「くっそー!」
表彰式が終わってミーティングが始まる前、奈臣は思いっきり叫んだ。
「…ふぅ、切り替え終わり!オカン、ミーティング始めようや。」
「そんじゃ勇からいこか。勇は中盤で動かへんかったけど…」
選手やスタッフ全員がそれぞれ意見を出し合って、お互いの成長の糧としていく。
「奈臣はええ仕掛けやったけど、最後の最後でやってもうたなぁ。なんでや?」
「…タイヤのグリップが残ってへんかってん。」
「タイヤマネジメントがまだまだ甘いっちゅうこっちゃな。どんな時でもフルブレーキング1回分は残しとかなアカンで。」
ブスッとむくれた奈臣が言葉を返す。
「わかっとるよ。せやけど光介相手に…って、これは言い訳やな。」
「せやな。言い訳すなとは言わんけど、負けた原因から目を逸らしたらアカンで。これは奈臣だけやない、皆もや。」
奈々子が皆を見回すと皆が頷く。
それを確認した奈々子は最後に光介に話を振る。
「中盤で対応せぇへんかったけど、あれはわざとか?」
「はい。」
「なんでや?」
「実戦でのオーバーテイク経験が少ないからです。実際にやってみるとかなり難しかったですね。正直に言って奈臣がミスをしなければ負けてました。」
光介がそう言うと奈々子は苦笑いをする。
「ミスと言うのは酷なぐらい小さなミスやったけどな。けど、それを逃さずにモノに出来たのは大したもんや。よくやったで。」
「はい!」
奈々子は柏手を一つ打って一度仕切り直す。
「さぁ、ミーティングはこれで終わりや!オフシーズンやからってだらけず、来シーズンに向けて励むんやで!」
◆
カートの全国大会が終わった頃、今年17歳になった啓介はFSRSには行かず父親の伝手で企業の育成ドライバーとなっていた。
本来なら1年早く育成ドライバーになることも出来たのだが、涼介の大学受験と被るため啓介は遠慮したのだ。
「おっ?光介が勝ったか。」
休憩室でスポーツドリンクを飲みながらメールを確認していると、啓介の元にチームスタッフが訪れる。
「啓介、マシンのセッティングのことでちょっといいか?」
「あっ、はい!」
即座に携帯をしまって立ち上がった啓介の姿は、どこか初々しさがありながらもプロとして形になってきている。
(くそっ、毎日が楽しくて仕方ないぜ。)
現在の啓介はまだレースだけで食っていける程に稼げる立場じゃない。
どんな世界でもプロとして食っていけるのはほんの一握りなのだ。
だがこの道が世界の舞台に繋がっていると考えると、啓介はどうしてもワクワクしてしまう。
「次のレースのセッティングだが、エンジンの状態を考えると…。」
「それもいいっすけど、あのコースだと…。」
話し合いが終わり実際にセッティングしたマシンに乗り込むと、啓介はコースに出て走り出す。
(兄貴、見ててくれよ。兄貴の分までプロの世界で暴れてやるからな。)
気合いを入れて走り出した啓介のマシンは、新人プロとは思えない程に好タイムを叩き出すのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。