人を呪わば恋せよ少女   作:緑髪のエレア

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二日連続投稿という奇跡。批評、感想、よろぴくです。


土御門阿頼耶の幕間、あるいは彼らの物語の開始地点

 

 

 硬い鱗の表面を思いきり殴りつけると、そいつは苦悶の声を上げた。ついで輪郭がじわりとゆがみ、砂が崩れる様に体が崩壊していく。

 

「…ふぅ」

 

 完全に祓えたことを確認し、俺は一息ついた。頬を撫でた風が心地良い。呪霊を祓ったことを伊地知さんに連絡しようと、ポケットからスマホを取り出した。

 

「うげ」

 

 電話の着信。表示された人物名に思わず声が漏れる。とはいえ無視するわけにもいかず、俺は応答ボタンを押した。

 

「…もしもし」

『ヤッホー!元気?』

 

 やたらフランクな挨拶。友達かよ、という突っ込みが喉元まで出かかる。

 

「なんすか、今俺ボランティア中なんすけど」

 

 そう言うと、電話の相手はくつくつと笑った。

 

『ボランティアねえ』

 

 と、がさがさとノイズが混じり、

 

「一級呪霊を祓うボランティアか、僕なら死んでもやりたくないね」

 

 電話越しの声が背後からも聞こえた。嫌な予感を、というより確信を抱きながら振り返る。

長身、黒目隠し、黒い服。黒尽くしがトレードマークの男。

 

 現代最強の呪術師、五条悟がそこにいた。

 

「…何の用すか」

 

 とげのある言い方になったことを自覚したが、この人にはそれくらいで丁度いいのだと思い直す。当の五条さんはそんな俺の態度などどこ吹く風で、この空に浮かぶ雲と同じような、自由で不敵な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと手伝ってほしいことがあってね」

 

 

 

 

東北、秋田。

鷹巣駅。その周辺。

 

「なんすか、ここ。まじで何もないんすけど」

 

 見渡す限りのシャッター街。平日の夕方だというのに、道を歩く人は一人もいない。有り体に言ってゴーストタウンだった。

 

「コンビニすらねぇ…」

「そんくらいなーんもない場所の方が、いんちき霊媒師にとっては都合がいいんだろうね」

 

 東北の僻地にいる呪詛師の討伐。それが五条さんの「俺に手伝ってほしいこと」だった。

 

「この丸が潜伏先の半径だね」

 

 事前に地図を渡された俺は、在来線に揺られながら自身の術式で調べること一時間弱。件の呪詛師の居場所がこの鷹巣駅周辺であることを突き止めた。

 

「ここですね」

「はいどーん」

 

 とある居酒屋の前で立ち止まりそう言うと、五条さんがノータイムでドアを蹴破る。破天荒ってこの人のためにあるような言葉だよなぁとか思いながら中に入ると、畳敷きだからか、随分と古臭い匂いがした。

 

「な、なんだお前ら!」

 

 ここの店主だろう、こってりと化粧をした50代くらいの女性が、俺たちに向かって叫んだ。

 

「阿頼耶、どう思う?」

 

 五条さんが俺に訊く。あんたの目ならもう視えてんだろと思いつつ、俺は術式を使い、唾を飛ばして怒鳴る女を視た。

 

「あー、術式は持ってますが、交霊や降霊に関するもんじゃありませんね。いいとこ式神術、あるいは低級の呪霊を使役する術式、ですかね」

 

 五条さんはつかつかと女に近づいていく。女はようやく俺たちが自分の同類で、かつ自分をしょっ引きにきた存在だと分かったのか、懐から数枚の紙きれを取り出した。

 

「玄武、白虎、来な!」

 

 女の握った紙切れが舞い、二体の呪霊となった。四足の人面を持つ犬のような呪霊と、蛇に足を付けたような呪霊。

 

「…っ」

 

 俺は少し警戒した。女が出した二体の呪霊から、女の術式の格から想定される実力よりも、強いプレッシャーを感じたからだ。しかし、同じく足を止めた五条さんの存在を思い出し、いらぬ心配だったかと肩の力を緩めた。ちなみに五条さんはそもそも警戒も何もしておらず、足を止めたのは呪霊に警戒したからではなく、カウンターに雑多に置かれたキャラクターグッズに興味を惹かれたからだった。

