれ」
「その目をどうか、開けてくれ」
「ぼくの手を、放してくれ」
「別の幸せを掴んでくれ」
「ぼくのことで、泣かないでくれ」
「どうかまた、笑ってくれ……」
切々と紡がれる願いは、ただ降り積もっていく。それに返る声はひとつもなくなってしまったけれど、それでも彼は言い募った。
「もう、ぼくを、諦めてくれていい。……いいんだ」
諦念は、ある種の許しで、優しさだった。
そんな優しさで、世界は、終わろうとしていた。
Tales of Willentia テイルズオブヴィレンティア
ーーそれは、貫く意志の物語。