レースの表彰式が終わるとカペタが走って光介に近寄る。
「光介!」
呼び声に振り向くと光介は首を傾げる。
「どしたのカペタ?」
「えっと、その…ごめんなさい!」
「えっ?ほんとにどしたの?」
本気で困惑する光介にカペタは頭を下げ続ける。
「ぶつけちゃって、ごめんなさい!」
「えっ?あ~…レースに接触はつきものだし、そんなに気にすることないよ。そりゃぶつけられた瞬間はカッてなったけどもう終わったことだしね。」
そう言っても頭を下げ続けるカペタに光介は苦笑いをする。
「それよりもカペタ、ぶつけた後がよくないよ。」
「えっ?えっと…走るのを止めた方がよかったかな?」
「いやいや、そうじゃなくて。ぶつけた後、集中が切れてたでしょ?あれじゃぶつけられた方も何の為にぶつけられたのかわからなくなるし、最後までちゃんと走らないとね。」
怒られずにむしろダメ出しをされたことでカペタは困惑する。
「えっと…?」
「後で奈々子監督か奈臣に聞いてみな。たぶん同じことを言うと思うからさ。」
そう言うと光介は背を向けて歩き去る。
そんな光介を茂波が追いかけるが、カペタはどこか呆然と見送ると一言呟いた。
「すげぇ…。」
カペタはマシンが好きだ。
レースが好きだ。
故にこれからも関わって生きていきたいと思っていたが、光介の姿に本気でレースに取り組んでいるものの姿を見た気がした。
「カペタ。」
光介の身内である涼介や啓介に頭を下げてきた茂雄がカペタに声をかける。
「お父ちゃん、光介は凄いよ。ぶつけた事を謝ったのに、逆にぶつけた後の事を言われた。」
「ぶつけた後?」
「うん、ちゃんと走んなきゃダメだって。」
茂雄は驚いた。
中学生の子供がそこまでの意識を持てるのかと。
(俺が中坊の頃は…どうだったかな?)
思い浮かべて出てくるのは、友人とのバカ話で盛り上がった思い出ばかりで茂雄は苦笑いをする。
片親で息子に寂しい思いをさせたからこそ、好きな事では自由にさせたいとやらせてきた。
だがそれは無責任に放り出しただけなんじゃないかと考えた茂雄は、頭を抱えて落ち込む。
そんな茂雄の肩に奈々子が手を置いた。
「あんた、私かて似たようなもんや。」
「奈々子…。」
「今からでも遅くはない…そうやろ?」
茂雄が肩に置かれた奈々子の手に手を重ねると、2人の間に甘い雰囲気が醸し出される。
そんな2人の背中を見た奈臣は頭を抱えると、場所を考えろとばかりに首を横に振るのだった。
◆
「光介!」
茂波の声に足を止めて振り返った光介は、不思議そうに首を傾げる。
「どしたの茂波ちゃん?」
「えっと、その…ゴメン。」
「えっ?茂波ちゃんまでどうしたのさ?」
そう問いかける光介に茂波は気まずそうに目を逸らす。
「カッちゃんがあんたにぶつかったから…。」
「カペタにも言ったけど、レースに接触はつきものだからもう気にしてないよ。」
「それでも私はチームカペタの監督だから謝らないと…。」
光介は困ったと言わんばかりに頬を掻く。
「う~ん…それじゃお詫びにメールアドレスでも教えてくれない?」
「はぁ?メールアドレス?」
「そう、メールアドレス。」
「…私、携帯持ってない。」
残念とばかりに光介は肩を竦める。
「来年。」
「ん?」
「来年、中学生になったら買ってもらえるから、そしたら教える。」
「そっか、楽しみにしてるよ。」
そう言って光介が去っていくと茂波はぐちぐちと言葉を溢す。
「なによあいつ…なんでお詫びが私のメールアドレスなのよ。」
そう愚痴る茂波の頬は僅かにだが赤くなっていた。
茂波はカペタのせいで負けたと言える状況を欠片も気にしてない光介の姿がどこか大人びて見えたのだ。
「べ、べつにメールアドレスを教えても減るものじゃないし、敵情視察はよくあることだし…。」
こうして茂波の一人言はまるで自身の気持ちを誤魔化す様に、チームカペタの面々が迎えにくるまで続いたのだった。
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