ボール避け.
世界には無数の謎がある。
あらゆる物質が原子から構成されているとはよく聞く話だ。水(${\rm H_2 O}$)が水素原子(${\rm H}$)2つと酸素原子(${\rm O}$)1つから構成されていることは広く知られていることだろう。
物質を最小単位で分割するという考えは紀元前400年ごろにすでにデモクリトスによって提唱されていた。これは18, 19世紀にはラボアジェやドルトンらによってさらに発展し原子の発見につながった。
では原子がこの世界の最小単位なのだろうか?
実はそうではない。20世紀にはラザフォードや長岡らが原子の構造を調べる実験を行い、原子の中には正に帯電した原子核と負に帯電した電子があると考えた。さらに原子核は正に帯電した陽子と帯電していない中性子によって構成されていると考えられた。
ここでこれまで出てきた物質のだいたいの直径の大きさを挙げてみる。なお電子は計算方法で理論値が異なるため、他の値も考えられる。
\begin{array}{cccccc} \hline & 原子 & 原子核 & 陽子 & 中性子 & 電子 \\ \hline 大きさ({\rm m}) & 10^{-10} & 10^{-14} & 10^{-15} & 10^{-15} & 10^{-32} \\ \hline \end{array}
髪の毛の直径が$10^{-2}$〜$10^{-1}$m程度であることから、視覚的に全く想像できない領域だ。
だがこの電子や、陽子や中性子といった核子ですら物質の最小単位ではなかった。
20世紀になるとエネルギー保存の不成立などから、さらに細かいクォークやレプトンといった素粒子が発見されたのだ。素粒子はフェルミ粒子とボース粒子に分類され、ボーズ粒子は不思議なことに質量がない物質とされている。現在に至るまでに様々な粒子が発見されているが、まだまだ予想されていながら見つかっていないものがある。
このように既存のものを分割していく中でも、謎が多く残っている。しかしこの世にはさらなる謎がある。宇宙だ。
アインシュタインの$E=mc^2$をもとに宇宙のエネルギーを算出すると、原子などを合わせても全体の約5%ほどにしかならないのだ。
では残りの95%は何かというと、ダークマターとダークエネルギーとされている。
ESA(The European Space Agency)は2013年にプランク宇宙望遠鏡から得られたデータにより、宇宙のエネルギーの約27%がダークマター、約68%がダークエネルギーであると発表した。
もっとも真実はまだ誰にも分からないが……
————
夜半アランは思いついたことをメモに書き記す。
真っ暗、見えない……観測されない。観測されない物質、ダークマターが世界に溢れてるなんて話を聞いたことがあるな。もしかして魔法を構成しているのはこいつなのかな。前の世界だと存在だけが予言されているよく分からない物質だったけど、こっちの世界だとそれが一部の人には見えるようになったのでは?
これはなかなか悪くない考えな気がするぞ。そもそも物質の変化を含む質量保存の不成立って今考えているものが不十分だったからだと考えられるな。
おお!考えが捗る。今夜思い浮かんだことは全て忘れないように残しておこう。
アランは結局日が昇り出すまで、一人考え事をまとめていた。
————
「大丈夫?朝から顔色悪かったけど」
「……ああ、心配してくれてありがとう。ちょっと今日の夜眠れなくてな」
飛行訓練の授業はマダム・フーチという白髪の中年女性が担当している。彼女は鷹のように鋭い黄色い目が特徴的であった。授業開始時に生徒が集まっているのを見て満足そうな表情を浮かべている。
「飛行訓練って毎年骨を折っちゃう人が出るらしいから気をつけないと」
アイザックはアランに不安を漏らした。
「そうなのか……関係あるかは知らないけど、ここに並べられている箒はどれも年季が入っているな」
「この訓練の時間が早く終わって欲しいよ」
すでに噂されているのか、何人かの生徒は怖気付いている。その様子を見たフーチは安心させようと口を開いた。
「みんな、そう固くなる必要はありません。今日は箒に乗って飛ぶまでやりませんから。このように箒を掴むとこだけをやります」
フーチが脇に置いてあった箒に手をかざし「上がれ」と言うと、箒がひとりでに彼女の手に収まる。
