Tales of Willentia テイルズオブヴィレンティア   作:さかなのねごと

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第2話 斜陽の異変

 

 

 歩みを進める度に、かつんかつんと石畳の音が響く。アスハはぐるりと視線を巡らせて、今となっては通い慣れた学研街の街並みを見渡した。

 創造と繁栄を司る、火の大精霊イフリート。その眷属であるイブリスもまた、種族柄というべきか、創造に情熱を傾けるものが多い。ここ皇都アマテラスにおいては特にその特徴が顕著であり、数多の研究所が建ち並び、数多の研究者が集う学研街が存在する。つまり、

 

「……ぃいやったあああ!!ついに成功したぞ!!」

 

「うあっわああああ動かない!?動かないなんで!?さっきまで動いたのに!!?」

 

 ……こういった研究に関する悲喜こもごもが、ありとあらゆる研究所から聞こえてくるような、そんな喧騒に満ちた場所だった。いつも通りだな、と笑いながら、アスハは歩みを進めて目的の路面電車に跳び乗った。

 人々を乗せて走るこの路面電車も、街を照らす街灯もーー数えればきりがないくらいに、魔導機関は人々の生活に根づき、それを支えている。アスハが視線をやった先では、屋台から買った焼き芋を手にほくほくと頬を綻ばせる子どもたちの姿がある。そんな姿が、今はもう当然のものなのだ。

 

「……母様。今日もまた、魔導機関は人々を助けています」

 

 空を仰いで呟いた声は、雑踏の中に溶けていった。

 

 

ーーー

 

 

 路面電車でたどり着いた町外れからしばらく歩くと、建物が建ち並ぶ街並みから、木々の覆い繁る山道へと景色が変わっていった。ひらり、ひらりと舞い落ちる葉は、鮮やかな黄や赤に染まっている。イフリートの影響でそうなっているのだと、そう聞いたのが随分昔のことのように感じる。

 

「秋茜の林道……来るのは久しぶりだ」

 

 誰とはなしに呟いて、アスハは腰に差した刀に手を置いた。風が木々を揺らす音に混じって、なにものかが息をひそめてこちらを窺っている気配がする。獣か、ーー魔物か。

 呼吸を整えて踏み出したアスハを、猪型の魔物・ボアが出迎えた。その後方で翼をはためかせ火の粉を散らしているのは、件のヒノコドリだ。羽根は黄色から赤色のグラデーションに彩られ、燃えるように煌めいている。

 

「さっそくのご登場だね」

 

 すらりと刀を抜き放ち、上段に構え、切っ先を相手に向ける。ふッと短く息を吐き出すと共に、刀を大きく振り抜いた。

 

「魔神剣!」

 

 生み出された衝撃波は地を這い、落ち葉を撥ね飛ばしながらボアに直撃する。痛みと怒りの声を上げてたたらを踏むボアに、アスハは肉薄して刀を振るった。振り下ろし、横に薙ぎ、そして三の太刀筋で。

 

「虎牙、破斬!」

 

 斬り上げて、斬り下ろす。その剣技を受けたボアは倒れ、光の粒となって消えた。残されたのはムジカの結晶体ーー心臓石(ヘルツ)のみ。

 それをちらりと視認するや否や、アスハは刀を体の前に構えてヒノコドリの嘴を防いだ。戦いはまだ終わっておらず、火の鳥は敵意に体を燃え上がらせて再びこちらを狙っている。アスハは刀を構え直し、駆け出した。敵の懐に駆け込み、低い体勢から上空に向かって刀を跳ね上げる。

 

「ーー昇舞!!」

 

 刀は綺麗に回転しながら上昇し、ヒノコドリに斬りかかる。刀が回転しながら落ち、再びアスハの手に戻った時には、ヒノコドリもまた地に落ちていた。ぼう、と体が炎に包まれたかと思うと、光の粒子が散らばり、淡い赤色の心臓石(ヘルツ)が転がっている。

 

「これが、叔父様の言っていた心臓石(ヘルツ)……」

 

