アラン,心配される.
「お嬢様、朝餉の準備ができました」
屋敷しもべ妖精は扉をノックした後、部屋の中にいる少女に声をかけると姿をくらました。
「家か……」
少女は寝ぼけ頭で昨日自分がホグワーツから帰ってきたことを思い出した。
窓の外を眺めると鬱蒼と茂った森林が目に入る。少女の部屋は簡素であり、ものがほとんどない。目立つものといえば本が敷き詰められた一つの棚だろう。棚には本が100冊ほど並んでいるが、大判の本の隣にコンパクトな本があるなど見栄えは良くない。機能性を重視してタイトルの昇順の配置になっているのだ。
少女は部屋を出ておそらく親が既にいるであろう居間ヘ向かう。
「おはようございます。父上。母上」
「おはよう。愛しのソフィア」
声を掛けた男は背丈が1m80cmほどもあり、冷たい目でいかめしい表情をしていた。
「良い学校生活を送れているようだな。ソフィアの活躍は人づてに聞いている」
「さすがですねソフィア。貴方なら首席は間違い無いでしょう」
つやのある黒髪の線が細い女性が答える。
私は手紙を送っていないんだがな。他の生徒が近況でも送っていたのだろうか。
「このまま気を抜かなければソフィアなら首席を取るだろう。私の周りでもこの娘ほど才能を持つ者を知らない」
「私もとても楽しみですわ」
「ありがとうございます」
男は落ち着き払った様子で口を開く。
「……学校の様子はどうだ」
「どういう意味ですか」
ソフィアは父の意図を読みながらも確認する。
「……お前なら分かっていると思うが、今魔法界は二分されている。我が一族から向こうに行ったものも多い……ホグワーツは本当に安全と言えるか」
「はい。ホグワーツは世界一セキュリティの高い城と言われるだけあって守り手である教員たちの水準が高いものと言えます。さらにホグワーツを安全な場所たらしめるのはロウェナ・レイブンクローをはじめとする賢人たちの仕掛けでしょう。父上が心配する必要はありません」
ソフィアは問いに対して即答する。
「そうか……」
男はそれを聞くと神妙な面持ちをして黙り込んだ。男の重い雰囲気がセルウィン家ではよく見られる。だが誰もそれを心地悪いものであるとは思っていない。男は思慮深く浅はかではなかったからだ。
——世界は退屈だ。
私は物心ついた時からおおよそのことができてしまった。喜ばしいことなのだろうがそう思うことができなかった。当たり前にできることを当たり前にやるだけで親を含め周りがちやほやするのだ。ある時からはそういった扱いに辟易するようになった。私の家が純血であるため他の純血の子とも交流をしたが打てば響くような会話を楽しむことは一度たりとも無かった。曖昧に笑ったり、おべっかを使ったりばかりしてつまらない。
と言っても別に周囲に大きな不満があるわけではない。親は面倒を見てくれるし、欲しいものがあればすぐに取り揃えてくれた。周りもプライドは高いもののおそらく性格がいいと言われる部類なのだろう。ただ心の奥のわだかまりが気になるだけなのだ……
だが最近はこの感情が薄れる時が度々ある。驕りではないが私は学校でもずば抜けた才を持っているのだろう。しかし才を持つのは私だけではなかった。ラーネッドさんはきっと私に匹敵するほどのセンスを持っている。それに同い年とは思えないほど、理解力の高い生徒もいることが分かった。対等に語れるものがいるのが楽しいと知ったのはホグワーツに入ってからだ……新学期も期待できそうだな。
————
「「「Happy New Year!!」」」
クリスマス休暇が開けるとホグワーツにまた賑わいが戻る。
「やっと学校始まったわね!休み長すぎよ!」
アンバーは久しぶりにホグワーツに戻るということで、特急で会った時からテンションが高かった。
「そうだな。たった1週間くらい休んだだけだけどな。俺はもう少し休みが長くてもよかったぜ」
ホグワーツは全寮制の学校でありクリスマス休暇になると生徒たちは実家に帰るのだ。イギリスではクリスマスを家族と共に過ごす文化が根付いているためである。
「家よりもホグワーツの方が刺激的で最高だわ!」
「家もいいけどみんながいる学校もいいよねー」
アランはクリスマス休暇中はホグワーツの勉強から離れてエリザとのんびり過ごしていた。家族にホグワーツでの出来事を話すと、みんな楽しそうに聞いてくれた。エリザは一刻も早くホグワーツに通いたそうにうずうずしていたのが記憶に新しい。
「アランー、悪いんだけどさ休み中の課題ちょっと見せてくれない?」
アンバーが何気ない風にアランに尋ねる。