「では、地面に並べた箒の隣に行きなさい。そして手をかざして箒に対して『上がれ』と言うのです」
生徒たちはまちまちに箒の横に行き、箒を浮かせようとするが、浮かんだ箒はごくわずかであった。アランも浮かせようとするが、どうにも箒は動こうとしない。
今までは杖を使った魔法だったのに、今度は杖無し魔法か。杖無し魔法も体系化されているのか。
その後も苦闘するも、アラン、アイザックを始め多くの生徒の箒はなかなか浮かばい。箒が飛び上がったものはごくわずかで、家で箒を使ったことがあるものたちだろう。また上がりはするものの勢いがあり、箒がでこに当たる生徒もいる。
「いいですか、箒に一方的に念じてもダメです。みんな、箒を納得させなさい」
フーチはうまくいかない生徒たちにアドバイスを送る。
箒を納得?箒も意思を持つというのか。うーん、どうなんだろう。
「なぁ、アイザック。箒を納得って意味がわかるか」
アランが声をかけると、アイザックはすでに箒を浮かしていた。
「できた!分かったよ!」
アランはまさかここまで早くできるとは思っておらず驚いた。
「……すごいじゃあないか!随分あっさりとやるな」
「へへん、コツがわかればすぐできるよ」
どうにもアイザックは箒の使い方に慣れたようで、いろんな浮かし方を試している、たった数分のうちに箒を自在に操れるようになっていた。
「なぁ、コツってなんだ?教えてくれないか」
「んー、言葉にするのは難しいんだけど、箒にお願いするんだよ。先生は『上がれ』って言ってたけど、気持ちとしては『上がってください』かなー。杖もそうだよね。僕らの心を合わせるのがコツかな」
「なるほど、箒も杖と一緒か」
アランが箒にお願いすると、箒は少しだけ浮き上がった。
「ようやくちょっとだけ浮かんだぜ」
「やったね!その調子だよ」
その後もアランは試行錯誤して箒を浮かばせようとしたが、手に持つところまではいかず授業終了の時間を迎えた。
自室でアランはアイザックに尋ねる。
「杖無し魔法って知ってる?」
「杖無し魔法?ワンドレス・マジックのこと?」
「ワンドレス・マジックというのか。教えてくれないか」
アイザックは杖職人の家系ということもあって知っているようだ。
「ワンドレス・マジックは名前の通り杖を使わない魔法だよ。僕たち魔法使いは杖をふるって魔法を使うイメージがあるけど別に必要ってわけでもないんだよね。けど杖を使わないと呪文の難易度は格段に上がるし、威力も弱くなるって聞くよ」
「なるほど。やっぱり杖は基本的になくちゃ困るものなのか」
「そうだね。少しでも複雑な魔法を杖無しでやるには、相当な練習が必要らしいよ。ワンドレス・マジックを使いこなせるのは、ダンブルドア先生やあのグリンデルバルドぐらいらしいし」
「要はほとんどの魔法使いが使いこなせないってことか……」
「そう!だからみんな自分の杖を大事にして呪文を唱えるんだ」
アイザックは嬉しそうに答える。
「今日の飛行訓練でさ、箒を浮かばせたじゃん。あれってワンドレス・マジックになるのか」
「あー、あれね。ワンドレス・マジックに入ると思うよ。ただ動作が単純だし、箒と協力する呪文だからワンドレス・マジックでもかなり簡単なものなんじゃないかな」
「そうか。ちなみに俺も軽いものなら杖無し魔法を使えるよ」
アランは丸めた紙を持ち、何にも触れずに燃やし始めた。
「え?すごい!どうやるのこれ!」
「小さい頃からこういう事ができてな。説明は難しいよ」
アランは燃えた紙を見つめて手から離し、灰になるまで浮かし続ける。
「魔法使いって子供の時に杖がなくても感情が高まると不思議な現象を起こすらしいんだ。それって魔法を制御できないために起こるんであって、普通はそのうち使えなくなるんだよね。それなのにそこまで使いこなせるのは珍しいことだと思うよ!」
「そうなんだ。俺はこれができるようになってからずっと訓練してたから失わなかったのかもしれん」
「え、訓練してたの?」
アイザックは引き気味に尋ねる。英才教育でも受けない限り、誰だってそんな面倒なことやらないだろう。
「ああ、暇だったし。楽しかったからな」
「アランって変わってるね」
アランが暇だったのは無理がない。無人島では誰もいなかったし、プライマリースクールも頭を使う事が少なかったからだ。
「そうだ。まだ飯まで時間あるし図書館にいかない?杖無し魔法をはじめ多分いろんな本が置いてあるぜ」
「図書館?はじめの案内の時にしか行ってないや。いいね、面白そうだし行こうよ」
