今年もよろしくお願いいたします。
前回のあらすじ
家族でまったり。
アランが11歳を迎えるとジュール家に一通の手紙が届いた。夕食後、ダイニングルームでアランたちがまったりと過ごすと玄関から物音が聞こえてくる。
「アランにぃ、手紙が来てたよ!」
エリザは手紙を持ちながら忙しなく駆け抜ける。アランを見つけると横になっている彼の腹にダイブする。
「うおっ。エリザ、わざわざありがとう」
そう言いながらエリザの髪をとかす。
「えへへー」
アランが封筒を開けると何枚かの書類が入っていた。ホグワーツからだ。ホグワーツ入学許可証とそれに伴う教科書、教材のリストが入っていた。
新学期は9月1日からか。入学意向の返事はフクロウ便で7月31日までにしないといけないのか。すでに6月だからあまり時間がないじゃないか。
「義父さん、ホグワーツから手紙がきたよ」
ジュリアスはアランからホグワーツの話を聞くと舞い上がる。
「おお、ようやくか!そうかそうか、アランもついにホグワーツか。エセル!ホグワーツから手紙がきたぞ!」
「あら、よかったわね。ジュリアス、あなたいつもホグワーツから連絡が来ないか待っていたものね」
「おいおい、それをアランの前で言わないでくれよ。恥ずかしいじゃあないか」
ジュリアスは照れながら返す。
「ふふふ、ホグワーツね、懐かしいわ」
エセルは回顧しながら言う。
「あー、そういえば義母さんも義父さんもホグワーツだったっけ?」
「ええ、そうよ。私はグリフィンドールで、ジュリアスはハッフルパフだったわ」
「そうなんだ。グリフィンドールとかハッフルパフってホグワーツの寮だっけ?」
アランはホグワーツがいくつかの寮に分かれているということを本で数回見た程度でしか知らなかった。
「そうよ。ホグワーツには四つの寮があるの。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンね。ホグワーツに入学すると、素質によっていづれかに配属されて7年間過ごすことになるわ」
「へえ、寮の配属はどういう風に決まるの?」
アランがそう聞くと、エリザも気になるのか耳を傾ける。
「それは、教えられないわ。ホグワーツに行ってからのお楽しみよ」
エセルは楽しそうに告げるとエリザは肩を落とす。
「ママ、それしか言わないじゃん」
「ごめんね、ホグワーツの伝統なのよ。ねえジュリアス」
「ああ、私の時はホグワーツに着いてから怪物と戦って寮を決めるとかいろんな噂が飛び交ってたぞ」
「そんなのあるのか……」
「まあ考えればあり得ないことだってすぐ分かるけどね」
ジュリアスは笑いながら言う。
「なるほど。分からないならないで別に良いや。寮のことはおいといてホグワーツの手紙に入学の意思表明、教材リストがあったから目を通して欲しいな」
「おお、そうか。とても大事だな」
ジュリアスとエセルは手紙の内容に目を通す。
「アラン、ホグワーツに行くので問題ないな」
「もちろん!ホグワーツはイギリスの魔法学校としてとても名高いのは知ってるし。ホグワーツに通わせて欲しい」
アランが頭を下げると、ジュリアス、エセルは共に微笑む。
「私たちはアランがホグワーツに無事行けてとても嬉しいよ」
「ええ、本当ね。アランがホグワーツに行くことだし、杖や教材などを買いにいかないとね」
おお、ついに杖が手に入るのか。かなり楽しみだ。
「そうだな。今週末にでもダイアゴン横丁に行くか」
「ダイアゴン横丁?」
アランはこの近辺でそんな通りを聞いたことなかった。
「ああ、アランが聞いたことないのも無理がない。ダイアゴン横丁は魔法族のための街でいろいろな魔法製品が売っているんだ」
