Tales of Willentia テイルズオブヴィレンティア   作:さかなのねごと

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第1部 巡りの旅路
第1話 いつもの研究所


 

「いい?よく見ておいてね」

 

 青みがかった黒髪を高く結い、赤い瞳で微笑んだ女性は、少女の眼前で一つのカンテラを掲げてみせた。鬼灯の形を模した器の中に、赤い宝石が転がっている。

 ……これはなんだろう?と首を傾げた少女は、次いで瞠目した。女性が指先で術式をなぞった途端、カンテラに光が灯ったのだ。

 

「わあ……!」

 

 赤や橙の輝きを受けて、少女の琥珀色の目が煌めく。よくよく見れば、カンテラの中の赤い宝石から光が放たれているのがわかる。

 

「かあさま、かあさま!すごいです、ほうせきがきらきらしてます……!これはなんなのですか?」

「さすが私の娘!目の付け所がいいわね」

 

 きゃらきゃら笑う少女を抱き締めた女性は、誇らしげに微笑む。こほん、と勿体づけた咳払いを一つして、解説を始めた。

 

「これは宝石ではなくて、心臓石(ヘルツ)というの」

「へるつ?」

「そう、心臓石(ヘルツ)。高密度のムジカの結晶体で、魔導機関の動力になるのよ」

「ムジカ……なのですか?これが?」

「ムジカは本来、世界中を漂う不可視のエネルギー……けれど、たくさんたくさん集まると、こうやって石の形になるの。それが、」

「へるつ!」

「そう!」

 

 正解!と、母子は頬を寄せ合って笑い合う。その体勢のまま、女性は声を低めた。少女にはわからないよう、そっと、目蓋を伏せる。

 

「……これは、母様が作ったものよ」

「かあさまが?すごいです!すてきです!」

「そう、……そうね。凄いものよ。素敵なものよ。これさえあれば、響術が使えない人でも、生活が楽になる」

 

 微笑みは、どこか寂しげだったけれど、それでも瞳は強い意志を携えていた。

 

「私は、これが正しいと思って作った。みんなの力になると、助けになると思って、選択したの」

「……かあさま……?」

 

 ここでようやく母の違和感に気づき、少女が首を傾げる。心配そうな娘の眼差しに、母はぱっと瞳を明るくして笑った。

 

「まあ、まだあなたには難しいことはわからないよね」

「は、はい……まどうきかん?とかは、わからなくて」

「仕方ないわ。しょんぼりする必要もない。わからないことは、これからわかっていけばいいの!」

「これから?」

「そう!あなたはまだ3歳なんだもの。これからいっぱい勉強して、たくさんのことを経験して、そうしてわかっていけばいい」

「……っはい!」

 

 少女は、娘は笑った。母が示してくれた未来が明るくて、母が、自分の未来を信じてくれた気がして、嬉しくて。

 

「わたし、もっともっとがんばって、すてきなまどうきかんをつくってみせますね!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ーースハ、アスハ!なにボーッとしてるんだ!」

 

「え、……あ!」

 

 呼び掛けられた少女ーーアスハは、はっと我に返った。同時に目の前の魔導機関から火が出ているのに気づき、慌てて術式に触れて動力のスイッチを切る。火は名残惜しそうに揺らめいていたが、程なくして消え去った。アスハはほっと胸を撫で下ろすとともに、やってしまった、と眉を寄せる。

 

「ごめんなさい、叔父様」

「気にするな。おまえに怪我が無ければいい」

「ですが、せっかく頂いた材料を、心臓石(ヘルツ)を無駄にしてしまいました」

 

 切れ長の目を伏せて、しゅんと頭を下げるアスハに、彼女の叔父である東雲ナギは微笑んだ。仕方ないな、と言わんばかりの優しい苦笑のまま、姪の肩に手を置く。

 

「さて、アスハは何を作ろうとしていたんだ?」

「!はい、叔父様!これは以前の携帯カイロを改良しようとしたものでして、熱を持つ時間をより長くしようと心臓石(ヘルツ)の大きさや強さ、術式を変えてみた、の、ですが……」

「この様子だと、出力が強すぎたんだな」

「……その通りです」

 

 研究の品を問われて生き生きとする様も、今度はどうすればいいだろうかと考察する表情も、彼女の母親に本当によく似ている。ナギは心の内でこっそり思ったのを誤魔化すように、そういえば、と無精髭を撫でた。

 

「アスハ、秋茜の林道に、渡りのヒノコ鳥が来ているのを知っているか?」

「はい。本来ならば火山付近で翼を休めるはずの魔物ですが、林道に降りて来てしまっていて……そこで木の実を食い荒らしてしまっていると」

「そうだ。城からも討伐隊が出されていたな」

 

 首肯するアスハに、ナギはそこで、と提案する。

 

