ジュニアカデットクラス全国大会の本戦が始まった。
ローリングスタートをしっかり決めると、俺はタイヤマネジメントを意識しながら第1コーナーに向かう。
(能力が教えてくれる感覚がいつもと違う。ステアリング操作とアクセルワークが凄く繊細だ。)
第1コーナーを抜けただけでタイヤをいたわっている感覚がわかる。
でも…。
(いつもと違うリズムだからか、まだ乗りきれてないなぁ…。)
タイムアタックの時と比べると間違いなく乗れてない。
早いところ慣れないと奈臣にオーバーテイクされるかも。
(タイヤマネジメントかぁ…涼兄ィが作ってるサーキット最速理論と関係あるのかな?)
涼兄ィはオートハウスのマネージャーとして活動してるんだけど、最近はデータ等を家にあるパソコンに入力してあれこれと考えている。
俺と啓兄ィが見せて貰うと、そこにはサーキット最速理論なるものが書かれていた。
涼兄ィが言うにはまだまだ未完成で随時更新中の代物らしい。
けどそういった方面からレースにアプローチしていくのは、なんか涼兄ィらしいと思う。
そんな事を考えながら走っていると、ファーストラップの最終コーナーを抜けてホームストレート入る。
「うん、だいたいのリズムは掴めた。よし!ペースを上げるか!」
◆
光介の背後について走っていた奈臣は違和感を抱いていた。
(光介のやつ、なんやようわからんリズムで走っとんな。何をしてるんや?)
光介のアクセルワークによる変則的なリズムを可能な限りトレースしながら、奈臣は首を傾げる。
(まぁ、ええわ。それよりも問題は小柏のやつや。)
ファーストラップは様子見だったのだろう。
2周目から小柏は奈臣をオーバーテイクしようとアタックを仕掛けてくる。
それをさりげなくラインをブロックしオーバーテイクを阻止すると、奈臣は光介へと目を向ける。
(今の光介のペースならオーバーテイクを仕掛けられるんやけど、なんか嫌な予感がするんよなぁ。)
レースで幾度も光介の背中を追い続けてきたからこそ感じる予感。
その予感の正体がわからないからこそ奈臣は慎重になった。
「っ!?おっと!」
どこか違和感を感じるリズムのままペースを上げ始めた光介の走りに、奈臣はしっかりと合わせていく。
(ほんま天才ってのはわけわからんで。なんでそんなヘンテコなリズムでペースを上げれんねん。)
奈臣はヘルメットの中で笑みを浮かべる。
「まぁ、ええわ。お前が新しいことをやるんやったら、俺も勉強させてもらうだけや。そしてぶち抜いたる!」
◆
3周、4周とレースが進むにつれ、観戦していた拓海は違和感に気付いた。
「あれ?」
「どうした、拓海?」
疑問の声を上げた拓海に樹が問いかける。
「樹、なんか光介の走りのリズム…変じゃないか?」
「走りのリズム?俺にはいつも通りにバカ速いとしか思えないけど…。」
「ほう?小学生のガキがあの走りを出来んのか。」
拓海と樹の会話に割り込む様に喫煙所から戻った文太が声を上げる。
「親父、光介が何をしてるのかわかるのか?」
「あぁ、ありゃタイヤマネジメントをしながら走ってんだ。」
「「「タイヤマネジメント?」」」
拓海と樹だけでなく、沙雪と真子揃って声を上げる。
「車ってのはタイヤのグリップがあるから進むことも曲がることも出来る。逆に言えば、タイヤのグリップがなくなりゃそれが出来なくなる。レース後半でペースが落ちる原因の大半はタイヤのグリップが減っちまうからだ。」
「それとタイヤマネジメントがどう関係してるの?お養父(じ)さん。」
沙雪の疑問に答える前に文太は胸ポケットに手をやるが自重する。
「タイヤマネジメントってのは簡単に言えば、タイヤのグリップを管理しながら走ることだ。プロでも頭を悩ませる高等技術だな。」
「プロでも頭を悩ませるって…そんなに難しいんですか?」
驚く樹に文太は頷く。
「タイヤマネジメントにはこれだという正解が無いからな。路面の状況やらなんやでやるべき事がコロコロ変わっちまう。だからこそプロでも頭を悩ませるんだ。」
煙草が吸いたいと思いながら頬を掻く文太の言葉に、子供達は感心の声を上げる。
「拓海、光介くんの走りをよく見とけよ。いずれはお前にもやらせるからな。」
「俺にもって…プロでも難しいのに出来るのかよ?」
拓海の言葉に文太は不敵な笑みを浮かべる。
「コツを掴めば意外となんとかなるもんだ。」
「親父…ほんとになんで豆腐屋をやってんだ?」
文太は拓海の問いを無視して喫煙所に向かうのだった。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。