 刀を鞘に収め、心臓石(ヘルツ)を手にとったアスハは、それを陽の光に翳してみた。3cm程しかない小さなもので、淡い陽炎のような揺らめきが石の中に見える。そこまで強い力を持っているわけではないが、確かにカイロにはぴったりかもしれない。うん、と頷いて、アスハは心臓石(ヘルツ)を無限巾着の中にしまった。先ほどのボアのものも忘れずに。

 戦闘があったのが嘘のように、秋茜の林道は常の静けさを取り戻していた。しかし道の先には、まだ幾つかの気配を感じる。油断するには早いな、と、アスハは気を取り直して進み出した。

 

 

ーーー

 

 

スキット【不在のあのこ】

 

アスハ「そういえば、一人での実践なんて何年ぶりだろう?」

 

アスハ「鍛練でも実践でも、いつもユニがいてくれたから、何だか変な感じだ」

 

アスハ「……ユニ。勝手に一人で戦った、なんて知ったら怒りそうだ。これは言わぬが花、というやつだね」

 

 

ーーー

 

 

「……これでお仕舞い、だ!」

 

 鋭く刃を振り抜いて、魔物が心臓石(ヘルツ)に還ったのを確認すると、アスハは刀を収めた。心臓石(ヘルツ)を拾い上げながら、ふう、と息を吐く。これでヒノコドリの心臓石(ヘルツ)は5個集まっていた。

 

「こんなものかな、そろそろ引き上げるか」

 

 辺りを見渡してひとりごちる。魔物との戦いを経て、気づいたらだいぶ奥まったところまで来ていた。これより先に進むと、より険しい登山道が、そしてイフリートが住まうとされる霊峰ホノアカヅキがある。その辺りにはここよりも強い魔物が棲息しているのだとか。

 ……自分の力量を過信して進むことなど、アスハにはできない。しかし、ふと頭によぎったことがあって、彼女は霊峰を見上げながら呟いた。

 

「そういえば、ヒノコドリは元々、火山近くで羽根を休めていたのだったね」

 

 それが今季に限って、このような麓近くまで下りてきてしまったーーその理由は何だろうかと、アスハは思考に目を伏せた。

 木の実を食い荒らしているということは、食料を求めて下りてきたということ。食料を求めて、ということは、火山近くでは食料が取れなくなったということ。食料が取れなくなったということは、何らかの要因で、火山の環境が変わったということーー。

 そんな風に考えに耽っていたものだから、アスハは気づくのが遅れた。気づいた時には、遅かった。

 

「ーー!?」

 

 ざわりと、肌が粟立つような感覚。この場に在る存在が、ムジカのすべてが歪められてしまいそうな蠢き。それらを感じ取って瞠目したアスハに、大きな影が襲いかかった。

 

「っ!う、ぐ……ッ」

 

 咄嗟に刀で防御したアスハだったが、勢いは殺しきれず、吹っ飛ばされて後方の幹に叩き付けられる。崩れ落ちそうな体を奮い立たせ、ふらつく足で立ち上がった彼女は、それを見た。

 それは一見、赤黒い炎だった。見上げんばかりの巨大な体躯が、赤黒い炎に包まれている。熱気によく目を凝らしてみれば、それが鋭く太い牙を備える大猪だとわかった。しかし猪とはいえ、先ほどのボアとは体躯も放つ殺気もまるで違うーームジカの歪みもまた、そうだ。

 

(……ムジカとは、時と命を司る力。それが歪められてしまうと、在るべくして在る存在が歪められる)

 

 幾度となく教わってきた世界の理を、脳裏で反芻する。

 

(ムジカが歪んだ存在をーー魔物と、呼ぶ)

 

 魔の物、と称されるのも納得の禍々しさだった。その場にいるだけで他の正常なムジカまで歪んでしまいそうなほど、強烈な不協和音を放っている。

 アスハは刀の柄を強く握り締めた。ひりつくような熱気と緊張感から、こめかみに汗が伝う。油断などない。全神経を集中させている。それでもなお、この強大な魔物をどうにかできる気がしなかった。

 

(こいつは他の魔物とは明らかに格が違う。今の私では、倒すことなどできはしない……!)

