初めてのジムカーナで無事に優勝する事が出来た。
終わった後に少し須藤さんと話したんだけど、須藤さんのミスをしないという考えは主にラーメン作りから学んだものらしい。
須藤さん曰く、『時には冒険も必要だが、それも確固たる基礎、立ち帰るべき基本があってこそのものだ』とのこと。
ベースとなるスープの味をしっかり身に付けていないと、新たな味にチャレンジした時に元の味を忘れてしまうそうだ。
そう聞いた俺は競技者と職人という違いはあるけど、俺と須藤さんは同じプロの道を歩む者なんだと感じた。
別れ際に須藤さんは…。
「今度うちに食いに来い。チャーシューの1枚ぐらいなら奢ってやる。」
そう言って愛車に乗って去っていった。
うん、今度食いに行こう。
それからの日々はあっという間に過ぎていった。
国内最大のジムカーナ公式大会で優勝した時は、チームスタッフから胴上げされて驚いた。
なんでも数年前には後一歩のとこまでいったんだけど、当時ニッ◯ンの育成ドライバーをしていた毅さんに阻まれ、優勝を逃して悔しい思いをしたらしい。
あぁ、そういえば啓兄ィも同じような事を言ってたなぁ。
『悔しいけど、あの下品な程の加速力は流石だぜ。』とかなんとか。
そんなこんなであっという間に1年が経ち、俺は育成ドライバーとしての日々を終えて正式にプロレーサーとしての契約を結ぶ日を迎えたのだった。
◆
「光介くん、契約内容は今言った様なものだがどうかな?」
俺は父さんが雇ってくれた代理人が話してくれた契約内容を吟味する。
うん、特に問題は無いように思う。
しかし…。
「兄と同じチームですか?」
そう問い掛けるとあちら側の契約担当者が頷く。
「光介くんも知っているとは思うが、啓介くんはスーパーGT契約の話しもあるのに、F3のチームに残ってくれている。そんな献身的な彼を送り出す為にも君の力が欲しいんだ。」
今言われた通りに啓兄ィは今だにF3で走り続けている。
それは啓兄ィの拘りからだ。
実はマ◯ダは他の日本の大手メーカーと比べ、モータースポーツでの実績が少ない。
最強のニッ◯ン、エンジンのホ◯ダといった具合に他メーカーは海外でも評価されているんだけどね。
啓兄ィも何度も表彰台には上がっているんだけど、シーズンを通してのポイントとなるとどうしても優勝まであと一歩及ばないそうだ。
でも近年の啓兄ィの活躍のおかげでチームのスポンサーが増えたり、会社側からのバックアップも増えたりして、いよいよ本格的にシーズン総合優勝も狙える位置に来ているらしい。
「わかりました。兄共々よろしくお願いします。」
こうして俺は契約を結び、来月にはアメリカに向かう事になったのだった。
13:00に主な登場人物紹介をして今回の投稿は終わりになります。
また来週お会いしましょう。