デビュー戦をポール・トゥ・ウィンの完全勝利で飾る事が出来た。
奈臣は何故かポジションを1つ落として3位になってたけど…何があったんだろ?
まぁ、表彰台で見た奈臣の顔は晴々していたし問題ないか。
表彰式の後は安達さんから取材を申し込まれた。
安達さんは『月刊Jカート』のデスクの人なんだけど、以前から啓兄ィや保先輩の取材に訪れたりしているから顔見知りなんだよね。
安達さん曰く、『僕は自他共に認めるカートマニア』らしい。
それで興味を持ったのか涼兄ィはよく安達さんと話をする。
今日も2人はレースの事で小一時間語り続けた。
啓兄ィが今日一緒に来た中里くんを送ってかなきゃいけないって言わなかったら、たぶんまだまだ話してたと思う。
その後は中里くんも一緒に俺のデビュー戦勝利のお祝いとして、群馬県内のとある高級ホテルに食事に行った。
その高級ホテルで食べた豆腐が凄い美味かった。
どこで作ってるやつなんだろ?
父さんと母さんも気に入ったらしくシェフに問い掛けると、豆腐は『藤原豆腐店』って所から仕入れてるらしい。
毎朝店主が配送してくれてるんだけど、今日は珍しく奥さんが配送してくれたんだってさ。
へぇ~…うちにも配送してくれないかなぁ?
◆
「やったぜぇ!身長が140cmを超えた!くぅ~!」
光介と奈臣のデビュー戦が終わって数日後、群馬県内のとある小学校では身体測定が行われていた。
「樹ィ、なに喜んでんだ?」
歓喜の声を上げる少年…武内 樹(たけうち いつき)に、どこかぼんやりとした雰囲気を持つ少年の藤原 拓海(ふじわら たくみ)が話し掛ける。
「拓海ィ!ようやくカートに乗れる様になったんだ!これが喜ばずにいられるかよ!」
「…カート?」
拓海と呼ばれた少年に樹が熱く語りだす。
「一般的にはゴーカートって言われたりするんだけど、要は小さい車のことさ。」
「ふ~ん…それで、そのカートがどうしたんだよ?」
「体験教室があるんだよ!」
拳を振り上げて気勢を上げる樹に拓海は目を白黒させる。
「体験教室ぅ?」
「そう!県内にあるカートチームで『オートハウス』っていうところがあるんだけど、全国でも屈指の強豪チームのそこがカートの体験教室を開催するのさ!」
「へ~…。」
興味なさそうに返事をする拓海だが、樹は関係ないとばかりに拓海の両肩をつかむ。
「拓海!一緒に参加しようぜ!」
「面倒だなぁ…。」
心底面倒そうに拓海は頭を掻く。
「まぁ、いいか。それで、その体験教室はいつあるんだ?」
「チラシを持ってきてあるから教室に戻ったら渡すよ。それより拓海ィ、お願いがあるんだけどぉ?」
両手を合わせる樹に拓海は首を傾げる。
「体験教室の当日さ、うちの親父が会社の人とゴルフがあるから車を出せないって言うんだよ。だからさ、拓海の親父さんに頼んでくんない?」
「べつにいいけど…あんまり期待するなよ?」
放課後、樹から貰ったチラシを手に拓海は一路帰宅する。
「ただいまぁ。」
「お帰り。拓海ィ、身体測定どうだった?ちったぁ背伸びたのか?」
「まぁな。」
煙草を吸いながら話し掛けてくる父の藤原 文太(ふじわら ぶんた)に、拓海は適当に返事をしながらチラシを差し出す。
「あん?なんだこれ…カート体験教室?」
「樹と一緒に行くって話をしたんだけど、向こうは車を出せないって言うから親父に出してほしいんだ。」
「ふ~ん…。」
拓海は紫煙を吐き出す文太を見ながら返事を待つ。
そんな状態の2人に1人の女性が声を掛ける。
「行ってきたら?店は私が留守番しとくし。」
「おい寛子、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ギブスがあっても接客ぐらいは出来るもの。」
足に痛々しくギブスを巻いたこの女性は拓海の母であり、文太の妻である藤原 寛子(ふじわら ひろこ)だ。
1週間ほど前に夫の代わりに豆腐の配送を彼女がしたのだが、その帰り道の秋名山で事故を起こしてしまったのだ。
幸いにも命に別状はなかったが愛車を廃車にされた夫の文太は、彼女に豆腐の配送禁止を言い渡している。
「まぁ、お前がそう言うならいいか。」
「いいんだな?それじゃ樹に連絡する。」
そういう拓海を横目に寛子はチラシを手に取る。
「拓海がカートねぇ…誰に似たのかしら?」
「さぁな?」
そんな夫の返事に寛子はクスクスと笑う。
「ねぇ、レースの世界から足を洗って、うちに婿入りしてきて後悔してない?」
「それ何度も言っただろう?してねぇよ。お前に惚れちまった俺の負けだ。」
照れを誤魔化す様に頬を掻く文太に寛子は微笑む。
「そういえば納車ってもうすぐよね?新しい車は何にしたの?」
「…86だ。」
樹への連絡を終えた拓海は、そんな会話を耳にして首を傾げたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
拙作世界の文太は奥さんと離婚しておらず、夫婦円満に過ごしています。
また来週お会いしましょう。