「やってきてないのか?」
「魔法薬学と薬草学はやったけど、変身術のはちょっとめんどくてさ……見せてよ!別に減るもんじゃないんだから」
「はじめのうちから宿題をやらないとすぐ落ちこぼれるぞ」
アランは呆れながら言った。
「あたしは頭がいいから落ちこぼれになんてならないわよ。それにこんな宿題をちまちまやるより楽しいことはいっぱいあるわ!あたしの時間は宿題なんかに使ってられないのよ」
「たいした自信だな……見せてやるけど学年末試験の時に後悔するなよ」
「ありがとう!あんた大好きだわ!」
アンバーはアランにハグをする。
「アラン、僕もやってきたんだけど気になるところあるから聞いていい?」
アイザックも少しためらいながら聞く。
「もちろん、お前は毎度しっかりやってくるからな」
「いつもありがとう!」
「あたしの時と対応が全然違うじゃない」
アンバーは不満げに言った。
「当たり前だろ。なんでかはその優秀な頭脳を駆使して考えてみろ」
アランがそう言うとアンバーはいきなりゴブストーンの球をポケットから取り出して投げつけてきた。
「生意気なことを言うわね!あんたなんか臭くなっちゃえ!」
「おい、それが人に物を頼む態度か!宿題見せてやんないぞ」
「うるさいわね。あんたが見せてくれなくても勝手に見るからいいわよ」
なんてやつだ……ここまで押し付けがましいとは……
「見れるもんなら見てみな。俺は全力で阻止するけどな」
「上等よ!」
アンバーはアランからカバンを奪おうとするもなかなかうまくいかない。アンバーは次第にゴブストーンの球に加えてよく分からない爆音の鳴るペイントボールも投げまくるようになった。するとマクゴナガルが青筋を立てながら騒ぎに駆けつけてきた。
「新年早々何をやっているのですか!マクミラン、ジュール!」
「げっ、面倒臭い人に見つかっちゃったよ」
「お前が周りに迷惑かけるからだろ」
アランとアンバーが争っている間にアイザックはしれっと避難していた。こういうところは抜け目がない。
「ハッフルパフとレイブンクローから5点減点!」
「先生5点もですか!なんとかまけてくださいよ」
何言ってるんだこいつは……。火に油をそそぐような真似を。
「マクミラン口答えするんじゃありません!」
マクゴナガルは「1年生でこれですか、この先のことは考えたくありませんね……」とつぶやきながら去っていった。
「アラン、ごめんねー。ついでにあんたの所の寮からも減点されちゃって」
アンバーは反省の色を見せずけらけら笑っていた。
「はぁ、悪乗りをしたと思うならやめてくれよ。別にいいさ。お前と付き合う友人税みたいなもんだろう」
「さすがアラン、分かってるわね。でも楽しいからやめられないわ。今日の夕飯後に宿題見せてね」
アンバーは機嫌良く自寮に戻って行った。
なんともしたたかなやつだな……
「Happy New Year、アラン。賑やかだな」
アンバーと代わり今度はソフィアが一人で近づいてくる。
「今年もよろしく。いつも通り賑やかさ。早速減点をくらったけどね」
「ふふ。君はトラブルメーカーなのかな」
「トラブルメーカーは俺じゃなくてあいつだよ。それはそうと今年はお前に負けないぜ。去年は初めてのことだらけで面食らったがな」
「『負けない』か……楽しませて欲しいものだな。ところで君はフリットウィック先生と何かやっていたようだが?」
ソフィアは去年妖精の呪文学の後にアランがフリットウィックといつも話していたことが気になっていた。
「実は今研究してて、それをフリットウィック先生に手伝ってもらっているんだ」
「研究?」
ソフィアは全く理解できなかった。研究をするという行為が思いもよらなかったからだ。
「ああ、少し気になる事があってフリットウィック先生に質問したら興味深いと言って勧めてくれたんだ」
「すまない。研究ってどういう行為かよく分からないんだが」
アランは学術的な研究という言葉が子供にはあまりイメージできないことを理解する。ソフィアはやけに大人びているため、つい相手も理解できるものと思ってしまっていた。
「そういう事か。『変身現代』とか読んだ事ないか?」
「読んでいる。あの雑誌は我が家で定期購読しているからな」
「なら話が早い。『変身現代』の最初の方にはまずいろんなテーマが1ページずつ二段組で書かれているだろ。レジュメと言われていて研究内容を要約したものだ。雑誌の後ろの方は各テーマについての詳細が10ページほどで書かれていると思うが、あれは研究の内容をまとめた論文だ。要は論文として載せるようなことを実験したり理論立てしたりするのが研究とだ思ってほしい。どうだイメージできたか?」