 

「へっ、私の術式は、自分の血を滲ませた紙に、呪霊を封じ込めることができるのさ。こいつらはあたしが持つストックの中でも最強格だ。怪我する前に帰ったほうがいいよ」

 

 女は得意げな笑みを浮かべる。俺は冷静に二体の呪霊を観察し、等級を算出した。

 

「どさくさに紛れて縛りで強化したみたいだけど、あんま意味ないっすよ。視たところどっちも2級程度、甘く見積もっても準1級だ」

「…っは、その見積もりが正しいかどうか、試して」

「一度元に戻した呪霊は、もう一度紙に封じることは出来ない。だろ?それと、封じたり戻したりはできても、従えることまではできない。帰ってもいいけど、あんたにそいつらを祓えるのか?」

 

 女は言葉に詰まった。この二体も本当に切り札で、自分で調達した呪霊ではないのだろう。その証拠に、女は二体が放つ不気味な呪力にあてられ、冷や汗を流していた。

 

「大人しく捕まるってんなら、こいつらを祓ってやってもいいけど?」

 

 キャラクターグッズをちゃっかりポケットに仕舞いこんだ五条さんが言う。女はくそがと悪態を吐き、唾をはくと、裏口に向かって駆け出した。

 

「はいどーん」

 

 無下限呪術が二体の呪霊をすりつぶす。女は飛び散る調度品に巻き込まれ、壁に叩きつけられて気を失った。

 

「一件落着、っすかね」

 

 瓦礫と粉塵の舞う中を、女を確保しに向かう。あとはこいつを高専まで連れ帰れば、本日の任務は終了。俺は女が完全に気を失っていることを確認し、店の外に引きずり出そうと両足を持ち上げた。

 

「あー、回収は人がくるからそれは放置で。僕らはもう一件を片づけに行こう」

 

 俺は持っていた足を取り落とした。がごん、と女の脛が瓦礫の角にぶつかり、嫌な音を立てる。

 

「は?もう一件?」

「うん」

 

 いい笑顔で頷いた五条さんにげんなりしながら、俺はほこり臭い店内を出入り口めがけて歩く。外に出ると、開放感がすさまじかった。

 

「で、今度はどこなんすか」

 

五条さんはにやりと笑うと、

 

「男鹿半島」

「もしかして【なまはげ】か!?」

 

 うわあ行きたくねえ。俺の脳裏に包丁を持った異形の怪物の姿が浮かぶ。そんな俺の心情をよそに、楽しそうな五条さんは俺の首根っこを掴んだ。

 

「特級仮想怨霊【なまはげ】、僕と行けば単なる観光だ。阿頼耶も本物のなまはげ、興味あるっしょ」

「ないないないないないない!!頼むから帰らせてくれええええええ」

 

 恥も外聞もなく泣き叫び、「行きたくない」の意思表示をする俺。もちろん、五条さんが俺の意思を聞き入れてくれることはなかった。

 

 

 

 

「死ぬかと思った…」

 

 所は麻布十番。世帯所得1,000万以下はお断りな雰囲気を醸し出す高層マンション、その麓、に並ぶ植木の淵に腰掛けて、俺はうなだれていた。

 

 目を閉じればありありと思い浮かぶ、恐ろしい形相。「悪い子はいねが~」と言いながら淡々と包丁を振り回す、子どもたちの怖れによって生み出された特級呪霊は、最初こそ爆笑しながら見ていたが数分で飽きた五条さんによって秒ですり潰されていた。

 

 特級呪霊のプレッシャーに晒されたことでげんなりしている俺とは対照的に、余裕の態度を崩さぬ五条さんは、なんぞ面白い物でも見つけたのか、俺たちがたむろす高層マンションの最上階あたりを見つめてにやにやしていた。

 

 しばらくそうして、体力の回復をはかる。上流階級の闇が深そうな日常をのぞき見することに飽きたのか、五条さんはうなだれる俺に「だらしないねえ」と言った。

 

「あれくらいでびびってるようじゃ困るんだよね。阿頼耶には【なまはげ】くらい、秒で倒せるようになってもらわないと」

 

「いやいやいやいやいや無理だから。あれ特級呪霊だから。俺の方が秒で死ねるから」

 