「なるほど。マグルには隠された魔法族の街ね。行きたい!とても面白そうだし」
「よしきた。じゃあ日曜にダイアゴン横丁行くぞ」
ジュリアスは嬉しそうに言った。
「私も行きたい!!」
エリザは期待に満ちた目をジュリアスに向ける。
「そういえば、エリザもまだ行ったことなかったか。良いぞ。行こうか!」
「やったああ!!」
エリザは返事を聞き喜色満面であった。
「私は用事があるから行けないわ。ジュリアス、子供達を頼んだわよ」
「ああ、任せてくれ。日曜日が楽しみだな」
———
日曜の朝からエリザの機嫌はよかった。
「早く行こうよ。パパ!」
「そう慌てなくても行くから落ち着きなさい。パパにも準備があるんだから」
ジュリアスは慌ただしく買い物の準備をしている。
「早く、早く〜」
「待たせたな。準備が終わったぞ。アランも大丈夫か」
「うん。もうばっちしだよ」
「そうか。じゃあ暖炉に近づきなさい。行き先は『ダイアゴン横丁』だ。発音を絶対に間違えるなよ」
「「うん」」
エセルは暖炉の上に置いてあった鉢を下ろした。鉢にはキラリと光るフルーパウダーと呼ばれる粉が入っている。フルーパウダーは登録された暖炉間の移動を可能にするものだ。
「ジュリアス、アラン、エリザ、楽しんでらっしゃい」
エセルはそう言って鉢を差し出す。
「ありがとうエセル、遅くならないように帰るからな。じゃあ私から行くぞ」
ジュリアスはフルーパウダーを一掴みして暖炉の炎に振りまいた。すると音を立てながら炎の色がエメラルド・グリーンに変色した。
これ綺麗だけど、何度見ても炎色反応にしか見えないな……フルーパウダーって銅粉でも混ざっているのかな。それ相応の機材があればスペクトル分析してみたい……
アランは以前ジュリアスとエセルにフルーパウダーの原料を聞いてみたが、考えたこともなかったと言われてしまった。
ジュリアスはエメラルド・グリーンに燃え盛る炎の中に入り目を瞑りながら「ダイアゴン横丁!」と言い、フッと消えた。
うーむ。何度見てもわけ分からん。ここまでの質量のものを瞬間移動させるなんてどんな理屈が働いているのやら。今まで見た現象で間違いなくこれが一番すごいな。
アランは思考の沼に入るも後ろにエリザがつかえているので、早め思考を切り上げジュリアスと同様に煙突飛行を済ませた。エリザと合流すると、まず本屋に向かうことをジュリアスは告げる。
「まず本屋に行って、次に制服を揃えて最後にアランの杖をみるぞ」
「分かった」
「いいなあー私も杖欲しい……」
「エリザももう少しの辛抱さ。来年にはいい杖を買ってあげるから」
「うん。楽しみに待ってるね!」
エリザはやはり杖に強い憧れを抱いているようだ。が、歩いてくうちにエリザの興味も紛れていく。駄菓子屋、ペットショップ、箒店、鍋屋、ジャンクショップ、骨董店などなど様々な店が並んでいるのだ。
「着いたぞ、教科書類を揃えるならここだな」
「わああ、たくさん本あるね!パパ見てきていい?」
「いいぞ。あまり遠くに行きすぎるなよ。」
『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』、マグルの本屋と同じような内装であるが、取り扱っているものは魔法使いのための本である。家にも『魔法史』や『魔法論』など数冊の指定教科書があったので足りないものだけを購入すればすんだ。
「今年の闇の魔術に対する防衛術の教科書は『宵闇の生物への対処法ー入門編』か」
「今年の?」
アランが尋ねる。
「ああ、闇の魔術に対する防衛術の教師は毎年変わるのがジンクスでね。2年以上続かないんだとさ」
「へえ、そうなんだ。何か闇の魔術でも働いてるのかもね」
「ははは!まさにそうかもしれないねえ」