「もしよければでいいんだが、2、3匹ほど狩ってきてくれないか?魔物の中でも最弱の部類で、そいつの心臓石(ヘルツ)が、今おまえの作っているカイロにぴったりだと思うんだが」

「!はい、行って参ります!」

 

 ぱっと目を輝かせて立ち上がるアスハに、まあ待てと再びナギは苦笑をこぼす。

 

「急いては事を仕損じる、というだろう。いくら弱いと言えど魔物は魔物。怠りなく準備する必要がある。わかったな?」

「、はい」

「よし。ではこれを持っていけ」

 

 そう言ってナギがアスハに手渡したのは、手のひら大の巾着袋だった。絞り紐には黒い闇属性の心臓石(ヘルツ)、青い水属性の心臓石(ヘルツ)に加え、赤い火属性の心臓石(ヘルツ)がついている。

 これは?と視線を向けたアスハが口を開くよりも早く、ナギがにやりと口角を上げた。

 

「これは俺が発明した、名付けて【無限巾着】だ。影を通じて空間を操るシェドの技術を応用していてな、巾着の中は無限の空間に繋がっていて、簡単に言ってしまうとーー何でもいっぱい入る」

「何でもいっぱい入る」

「そうだ!その上、食材なら食材、武器なら武器、それぞれが良い状態で保存できるように温度調整も可能。そして、この心臓石(ヘルツ)に刻まれた術式を操作することで、自分が望む道具を即座に取り出すことができる!」

「!そのシェドの技術を闇属性の心臓石(ヘルツ)で、冷蔵庫に使われている調整機能を火と水の心臓石(ヘルツ)で再現したのですか」

「その通りだ!これを完成させるまでに、どれほど徹夜したことか……!……、…………すまん、また我を忘れた」

「いいえ、構いません」

 

 そこまで話してようやく、自分が熱く語りすぎていることに気づいたナギが謝罪したが、アスハは事も無げに笑った。普段落ち着いている叔父が発明品に関するとこうなるというのはよく知っていたし、何より、研究に対する情熱が感じられて、アスハは嬉しかったのだ。

 

「叔父様がいつも通りで、なんだか嬉しいです。また御髪の先が炎となっていましたよ」

「……それを言うなら、アスハ。おまえだってさっき毛先が燃えていたぞ」

「え、」

 

 アスハはひとつに結われた自身の髪をつまむ。そこには確かに熱の残りが感じられて、またやってしまったか、と彼女は苦笑した。

 アスハたちはイブリスという、大精霊イフリートの眷属である。彼らは火の精霊の祝福を受けているとされ、髪か目が赤色になるという特徴を持ち、感情が昂ると褐色の肌と炎の髪を持つ姿に変じるという。

 それ故か、生まれたときから『常に理性を保て』と教えられ育てられたアスハは、自身の緋色の髪をつまんで眉を下げる。そんな姪を見て、ナギは赤色の目で微笑んだ。

 

「まあ気にするな。これはある意味、研究者としてのサガというものだ」

「……そうなのですか?」

「ああ、おまえの母もそうだったからな」

 

 思わず口からついて出た呟きに、ナギははっとしたが、

 

「……ならば、嬉しく思います」

 

 それを聞いた彼の姪は、小さく、しかし嬉しそうに口許を綻ばせていた。

 

「さて、それではそろそろ秋茜の林道へ向かいます」

「、ああ。くれぐれも気を付けるように」

「はい、叔父様。……行って参ります!」

 

 アスハは綺麗に一礼をして部屋を出ていった。とんとんとん、と階段を下りる足音が遠ざかる。ナギがゆったりと窓辺に近寄ると、ちょうど窓下にアスハが駆けて行く姿を捉えた。

 真っ直ぐな緋色の髪は、青みがかった黒髪とは似ても似つかない。目の色だって琥珀色と赤色でそれぞれ違った。それでも、

 

「……瞳の輝きは、同じだな……」

 

 妹も、イザナもそうだったと、ナギは懐かしむように目を閉じた。まなうらには、快活に駆け回って研究に勤しんでいたイザナの笑顔が映り込む。

 イザナが亡くなってから、早15年。彼女が残した忘れ形見ーーアスハを思い、ナギは微かに息を吐いた。

 

 

 

第1話 いつもの研究所 了

 

 

 


 

 

スキット『心配性な叔父様』

 

アスハ「【無限巾着】か……とんでもない技術を詰め込んだ品だな。確かに便利だが、本当に貰ってしまってよかったのだろうか」

 

アスハ「……うん?なにか入っている?」

 

アスハ「……アップルグミが10個に、オレンジグミが5個。それにパナシーアボトルまで……」

 

アスハ「……相変わらずだな、叔父様は」

 

 

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