武と勇のデビュー戦後、俺と奈臣も今シーズンの初レースに向けて練習に励んでいた。
スポンサーさんが去年の戦績のご褒美として貸し切ってくれたサーキットでね。
ただ下ろし立てのエンジンだから今日は全力では走らず、1周毎に遅めのタイムを設定して慣らし走行をしている。
まぁ、この遅めタイムで走るのが意外に難しく、俺と奈臣は慣らし走行でも楽しみながら走れてるけどね。
そろそろ休憩しようかと考えながら走っていると、ふとサーキットに見慣れぬ人達の姿を発見した。
(歳が近そうな子供が3人に大人1人…どこのチームだろ?)
何度も頭を下げる大人の人に根負けしたのか、管理人さんが奈々子監督に頭を下げ始めた。
奈々子監督の笑顔を見るに、たぶん一緒に走るのを許可したんだろうなぁ。
時折横目でチラッと見ながら走っていると、管理人さんが身振り手振りで何かを教えている光景が映る。
もしかして初心者?
しばらくすると子供達の1人が走りだした。
「カッちゃん行けー!」
やけに通る女の子の声が聞こえたのでチラッと横目で見ると、あの子が左コーナーに差し掛かかるところだった。
(危なっ!?)
マシンに乗っている子がステアリングを切ると、急にマシンがガタガタと震えて曲がれずコースアウトしてしまった。
それを見ていたのか管理人さんが戻ってこいと声を上げたんだけど、あの子はコースに戻ってそのまま走り出した。
(いやいや、危ないから!戻って整備しなよ!)
右コーナーは普通に曲がれているけど左コーナーは曲がれていない。
その状況から察するに、たぶん右フロントタイヤがちゃんと接地してないんだと思う。
管理人さんが何度も戻ってくる様に言うんだけど、あの子は聞く耳持たずに走り続けている。
ついには一緒に来ていた大人の人が、コースアウトして止まったあの子に直接話しかけたんだけど、それでもあの子はまた走り始めた。
…どうすんのこれ?
とりあえず俺と奈臣は一度ピットに戻る。
「あの子…平 勝平太(たいら かっぺいた)くんいうんやけど、凄い集中力やねぇ。管理人さんの声は聞こえてなかったみたいやわ。」
「周りが見えてへんだけやろ。それよりオカン、どうすんねん?整備不良のマシンに乗った初心者とか危な過ぎるで。」
奈臣の問いに奈々子監督は小さくため息を吐く。
「エンジン音を聞くにあの子のマシンには4ストのエンジンを積んでるみたいやなぁ。あんまスピードは出ぇへんから、あんたらなら大丈夫やろ?これも練習やと思って頑張りや。」
奈々子監督の言葉を聞いた奈臣がため息を吐く。
「そんであそこのオッサンの点数稼いで後でデートするっちゅうわけやな?」
「せやな、あの渋い髭も私好み…ってなに言わせんねん!」
ゴツン!と拳骨が奈臣の頭に降り注ぐ。
「…さっきあのオッサンが管理人さんに頭を下げとったのを見たか?」
耳打ちをしてきた奈臣の言葉に頷く。
「オカン、ああいうのに弱いねん。こらもしかしたら、オカンに春が来たのかもしれんな。」
「…聞こえとるで?初めてサーキットを走るあの子があんだけ集中して走っとるんや!余計なこと言っとらんで、ちゃっちゃと練習に行かんかい!」
奈々子監督に追い立てられて俺と奈臣は練習を再開する。
それと同じ頃に平くんの走りに変化が現れ始めたのだった。
次の投稿は11:00の予定です。
今思うと整備不良のカートで走り続けさせるとか狂気の沙汰でしかないと思う今日この頃です。