書店からで出ると通りの横から声をかけられる。
「おい!!ジュリアスじゃないか!久しぶりだな、おい!」
「おおお!ジェイコブか!3, 4年ぶりか?こんなとこで会うなんてな」
振り向くと、ブロンド髪の親子がいた。父は短髪の筋肉質、娘はボブで溌剌とした雰囲気を醸し出している。
「本当だぜ。俺は娘が今年ホグワーツに入学するからその買い物よ」
「ん?そうか、アンバーちゃんも今年入学なのか。私も入学一式を揃えに来たんだよ」
「エリザちゃんはうちの一個下じゃなかったか?」
「ああ、そうだね。今預かっている子がいて、その子が今年入学なのさ。アラン」
アランは呼ばれると挨拶をする。
「初めまして。アランです。ちょっとした事情がありジュール家にお世話になっています」
ジェイコブはアランを見ると、笑顔を向けてきた。
「ほう。これはファンキーな髪型に似合わないくらい丁寧な挨拶をどうも。俺はジェイコブ・マクミランだ。こっちが娘のアンバーだ」
む、髪型について言われるのは久しぶりだ。侍ヘア気に入ってんだがな。
「よろしくおねがいします。ジェイコブさん。アンバーさん」
「あたしに”さん”は要らないわ。よろしくねアラン」
「おう。アンバーのことをよろしくな。俺はジェイコブとは長い仲でな。学生時代はハッフルパフの”JJ”として楽しんだものよ」
「ハッフルパフの”JJ”?」
「おいジェイコブ!その話は別にいいだろう!」
「え、何々?知らない」
エリザはジェイコブにくいつく。
「おろ、エリザちゃんも知らないのか。いやホグワーツにいた時に色々いたずらしたり、教師と追いかけっこしたりしてスリルある日常を送ってたのさ。そうして過ごすうちに周囲は俺たちのことをジュリアス、ジェイコブの頭文字をとって”JJ”なんて呼び出したんだよ。楽しかったなー」
「いたずらって例えばどんなやつですか?」
「それ以上は言うなよ!」
ジュリアスは珍しく声を荒げるも、ジェイコブはその様子を見て心底楽しそうに言う。
「たいした事じゃあないんだよ。授業中に爆竹鳴らしまくったり、上級生を三階の窓から蹴落としたりする程度のことだよ」
「え、義父さん……」
「パパ、そんな事しちゃいけないよ!」
「ううう、すまない。ちょっとした若気の至りさ。どれもその後こっぴどく叱られるし、寮で毎度大減点くらうから先輩たちからも白い目で見られたよ……しまいには停学処分とかも……」
アランはジュリアスの知らない一面を知ることができつい笑ってしまった。うなだれているジュリアスを横目にアンバーはエリザに話しかける。
「久しぶり。エリザちゃん!覚えてる?あたしのこと」
「もちろんだよ。アンバーちゃん!」
どうやらエリザとアンバーは面識があるようだ。
「エリザちゃん本当に可愛くなっちゃって!こりゃ男たちは黙ってないね。アランってどんな子なの?」
「えへへ、ありがとう。アンバーちゃんもすっごく可愛いよ。アランにぃ?とっても頼りになってかっこいいよ!」
エリザは胸を張って答える。アランはそれを聞き微笑ましく眺める。
「へえ。だってよアラン。あんだずいぶん慕われてるのね」
「なんで俺の目の前で聞くんだ」
「そっちの方が面白いから」
アンバーはいたずらっぽく笑いながら答える。
「ふふ、アンバーもずいぶん面白そうだな。これからよろしくな。」
アンバーは軽く受け流すアランを見て笑みを深める。
「ええ、アラン。あたしも楽しめそうだわ」
なるほど、父親に似てこの子も一癖二癖ありそうだな。
アランがジュリアス、ジェイコブに気を向けるとジェイコブがジュリアスのことを飲みに誘っていた。
「よう、ジュリアス。この後一杯ひっかけないか?」