 俺の力量を1000割増しくらいで勘違いしているおかしな発言は、きっちりかっちり丁重に訂正させていたただく。

 そんな俺の泣き言に対し、五条さんはくつくつと笑った。

 

「今の阿頼耶が行けば、そりゃ死ぬだろうね」

 

 含みのある言い方に眉を上げる。しかし五条さんはにやにやと笑うだけで、含ませた意味を語ってはくれなかった。

 

「...じゃ、行きますか。駅まで送ってきますよ」

 

 大分回復してきたので、高専に戻るという五条さんを駅まで送るべく、立ち上がる。正直見送りが最も必要ない人間オブザワールドなまでありそうな五条さんだが、いかんせんうちの祖母ちゃんに見つかると色々と面倒なので、とっととお帰りいただきたい意思も込めて駅までお送りすることにした。

 

 

「あ、そうだ。精神系の術式を持った呪詛師に心当たりない?」

 

 五条さんの生徒にゴリラが多いという話を聞いていたところ、ふと五条さんがそう問うてきた。

 

「精神系、ですか…?」

「阿頼耶を迎えに行く前、ちょっと渋谷のタワレコに寄ったら、通りすがりの会社と家を往復することだけが生きがいの変態リーマン一般凡俗ピーポーからほんのちょっとばかし残穢を感じてね。よく視たら脳みそに作用するタイプの術式の残穢っぽかったから、何か知らないかと思って」

 

 言われるまま脳裏を探るが、心当たりはない。ふと先の五条さんの発言の一部が気にかかり、俺は尋ねた。

 

「ぽかった?」

 

 それまで余裕のある、悪く言えば気の抜けた顔をしていた五条さんは、突然真面目な顔になる。空気感が変わったことを察した俺は、居住まいを正した。

 

「今も昔もそしてこれからも終生ときめく最強呪術師のこの五条悟でも、被害者リーマンに使われた術式の詳細までは分からなかった」

 

 居住まいを正したことを後悔しつつ、それでもあの五条悟が術式を看破できなかったことに驚く。

 五条さんは、まあ、脳を中心に術式の影響があったなら、十中八九認識阻害や催眠系だろうけどね、と言い、

 

「この僕が注意して視て、ようやく残り香が微かに香る程度の残穢。かなりのやり手だ。僕や君クラスのレベルの呪詛師、それも精神をどうこうできるようなやつが、この東京のどっかにいるかもしんない。気を付けたほうが良いかもね」

 

 と続けた。そんな五条さんの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「僕や君クラスって…五条悟と土御門阿頼耶には、結構どころじゃない、逆立ちして人生やり直しても埋まらないくらいのレベル差があると思うんですが」

「まあね。なんたって僕は唯一にして絶対の現代最強呪術師五条悟だから。そんな僕からしたら、一級呪霊を町のゴミ拾い感覚で祓っちゃうような君でも、赤子の手をひねるようなもんさ」

 

 そう、五条悟と土御門阿頼耶には、歴然としたレベル差が存在する。それは格の違いと言い換えてもいい。生物としての格の違い。例えば俺が、一級呪霊をごみ拾い感覚で祓うとすれば、この人は、特級呪霊を街頭アンケート感覚で祓ってしまうのだから。

 

 現代最強。

 

 その肩書は、重く、はてしなく遠い。

 …というか別に、俺はゴミ拾い感覚で一級呪霊を祓ってはいない。今日の呪霊も命がけで祓っている。あんたの感覚を人にあてはめないでほしい、俺は切にそう思った。

 

「でもね、そんな産まれた時から最強を義務付けられた僕の足元程度になら、及ばないこともなくもなくないとは思ってるんだよね」

「…買い被りですよ」

「どうかな」

 

 僕、目には自信あるんだよね。五条さんはそう言った。

 

「精神系の呪詛師のこと、それっぽいやつを見つけたら、伊地知さんか七海さんに知らせときます」

「ん、よろぴく」

 

 そうこうしている内に駅に着いた。俺は五条さんに軽く頭を下げる。五条さんはいつもの黒い目隠しを付けたまま、不敵な笑みを浮かべた。

 

「んじゃ、いつでも待ってるよ」

「…考えときます」

 

 何度目かになるやり取りをし、俺は踵を返す。

 

