私達はなんとか追手を振り切り、無事に東の門の前まで辿り着く事ができた。 問題はこの先どうするのかという事だ。
「お前が連絡をくれた相手か。」
「そうだ、全員揃っているな?」
晧月が門の前に立っている茶色いローブの人物に話しかける。 どうやら脱出の手引きをしてくれるようだ。
「あぁ、それでどこに逃げる予定なんだ?」
「北東にある桜花の村、ここならばクラディスも迂闊に手を出せない。」
「桜花の村って、よそ者お断りのあの村!?」
聞き覚えのある名称に、つい口を挟んでしまった。
”桜花の村”
スケルスよりも更に北にある一帯にある村だ。 私達と同じく白竜の血が流れていて、黒竜族の監視の任を与えられている。 しかし凄く閉鎖的で、他の民との交流を一切持った事がないという話だ。 昔兄も交渉に行って門前払いされたとか……
「その通りだ小娘。 しかし、私がいれば問題ない。」
「お姉さんは桜花の村の人なんですか?」
「そういうわけではない、しかし奴は必ず中に入れてくれる。」
圧倒的自信だ、村の出身ではないが知己の仲のように感じた。 しかし、逆にそういう場所だと怪しまれる可能性が高いのではないか? 私ならまず自分に叛意のある場所から調べ上げるか。
そう考えて思い当たったのが、風の谷が狙われるのではないかという不安だった。 何か悪い事をしたわけでもないのに、村の人達に迷惑がかかるのが嫌だ。
「大丈夫だエリカ、奴は村に手を出したりしない。」
「翡翠、どうして言い切れるの!?」
「もし奴が黒龍の解放を望むなら、国民にマイナスな印象を持たれたくないだろ? 手段を選ばないなら、今回のような回りくどい事をしないはずだ。」
「そういう事だ。 隠れるという意味ではお前達の村でもいいが、どうしてもそこの姫に会ってもらいたい相手がいるのでな。」
銀華は晧月の背で意識を失ったままだ。 連れて来るのに手間取ったというくらいだ、あんな事があって暴れていたのだろう。
晧月は銀華を馬車の荷車に寝かせた。 2人の子供達も下を向きながら荷車へと乗り込む。
「よし、エリカも先に乗り込め。 俺と晧月で周りを警戒する。」
そう言って荷車から取り出した黒色のフードを被る。 顔が割れている以上は隠す必要があるからだ。 私は言われるままに荷車へと乗り込んだ。
――ゆっくりと大きな門が開かれる。 それと同時に遠くから馬の足音が聞こえてきた。
「追手か?」
「――最悪あいつらだけでも逃がすぞ。」
追手は一人だった。 その見慣れた風貌――アフラムだった。 彼は剣を抜こうともせず、こちらを一瞥すると静止した。
「何のつもりだ!」
「お前達の真意が知りたい。 共に旅をした仲間として!」
「真意も何も、お前の王様にはめられたんだ!」
翡翠が怒りを込めてそう言い放つ。 アフラムは思った通りの答えだったのだろうか、目を瞑り俯いた。
「私が忠誠を誓うのはクラディス王だ、しかしお前達が嘘をついているとは思えない。 ――だから見極めさせて欲しい!」
「それはどういう意味だ!」
「私も同行させてくれ、君達には疑いを晴らすための算段があるのだろう?」
アフラムは予想外の言葉を口にした。 自分も同行すると言っているのだ。
「それは出来ない。 内通の可能性が高いのに連れていけるわけがないだろう!」
「それは分かっている、しかし!」
門が完全に開き、いつでも出発が可能な状態になった。 あとはアフラムをどうするかという状態だ。
「――なるほど、時間稼ぎか。」
ローブの女性が背中から槍を取り出し、飛来してきた複数の矢を撃ち落とした。
「隊長、加勢します!」
「くっ、クログか。」
十数人の兵を引き連れたクログが馬でやってきたのだ。
「交渉は決裂だな!」
晧月、翡翠、ローブの女性の3人が兵達を迎え撃とう身構える。 仕方ないとばかりにアフラムは剣を抜いた。