「悪いな。今日は遅くならないように家に帰ると伝えてあるんだ。この後もまだ買う物がたくさんあるしな」
「そうか、残念だ。近いうちに誘うから飲みに行こうぜ。子どもたちの入学祝いとでも称して」
「ああ、いいぞ。楽しみだな。では私たちはそろそろ行くことにするよ。またな」
「ああ、また」
マクミラン親子と別れ、アランたちは買い物に戻った。制服や授業で使うであろう大鍋なども順調に揃ってきた。
「そういえばアラン。ペットは欲しいか?」
「ペット?ああ、手紙に書いてあったね。ふくろう、猫、もしくはヒキガエルは持っていけるって」
「そうだ。私が学生の時もペットを持ち込んでいる生徒は結構いたぞ。どうだ?」
「うーん。別にいいかなあ。世話するの大変そうだし」
「そうか。私もエセルもペットは持ってなかった。けど私はペットが欲しくなかったといったら嘘になるぞ。なんと言うかアランはドライだな」
「はは、よく言われる」
ジュリアスにドライと言われたが、今更ペットが欲しいような精神年齢ではないだけだ。
「見えたぞ。あれが世界で最も評判の高い杖メーカーだぞ」
扉には金色の文字で『オリバンダーの店』と書いてあった。
「いらっしゃいませ。オリバンダーの店へようこそ」
「こんにちは。オリバンダーさん」
戸を開け、店に入ると骨董屋のように年季の入ったものがあり、薄暗い橙に照らされた店内が視界に入る。そして狭い店の奥に鎮座している鋭い眼光を宿した老人が見えた。老人の髪は白黒入り混じり癖が特徴的だ。
「ホグワーツには今年入学かね?」
「そうです。杖を購入しに来ました」
「なるほど。ジュリアスさんは久しぶりだね。確か31センチのスギの木できた杖じゃな。ややしなって人を守るのに向いた杖じゃったはずだ」
「さすがです。オリバンダー爺。今日はこの子、アランに杖を売って欲しいのと、私の杖のメンテナンスをお願いしたいのです」
「ほう。杖を売るのと杖のメンテナンスじゃね。どれちょうど良い。わしの親戚も今年入学するんじゃ。ほれ、挨拶しなさい。アイザックよ」
オリバンダーがそう言うと、店の奥から一人の男の子がやって来た。
「こんにちは、僕はアイザック・オリバンダー。僕も今年ホグワーツに入学するんだ!君たちの名前は?」
挨拶したのは老人と同じような癖のある黒髪の子だ。
「こんにちは。俺はアラン・ジュール。よろしくな。アイザックでいいか?」
「もちろん!よろしくねアラン」
「私はエリザ・ジュール。来年ホグワーツに入学します」
「エリザちゃんね。よろしくー」
「アイザックはずっとここに居るのか?」
「うん。店が開いてる時間はよくここに来て爺の杖に囲まれながら人の手に杖が渡っていくのを見るのが好きなんだ」
「へえ、そうなんだ」
「さっきも僕らと同じくホグワーツに入学する子が来て杖から火花を撒き散らしていったよー」
火花?杖から火花が出たら危険じゃないか?火災の原因になるぞ。ジュール家が杖を持たせないのもよく分かるな。
「さて、そろそろよいかな?」
オリバンダーはジュリアスと話し終えるとアランに声をかける。
「どちらが杖腕ですかな」
「杖腕?杖を今まで持ってなかったから分かりませんが利き手は右です」
「失礼。杖腕は利き手とほとんど同じじゃよ。右ね」
オリバンダーはアランの寸法をオーダーメイドの服でも作るかのように細かく測り始めた。
「あの、杖を決めるのに採寸って必要なのですか」
「もちろんじゃ。杖は単なる道具ではない。持ち主と杖がお互いに惹かれ合い、認め合ったときに杖は力を発揮するのじゃ。そのためにアランさんに合った杖を紹介するのがわしの役目でありその過程で採寸が役立つのじゃ」
「な、なるほど……」
アランは正直採寸意味あるのかと疑問を抱きながら自由に測らせる。