「ああ、理解した。君もあれを読んでいるとは……研究か、すごいな、自発的に行動しているのか」
「そう言ってもらえると嬉しいね。巡り合わせがよかっただけだよ。ソフィアもそのうちやることになるだろうよ」
ソフィアは俺よりも魔法に関してセンスあるしきっと面白いこと発見したりするんだろうな。楽しみだな。
「アラン。もしよかったら君の研究を一回見てみたいんだがいいだろうか?」
ソフィアはまるで断られる事なんて考えていないかのようにきっぱりと尋ねる。
「見学したいってこと?うーん、多分まだ世に出てないことだから本当は良くないんだろうけど今回だけ特別にいいぜ。フリットウィック先生に聞いてみるわ」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
————
フリットウィックには最近楽しみがある。それは将来性のある自寮の新入生の研究を手伝うことだ。新入生は自分に無い視点を持っているため、会話中に新たな発見などがあるのだ。
「フリットウィック先生、今日は見学を許していただきありがとうございます」
「いいんだ。ミスター・ジュールがいいって言うからね」
ソフィアはフリットウィックに許可をもらったのちアランの研究室に訪れた。
「先生。今日もよろしくお願いします」
「うん。年末に考えていたプランはどうなったのかな」
「はい。当初の仮説は呪文の発動時間が杖の種類に依存するというものでした。そこでこの依存関係を定式化することを目標にして実験系を組もうと考えました。しかし休暇中に杖について調べると世の中の杖はあまりに多くの種類があることが分かったため、杖の種類全般に注目するのは得策ではないと判断しました。杖の要素ですが本体の材質、芯の材質、長さなど様々なものがあります。現状イギリスではオリバンダーの店で杖を入手する人が多いのですが、オリバンダーさんに話を伺ったところ杖の材質だけでも40種類以上あるそうです。ゆえに杖の種類を軸にデータを集めるのは困難だと思います」
「なるほど。確かに同じ材質、同じ長さの杖を持った人を10人集めると言っただけでもそう簡単にはいかないだろうね。ではどうすればいいと思うかい」
フリットウィックはアランの分析を聞き楽しそうに問いかける。
「仰る通り同じ条件下で十分なデータが得られるとは到底思えません。そこでまず今回の目標の下位目標について予備実験を行いたいと思います。具体的には芯の材質に注目するのです。オリバンダーの店では杖本体の材質を多数扱うのに対して、芯材はユニコーンの毛、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の羽根のわずか3つのみを扱っています。ですからまずは芯材という属性間で発動時間に差が出るかを見ていきたいと思います」
「ほう、素晴らしい!確かにその方法だったらデータ数が膨大にならないし協力者を集めやすいね」
ソフィアは二人の話を黙り込んで聞いている。
「ではより細かい実験系の話に入ります。本当は長さや本体の材質も芯材ごとに揃えたいのですが、ワンドレス・マジックを使用できる被験者を集めるのが困難であるため、そこは断念して行おうかと思ってます。その二つの要素を断念した場合でも被験者数は6の倍数でないといけません」
ここでフリットウィックが口を挟む。
「6の倍数?芯材の材質は3つだから被験者の数は3の倍数じゃないのか?」
「私もそう思うぞ。どうして6の倍数だと思ったんだ」
ソフィアもここまでは特に発言が無かったが疑問を素直に呈する。するとアランはしばらく黙ってから口を開く。
「カウンターバランスですよ」
「なんだいそれは?」
非常に嫌な予感がしたがやっぱフリットウィック先生はカウンターバランスを知らないか。おかしいと思ったんだ図書館で論文を読んでいる時から。これはまずいよな。
「ええと、まず芯材が3種類あるから各芯材ごとに同じ人数の被験者を集めることを考えると確かに3の倍数だけの人数が必要になります」
「うん、そうだね」
フリットウィックは頷きながら話を聞く。
「実験をこの3種類を1組として行えばいいと感じられるかもしれませんが、実はこれでは不十分なのです。というのも1つの芯材について杖無し条件下と杖有り条件下で実験を行います。ここで一人の被験者についてどちらの実験を先に行うかを考える必要があります」