「ここは俺と晧月で時間を稼ぐ。 道案内のアンタは先に皆を連れて逃げてくれ。」
「――わかった。」
女性は第二射を撃ち落とすと馬車に向かって駆け出した。
「エリカを頼んだぞ!」
「姫様もな!」
「任せておけ!」
激しく揺れ出した馬車に危機を感じ、私は外の様子を確認するために身を乗り出した。 丁度そのタイミングでローブの女性が荷車に飛び乗ってきた。
「翡翠と晧月さんは!?」
「殿を務めている。」
「そんな! 置いていけるわけないよ!」
私は急いで馬車から降りようとするが、ローブの女性に首根っこを掴まれて止められる。
「小娘、お前は阿呆か! あの男の気持ちを汲み取れ戯けが!」
「でも、翡翠が!」
「あの程度で死ぬような男ではないだろう? それはお前が一番分かっているはずだ。」
――そうだ、私が信じてあげないで誰が信じられるのか。 深呼吸して気持ちを落ち着ける。 大丈夫、翡翠ならいつもみたいに私の所に戻ってきてくれる。
「ごめんなさい。」
「分かればよろしい。」
こうして私達は無事に首都から脱出する事が出来た。 今私に出来る事は、翡翠の無事を祈る事だけだった。
―――
――
―
「久しいな。」
「……」
綾香はクラディス王の前へと連れてこられていた。 そんな彼女に王は久しいなと語り掛けたのだ。
「最後に会ったのはいつだ? あれは確か――」
「転送装置の前でかしら?」
「おぉ、確かにそうだ。」
クラディス王は嬉しそうに声を上げた。 それは普段の威厳ある声とは違い、まるで少年のような声音だった。
「残念ながら、私は知っているだけでその”私”では無いわ。」
綾香は酷く冷めた口調でそう答える。 つい先程、子供を亡くした母親とは思えない程毅然な態度だ。 まるで少しも悲しんでいないような……
「そんな事はどうでもいいよ。 どうせここは結界で遮断してるんだから好きなだけ話すといいよ。」
「そうみたいね”麗明”」
「懐かしい名前だ、何百年ぶりに聞いたかな?」
クラディスをはフードを脱ぎ去る。 そこには白髪の少年の顔があった。
「結界で周囲の視覚を歪めているか。」
「そのとーり! ほんとに何でも知ってるね!」
麗明と呼ばれた少年は玉座から立ち上がり、綾香の前へ立つ。 その笑顔は無邪気そのものだ。
「ねぇ、僕と手を組まない? ”アイツ”を倒したいんだろ?」
「――断る。」
「なんだよ連れないなぁ。 僕の力なら”アイツ”を倒せると思うんだけどなぁ。 本体を復活させる準備も進んでるし、例の兵器もあるしね。」
「ほんと馬鹿な子ね。 再構成する時に何処かバグったんじゃない?」
麗明は腰に差した短剣を抜き、綾香の喉元に押し当てる。
「あんまり調子に乗るなよ、お前なんかいつでも殺せるんだ。」
「……」
「まぁいいさ、ならお望み通り”アイツ”の所に送ってあげるよ。 昔と違って”アイツ”と僕は対等な立場だからね。」
綾香は心底呆れた。 この少年はどこまで馬鹿なのだろうかと、現実を理解出来ない子供だと。
「それで、最後に言い残す事はあるかな?」
「なら予言を一つ。 貴方はこの戦いに勝つわ。」
「いいね、つまり世界は僕の物になるって事か。」
「えぇそうよ。 代わりに悲惨な最後を迎えるけどね。」
予言という程のものでもない。 彼は”アイツ”の事を忘れている、それが最大の敗因になるからだ。
「あぁそうかい、じゃあさよなら綾香。」
「えぇ、二度と会う事もないわね。」
そして綾香は兵士に連れ出された。 その後、この二人が二度と出会う事は無かった。
~麗明(れあ)~
クラディス王の本当の名前、むしろ正体というべき人物。
周りには結界の効果で老人のような見た目に見えているが、実際は少年の風貌をしている。
その目的は不明だが、世界を征服しようとしている節がある。
四聖大戦時に麗明という名の魔術師が暗躍したという伝承が残っているが、その本人かどうかは不明である。