目が覚めたら父さんの病院のベッドの上だった。
俺が起きた事に気付いた母さんが呆れた様な目を向けてくる。
「どこまで覚えてる?」
「えっと、レースを走りきったところ…あっ、結果はどうなったの?」
そう問い掛けると母さんはこれみよがしにため息を吐く。
「光介が優勝。それ以外の結果は涼介に聞きなさい。」
そう言って白衣を纏っている母さんは部屋を出ていった。
母さんと入れ替わる様にして涼兄ィが部屋に入ってくる。
すると涼兄ィはいきなり頭を下げた。
「すまん、光介。」
涼兄ィが言うには、俺はレースが終わってから丸一日寝ていたらしい。
点滴を打たれたりしても起きなかったそうだ。
「謝らないでいいよ涼兄ィ。レースをやるって決めたのは俺なんだから。」
「いや、兄でありマネージャーである俺が止めなきゃならなかった。だが、その決断が出来なかった。」
そこから俺と涼兄ィの謝罪合戦は啓兄ィが来るまで続いた。
「ったく、二人してなにやってんだか。」
「あはは…あっ、そう言えば結果はどうなったの?」
俺の言葉を受けて涼兄ィが一枚の用紙を渡してくる。
それに目を通すと少し驚く結果が載っていた。
「奈臣が4位?」
「奈臣、藤原、小柏の3人が同時にチェッカーフラッグに飛び込んでな。写真判定の結果そうなったんだ。」
用紙には2位が拓海で3位がカイ、そして4位が奈臣って載っている。
話を聞くと俺の後ろについてタイヤを温存していた拓海が、奈臣とカイを出し抜いて2位になっそうだ。
うへっ、拓海が後ろにいたとか覚えてないし。
「光介、安達さんが取材を申し込んできてるぜ。どうする?」
「受けるって返事しといてよ。」
「オーケー。」
啓兄ィが立ち上がると涼兄ィが一言。
「啓介、光介は病み上がりだ。取材は来週以降にしてもらえ。」
その一言を聞いた啓兄ィは手をヒラヒラと振って部屋を出ていった。
そして啓兄ィと入れ替わりに母さんがカルテを片手に戻ってくると診察が始まったのだった。
◆
自他共に認めるカートマニアな記者である安達は、当時を振り替えって次の様に語る。
『僕が彼…高橋 光介くんと知り合ったのは、彼がまだカートのジュニアカデットクラスでデビューする前だったよ。』
『彼は当時から飛び抜けて速かったね。』
『どれぐらい速かったかって?』
『国内トップクラスのジュニアカデットの先輩達を、当然の如くオーバーテイクするぐらいさ。』
『シビレたね。惚れ込んだよ。』
『それからは公私共に彼の走りを観るために追い掛けたよ。』
『そして伝説を目撃したんだ。』
『向こう100年は絶対に更新されないであろう、あの記録を叩き出した伝説の走りをね。』
『カメラのシャッターを切りながら涙を流したのを覚えてるよ。』
『あぁ、ついに日本に世界で通用する…いや、世界で勝てる選手が出てきたって感動でね。』
『その時の感動が忘れられなくてね。今ではこうして職場を変えてまで彼を追い掛け続けているんだ。』
安達は嬉しそうに笑顔で語り続ける。
その姿はまるで、憧れのヒーローについて語る子供みたいなのであった。
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