「ふむ。アランさん、これをお試しください。ヤナギの木にユニコーンの毛を芯材とした杖。24センチでよくしなり、おまえさんの成長を助けてくれるだろう。ちょっと振ってごらんなさい」
アランが杖を振り下ろすと、杖先から光る玉が2, 3個出てきた。が、振り上げた時にはオリバンダーは違う杖を用意していた。
「こっちはどうじゃ。シカモアの木とユニコーンの毛。27センチ、曲がりにくい。好奇心ある若者にぴったりじゃ。どうぞ」
オリバンダーはアランが手に持った瞬間に違う杖を探しに行った。その後も何度も何度も杖を試し、選ばれなかった杖の箱が20程も積み上がっていった。
「おかしいのう。これほど外れることは最近ないんじゃがな。心配はいらんよ。必ずお前さんにあう杖を用意しますでな」
アイザックはニコニコと面白そうにアランとオリバンダーのやりとりを見ている。その後も二、三試すがやはりうまく馴染まなかった。
「次は何にしようか……『ガタンッ』……なんじゃ?」
オリバンダーが次の杖を探そうとし時に店の奥から物音が聞こえてくる。
「なんじゃ?ほぉまさか」
そう言ってオリバンダーは古く色褪せた箱を持ってきた。
「これはどうじゃ?」
アランは箱の中から取り出された杖を渡された。
杖を手に取った瞬間、ぞわりと強烈な死の匂いを感じ取った。不安に思いながら杖を振りかざすと辺りには幻想的な風景が広まった。
桜吹雪だ。
店内の寂れた雰囲気と合わせ、まるで幽冥で散りゆく夜桜の様だ。
「ほぉ……これは……素晴らしい。ついぞこの杖に認められるものがわしの代で現れるとは」
オリバンダーは歓喜に震えながら零した。現実的でない美しさと恐ろしさにアランは言葉を失っていた。頰に一筋の涙を添えて。ジュリアス、エリザ、アイザックは口を開けたまま目を見開き辺りを見ている。この瞬間言の葉を発するのが許されないような気がしていたのだ。
しばらく経ちオリバンダーは口を開く。
「この杖はサクラという東方の地日本に生息する植物の枝にドラゴンの心臓の琴線からなる。25センチで硬い。死の呪文に絶大なる力を示す。そして500年以上も誰も選ばずにオリバンダー一族が受け継いでおるのじゃ。選ばれるものが現れるのを待ち続けて」
「サクラですか……」
「そうじゃ。正直サクラはこの地域ではそこまで人気がないのじゃよ。サクラの枝は「死」に強く結びついているし馴染みがないからのう。またドラゴンの心臓の琴線との組み合わせは並々ならぬ屈強な精神を持つ者しか選ばないのも難しいところなんじゃ」
「サクラはこの辺では聞かないですもんね」
「うむ。それにこの杖のサクラはただのサクラではない。約700年前に先祖が日本の魔法族から譲り受けたものじゃ。当時の歌を詠む僧が愛したと言われるサクラなのじゃ」
「へえ、歴史のあるサクラなのですね」
「ふむ。このサクラには逸話があってな。どうか聞いてくれんかのう」
そう言ってオリバンダーは語り出した。
———
彼は日本の数多くの伝説に残る人物である。
昔々あるところに地方豪族出身の武士がおった。豪族出身といえど武士としては身分が高くはなかったらしいのう。じゃが彼は上皇とつながりが深く、歌の才があり、蹴鞠の名手でもある武者として上流階級の貴族にも広く名が知られていたんじゃ。
そんな彼だが若くして、傍目には必然性もなく突然出家して遁世者となったと聞く。出家の原因は、失恋や友人の死など様々なことが噂されたがついぞ誰にも分からなかったそうじゃ。僧になった後は、全国いたるところに杖を曳き多くの歌を残したと言われておる。彼は日本人として自然への憧憬を持ち、それらについて度々歌ってきたんじゃ。
