「後でスケジュールを送るわ。それじゃ、あの子達によろしく言っといてなぁ。」
源 奈々子は電話を切ると上機嫌に鼻歌を歌い出した。
それを耳にした息子の奈臣は、テレビ画面に目を向けたまま話し掛ける。
「あいつら来るんか?」
「そうや。」
「ふ~ん。」
話し掛けておきながらテレビ画面から目を離さない奈臣が見ているのは、先日の走行会の時に高橋父が撮影したビデオをダビングしたものだ。
「また光介くんの走りを見とんのねぇ。」
「別にええやろ。」
「今のあんたに必要なんは、光介くんの走りやのうて涼介くんの方やで。」
「涼介の?」
菜々子は奈臣からリモコンを奪い取り、ビデオを涼介の走りが映っている場面に変える。
「…地味やな。」
「アホ、地味でも涼介くんはレースで勝つために必要な事をキチッとやっとるんや。文句を言わんと、しっかり見て盗まなアカンで。」
「ほんなら涼介のやっとる事を解説してぇや。」
小さくため息を吐いた奈々子はビデオを巻き戻し、涼介の走りの解説を始める。
「ここで涼介くんは前を走っとる保(たもつ)の癖を見とる。」
「癖?」
「どういったライン取りが好きかとかそんなんやな。そしてピッタリ後ろに張り付いてプレッシャーをかける。ほら、ここでミスした保の前に出た後、涼介くんは保のラインを潰す様にして走っとるやろ?それで思う通りに走れんくなった保はペースを崩してしもうて、ずるずると後退してしまったんよ。」
ビデオには奈臣と啓介に立て続けにオーバーテイクされている保の姿が映っている。
その映像を見て奈臣が唸った。
「あの時、保先輩は調子悪いんかなって思っとったけど、違ったんやな。」
「そうや。調子が悪かったんやない。崩されたんや。」
奈臣は今度は自分でリモコンを操作して、何度も涼介の走りを見る。
「なんて言うんやろ?走りそのものはそれほど速いとは思わんけど、レースはめっちゃ上手いなぁ。」
「せやから涼介くんの走りを見てみぃ言うたんや。」
「目の付け所がちゃうなぁ。亀の甲より年の…っ!?」
スナップが利いた見事な平手打ちにより、奈臣の後頭部でスパンッと音が鳴る。
「なにすんねん!アホになったらどうするんや!?」
「あんたが余計なこと言おうとするからや。」
涙目で後頭部を擦りながら奈臣はため息を吐く。
「涼介の走りを見て勉強せぇ言うのはわかったけど、それなら光介の方はどうなんや?」
「あの子の走りは種類が違うからなぁ。」
奈々子の言葉に奈臣は首を傾げる。
「どういうことや?」
「あんたも涼介くんも相手有りきで走っとるやろ?」
「そんなんレースなんやから当然やろ。」
奈臣の答えに菜々子は微笑む。
「そうやな。けど、光介くんはそうやない。あの子はマシン有りきでの走りをしてるんや。」
「いや、意味わからんで。」
菜々子は腕を組んで小首を傾げながら話す。
「私も説明が難しいんやけど…マシンの性能を引き出すって言うたら、少しは想像出来るか?」
「はぁ?いや、まぁ…なんとなくは…。」
言葉を探す菜々子は難しい顔をしている。
それでも彼女は親として、指導者としてなんとか伝えようとする。
「タイヤのグリップや路面コンディション、他にも色々な要素でその時の理想的な走りは変わってくる。光介くんはそんなマシンの状態を感覚的に理解して、常に理想に近い走りが出来るんや。」
「なんやねんそれ…そんなんどうやって勝ていうんや?」
「速く走れるからいうて、レースで勝てるとは限らんで。」
奈臣は驚いて目を見開く。
「もしかして涼介の走りを見ろ言うたんは?」
「まぁ、そういう事や。」
奈臣はビデオを巻き戻すと、かぶりつく様にして見る。
「ほどほどにせぇよ。目が悪ぅなってもしらんで。」
「わかっとるわ。」
真剣に涼介の走りを学ぶ奈臣を横目に、菜々子は上機嫌にエプロンを纏うのだった。
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