第1話『キッカケは恩返し』
俺は高橋 光介(たかはし こうすけ)という幼稚園を卒園したばかりの男子だ。
今日は俺が幼稚園を卒園したお祝いとして家族で車のレースを見るために、父さんが運転する車で静岡県のとあるサーキットに向かっている。
「なぁ、光介。やっぱりバイクのレースを見に行こうぜ。」
そう話し掛けてきたのは俺の3つ年上の兄で、我が高橋家次男の高橋 啓介(たかはし けいすけ)だ。
俺は啓兄ィ(けいにぃ)って呼んでる。
「啓介、いい加減に諦めろ。光介は四輪のレースが見たいって言ったんだからな。」
そう話すのは俺の5つ年上の兄で、我が高橋家長男の高橋 涼介(たかはし りょうすけ)だ。
俺は涼兄ィ(りょうにぃ)って呼んでる。
「けどよ兄貴。」
「今日の主役は光介なんだ。お前のワガママを通すのは、ちょっとカッコ悪いんじゃないか?」
「…わかったよ。悪かったな、光介。」
まだ小学生のお子様なのにしっかり論破してしまうとは…。
涼兄ィのスペックが半端ない。
まぁ、こんな風に考えられるのも俺がいわゆる神様転生ってやつを経験した転生者だからだ。
死因は知らない。
それを知ると、自我が崩壊しかねないって神様に言われたから聞いてない。
もちろん神様転生だから特典は貰ってる。
俺が貰った特典は『騎士は徒手にて死せず』を改良した能力だ。
元々の『騎士は徒手にて死せず』は手で触れた物を疑似宝具に変えるものなんだけど、これを手で触れた物を直感的に理解して十全に扱える様になる…っていう風に改良した能力を特典としてもらったんだ。
試しに幼稚園でゴムボールを手に持ったら、幼児とは思えない見事な投球フォームで投げる事が出来た。
それを目撃されてからは幼稚園でヒーローだった。
前世ではインドア派だったから少し…かなり…いや、めっちゃ有頂天になった。
仕方ないやろ。
運動で誉められた記憶が一つも無いんやもん。
そら有頂天にもなるわ。
それで父さんに野球をやるかって聞かれたんだけど、そこで俺は有頂天から覚めた。
転生したこの世界がどういった世界なのかまだわかってなかったからだ。
それで色々と調べようとしたけど…すぐに頓挫した。
だってこの世界…というか時代か?
まだスマホどころか携帯電話すら無いんだもん。
しかもインターネットも普及してない。
これでどうやって調べろっていうんだ!
俺はまだ幼児だぞ!
そんな俺でも情報を得る術といえば、ブラウン管のテレビで流れるニュースと新聞を見るぐらいのものだ。
だけど幼児の俺がそんなものに興味を示せば、どう考えても違和感満載だろ?
ところがそうはならなかった。
何故なら既に涼兄ィがニュースや新聞を見ていたからだ。
疑問に思って涼兄ィに聞いてみると…。
『俺は父さんの後を継いで医者になるからな。今のうちに学ぶ事を癖付けているんだ。』
と返答があった。
この涼兄ィの返答に母さんから補足が入る。
『お父さんは光介が生まれる前から、子供達の誰かに後を継がせるつもりだったの。それを聞いた涼介が、啓介と光介を自由にさせたいって言って、自分から勉強を始めたのよ。今はまだわからないかもしれないけど、いつかちゃんとお兄ちゃんにお礼を言いなさい。』
だそうだ。
涼兄ィがハイスペックイケメン過ぎる。
それを聞いてから色々と悩んでいたのが馬鹿らしくなった。
だから俺は涼兄の思いに応えて自由に生きようと思った。
今日の卒園祝いにサーキットに行くのは、車好きの涼兄ィへのちょっとした恩返しの様なものだ。
ん?そういえば車…というか乗り物なら、俺の能力を使えるよな?
そしてモータースポーツにはプロの世界がある。
…プロのレーサーを目指してみるか?
父さんも涼兄ィと同じで車好きだ。
プロのレーサーを目指すって言っても、反対せずにむしろ応援して貰えると思う。
啓兄ィは車じゃなくてバイクが好きだけど、同じモータースポーツだし大丈夫だろ。
問題は…母さんかなぁ?
そんな事を考えていると静岡県のとあるサーキットに到着した。
うん、とりあえず今はレース観戦を楽しもう。
プロのレーサーを目指すなら、レースの雰囲気を知っておかないとってな。
◆
side:涼介
「ねぇ、父さん。俺、プロのレーサーになりたい。」
光介の卒園祝いにレース観戦をした帰りの車の中で、突然光介がそんな事を言い出した。
「光介、危ないわよ。他になりたいものはないの?」
母さんが心配してそう言った。
母さんも父さんと同じく医者だ。
だからレースで怪我をしたレーサーを見た事があるのかもしれない。
そんな事を考えていたら父さんが光介を擁護した。
「母さん、怪我のリスクはどんなスポーツでもある。なら光介の選択を尊重すべきだろう?」
「それはそうだけど…そういえば貴方、車が好きだったわよね?」
ギクッと父さんが身体を竦める。
俺としては光介を応援したい。
あわよくば光介を介してレースに関わっていけたらという打算もある。
でもそれ以上に兄として弟の夢を応援したいんだ。
俺は夢を追えないから。
父さんもお祖父さんの後を継いで医者になり、夢を諦めたって聞いている。
だから父さんも俺と同じ気持ちの筈だ。
気付けば俺は口を開いていた。
「母さん、光介が無理をしないように俺がちゃんと見るよ。もちろん医者になる為の勉強も疎かにしない。だから、光介に夢を追わせてあげてほしい。」
母さんは小さくため息を吐いた。
もう一息だな。
「啓介、お前も光介を応援するだろ?」
「よくわかんねぇけど、光介が頑張るなら兄貴として応援しなくちゃな。」
「はいはい、わかったわ。母さんの負けよ。」
母さんは軽く両手を上げて降参した。
俺と啓介、そして光介の三人は後部座席でハイタッチをした。
父さんも運転席で片手を握ってガッツポーズをしている。
「じゃあ父さんが伝手を使って話を進めておこう。光介、お前が小学校に通い始める頃にはカートに乗れる様にしておくからな。」
カートと聞いて光介が首を傾げている。
やれやれ、帰ったら教えてやらないとな。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。
追記:主人公と兄弟の年齢差&特典の説明内容を修正しました。