図書館はとても広くたくさんの本を所蔵していた。蔵書は何万冊にも及ぶという。図書館には探し物をする生徒だけでなく、自習をしている生徒も多い。
「あそこにいるのって、うちの寮の一年生じゃないか?」
「あ、本当だ。彼女勉強熱心だね」
先日の授業でフレネルと呼ばれていた茶髪の少女が1人で窓際に座って本を積みながら勉強している。彼女は授業後いつも1人でさっさといなくなって、図書館にこもっていた。彼女の周りには誰もおらず、アランたちに気づく事なく黙々と手を動かしている。
「なんか集中しているし声をかけるのはよそうか」
「うん。そうしよう。僕も見習わないとなぁ」
まだ一年生なのに学問の面白さに気づくとは大したもんだ。俺もうかうかしてらんないな。
「さーて、杖無し魔法の本でも探してみるか」
「いいね。司書さんもいるみたいだし聞いてみようよ」
アランたちは司書に尋ねると、ワンドレス・マジック関連の書籍をすぐに教えてもらえた。
「おお、流石に文献が揃っているな」
「そうだね。使いこなせる人が少ないから本も少ないとばかり思ってたから意外だよ」
関連する文献は30冊をゆうに超えている。世界中の文献や論文が所蔵されているのだ。レイブンクロー生を始め知的欲求を強く持つ魔法使いにはたまらない環境である。アランたちはワンドレス・マジックについてまとめられた本をいくつか漁っていた。
「んー、やっぱり難しいね。詳しいことは良くわかんないや」
「そりゃ論文を読んでも訳分かんないだろうね。こっちの本とか分かりやすいと思うよ」
アイザックは薄そうな本から読んでいたが、それは論文集であり内容はかなり高度のものであった。一方アランが読んでいるのは、少し分厚いがワンドレス・マジックについて定性的にまとめてある本であり読みやすいものである。
「へぇ、イギリスにはワンドレス・マジックの使い手はほとんどいないらしいけど、アフリカはワンドレス・マジックが主流らしいぜ」
「そうみたいだね。杖がヨーロッパ発祥だったなんて知らなかったよ」
アイザックも杖の起源までは知らなかったようだ。
「ああ、それまでの魔法使いはきっと高度な呪文が使えなかったんだろうな」
「うん。こっちの本にはアフリカでは天文学や変身術、錬金術に特化しているって書いてあるよ」
「なるほどね。俺らが習う呪文学は重視されなかったのか」
その後もワンドレス・マジックについての知見を深めるうちにアランに一つの思いが浮かんだ。
「このグラフなんだけどさ。水を出す呪文
「なにこれ、線がいっぱいあるね」
「これは20人の魔法使いに協力してもらって、
「ふんふん」
「この表とても面白くないかい?」
「どの辺が?ちょっと見方がわかんないんだけど……」
アイザックはグラフの線の多さに戸惑っているようだ。
「すまんすまん、でもちょっと聞いて欲しいんだ。グラフによると、みんな杖有りの方が射程距離が長くなる傾向が読み取れるけど、発動までの時間は人によってバラバラじゃない」
「というと?」
「杖有りの方が杖無しの条件よりも早く発動する人もいれば、そうでない人もいるってこと!」
「へー、そうなんだ。聞いたこともなかったよ」
「この論文だとそれは個人差だと言っているけど、そんな話なのかな」
その後も夕飯の時間まで二人は本を読み漁った。
————
妖精の呪文学は人気の高い授業の一つである。皆が思う魔法使いらしい呪文の数々を学べるからだ。一年生たちは期待に胸を膨らませながら授業が始まるのを待っていた。
「初めまして、みなさん!フリットウィックだ。今日から一人前の魔法使いになるためにも私の授業をしっかりと受けるように。では教科書を開きなさい。今日学ぶのは
アンバーが言ってたやつだな。これがなかなか光らないんだっけか。
「まず私が一度呪文を唱えるからこの時の杖の動きをよく見ておくように。
フリットウィックの杖先からは強烈な光が照らし出された。生徒たちはイメージ通りの呪文らしさに興奮を隠せなかった。フリットウィックは生徒たちの反応を見て満足そうな表情をしている。
「君たちの興味が成長につながる。いい学年になりそうだ。では教科書に載っているようにまずは杖の動きから練習して、呪文を唱えなさい」
なるほどね。ここでもLチカか。これはもう笑うしかないな。マイコンとかでもそうだよな。Lチカは達成感を経験するために世界線共通で使われているんだな。よしっ頑張るか。