 五条さんから誘われることも、それをどっちつかずのまま放置することも、何回も繰り返しているはずなのに一向に慣れることはなかった。

 それはやはり、俺が本当は、望んでいるからだろうか。

 あの世界に、入ることを。

 

 ふと喉の渇きを覚えた俺は、コンビニへと足を向ける。ついでに誘惑にも似た思考を払うように頭を振った。

 

「あ、コンビニ寄るの?僕あんまん食いたいんだよね」

「あんたほんっとしまらねえな…」

 

 自由すぎる先達にげんなりとしながら、コンビニへと入る。季節外れにも、おでんの匂いがした。

 

 

 

 

「またあした~」

 

 手を振る由美。ドアが閉まり、電車が動き出す。姿が見えなくなるまで、由美はずっと手を振っていた。

 

 今日は久しぶりに楽しかった。

 

 私は今日一日を思い出して、そう思った。

 

 「麻布十番~麻布十番~」

 

 一日の余韻に浸っていると、アナウンスが最寄り駅に到着したことを知らせた。私は電車を降り、プラットフォームへ立つ。エスカレーターで出口まで上昇していると、ふと喉の渇きを覚えた。今日行ったカラオケはワンドリンク制で、庶民派な私たちは誰も400円以上するドリンクバーを付けようとは言いださなかった。私は出口近くのコンビニに寄ることを決め、エスカレーターの上昇する感覚に身を任せた。

 

 

 

 

「え、五条さん、あんまん食うのにカフェオレ飲むんすか?」

「だって僕最強だし」

「どのへんが"だって"?」

 

 五条さんの最強ジョークに突っ込みを入れる。あんまんにカフェオレとかどんだけ糖分摂取したいんだって話だが、この人の感覚ではおかしなことではないらしい。最近東京にも進出している酪王乳牛のカフェオレを手に取った五条さんをよそに、俺はミネラルウォーターを取った。

 喉が渇いたときには水が一番である。

 

「らっしゃいませー」

 

 レジに並んでいると、一人の女子高生が店内に入ってきた。視界の端で捉えただけだったが、ふと見覚えのある顔立ちのような気がして、そちらに目を向ける。

 

「あ…」

 

 末那だった。

 彼女もこちらに気が付いたらしい。俺と五条さんを交互に見ると、軽く会釈をした。そのまま、先ほどまで俺たちがいたドリンクのコーナーへと歩いていく。

 

「なに、阿頼耶の知り合い?」

「ええ、まあ」

 

 俺は手短に事情を説明した。

 土御門の遠縁であること、身寄りがなくなってうちに引き取られたこと、もうすぐ2週間が経つが、まともに会話をしたことがないこと。

 五条さんは話を聞き終えると、一言、ギャルゲーかよと言った。いらっとしたのでジャブを放つと、普通に躱されたあげく「ぷぎゃー」と煽られる。俺は静かに呪力を練り始めた。

 

 今なら黒閃を出せそうな気がする。ふと、五条さんが一点を見つめていることに気が付いた。視線の先を追うと、巨大なケースの前で飲み物を選ぶ末那が。

 

「犯罪ですよ」

「あ?」

 

 無下限パンチすっぞと脅された俺は、やめてくださいミンチになってしまいますと許しを請う。必死の願いが通じたのか額にデコピンを食らう程度で済んだが、食らった瞬間は頭が爆散したかと思った。

 制裁(デコピン)を終えた五条さんはシリアスな顔になると、こう問いかけてきた。

 

「……阿頼耶、あの子を術式で視たことは?」

 

 五条さんの問いかけに答える。

 

「普通にありませんけど…」

 

 俺の回答を聞いた五条さんは、2,3度頷くと末那から視線を切った。レジの順番が来て、俺と五条さんは会計を済ませる。

 

 コンビニを出ると、ほのかに冷たい風が身体を撫ぜていった。風がきた方向を見つけようと空に目をやると、夕焼けの色合いに目が細まる。今度こそ別れの言葉を口にしようと、傍らの長身黒目隠しに向き直ると、会計が終わってから黙っていた五条さんが静かに口を開き、こう告げた。そしてそれが、これから起こることの、少なくとも俺の主観においての、すべての始まりだった。

 

「阿頼耶、さっきの末那って子、術式で視たほうが良い。ほんの僅かだけど...」

 

 

 残穢の気配がした。

 

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