予選トップは奈臣に取られた。
こっちも全力でやったんだけど届かなかった。
マシンの性能差と言いたいところだけど、そのマシンを用意するところから勝負は始まっているんだ。
プロとして泣き言を言うわけにはいかない。
まぁ、愚痴の1つぐらいは言いたいけどね。
決勝戦が始まる前にスタッフから区間毎に計ってもらったタイムシートを見る。
コース中盤のコーナーが多いセクションでは俺の方がタイムが速い。
けどそれ以外では奈臣の方が速い。
…はっきり言って勝つのは厳しい。
でも終盤まで離されない様に食らい付いていければチャンスはあるかもしれない。
そう考えていると監督からポジションキープのオーダーを言い渡される。
まだシリーズ初戦だから完走優先ってことかな。
ここで無理をしてエンジンを壊しでもしたら、後々に大きく響くからなぁ。
そういうリスクをキッチリとマネジメントするのもプロの仕事だ。
だけど…チャンスがあれば仕掛けたい。
その事は監督にハッキリと言っておく。
監督が頷いたのを確認した俺は、決勝戦に向けて集中を高めていくのだった。
◆
予選を8位で終えた勇は大きく肩を落とす。
「これじゃ光介さんの援護は無理だなぁ。」
勇の思った通り言い渡されたオーダーはポジションキープだった。
だが仕方ないだろう。
なにせ勇はこのレースがF3での初陣なのだ。
先ずは慣れないと話にならない。
勇とてそれは理解している。
だが光介を始めとした1つ上の男達は、F3初年度から優勝戦線に絡んでいっている。
その事を知っていながら焦るなというのは難しい。
汗を拭きながら勇は予選の順位を確認する。
「奈臣さん、光介さん、拓海さん、カイさん、志波、カペタくん…みんな凄いな。プロの世界じゃまだまだ新人なのに、もう結果を出している。」
勇も予選とはいえ初陣で8位に入賞しているのだから、彼も十分に結果を出していると言える。
だが彼がよく知る男達はそれ以上の結果を出している。
故に焦りが生まれる。
以前に監督に焦るなと云われたが、こうして目の前で結果を出す者達がいれば焦るのも無理はない。
勇が難しい顔をしていると不意に背中を張られた。
「うわっ!?えっ?千葉さん?」
勇の背中を張ったのはチームのチーフメカニックを務める千葉だった。
「な~に難しい顔をしてやがる。そんな力んでちゃ完走出来ねぇぞ。」
「あの、えっと…はい。」
勇の様子に千葉はふんっと鼻を鳴らす。
「これは俺の考えなんだけどよ、ドライバーの仕事ってのは先ずは完走する事だ。」
「えっ?勝つ事じゃないんですか?」
勇の疑問に千葉はやれやれと首を振る。
「それが出来りゃ一番いいさ。でもな?レースの途中でトップを走ってようが、ちゃんとゴール出来なきゃ意味はねぇんだよ。」
「…確かにそうですね。」
「他にもあるぜ。レース途中でリタイヤしちまうと、チームの信用にかかわるんだ。」
勇は何かに気付いたのかハッとする。
「もしかしてスポンサーが減ったりするんですか?」
「当たり前だろうが。誰が途中でリタイヤしたり故障するマシンを使ってるチームに金を出すんだ?」
言われてみて当然だと勇も納得する。
「だからよ、チームへの貢献だの難しいこと考えてねぇで、先ずは完走しろや。それ以外の事はそれからでいい。やるべき事の順番を間違えるんじゃねぇぞ。」
「…はいっ!」
ヒラヒラと手を振りながらその場を後にした千葉が呟く。
「ったく、啓介と同じで世話が掛かる奴だぜ。まぁ、光介と比べりゃ可愛い気があるか。あいつみたいに手が掛からんのは、それはそれでつまらんしなぁ。」
この道30年のベテランメカニックの千葉は、若者へのお節介を楽しむ強かな大人なのであった。
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