自然、花の中でもとりわけサクラに憑かれたと言われておる。彼が花に寄せる愛の表現が、恋の歌のものと似ているとまで言われておるのう。
彼は浮世に辟易した後、隠居先の山にある自分の小屋にサクラを植えたという。
そのサクラが盛ると都から花見に人々がやって来て、穏やかにサクラを楽しみたい彼は困ってしまったんじゃ。そこで
花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜のとがにはありける
と詠み人々に対して厭わしく思うも、追い返すことはせず人々が来てしまうのはサクラの罪であるとしたんじゃ。するとその夜、白髪の老人がサクラのもとに佇んでいたと聞く。老人は先に詠んだ歌で「桜のとが」はなんであるかを彼に問うた。その上で老人は、浮世を感じるのは人の心であるが、桜は無心のものであるから「とが」などないと言う。老人がサクラの精と分かると彼は喜んだという。
彼がサクラを愛していたことがよく分かるのう。また彼は
花散らで月は曇らぬよなりせばものを思はぬわが身ならまし
と花が散らず月が曇らないなら悩むことはないと詠う。そういった歌の中で見られるように、彼はサクラの散りゆく様に無常観を見出し美しさを感じておった。無常観とは日本人が大切に思う「儚い」というものに通じる感性らしいのう。
当時の無常観は死の思想で強い恐怖心を起こし、人の魂を暗黒と戦慄とに落とすものとされていたんじゃ。彼もまた無常観にとらわれ、生への執念を思わせるような歌を多く残していったとも聞く。そういった不安を残しつつ彼は生涯の憧憬の対象である満開の桜の下で入寂することを願っておった。
願はくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃
と詠み、死後もサクラを望み
仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば
と自分の弔いにはサクラを、と残したのじゃ。
そうしてついに花と月と涅槃に荘厳されて彼は自分のサクラの下で入寂を果たしたのじゃ。
じゃが、話はここで終わらん。
彼は遁世者となった後も優れた歌詠みとして多くのものに慕われていたのじゃ。そしてそのものたちも彼の人生観に感動し、彼に倣いそのサクラを自らの往生所に選んだのじゃ。すると不思議なことに、サクラが咲くと人だけでなく、鳥、馬、牛、犬といった動物までもが自分の終着点をそこにするべく集まったらしい。
以来、そのサクラは咲き誇るたびに、美しさと死に魅了されたものたちが集まり生命を絶ったと聞く。
———
オリバンダーの話を静かに聞いていたアランたちに沈黙が流れる。
「サクラが死を招くのか、生あるものたちが自分から死にに行くのかは分からんが、一種の信仰の対象になっていたのじゃ」
「じゃがいつの時代かサクラは前触れも無く、無くなってしまったようじゃ。気づいたらすんとな。日本の魔法族も探したようじゃが見つからなかったという。いったい何処へ消えたのやら」
「なんにせよ、おまえさんは間違いなくこの気難しくも高貴な杖に選ばれたんじゃ。誇ると良い」
アランは「死」と「故郷」が杖に認められる条件であると心で理解した。由来を知った上で手にした杖を見るとなんだか認められた気がした。
アランの脳裏には
【用語解説】
炎色反応:特定の金属を炎で炙ると炎の色が変化する反応。エネルギー準位で説明される。花火に使われることで有名。
桜:春の風物詩。古来から愛される花。散る姿は無常観と結び付けられる。中国では花は「梅」だが、日本では花は「桜」を指すことが多い。(時代によるが)
なんやかんや年末年始忙しいですね。今年も頑張りましょう。
ようやく次回からホグワーツです。