アランがここまで話しても二人とも釈然としない表情をしている。
「分かりやすい例を出しましょうか。例えばですよ、ある箒会社の話で初心者でも乗りやすい新作の箒ができたとしましょう。ここで同じ値段で10年前に開発されたモデルに比べ優れていることを示すことを考えます。ここまでいいですか?」
「ああ、何も問題ないよ」
「私もだ」
「続けましょう。先の箒会社の例で例えばモデルの優れ方を初心者が100m直進するときの安定感で定義するとしましょう。安定感の測定方法は色々あると思うのでここでは省略します。では今条件が箒の新旧の1つだけなので被験者数は1の倍数、つまりどんな人数でも良いということになるのでしょうか?結論から言いますとなりません。なぜなら1つの条件の中に順番が存在するからです。1つの条件なのに順番なんてあるのかと思われるかもしれませんが、考えなくてはいけません。まず1つの条件がある時その条件の全事象を行わなくてはいけない事を述べましょう。各被験者が片方の条件だけ測定するのは個人差を無視することになって公平さが失われます。最新モデルの被験者がみな鈍臭くて運動神経が悪く、古いモデルの被験者がみなセンスがよく運動神経がよければ、古いモデルの方が優れた結果を出すと想像できるでしょう」
「確かにそうだね」
フリットウィックは話の流れを考えながら答える。
「では全ての被験者が最新モデルで測定した後、古いモデルで測定したとしましょう。すると本当は最新モデルの方が優れているのに、古いモデルの方が箒に乗るという行動に慣れたためにいいデータが測定されるかもしれません。そのため、順序があるときは(最新→古い)、(古い→最新)の2つを同数だけこなさないと正しいデータが得られないと考えられます。このような順序による影響を考慮することをカウンターバランスと言います」
「なるほど、そういうことか」
ソフィアは理解したかのような返事をする。
「俺の実験の話に戻ります。杖有り条件下で呪文を発動した後に杖無し条件下で呪文を発動する方が、逆順よりもやりやすいもしくはやりにくい可能性は否定できませんよね。ですから杖の芯材は3種類で、それぞれについて杖の有無の順番を考えるから2通り。ゆえに計6通りを1つの組として実験を行うのが妥当であると考えます。以上が被験者数が6の倍数であることの説明です。もし杖の材質の種類を3つほどに限定して考えたとしても、カウンターバランスを考えると18人を1組にするというようにかなりの人数を要することになります。何か質問はありますか?」
フリットウィックは説明を聞き衝撃を受けていた。
「なるほどなるほど、言われてみれば確かにそうだね。こんな話初めて聞いたよ……これによっては今まで提出された論文の結果は変わるのではないかね」
「そうですね。俺も色々漁りましたが、カウンターバランスという考えが普及しているようには思いませんでした。これを考慮しないとデータを恣意的に選ぶことも可能になりますし、予期せぬところでそれと同等の作業をしているかもしれません……」
「ミスター・ジュール、どうしてこんな考えに至ったのかね」
フリットウィックの発言を受けるとアランは少し黙り込む。
「……マグルの世界の研究では広く知られた手法です……ですがこの認知度ということは魔法族がマグルと関わりを断ちすぎたために情報がまわらなかったのでしょうね」
フリットウィックはその時にえも言われぬ不安に襲われた。
「魔法族は確かにマグルにできない事がたくさんできるでしょう。ですが、だからと言ってマグルを見下しては決してはいけない。学問の分野ではマグルは地道にそして大胆に歩みを進めています。魔法族の力はマグルのものよりも優れているように見えますがそれは砂上の楼閣のようなものです……もしかしたら魔法族の積み上げた理論が間違えの上に成り立っているのかもしれないのですから」
アランのいつにも増して真剣な眼差しにフリットウィックは言葉を失う。何かアランに責められているような錯覚すら覚える。
「まあいいです。とりあえずカウンターバランスの説明は以上になります。では次に各タスクの発動時間の測定ですがガンプの先行研究に従い3回ずつ行おうと思います。そして……」
そのままアランは実験系について説明を続ける。フリットウィックは魔法学校の教師としての自分たちのアイデンティティを揺さぶられたような気がした。
「君はそっち側か……」
ソフィアの小さくこぼれた言葉は誰にも届かず宙に消える。
【用語解説】
カウンターバランス:順序による効果を補正すること.