オートハウスでカートの体験教室が行われた後日、小学校の教室で樹は興奮した様子で拓海に話し掛けた。
「拓海!お前すっげーよ!」
「どこがすげぇんだよ…ずっとスピンしてただけじゃねぇか。」
机に頬杖をついてため息を吐く拓海に、樹は身振り手振りで感情を伝えようとする。
「それがすっげーんだよ!俺もやってわかったけど、1回スピンしたらビビってコーナーに突っ込めなかったんだ。なのにお前は何度も突っ込めただろ?」
「…ふ~ん。」
照れた拓海は誤魔化す様に頬を掻く。
「それで拓海、お前チームはどうするんだ?」
「親父が探しとくってさ。」
「オートハウスには入らないのか?」
樹がそう問い掛けると拓海は普段はなかなか見せない真面目な表情をする。
「樹、ちょっと話を聞いてくれるか?」
「なんだ?」
「俺、あの2人に負けたくねぇんだ。」
「高橋 光介と源 奈臣か?」
頷いた拓海は話を続ける。
「この前初めてカートに乗ってけっこう面白かった。だからこれからも続けてくつもりだけど、やるからには勝ちたいんだ。梶原さんが言ってたけど、あの2人は小1の頃からカートをやってるらしい。そんな2人と同じことしてても追い付けるとは思えねぇよ。」
「まぁ、デビュー戦でジュニアカデットクラスのコースレコードを更新しちゃう様な奴等だしなぁ。そりゃ同じことしても追い付けないって思うよなぁ。」
そんな樹の言葉に拓海はキョトンとする。
「そうなのか?」
「ライバルなんだから少しは調べろよぉ、拓海。」
「…ごめん。」
頭を掻く拓海に樹はため息を吐く。
「よし!俺も手伝うぞ!」
「手伝うって何を?」
「マネージャーだよマネージャー!俺がお前のマネージャーになって手伝うの!」
「マネージャー?」
小首を傾げる拓海に樹は説明する様に話す。
「この前の体験教室で梶原さんや涼介さんと話したんだ。」
「梶原さんはわかるけど、涼介さんって誰だ?」
「高橋 光介のお兄さんだよ。涼介さんは俺達の5つ上なんだけど、オートハウスでマネージャーをやってるんだ。」
樹の言葉に拓海は驚く。
「5つ上って、まだ中学生だろ?それなのに大人に交じってマネージャーをしてるのか?」
「聞いた話しだけど小6の頃からやってるらしいぞ。」
「へぇ~。」
感心の声を上げる拓海に樹は話を続ける。
「話を戻すぞ。それで2人と話した時に、俺にマネージャーをやらないかって誘われたんだ。」
「誘われた?」
「俺は小3にしてはカートとかレースの知識が多いんだってさ。それで体験教室での走りを見た限りではレーサーとしては難しいけど、知識を活かしてレーサーを支えるマネージャーをやってみないかって言われたんだ。レーサーは無理って言われてへこんだけど、あんな風に誉められたのは初めてだから嬉しかったなぁ。」
くぅーっと喜ぶ樹を見て拓海は苦笑いする。
「そういうわけでさ、親父さんに俺もマネージャーとしてチームに入れる様に頼んでくれよ、拓海。」
「わかった、親父に言っとく。」
◆
そんな拓海と樹の話があったその日の夜、文太は居酒屋で友人の『立花 祐一(たちばな ゆういち)』と飲んでいた。
「政志に聞いたぞ文太。お前の息子がカートを始めるんだって?」
「まぁな。」
「蛙の子は蛙ってことか、はははっ!」
上機嫌にビールを呷る祐一に文太は小さくため息を吐く。
「それでお前の息子…拓海はどうなんだ?」
「ヒヨコですらねぇ卵ってとこだな。まぁ、スピンしてもビビらねぇ度胸の良さは買いだが…。」
「その度胸の良さはお前に似たんだか、寛子ちゃんに似たんだかわからんな。」
ツマミの唐揚げをポイッと口に放り込んだ祐一はビールで胃に流し込む。
「ところで文太、チームは決まったのか?良かったら俺の方で紹介するぞ?」
「心配すんな、目星はつけてある。」
「そうか…どこだ?」
「政志がマシンのメンテナンスを請け負ってるとこで確か…ナイトキッズって言ったか?」
ほぉっと祐一は感心の声を上げる。
「高橋 啓介や斑鳩 保(いかるが たもつ)がいるオートハウスと渡り合ってる中里 毅がいるチームだな。」
「知ってるのか?」
「まぁな。」
祐一は空になってる文太のグラスにビールを注ぐ。
「群馬県内どころか全国でも覇を競ってる強豪だ。なんでも中里の走りに惚れ込んだとかでスポンサーが1つ増えたらしいぞ。」
「詳しいな。」
「ガソリンスタンドの店長ってのはけっこう走り屋に顔が利いてな。そこから色んな情報が入ってくるのさ。」
その後、すっかり出来上がった2人は代行を呼んで帰路につくのだった。
次の投稿は11:00の予定です。