ジュニアカデットクラスの全国大会本戦も半ばまで過ぎた頃、奈臣は内心で首を傾げていた。
(なんや今日はえらいタイヤの食い付きがええなぁ。もしかして光介のヘンテコなリズムの走りのせいかぁ?)
確信には至らずとも光介がタイヤマネジメントをしながら走っている事を察すると、奈臣の背中に鳥肌が立った。
(ったく、どんだけ引き出しあんねん。いや、もしかしたら涼介に言われてやってみたら出来たとかかもしれへんな。まぁ、どっちにしろえげつない程に才能があるんは変わらんけどな。)
コーナーを攻めながら奈臣は横目で後方を確認する。
するとそこには徐々に遅れ始めたカイの姿があった。
(向こうはもうタイヤに影響が出とるんか?まぁ、オープニングラップからさんざん仕掛けてきとったから当然やな。)
ペースが落ちるぐらいタイヤを消耗している相手に対して、自身のマシンのタイヤは手応え十分。
それを認識するとまた奈臣の背中に鳥肌が立った。
(タイヤマネジメント…ものに出来たら戦略の幅が変わるで。絶対にものにせなアカンな。)
奈臣はニヤリと笑うとステアリングを握り直す。
「まぁ、それはそれや。タイヤに余裕があるんやったら、こっからはガンガン行くで!」
◆
レースも残り3周というところで周回遅れに追い付くと奈臣が仕掛けてきた。
外から被せる事で次のコーナーでインを取るつもりだ。
奈臣と横並びでコーナーを抜けながら周回遅れのマシンをオーバーテイクする。
まだ俺が少し前に出ている。
次のコーナー、インをとった奈臣は突っ込みを選択。
俺は立ち上がり重視でコーナリング。
コーナーの終わりでは奈臣がマシン半分前に出たけど、次の高速コーナーで抜き返す。
1つ前のコーナーで立ち上がり重視を選んだ事で、俺の方がスピードが乗った状態で高速コーナーに進入する事が出来たからだ。
高速コーナー後のストレートで完全に奈臣の前に出る。
迫る次のコーナーはヘアピン。
ブレーキングをするとグリップが残っているタイヤがしっかりと路面を噛んでくれる。
立ち上がりでもしっかりと路面を噛んでくれるのでマシンが加速する。
その後ホームストレートに戻ってきて残り2周。
啓兄ィが掲げてくれているボードをチラリと見ると奈臣との差はコンマ5秒。
気は抜けない。
涼兄ィの指示を守ってタイヤマネジメントを意識しながらも、可能な限りペースを上げる。
能力が教えてくれる感覚が繊細なアクセルワークとステアリング操作を要求してくるのでかなり疲れる。
ファイナルラップ。
奈臣との差は1秒。
まだワンミスで逆転可能な範囲。
前に周回遅れ。
タイヤのグリップにはまだ余裕がある。
コーナーで外から仕掛けてオーバーテイク。
立ち上がりの手応えはまだまだ十分。
次々とコーナーを抜けてヘアピンに差し掛かる。
ここをきっちり決めれば…!
よし!後少し!
最終コーナー!
立ち上がってホームストレート!
チェッカーフラッグが振られている。
歓声が耳に届く。
駆け抜ける。
一際大きな歓声が耳に届く。
大きく息を吐いた。
勝った。
余韻に浸ってしばらく流していると、奈臣が横に並んできた。
奈臣は無言で俺に向けて拳を突き出してくる。
俺は奈臣と拳を合わせてお互いに健闘を称えあったのだった。
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