 

 自分の力量を過信して戦うことなど、アスハにはできない。……それでも、ただ背を向けて逃げることもまた、彼女にはできなかった。できない理由があった。

 

(もし私が退いて、この魔物が林道を下りてきてしまったら……、)

 

 ーー皇都に下りてきてしまったらどうなるかは、想像に難くない。それを思えばこそ、アスハは意を決した。

 

「……こっちだ!!」

 

 わざと大声を上げて、わざと足音を立てながら、アスハは火山へ続く登山道へと向かった。人里とは反対方向へと魔物を誘導するために。魔物は彼女の思惑通りに視線を巡らせて、

 

「グオオオオオッ!!」

 

 敵意に満ちた雄叫びを上げ、突進してきた。直進的な動きを何とかかわして、アスハは走りながら刀を振るう。

 

「っ魔神剣!」

 

 少しでも機動力を奪えればと、地を這う衝撃波を放ちながら逃げ回る。そんなアスハの考えは理にかなっていて、足を傷つけられた魔物は次第に動きに精彩を欠いていく。これを続けていれば、いずれ魔物はその足を止めただろう。ーー圧倒的な力の差が無ければ。

 

「ッグウアア!!」

 

「!? っう、わ!」

 

 大猪の巨躯が立ち上がり、高く振り上げられた前足が下ろされ大地を揺らす。それに足をとられたのは一瞬。されどその一瞬の隙に、大猪の突進がアスハの体を撥ね飛ばした。ぐらりと視界が反転し、高く飛んだ体は地面に激しく叩き付けられる。痛みと衝撃に詰まる喉から血が溢れた。

 そんな獲物を前に、まるで舌舐めずりするかのように喉を鳴らしながら、大猪は歩みを進める。どしん、どしん、と近付いてくる足音。一刻も早く立ち上がって逃げねばとは、アスハにも勿論わかっている。しかしどれほど力を振り絞っても、更なる痛みがやってくるだけで、ちっとも体は動いてくれない。

 

「……っ立て、歩け、動いてくれ……!」

 

 痛みを押し殺そうと奥歯を噛み締め、地面に爪を立てて、アスハは立ち上がろうとする。何度も、何度も、何度も。繰り返し体を叱咤し奮い立たせるも、何も、変わらなかった。

 

「……っ、」

 

 何も変わらず、自身は地に転がるだけ。魔物との距離だけが、どんどん縮まっていく。

 

「……ここまで、かな……」

 

 焦燥は次第に、諦めへと変わる。自分の限界を悟り、自嘲の笑みが頬にのぼる。どしん、どしん、と。もう耳のすぐそばで聞こえる足音に、アスハは静かに目を閉じた。

 人生なんてものは、こうも呆気なく終わるものなのだな、と。そんなことを考えて、彼女は刀の柄から手を離す。

 

 

 

 ーーその時、魔物の咆哮が空気を震わせた。

 

 

 

「……え……?」

 

 アスハが驚いたのは、その魔物の声が苦痛に満ちていたからだ。呆然と呟いたアスハは、次いで視界に飛び込んできた光景に目を見開く。

 赤い炎。そう錯覚させるほどに鮮やかな深紅の髪が、動きに合わせて靡いている。長大な太刀を軽々と振るう彼の向こうで、あの大猪が地に沈み、光の粒子となって消えていく。それを見届けた彼の人が、チン、と太刀を鞘に収める音だけが、やけに大きく響いた。

 そうしてアスハを振り返る。長い深紅が尾を引くように揺れる。アスハを見据えるその目は、青と黒の入り雑じった深海の色をしていた。

 

「アスハ。ーーこんなところで、何をしている」

 

 静かに深い、冷ややかな海の色に見下ろされて、アスハは喉を震わせた。

 

「……ミカゲ、兄上……」

 

 この火の皇国の第一皇位継承者。一の妃の令息。そして、ーー自身の腹違いの兄であるミカゲの名を呼んで、アスハはふつりと糸が途切れるように、その意識を手放した。

 

 

 

第2話 斜陽の異変 了

 

 

 

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