育成ドライバーとして初めてのレースの日がやって来た。
まぁ、レースといってもジムカーナだから、他のマシンと一緒にコースを走って順位を競うのではなく、タイムアタックでタイムを競うんだけどね。
チームスタッフとミーティングをしていると、頭にタオルを巻いた男の人がやって来た。
一見するとラーメン屋で働いている人のイメージだ。
彼は須藤 京一というらしく、カイと同じ藤堂塾出身らしい。
今は実家のラーメン屋で働きながら、時折こうしてサーキットで走っているそうだ。
やっぱりラーメン屋の人なんだ。
今度食べに行ってみよう。
須藤さんは挨拶もそこそこに去っていくと、チームスタッフの人がこっそりと耳打ちをしてくる。
須藤さんはランエボ乗りで、啓兄ィとタイムを競い合う程の実力者らしい。
ランエボかぁ…啓兄ィが毛嫌いしているやつだったな。
いよいよレースが始まった。
といってもタイムアタックだけどね。
走っている車を見ている田上さん(俺の育成担当コーチ)が時折唸り声を上げている。
理由を問うと、レギュレーション以内で皆が思い思いにカスタマイズしているマシンを見るのが楽しいそうだ。
そんな田上さんは『企業の看板背負ってるんだから、アマには負けるなよ』と言ってきた。
しばらくすると須藤さんが走りだした。
藤堂塾出身だけあって上手い走りをしている。
しているんだけど…なんというか、無難な走りだ。
まぁ、それでも速いんだけどね。
須藤さんの一度目のタイムは現在1位。
このタイムを超えるのが俺の目標となる。
さて、デビュー戦だし頑張りますか。
◆
一度目のタイムアタックを終え、二度目のアタックに向けてチームスタッフとミーティングをしている光介を見た田上がため息を吐く。
田上は昨年までF3のカテゴリーで、マ◯ダのモータースポーツプロチームのエースドライバーをしていたが、啓介にその座を奪われた事で現役を引退した男だ。
エースドライバーに選ばれるだけあって彼の走りはとても速かった。
だがそんな彼には致命的な弱点があった。
それは…彼はノミの心臓だったのだ。
タイムアタックでは誰よりも速い。
だが、いざ決勝レースの終盤となるとプレッシャーからミスを犯し、ポジションを幾つも落としてしまうのが日常茶飯事だった。
それでも彼は何年もエースドライバーとしてシートを貰っていた。
それだけプレッシャーに晒されていない時の彼の走りが魅力的だったからだ。
しかし、そんな彼も啓介にエースドライバーの座を奪われた事で自身の進退に納得し、啓介に後を託して今は後進を育成する道へと進んだのだ。
(啓介もそうだったけど、光介も俺とは器が違うなぁ…。)
モータースポーツに限らずプロスポーツは興行である。
つまり多くの人に見られるという状況下で、アマチュアとは一線を画すハイパフォーマンスを求められる職業なのだ。
スポーツ選手の中には怪我で挫折する選手も多いが、プレッシャーによる精神的負荷からノイローゼやイップスになって潰れる選手も多い。
田上もそういった者の1人だ。
だからこそ田上にはプレッシャーの掛かる場面で力を発揮出来る者が眩しく見える。
「俺もあんな風になりたかったんだけどなぁ…。」
そっと呟いた田上は気持ちを切り替え、光介にアドバイスをおくるべくノートパソコンに記されているデータに目を向ける。
しかし…。
「これ、俺のアドバイスいるかなぁ?」
そう言いながら頭を掻いた田上は、一際大きなため息を吐いたのだった。
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