「あかん、右足がつりそうやわ。」
ジュニアカデットクラスの全国大会本戦を2位でフィニッシュした奈臣は、表彰式後に行う予定のミーティングを前に飲み物を片手にそうぼやいた。
「タイヤマネジメントをするにはそんだけ複雑なアクセルワークが必要ってことやな。筋肉痛になるやろうから後で湿布を張っとくんやで。」
「オカン、オカンは現役時代にタイヤマネジメント出来たんか?」
「それっぽい事はやっとったけど、出来てたとは言いきれへんなぁ。私は光介くんみたいに常にマシンの状態を把握出来たわけやないから。」
そう言いながら肩を竦める奈々子を見て奈臣は空いている手で頭を掻く。
「正直あのアクセルワークは複雑すぎて覚えられへん…頭がパンクしそうや。」
「まぁ、ある程度出来たら戦略の幅が広がるって程度に考えとき。下手に走りのリズムを崩してスランプになってもしゃあないからなぁ。」
気持ちに整理をつけるために飲み物をグッと飲むと、奈臣は勢い良く立ち上がった。
「ちょっと涼介と話をしに行ってくるわ。」
「そろそろミーティングやから短めにせぇよ。」
片手を上げて歩いていく息子の背を見送った奈々子は、光介の所に向かう。
すると光介は啓介に質問攻めされていた。
「奈臣が仕掛けてきた時に少し退いたよな?なんでだ?」
「退いたわけじゃなくて立ち上がりを重視したんだよ啓兄ィ。」
啓介は光介が奈臣に抜かれた場面の事を聞く。
しかしそれは自身が光介を抜けなかった悔しさからではなく、自身の成長に繋がると感じたからだ。
奈々子はそんな会話を腕を組んで見守る。
「立ち上がりを?」
「うん、あのコーナー1つだけ見れば突っ込むよりタイムが遅くなるけど、コース全体で見ればタイムが速くなるんだよ。涼兄ィに言われて体内時計を作る為の練習してるのは知ってるでしょ?それをやってからなんとなくそういう事もわかる様になったんだよね。」
奈々子は光介の話を聞いて苦笑いをする。
(小学3年生でコース全体の繋がりを考えられる様になるやなんて、やっぱり光介くんは並みの子やないなぁ。私がそれを考えられる様になったんはいつ頃やったかな?)
少なくとも小学生の時はただガムシャラだったと思い出し、奈々子は改めてレースは楽しいものだと確信する。
(これがなければもっと現役を続けられたんやけどなぁ…。)
奈々子は腕を組んで寄せ上がっている実り豊かなものに目を向ける。
(うちのクリニックの娘達は羨ましがるけど、あればあったで邪魔なもんなんやで?)
持たざる者が聞けば戦争が起きかねない事を考えながら小さくため息を吐くと、奈々子は笑みを浮かべて柏手を一つ打つ。
「さぁ、そろそろミーティングを始めるで!今日は打ち上げの予約もしてあるから、早いとこ終わらせてパーッといこかぁ!」
子供達が揃って歓声を上げると、奈々子は笑みを深めて何度も頷いたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。