転生先がファンタジーとは限らない!   作:ネコガミ

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本日投稿2話目です。


第2話『初めてのカート』

小学校に入学してから初めての週末、俺は今生の出生地である群馬県内のとあるサーキットにやって来ていた。

 

「光介、これがお前のマシンだ。」

 

満面の笑みで父さんがそう言う。

 

カート。

 

子供から大人まで幅広い年齢層がいる競技なんだけど、日本ではあまりメジャーな競技ではない。

 

理由は一つ。

 

とにかくお金が掛かるんだ。

 

マシン本体やタイヤにエンジン等の整備代、練習の為にサーキットを使う使用料、レースに出る為の遠征費…と、ガチでやるにはとにかくお金が掛かる。

 

まぁ、我が家は両親が共に医者で裕福だから問題ない。

 

問題ないけど…なんか金銭感覚がおかしくなりそうだ。

 

レーシングスーツにヘルメットを脇に抱えた格好で、俺はインストラクターからサーキットで走る上でのマナー等のレクチャーを受ける。

 

ちなみに一緒に来た涼兄ィも真剣に聞いている。

 

啓兄ィは…欠伸してるな。

 

これがカートじゃなくてミニバイクだったら、啓兄ィも真剣に聞いてたかな?

 

インストラクターの話は時折脱線したりするけど、結構面白かったりする。

 

その脱線話の一つでサーキットによっては身長制限…140cmに満たなかったら乗れないとかの条件があったりするんだけど、そうと知らずに来たお客さんからお怒りを受けた話があったそうだ。

 

俺の場合は父さんのコネで問題無し。

 

まぁ、レースとなるとまだ出れないみたいだけどね。

 

インストラクターの話ではジュニアカデットクラスっていうのがあるんだけど、それが当該年9歳からじゃないとダメなんだそうだ。

 

他にもライセンスが必要だったり、自動車連盟公認コースで一定時間以上のスポーツ走行経験の証明が必要とか色々と面倒そうな話が続く。

 

だけど必要なことなんだろうなぁ。

 

カートは小さいけどエンジンがある乗り物だ。

 

ドライバー当人だけじゃなくて、他の人の安全の為にもそういった事が必要なんだろう。

 

そんな細々としたインストラクターの話が終わって、レクチャーはいよいよカートに乗る段階に進む。

 

インストラクターが手本を見せてくれる。

 

マシンを押してエンジンを掛けて乗り込む。

 

その姿が意外とカッコ良くて、俺の厨二病が刺激される。

 

まぁ、刺激されたのは俺だけじゃないけどね。

 

「へぇ、俺も一回やってみてぇな。」

「なんだったら、啓介もカートをやってみたらどうだ?」

「…いや、俺はやっぱりバイクがいいぜ。」

 

啓兄ィのその言葉に涼兄ィは『頑固だな。』と苦笑いをしている。

 

「さぁ、光介くん。やってみようか。」

 

インストラクターの人に促されて、俺はカートのステアリングに触れる。

 

その瞬間、能力が発動してマシンを掌握したのだった。

 

 

 

 

side:涼介

 

 

光介は一発で押し掛けを成功させた。

 

「光介くん、それじゃコースを走ってみようか。無理をせずにゆっくりでいいからね。」

 

インストラクターの声に頷いた光介は、レクチャーで習ったマナー通りにしてコースに出ていく。

 

そして耳に心地好いエンジン音を鳴り響かせながら加速していく。

 

もう少しで第1コーナーだ。

 

俺は光介がどんな走りを見せてくれるのかワクワクしていた。

 

だが…。

 

「う~ん…初めてだしそうなっちゃうよなぁ。」

 

そんなインストラクターの声が聞こえた。

 

「なぁ、なにがそうなるんだよ?」

 

啓介がインストラクターにそう聞いている。

 

俺も疑問に思って目を向けた。

 

「光介くんがコーナーに差し掛かったら耳をすましてごらん。そうすれば、お兄さんの言葉の意味がわかるかもしれないよ。」

 

インストラクターの言葉通りに俺と啓介は耳をすませる。

 

ブォォォォォ!

 

エンジン音が高らかに鳴り響いている。

 

だが…。

 

ブォォォォォ…。

 

コーナーのかなり手前でエンジン音が小さくなった。

 

「おっさん、音が小さくなったぞ。何でだ?」

「おっさん…まだ二十代なんだけどな…。」

 

啓介の言葉でインストラクターが落ち込んだ。

 

このままじゃ話が進まないので声を掛ける。

 

「お兄さん、エンジン音が小さくなったのは光介がアクセルを緩めたからですか?」

「あっ、うん、そうだね。」

「じゃあ、なんで光介はアクセルを緩めたんだよ、おっさん。」

 

またインストラクターが落ち込んだので、啓介に耳打ちをして呼び方を訂正させる。

 

「教えてくれよ、兄ちゃん。」

「…コホン、カートは60ccのエンジンだと時速30km~70kmぐらいまで速度が出るんだけど、体感速度ではその2倍から3倍になる事もあるんだ。」

 

