ジュニアカデットクラスの全国大会当日、拓海と樹は文太に頼んで会場に足を運んでいた。
沙雪が友人である真子を誘ってついてきたが、その真意をまだ子供である拓海と樹が気付くことはなかった。
男連中で気付いているのは文太だけだ。
そんな彼は素知らぬ顔で青春している子供達を応援するだけである。
「そんじゃ俺は喫煙所にいるから、あんまり動き回って迷子になるんじゃねぇぞ?」
「私と真子でちゃんと見とくから安心してよ、お養父(じ)さん。」
沙雪の意味深な言い方に文太は苦笑いしつつも、サーキットで始まった予選を横目に喫煙所に向かう。
するとそこで懐かしい顔と再会した。
「…もしかして藤原か?」
「…小柏か。」
かつてのライバルと再会した文太だが、会話の前に先ず一服を始める。
「久し振りだな藤原。」
「あぁ、裕一から聞いたが中学校で教師やってんだって?」
「立花の奴は相変わらず耳がいいな。」
苦笑いする小柏に文太は紫煙を吐き出して一言言う。
「あんなイカれた走りをしてたお前がねぇ…。」
「人の事を言えるか、お前だってあんな下品な走りをしてた癖に。豆腐屋の親父だろうに。」
「はははっ、違いねぇ。」
笑う文太を見て小さくため息を吐いた小柏は、胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。
「ところで藤原、ここにいるってことはお前の子供もカートを始めたんだろう?」
「まぁな。」
「パンフレットに載ってないが、どこにいるんだ?」
「あそこで見学だ。」
文太が顎で指し示した先に拓海の姿を見つけた小柏は、拓海から走れる者特有の気配を感じずに首を傾げる。
「いつから始めた?」
「今年からだ。」
「そうか…お前のことだからもっと子供の頃からやらせてると思ったんだが…。」
文太は紫煙を吐き出して短くなった煙草を揉み消すと、新たな煙草に火をつける。
「俺が走り屋だったからって、あいつも走り屋にならなきゃいけねぇわけじゃねぇだろ。」
「…耳が痛いな。」
小柏は2年前に息子のカイにカートを始めさせた。
今ではカイ自身の意思でカートを続けているが、それでも息子に半ば強制で始めさせたことは、教師としてあるまじき行為だったのではと思っている。
だが息子に自分の夢を託そうとするのは不自然ではないだろう。
「別に気にする必要はねぇだろ。きっかけは何だろうと、ガキが夢中になれるもんを見付けたんならな。」
「そう言ってもらうと少しは救われる気がするな。」
短くなった煙草を揉み消した小柏は喫煙所を後にしようとする。
「どこに行くんだ?」
「ちょっと息子の所にな。」
「そうか…ところで小柏。」
「なんだ?」
「あんまりガキの背中に昔のテメェの影を重ね過ぎんなよ。」
小柏は文太に背を向けたまま立ち止まる。
「レースに限らずスポーツってのは遊びの延長だ。プロだなんだって言うからややこしくなる。もう少し力を抜いて楽しめよ。」
「…あぁ、そうだな。」
小柏が立ち去ると文太は紫煙を吐き出す。
「まぁ、俺と違ってあいつはプロのシートを諦めるしかなかったからな。心にしこりが残っても仕方ねぇか。」
かつて小柏はプロチームと契約が決まった程の素晴らしい選手だった。
だが契約したチームが突如解散。
小柏はプロとして1戦も走ることなくシートを失った。
その後、小柏は諦めずにもう1度プロ契約を勝ち取ろうと奔走したが縁に恵まれず大学卒業までにプロ契約が決まらなかった。
その為、彼にとっては挫折する形でレーサーの道を諦めたのだ。
そういった経緯を裕一から聞いて知っていたが故に、文太はあえて小柏に楽しめと言ったのだ。
煙草を揉み消した文太はサーキットに釘付けになっている拓海に目を向ける。
「やれやれ、マジになりやがって…。あの負けず嫌いはいったい誰に似たんだか。」
そう言いながらも微笑んだ文太は喫煙所を後にしたのだった。
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