「杖の動きは単純だしそんなに難しくないよな」
「そうだね、なんかすぐできそうな気がするよね」
アランはいつも通りアイザックと一緒に授業を受けている。レイブンクローの生徒は基本的に一人でいることが多く、大勢のグループを作ることはまずない。そのため、二人でいつも行動していてもそこまで浮かないのだ。
生徒たちは早速呪文を唱えるがどれも空振りのようだ。アランは先のフリットウィックの実演と自身のLチカの経験を思い出し集中する。
「
アランが呪文を唱えると1回目にもかかわらず、すでに杖先がほんのり明るくなっている。
「おお!どうやったの?」
「えーと、多分だけど必要なのはイメージかな。俺実は以前似たようなことやったことがあってさ。今ので感覚掴めたから次は多分もっとうまくいける気がする。
二度目の呪文は先のものよりも明瞭な光をもたらした。フリットウィックは目を輝かせながらアランのもとに近づいてくる。
「えーと、君は以前この呪文を使ったことがあるのかな?」
「いいえ。今が初めてです。先生の実演が素晴らしかったのでイメージがうまくいったのだと思います」
「初めてでこの明るさか、今年の新入生は素晴らしい生徒が多い!レイブンクローに3点!」
「ありがとうございます」
呪文でうまくいったのホグワーツで初めてだから嬉しいな。ありがとうAruduin○!!
「君の
「もちろんです」
授業はレイブンクローとグリフィンドールの合同であったが、少しでも杖先を光らせられたのはアランを除くとレイブンクローのフレネルだけであった。彼女はアランからアドバイスを受けると悔しそうにしながらも、呪文の精度をあげていった。
「どうしたんだい」
授業後にフリットウィックのもとに一人の生徒がやってきた。
「先生、ちょっと質問があるんですけど」
「ほう、初回だというのに感心するね。
「いいえ、呪文における杖の役割についてです」
アランは図書館で見た資料のグラフを記した羊皮紙を見せる。
「ガンプのワンドレス・マジックに関する論文から抜粋したもので、呪文の発動時間と杖の有無に関しての意見を伺いたいのですが」
フリットウィックは質問を聞いて素直に驚いた。一年生がワンドレス・マジックに興味を示しただけでなく、それについて文献まで調べてきていたからだ。
「ほうほう。君は呪文に関して並々ならぬ熱意があるようだね。このグラフが何か気になるのかね」
「ええ、論文中ではこの発動時間が個人差であるだろうと考察で述べられていますが、果たしてそうなのでしょうか?これに関して新しい研究がございましたら紹介していただきたいのです」
フリットウィックは予想よりもアランの踏み込んだ質問に当惑の眉をひそめる。
「すまない。この分野は専門でないから私には答えることができない。ただ杖の有無で発動時間が変わるような研究も通説も特に聞いたことがないな」
「そうですか。全く根拠のない考えですけど、発動時間の差は杖の種類に依存するのではないかと思いました。この論文だと被験者の杖の種類までは事細かに書かれていませんでしたからなんとも言えませんがね」
フリットウィックはアランの発言を聞き目を見開いた。そして一つ提案をする。
「なるほど。実に面白い。下級生の感想としてしまっておくには勿体無いくらいだ。新生活で忙しいだろうが、君さえよければそれを研究してみないかい?」
「え?研究ですか?」
「ああ、先行研究が無いかだけ調べて無さそうだったらやってみないか。私たち教員や知り合いに頼めば、被験者くらいは集められるさ。実験環境だって私が手伝うよ」
フリットウィックは期待を込めた視線をアランに送る。
「本当ですか?是非やらせてください!」
「ああ、では今日の夕飯後に時間あるかい?その時に詳細を打ち合わせしよう」
「時間はあります!わかりました。よろしくお願いします」
「いいんだよ。レイブンクローの寮監としても君のような生徒がいてとても嬉しく思うよ。君の鋭い見解に対しレイブンクローに5点与えよう」
「ありがとうございます」
アランは思わぬ収穫に明るい顔をしてフリットウィックと別れた。
【用語解説】
Lチカ:LEDをチカチカ点滅させること.電子工作をする時の一番最初の課題.プログラミングのHello, World!と同じようなもの.
今回見返したら登場人物がほとんど二人でした笑.
色々あり時間ができたため更新しました.
引き続きよろしくお願いします.