この説明に父さんの補足が入る。

 

「車高が低くて地面が近いから起こる錯覚だな。」

「錯覚?」

 

啓介の言葉に頷いて父さんが話を続ける。

 

「人間の感覚はけっこう曖昧なものでな、昼と夜といった明るさの違いでも体感速度に違いが出るんだ。啓介にわかりやすい例だと、キャッチボールで遅い球を受けた後に速い球を受けると、いつもよりも速く感じるだろう?ああいう感じで人の感覚は錯覚を起こしやすいんだ。」

 

納得したのか啓介は感心の声を上げた。

 

「それはわかったけど、なんで光介はスピードを緩めたんだ?」

「はっきり言えば、カートのスピード感が怖いからだろう。」

 

後ろから来たマシンに光介がコーナーで抜かれたからなのか、啓介は舌打ちをする。

 

「光介!もっと気合い入れて突っ込め!」

「啓介くん、たしかにスピードは遅いかもしれないけど、光介くんは初めてとは思えない凄い事をしているよ。」

 

インストラクターの人の言葉に興味を惹かれた。

 

「光介は何をしてるんですか?」

「コーナリングを見てごらん。凄くスムーズだろう?」

 

促されて光介に目を向けると、確かにスピードは遅いけどスムーズにコーナリングをしている。

 

「そんなの普通じゃねぇのか、おっさん?」

「おっさ…もういいや…啓介くんは普通に思ったかもしれないけど、あれは十分に凄い事なんだよ。普通はステアリングを何度も切り返して、曲がる角度を調節するものなんだ。それがタイヤの摩耗やコーナリングスピードの減少に繋がってしまうんだけどね。でも光介くんは違う。ステアリングの操作を最低限にしてコーナーを曲がってるんだ。」

 

インストラクターの言葉を聞きながら光介の動きを観察する。

 

確かにコーナーを曲がっている間、ステアリングをほとんど動かしていない…。

 

そのまま観察を続けていると光介がホームストレートに戻ってきた。

 

マシンはドンドン加速して第1コーナーに向かっていく。

 

エンジン音が小さくなった。

 

またアクセルを緩めたんだ。

 

だけどそこからが違った。

 

キュッ!という音と共にマシンが向きを変えると、勢いよくコーナーを抜けていったんだ。

 

「…これは驚いたなぁ。」

 

インストラクターの人はそう呟きながら、光介を食い入る様に見ている。

 

「何に驚いてるんだ、おっさん。」

「光介くんのコーナリングだよ。まさかいきなり『荷重移動』で向きを変えてコーナリングを綺麗に決めるとは思わなかったんだ。」

 

啓介が首を傾げたのを見て、インストラクターの人は言葉を続ける。

 

「啓介くんはブレーキを何に使うかわかるかい?」

「止まるために決まってるだろ。」

「うん、普通にイメージされるブレーキの使い方はそうだよね。」

 

インストラクターの人は少し苦笑いをした。

 

光介が普通じゃない事をしているからか?

 

「光介は何をしてるんですか?」

 

俺の問い掛けにインストラクターの人は腕組みをして答える。

 

「一言で言えばブレーキをマシンの向きを変える為に使っている。」

「そんなこと出来るのか?」

「出来るよ。難しい技術だけどね」

 

なるほど、覚えておこう。

 

「それで光介くんなんだけど、減速の為にブレーキを使っていないから思ったよりはスピードが落ちていないんだ。ほら、その後のストレートが速いだろう?前を走っている子をストレートで抜いている。普通はコーナー入口で並んだりしてバトルする事が多いんだけど、光介くんはそういったバトルをせずにストレートで綺麗に抜いてるんだ。」

 

一台、また一台と前のマシンを抜いていく光介の姿に見惚れてしまう。

 

「まったく…信じられないよ。高橋さん、光介くんは本当に初めてなんですか?」

「あぁ、今日が初めてだよ。」

「末恐ろしいですね。レース慣れすればいいところを狙えますよ。」

 

やがてホームストレートに戻ってきた光介はそのまま三周目に入る。

 

そして第1コーナー。

 

光介は驚くほど鮮やかにコーナーを抜けていった。

 

「高橋さん、前言撤回します。レース慣れをすれば光介くんは、今すぐにでもジュニアカデットクラスの全国レベルで表彰台を狙えます。」

「そうか…今日は確かこのサーキットのオーナーが来ていたね?すまないが少しの間、息子達をお願いするよ。」

 

そう言って父さんは離れていった。

 

それを見送ったインストラクターは光介に目を向ける。

 

そして…。

 

「冗談だろ?僕は今でも荷重移動を使いこなせているわけじゃないのに…天才って本当にいるんだなぁ。」

 

と呟く。

 

そんな呟きを耳にしながらも、俺と啓介はどんどんキレを増す光介の走りに見惚れ続けるのだった。




次の投稿は11:00の予定です。

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